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第二十五話

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 濡れた荷物は、盗まれない様に人目に付かない木陰に干した。流れ着いて数時間経っても人の気配は無いが、誰も来ない保証は無い。
「獣道っぽい隙間が有るっスから、動物が居るっスね。チャンスが有れば狩るっス」
 先頭になって森の中の斜面を登るプリシゥアが拳を握る。プリシゥアには山中行軍の修行経験が有るので、普段と隊列を変えている。
 木々が邪魔で剣が振れないレイは最後尾。
 その二人の間に居るカレンは、ポケットに入れている拳銃に手を当てながら聴覚に神経を使っていた。村が有れば生活音が聞こえるだろうとプリシゥアに言われたので、そうしている。
「ちょっと待って。何か聞こえる。金属音?」
 カレンが耳に手を当てる。
 即座に動きを止めるプリシゥアとレイ。
 草を掻き分ける音が止まり、木々の葉が潮風に揺れる音だけになった。
「やっぱり金属音だ。でもこれ、生活音じゃないっぽい感じ」
 プリシゥアとレイも、周囲を警戒しながら音を聞く。
「……金属の棒で金属の板を叩いている音、に聞こえますわね。畑に良くある、穴開き鍋をぶら下げた獣除けかしら」
「レイの言う通り、風に揺れて音が出る奴っぽいっ鳴り方っスね。なんにせよ人工物の音っスから、そっち行ってみるっス」
 反対意見が出なかったので、先頭のプリシゥアは音がする方へと進行方向を変えた。
 しばらく進むと開けた場所に出た。石積みの家みたいな物が有り、そこから音がしている。
「畑じゃなかったっスね。でも、人工物っスよ。年代物っス」
 プリシゥアは屈み、地面の様子を注意深く探る。森の中なのでシダ類が多いが、太陽が当たる範囲は申し訳程度に草取りがしてある。
「人の出入りは――有るっスね。頻繁じゃないっスけど、今日中の足跡も有るっス」
「つまり、人が居るって事ですわね。話が聞ければ良いのですけれど」
 頷き合った三人は、慎重に玄関へと近付く。
 ドアは無く、中は丸見え。
 しかしすぐ壁が有り、左右へ伸びる廊下しか確認出来ない。
「狭いっスから、縦並びで私が先頭っスね。さっきと同じっス」
「了解」
 建物内は踏み固めただけの土床。足音は気にしなくても良い。
 プリシゥアが入り、左の方に行く。
 カレンがそれに続き、レイが右の方を警戒しながら建物に入る。
 三人が建物に入ると金属音が止んだ。
 侵入に気付かれた?
 緊張で脇汗が出る。
「……くっさ! なんですの? この臭い!」
 最初の角を曲がったところで鼻を摘まむレイ。
 その声にわずかばかり驚いたプリシゥアは、構えを解かず前方に集中したまま溜息を吐く。
「静かにしていて欲しかったっスが、まぁ、レイが耐えられないのはしょうがないっスね。凄い臭いっスから」
 カレンも息を潜めるのを諦めて喋る。
「この臭い、浮浪者が住み着いてるのかなぁ。臭いの籠り方が根強い感じ」
「大分長く水浴びをしていない男性の臭いっスかね。修業時代に嗅いだ事有るっス」
「この辺りの浮浪者はゴールドグラスに集められているはずですから、プリシゥアの言う修行者ですかしら?」
 鼻と口を袖で覆っているレイが鼻声で言うと、プリシゥアは喋りながらゆっくりと進み出す。
「ここがエルカノート国内って保証は無いっスし、国内でも人里を嫌って隠れている浮浪者はいるっスから、決め付けは良くないっス。何が居ても良い様に気を抜かずに進むっス」
 ふたつ目の角を曲がると臭気が増した。旅慣れて多少の汚さには慣れたと思っていたレイだったが、それでも吐きそうな臭いだった。
 少し進むと、部屋の入口らしき穴が有った。
 手信号で後続の二人を止めたプリシゥアは、構えながらその穴を覗く。
「そんなに警戒しなくても良いよ。でも、浮浪者扱いは酷いなぁ。俺ってそんなに臭い?」
 男の声。
 構えたまま部屋に入るプリシゥア。
 一段高くなっている石床の部屋はそこそこ広く、その中心で髪の長い男が座っていた。
 垢やら何かやらで真っ黒に汚れているので分かり難いが、若者らしい。少なくとも老人の喋り方ではない。
「こんにちはっス。色々有って困ってる最中なんで、質問させてほしいっス。貴方はここの住人っスか?」
「どれくらいここに居るかなぁ。5、6年かなぁ。日数の感覚が無くなってるんで違うかも知れないけど、それくらい居るから住人って言っても良いかもね」
「もしかして、貴方も漂流者っスか?」
 改めて男を見るプリシゥア。
 男はクッションの様に草を敷いた上に座っていた。ベッドの様な物が無いので、そこで寝ているのかも知れない。
 手には鉄の棒。
 その近くに鉄の鍋。
 アレで音を出していた様だ。
 それらより目を引くのは、四方の壁際に積まれたゴミの山。臭いの元はアレだ。
「そう。ここは無人島だよ。今日、人口が4人に増えたけどね。君達はこの音を聞いて来たんだろう?」
 男が棒で鍋を一回叩く。
 あの音が建物内に反響する。
「お願いが有って君達を呼んだんだ。俺、実は目が見えないんだよね。だから思う通りに掃除が出来なくて困っていたんだ」
「盲目、っスか」
「初めてのお客にこんな事を頼むのは心苦しいけど、君達に掃除をして欲しいんだ。報酬は真水が有る方向でどうかな?」
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