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第二十五話
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海上での一泊を経た後にエルカノートの港に戻ったレイは最高にイライラしていた。何の進展も無いまま領主の邸宅で二日もお世話になっているからだ。遭難者救助のために軍艦がポーカンカの領海に入る許可が必要なのは分かっているが、小さな無人島でミマルンと二人っきりになっているテルラが心配で心配で居ても立ってもいられない。
床板に穴が開くんじゃないかと心配になるくらい貧乏揺すりが酷かったので、プリシゥアとカレンは別室に移動して、それぞれのやりたい事でヒマを潰した。
そして三日目、ようやくポーカンカの領海内に入れる許可が下りた。
王女の苛立ちを知っている海軍は、すでに出航の準備を終えていた。
海賊がどうのこうの一隻だけの特別処置だのと説明を受けたが、すぐにでも救助に行きたいレイは全く話を聞いていなかった。
代わりにプリシゥアが聞いていたが、戦闘時の注意点が主で特に聞かなくても良かった。
「もうちょっとの辛抱ですわよ、テルラ!」
軍艦の甲板で仁王立ちになったレイの声に被せて鳴る汽笛。
その横では、縛られたバードが屈強な海兵に見張られていた。邪魔だった髪はサッパリと切られ、新品の服に着替えさせられている。
「あの。俺は何で縛られているんですかね」
「言わなくても分かるでしょう?」
「テルラを見付けられる魔法を使えるから? だからと言って縛らなくても」
「わたくしは協力要請を無視して逃げようとしたら縛れと命じました。逃げようとしなければ良かったんです。心配なさらなくても、テルラが無事に見付かれば一ヶ月くらい生活出来る程度の褒美を取らせます。その後、存分に逃げなさい」
「慈悲深くて涙が出るねぇ。ま、褒美が出るなら頑張りますよ」
もう一度汽笛が鳴り、戦艦は港を離れた。
天気は良好。
海賊も戦艦にちょっかいを出して来ない。
甲板に居ても邪魔になるので、レイとバードは船室に引っ込んだ。
プリシゥアとカレンは割り当てられた客室で最初からずっとくつろいでいた。
航海は順調に二日目を迎え、レイ達が見付かった海域付近まで来た。
「テルラ達が居る島が近くなって来ました。この船はこのまま南へ進みますので、正確な位置を指示してくださいませ」
「……」
甲板に出された縛られていないバードは、レイに肩を叩かれても無言だった。光を感じていない目でぼんやりと水平線を眺めている。
「何か問題でも?」
「うんまぁ、魔法を使い過ぎると肝心な時に息切れするから、もうちょっと進んだら本気出すよ」
バードの様子がおかしい。海兵に睨まれているとしても、妙に従順だ。
「そろそろテルラに近付いたのではありませんか?」
「まだ分からん。とにかく進んで」
数時間ほど進むと、バードが溜息を吐きながら首を傾げた。
「おかしいな。居ないぞ」
「居ない? 居ないとはどう言う意味ですの?」
「どうもこうも、そのまんまだよ。居たはずの島に人間が居ない。無人島に戻っている。別の船に救助されたのかな」
「救助って、どう言う事ですの? どうなっていますの?」
レイは混乱しているが、バードは冷静に海兵に訊く。
「この船は救助目的だから大陸側航路を通っているよな? 点在する小島が良く見える様に」
「ああ、そうだが?」
「多分海賊除けの遠回り航路だと思うんだが、あっちに一隻の船が有る。そっちに似た体形の子供が乗っている。もう一人子供。椅子に座っている女。もう一人の大人は、多分テルラと一緒に遭難していた女だな。操舵室にもう一人女。規模の割に少人数で、女子供ばっかりの変な船だ」
「テルラがその船に乗っているんですの?」
鬼の形相のレイに詰め寄られているが、バードは目が見えないので平然と肩を竦める。
「体格が似ているだけで確証は無い。ポーカンカからエルカノートに向かっているっぽいから、確かめたいなら今すぐ進む向きを変えないとすれ違うぞ」
「今すぐ向きを変えてください!」
レイの命令で左に傾く戦艦。急激に舵を取ったので船体が軋む。
しばらく進むと、バードが言った通りの位置に一隻の船が居た。
特殊な照明装置でモールス信号を打ってコンタクトを取ると、メイドが手旗信号で返事をして来た。
「確かにテルラとミマルン両名が乗っている、と返事が来ました。いかがなさいますか?」
海兵の報告を聞いたバードが「はぁ?」と大声を出した。
「今、ミマルンと言ったか? ミマルンって、グラシラド王女のあのミマルンか?」
「そのミマルンですわ。……バード。その慌て様では、貴方の正体が推理出来てしまいますわよ」
「バレても良いよ。数年前のガキだった頃しか知らないけど、その頃からアイツの三人部隊は怖かったんだよ。魔法のセオリー無視して戦争する狂人パーティなんだもん。――目的の人間が見付かったんだから、もう良いだろ?」
「ええ、ごくろうさま。船室に戻って休みなさいな」
バードは、監視役の海兵と共に船室に引っ込んで行った。
それを見送りもせず、通信係の海兵に言葉を伝えるレイ。
「こちらにはレイとプリシゥアとカレンの三人が乗っています。こちらに乗り移ってください、と伝えてください」
「了解しました」
モールス信号を打ちに行った海兵は、すぐに駆け足で戻って来た。
「あちらの船にはグレイが乗っている。グレイは軍艦に乗れないので、こちらに移る事は出来ない。との事です」
レイは驚いて目を見開いた。
聞き間違いではないかと何度も聞き返す。
「グレイ? 今、グレイと仰りましたか?」
「は、グレイで間違いありません」
数秒呆けたレイは、すぐに判断を下した。
訊きたい事は山ほど有るが、向こうに本人が居るのなら、通信を使わずに本人に訊けば良い。
「プリシゥアとカレンを呼んでください。わたくし達三人は向こうの船に乗り移ります。申し訳ありませんが、食料と水を少々分けてください」
床板に穴が開くんじゃないかと心配になるくらい貧乏揺すりが酷かったので、プリシゥアとカレンは別室に移動して、それぞれのやりたい事でヒマを潰した。
そして三日目、ようやくポーカンカの領海内に入れる許可が下りた。
王女の苛立ちを知っている海軍は、すでに出航の準備を終えていた。
海賊がどうのこうの一隻だけの特別処置だのと説明を受けたが、すぐにでも救助に行きたいレイは全く話を聞いていなかった。
代わりにプリシゥアが聞いていたが、戦闘時の注意点が主で特に聞かなくても良かった。
「もうちょっとの辛抱ですわよ、テルラ!」
軍艦の甲板で仁王立ちになったレイの声に被せて鳴る汽笛。
その横では、縛られたバードが屈強な海兵に見張られていた。邪魔だった髪はサッパリと切られ、新品の服に着替えさせられている。
「あの。俺は何で縛られているんですかね」
「言わなくても分かるでしょう?」
「テルラを見付けられる魔法を使えるから? だからと言って縛らなくても」
「わたくしは協力要請を無視して逃げようとしたら縛れと命じました。逃げようとしなければ良かったんです。心配なさらなくても、テルラが無事に見付かれば一ヶ月くらい生活出来る程度の褒美を取らせます。その後、存分に逃げなさい」
「慈悲深くて涙が出るねぇ。ま、褒美が出るなら頑張りますよ」
もう一度汽笛が鳴り、戦艦は港を離れた。
天気は良好。
海賊も戦艦にちょっかいを出して来ない。
甲板に居ても邪魔になるので、レイとバードは船室に引っ込んだ。
プリシゥアとカレンは割り当てられた客室で最初からずっとくつろいでいた。
航海は順調に二日目を迎え、レイ達が見付かった海域付近まで来た。
「テルラ達が居る島が近くなって来ました。この船はこのまま南へ進みますので、正確な位置を指示してくださいませ」
「……」
甲板に出された縛られていないバードは、レイに肩を叩かれても無言だった。光を感じていない目でぼんやりと水平線を眺めている。
「何か問題でも?」
「うんまぁ、魔法を使い過ぎると肝心な時に息切れするから、もうちょっと進んだら本気出すよ」
バードの様子がおかしい。海兵に睨まれているとしても、妙に従順だ。
「そろそろテルラに近付いたのではありませんか?」
「まだ分からん。とにかく進んで」
数時間ほど進むと、バードが溜息を吐きながら首を傾げた。
「おかしいな。居ないぞ」
「居ない? 居ないとはどう言う意味ですの?」
「どうもこうも、そのまんまだよ。居たはずの島に人間が居ない。無人島に戻っている。別の船に救助されたのかな」
「救助って、どう言う事ですの? どうなっていますの?」
レイは混乱しているが、バードは冷静に海兵に訊く。
「この船は救助目的だから大陸側航路を通っているよな? 点在する小島が良く見える様に」
「ああ、そうだが?」
「多分海賊除けの遠回り航路だと思うんだが、あっちに一隻の船が有る。そっちに似た体形の子供が乗っている。もう一人子供。椅子に座っている女。もう一人の大人は、多分テルラと一緒に遭難していた女だな。操舵室にもう一人女。規模の割に少人数で、女子供ばっかりの変な船だ」
「テルラがその船に乗っているんですの?」
鬼の形相のレイに詰め寄られているが、バードは目が見えないので平然と肩を竦める。
「体格が似ているだけで確証は無い。ポーカンカからエルカノートに向かっているっぽいから、確かめたいなら今すぐ進む向きを変えないとすれ違うぞ」
「今すぐ向きを変えてください!」
レイの命令で左に傾く戦艦。急激に舵を取ったので船体が軋む。
しばらく進むと、バードが言った通りの位置に一隻の船が居た。
特殊な照明装置でモールス信号を打ってコンタクトを取ると、メイドが手旗信号で返事をして来た。
「確かにテルラとミマルン両名が乗っている、と返事が来ました。いかがなさいますか?」
海兵の報告を聞いたバードが「はぁ?」と大声を出した。
「今、ミマルンと言ったか? ミマルンって、グラシラド王女のあのミマルンか?」
「そのミマルンですわ。……バード。その慌て様では、貴方の正体が推理出来てしまいますわよ」
「バレても良いよ。数年前のガキだった頃しか知らないけど、その頃からアイツの三人部隊は怖かったんだよ。魔法のセオリー無視して戦争する狂人パーティなんだもん。――目的の人間が見付かったんだから、もう良いだろ?」
「ええ、ごくろうさま。船室に戻って休みなさいな」
バードは、監視役の海兵と共に船室に引っ込んで行った。
それを見送りもせず、通信係の海兵に言葉を伝えるレイ。
「こちらにはレイとプリシゥアとカレンの三人が乗っています。こちらに乗り移ってください、と伝えてください」
「了解しました」
モールス信号を打ちに行った海兵は、すぐに駆け足で戻って来た。
「あちらの船にはグレイが乗っている。グレイは軍艦に乗れないので、こちらに移る事は出来ない。との事です」
レイは驚いて目を見開いた。
聞き間違いではないかと何度も聞き返す。
「グレイ? 今、グレイと仰りましたか?」
「は、グレイで間違いありません」
数秒呆けたレイは、すぐに判断を下した。
訊きたい事は山ほど有るが、向こうに本人が居るのなら、通信を使わずに本人に訊けば良い。
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