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第二十五話
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太陽が水平線に近付いて来た頃、小舟が有る海岸に掃除を終えたプリシゥアが来た。森と砂浜の間に有る草場で調理中のカレンと何もしないで寝っ転がっている男を見て肩をほぐす。
「掃除終わりっス。夕飯が出来たら、それ持って帰るっス」
男の前にそこそこ高価そうなお椀を置くプリシゥア。見た事が無い品だったので、男の部屋から出て来た物だろう。ちゃんと洗ってあるので綺麗だ。
「俺も食材を分けたんだから、一緒に食べようよ」
男は手探りでお椀を持つ。目が見えない人の動作だった。この程度では探査の魔法を使わない様だ。
「多分レイが嫌がるんじゃないかなー。レイはどこ?」
カレンが訊くと、プリシゥアは焚き火で煮られている鍋を覗いた。海水に浸かってダメになった保存食のスープ。
それとは別に、新鮮な肉の串焼きが火で焙られている。
「掃除を手伝ってくれたんスけど、手に付いた臭いが気になるからって、手を洗いに行ったっス。すぐ来るっス」
「じゃ、プリシゥアはテントを張る場所探しお願い。平らな所が無いっぽいから、最悪ナナメでも寝易い感じで」
「了解っス」
「俺の家に泊まれば? 折角綺麗にしたんだし、部屋も何個か有るし」
男が誘ったが、カレンは即断る。
「さすがにそれは。嵐が来てるんなら別だけど」
「なんでそんなに用心深いの? 平和な国出身でしょ?」
つまらなさそうに寝返りを打つ男。
しばらくふてくされていると、ふと思い付いてアグラの姿勢になった。
「レイって子も来たみたいだから訊きたいんだけど、君達はエルカノートの出身でしょ?」
「なぜ分かりますの?」
掃除用に銀髪をひとつに纏めたレイが砂浜に来た。
「ここがエルカノートだから。あと訛り。訊きたい事は、エルカノートの歴史」
「歴史ですの? そんな物、いくらでも調べられるでしょうに。まぁ、ここでは無理でしょうから、簡単になら教えましょう」
焚き火の前に座ったレイも鍋を覗く。
「じゃ訊くね。――エルカノートは何百年か前に無血で小国を統合し、連邦制になったよね。今は一国になってるけど、そうなってからも連邦だった頃のシステムで動いてる。間違いない?」
「ええ」
「私には難しい話だ。全然分かんない」
レイが頷き、カレンは早々に匙を投げた。
「エルカノートの隣のランドビークも続けて無血統合している。南の国はそれが出来ず、何百年たった今でも戦争中。まぁ、もう百年くらいしたらグラシラドが統一するかもだけど。そんな戦争で凄い数の人が犠牲になっている。その差はなんだろうね?」
「貴方、南の国出身ですわね? それも、戦争に関係したお仕事の」
レイに鋭く言われた男は軽薄そうに笑う。
「視力を失って無人島に隠れてるこの状況で察してよ。探らずスルーして」
「ちなみに、この人の偽名はバードらしいよ」
調理の仕上げに入っているカレンが言うと、レイは興味無さそうに溜息を吐いた。
「偽名のバードさんね。ま、察しましょう。――北側の国で生きていた昔の人はこう考えました。戦争で領地を奪い合っても働き手が減るだけで、損しかない。それならば連邦制にして協力し合った方が得だ。それだけですわ。平原の国で、昔から資源や水源の少なさが悩みの種でしたからね。自然な流れでしょう」
「言うのは簡単だけど、実行するのはまず無理だ。反対意見が絶対に出る。融和の影には暗殺やら脅迫やら買収やらが有ったと思うんだ。って言うか、連邦に中央が有り、そこがそのまま王家に移行して権力を持つなんておかしいと思わない?」
レイは少しの間焚き火の揺らめきを見詰めて言葉を選ぶ。
「闇の部分は否定出来ませんわね。しかし、歴史に残っていない以上、闇なんて無かったと言うしかありません。闇を暴いても損しか有りませんもの。過去の英雄、賢人、その他様々な偉人が力を合わせて平和なエルカノートを作った。それが真実で良いのです」
「ランドビークが続けて無血統合したのは?」
「エルカノートがひとつになった事で、このままでは東側の小国も飲み込まれる。そこで慌てて領土争いを止め、中央の山沿いを国境とし、西側に対抗出来る一国になったと聞いていますわ。今でも二国の国境は緊張しています」
「ああ、なるほど。エルカノートが連邦になったから、ランドビークが生まれた。ランドビークが一国だったから、エルカノートも一国の形になった。そんな流れか」
理解したのか、バードは何度も頷いた。
その後、また首を傾げる。
「国境が緊張しているとは言え、そこ以外で戦争や紛争、内乱が起こらないのはやっぱり信じられないなぁ。平和ボケが長いからと言っても、いくら何でも不自然だ。魔物が発生した後、ちゃんと武力で対抗出来てるし」
「確かに我が国は平和ボケしていますが、その平和な時代を作る為に先祖の方々が大変苦労なさいました。その結果が現在なんです。そもそも、貴方は争いが起こる事を前提とし、当たり前だと思っていらっしゃる。そこが間違いなんです」
「難しい話はそこまでにしよ。ご飯出来たから食べよ」
カレンが鍋を火から下ろす。
テントを張る位置を決めたプリシゥアも戻って来たので、バードを含めた四人で夕飯を食べた。
量が多い食事が終わったら、男は家に戻れとレイに追い払われるバード。夜の内に海岸に来たら問答無用で切り殺すと念を押されて。
「おお怖。やっぱりエルカノートが平和なのって裏が有るんじゃ?」
「有りません!」
バードは、渋々森の中の石造りの家に戻って行った。
「掃除終わりっス。夕飯が出来たら、それ持って帰るっス」
男の前にそこそこ高価そうなお椀を置くプリシゥア。見た事が無い品だったので、男の部屋から出て来た物だろう。ちゃんと洗ってあるので綺麗だ。
「俺も食材を分けたんだから、一緒に食べようよ」
男は手探りでお椀を持つ。目が見えない人の動作だった。この程度では探査の魔法を使わない様だ。
「多分レイが嫌がるんじゃないかなー。レイはどこ?」
カレンが訊くと、プリシゥアは焚き火で煮られている鍋を覗いた。海水に浸かってダメになった保存食のスープ。
それとは別に、新鮮な肉の串焼きが火で焙られている。
「掃除を手伝ってくれたんスけど、手に付いた臭いが気になるからって、手を洗いに行ったっス。すぐ来るっス」
「じゃ、プリシゥアはテントを張る場所探しお願い。平らな所が無いっぽいから、最悪ナナメでも寝易い感じで」
「了解っス」
「俺の家に泊まれば? 折角綺麗にしたんだし、部屋も何個か有るし」
男が誘ったが、カレンは即断る。
「さすがにそれは。嵐が来てるんなら別だけど」
「なんでそんなに用心深いの? 平和な国出身でしょ?」
つまらなさそうに寝返りを打つ男。
しばらくふてくされていると、ふと思い付いてアグラの姿勢になった。
「レイって子も来たみたいだから訊きたいんだけど、君達はエルカノートの出身でしょ?」
「なぜ分かりますの?」
掃除用に銀髪をひとつに纏めたレイが砂浜に来た。
「ここがエルカノートだから。あと訛り。訊きたい事は、エルカノートの歴史」
「歴史ですの? そんな物、いくらでも調べられるでしょうに。まぁ、ここでは無理でしょうから、簡単になら教えましょう」
焚き火の前に座ったレイも鍋を覗く。
「じゃ訊くね。――エルカノートは何百年か前に無血で小国を統合し、連邦制になったよね。今は一国になってるけど、そうなってからも連邦だった頃のシステムで動いてる。間違いない?」
「ええ」
「私には難しい話だ。全然分かんない」
レイが頷き、カレンは早々に匙を投げた。
「エルカノートの隣のランドビークも続けて無血統合している。南の国はそれが出来ず、何百年たった今でも戦争中。まぁ、もう百年くらいしたらグラシラドが統一するかもだけど。そんな戦争で凄い数の人が犠牲になっている。その差はなんだろうね?」
「貴方、南の国出身ですわね? それも、戦争に関係したお仕事の」
レイに鋭く言われた男は軽薄そうに笑う。
「視力を失って無人島に隠れてるこの状況で察してよ。探らずスルーして」
「ちなみに、この人の偽名はバードらしいよ」
調理の仕上げに入っているカレンが言うと、レイは興味無さそうに溜息を吐いた。
「偽名のバードさんね。ま、察しましょう。――北側の国で生きていた昔の人はこう考えました。戦争で領地を奪い合っても働き手が減るだけで、損しかない。それならば連邦制にして協力し合った方が得だ。それだけですわ。平原の国で、昔から資源や水源の少なさが悩みの種でしたからね。自然な流れでしょう」
「言うのは簡単だけど、実行するのはまず無理だ。反対意見が絶対に出る。融和の影には暗殺やら脅迫やら買収やらが有ったと思うんだ。って言うか、連邦に中央が有り、そこがそのまま王家に移行して権力を持つなんておかしいと思わない?」
レイは少しの間焚き火の揺らめきを見詰めて言葉を選ぶ。
「闇の部分は否定出来ませんわね。しかし、歴史に残っていない以上、闇なんて無かったと言うしかありません。闇を暴いても損しか有りませんもの。過去の英雄、賢人、その他様々な偉人が力を合わせて平和なエルカノートを作った。それが真実で良いのです」
「ランドビークが続けて無血統合したのは?」
「エルカノートがひとつになった事で、このままでは東側の小国も飲み込まれる。そこで慌てて領土争いを止め、中央の山沿いを国境とし、西側に対抗出来る一国になったと聞いていますわ。今でも二国の国境は緊張しています」
「ああ、なるほど。エルカノートが連邦になったから、ランドビークが生まれた。ランドビークが一国だったから、エルカノートも一国の形になった。そんな流れか」
理解したのか、バードは何度も頷いた。
その後、また首を傾げる。
「国境が緊張しているとは言え、そこ以外で戦争や紛争、内乱が起こらないのはやっぱり信じられないなぁ。平和ボケが長いからと言っても、いくら何でも不自然だ。魔物が発生した後、ちゃんと武力で対抗出来てるし」
「確かに我が国は平和ボケしていますが、その平和な時代を作る為に先祖の方々が大変苦労なさいました。その結果が現在なんです。そもそも、貴方は争いが起こる事を前提とし、当たり前だと思っていらっしゃる。そこが間違いなんです」
「難しい話はそこまでにしよ。ご飯出来たから食べよ」
カレンが鍋を火から下ろす。
テントを張る位置を決めたプリシゥアも戻って来たので、バードを含めた四人で夕飯を食べた。
量が多い食事が終わったら、男は家に戻れとレイに追い払われるバード。夜の内に海岸に来たら問答無用で切り殺すと念を押されて。
「おお怖。やっぱりエルカノートが平和なのって裏が有るんじゃ?」
「有りません!」
バードは、渋々森の中の石造りの家に戻って行った。
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