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第二十四話

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 グレイが慣れたオール捌きで小舟を船に横付けした。
 船からは縄梯子が下ろされていて、海上に相応しくないヘッドドレスを着けた女性が覗き込んでいた。
「グレイプニル様。そちらのお二人はお知り合いで間違いございませんか?」
「黒い方は知らん奴だが、お姫様らしいからまぁ大丈夫だろ」
「少々お待ちください」
 女性は一度頭を引っ込め、すぐに顔を出した」
「船長の許可が下りました。乗船を許可します。先ずは小舟を固定してください」
 二本のロープが下りて来た。それを小舟の前後に縛るグレイ。
「手伝いましょうか?」
 テルラが腰を上げたが、グレイは断る。
「いや、この小舟はこの後引き上げられ、船の横に固定される。半端な縛り方だと風や波で落っこちるから、俺に任せておけ」
 縛り終えると、一番目はテルラが登れと指示された。
 リュックを背負ったまま揺れる船の縄梯子を登るのは骨が折れたが、何とか登り切った。
 看板に立って最初に目に入ったのは大砲だった。人間が一人入れるくらいの大砲が一門、船首の方にドンと備え付けられている。
 次に、テルラを見ている車椅子に座った女性。車椅子は鉄の鉤爪の様な物で固定されている。青味がかった銀髪で、貴族風の場違いなドレスを着ている。髪の色が似ているせいか、王女として黙って微笑んでいる時のレイに雰囲気が似ている。
「初めまして。貴方がグレイプニルの元仲間さん?」
 銀髪の女性が話し掛けて来た。喋り方の雰囲気も貴族風でゆったりとしている。
「はい。初めまして。エルカノート王国王都キングライズダンダルミア大聖堂のテルラティア・グリプトです。遭難して難儀しているところを助けて頂き、心より感謝します」
「まぁご丁寧に。私はマグラグナ国、ジウージョ伯爵家長女、オペレッタ・ジウージョです」
 名乗りを上げていると、ミマルンとグレイが甲板に上がって来た。
「あら、貴女がお姫様? もしかして、ミマルン・ペペ・グラシラド様?」
「こうして直接お会いするのは初めてですね、オペレッタ・ジウージョ様。乱雑な氷の矢の異名には苦しめられました」
「今はこの有様で、もう前線には出られませんけどね」
 笑みながら座っている車椅子を撫でるオペレッタ。
「お知り合いでしたか」
 テルラがそう言うと、ミマルンは困った風に笑んだ。
「知り合いと言うか、敵ですね。南の六国は全て戦時中ですから。そして、我がグラシラド国のマグラグナ国侵攻を食い止めていた軍の有力者の一人が、このオペレッタ・ジウージョ様です」
「本音を言いますとグラシラドの姫を助ける義理はございませんが、グレイプニルの元仲間のお知り合いならグッと我慢しますわ」
 視線が火花を散らしている二人に挟まれて困るテルラ。
 そこに助け船を出すグレイ。
「船に乗ったら詳しい話をするんだったな。ええと、右目を潰して、テルラと別れてからの話だ」
 グレイが語り始めると、オペレッタは瞳を輝かせて話に聞き入った。
 右目の視力を失った事を理由のひとつとして海賊からの引退を決意したグレイは、ランドビーク国の港町で腰を落ち着けた。
 しかしまだ子供だし女だし、しかも怪我のせいで体力が落ちていたので、まともな仕事は出来なかった。
 幸運な事にハンターバッチを持っていたので、半分ハンター半分勇者の様な生活で日銭を稼いでいた。
 そんなある日、不審船が港に乗り付けた。その船は令嬢海賊と名乗り、海賊らしく無法に金品食料を要求した。
「それが私ですわ!」
 胸を張るオペレッタ。
 グレイは「そう、こいつが令嬢海賊だ」と言ってこめかみを指で押さえる。
「その時の状況は省略するが、俺は控えめに言って頭がおかしいと思ったとだけ言っておこう。だが、こいつが使う氷魔法は強力で、漁師じゃ相手にならなかった。だから勇者の立ち位置に居た俺が戦う事になった」
「その時の事はハッキリと覚えていますわ。赤い髪。粗野な眼帯。黒コート。拳銃を腰に差し、長銃を構えたその姿はまさしく私が憧れる海賊そのものでしたの!」
 うっとりとするオペレッタ。
「だから私は訊きました。貴女は海賊ですの? と。帰って来た答えは『元海賊だ』でした」
「こいつらは戦闘力はピカイチだが、海賊としてはダメダメだった。船首に大砲乗っけてる間抜けっぷりを見ても分かるだろ? 基本がなっていない。だから、本物の海賊を知っている俺としては説教をかましたくなったんだ。が――」
「海賊なめるなと説教なさるなら、私の仲間になってちゃんと指導しなさいと誘ったんですわ」
「それでこの船に乗ったんですか。お陰で僕達は助かった訳ですね」
 テルラが笑むと、グレイは肩を竦めた。
「ホイホイ乗ったみたいに言うな。断るに決まってるだろ、こんなもん」
「説得に三日掛かりましたわ」
 オホホと笑うオペレッタ。
 氷魔法の使い手である彼女は、戦場で大怪我を負い、車椅子生活になってしまったのだそうだ。
 それで第一線を退き、幼い頃からの夢だった海賊になった。
 勿論、家や軍関係者は大反対。
 なので、貯金の全てを使って一人海賊を始めた。
「一人海賊? 一人で海賊をやってるんですか?」
「な? 頭おかしいだろ?」
 テルラが驚き、グレイが半笑いになる。
 だが、ミマルンは真面目な表情のままだった。
「一騎当千であられるオペレッタ・ジウージョ様なら一人海賊も可能だと思いますが、海賊になると言う事は国を捨てると同議です。なぜ――」
「おっと、ミマルン様。そこはノーコメントですわ。グラシラドの姫に軍の内情を喋るほど祖国を嫌っている訳ではありませんので」
「はぁ、そうですか」
 ミマルンが毒気を抜かれた様な顔になったので、グレイが話を戻す。
「聞けば、今は航海の練習中。海賊行為で補給しつつ、大陸の周りを一周するつもりだと言う。それは良いが、北回りの予定だと言う。いくらなんでもそれは無茶だ」
 マグラグナ国出身のオペレッタ船はまず北上し、ランドビークの港に着いた。そこでグレイと出会った。
 本来ならそのまま北上する予定だった。南周りは軍事大国であるグラシラド国の領海を通るため、処女航海ではさすがに無謀だと思ったからだ。
「北回りの方が余計に無謀だ。なにせ、北は氷に閉ざされた極寒の地で、港町がほとんど無い。オペレッタが炎使いなら魚でも取って食えば問題無いが、氷使いが北に行っても補給無しになるだけで意味が無い」
 グレイの言葉に頷くオペレッタ。
「航海の練習のつもりでも、港町が無くて海賊行為が出来ない北に行く意味が無いとグレイに叱られ、私は反省しました。グラシラド国が怖くて海賊が出来るかと奮起し、南周りに予定を変更しました」
「で、そのゴール付近でテルラを見付けた、って訳だ」
 グレイが締めに入ったので、テルラはちょっと待ってくださいと片手を上げた。
「どうしてグレイが乗船したのかが分からないんですが。三日も説得しなければならなかったのは、街を出る気が全く無かったからですよね?」
 言い渋ったグレイだったが、オペレッタが口を開きそうだったので、変な事を言われる前に観念した。
「こいつ、令嬢海賊と名乗るだけあって金持ちでな。提示された給料がハンターより良かった。だから、海賊のアドバイザーとして乗ったんだ。決して海賊復帰じゃない」
 そう言ってから海の方に顔を向けるグレイ。
「それと――海は俺が生まれ育った場所だ。陸より海の方が落ち着く。そっちの方が理由としては大きいかな。この船は船長とメイドしか乗ってないから、新入りいびりも無さそうだったしな」
「くー、かっこいいですわ! 『陸より海の方が落ち着く』。私も言ってみたいですわー!」
 車椅子を揺らして興奮するオペレッタ。
「ちなみに、私がプレゼントしたグレイプニルの眼帯は、海賊旗と同じランの花ですわ。花言葉は美しい淑女。令嬢海賊に相応しい花ですわ!」
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