上 下
192 / 277
第二十二話

5

しおりを挟む
 太陽が沈むと、レイとミマルンはプリズムにお酒をごちそうになった。
 レイとしてはすぐに街に戻ってテルラと合流したかったが、国中から下級の人間を集めている街の特性上、夜間は外出禁止になっているんだそうだ。
 外出したい正当な理由が有れば許可証が発行されるが、テルラ達も外出禁止を知らされれば宿にこもるはずなので、今から取る意味は薄い。
 なので、今夜はプリズムの誘いに甘えて泊まる事にした。
 念のために事情説明の者を出して貰っていて、テルラ達が泊まる宿の情報も持って帰って来る手筈になっているので、お互いに心配は無い。
「成人おめでとう、レインボー様」
「ありがとうございます、お姉さま」
 ゆったりとした部屋着を着た銀髪の美女二人が乾杯する。
 外国産の高級グラスが静かに触れ合い、ベルが風に揺れた様な心地良い音を立てる。
 続けてミマルンも乾杯。
 黄金の燭台で揺れるロウソクの炎に照らされながらグラスを傾ける。
「――美味しい。良いお酒ですね」
 ミマルンが目を細める。フルーティーな香りなのに蜂蜜の様に甘い。
「美味しいですけど、わたくしはまだお酒を呑み慣れていませんので、良し悪しは分かりませんわ」
 レイもその味を気に入り、確かめる様に二口目を楽しむ。これならばいくらでも呑めるが、飲み過ぎると体調を崩すと聞いているので、三口目は時間を置く事にした。
「他にも様々なお酒を用意しておりますので、今夜は楽しみましょう」
 プリズムは上機嫌で言ったが、レイは笑顔で断る。
「明日も早いので、酔うまでは呑みませんわ。お酒の飲み比べはもう少し大人になってから、ですわね」
「ハンターとしてお仕事をなさっているんでしたわね」
 残念そうに肩を竦めたプリズムは、一口飲んでから続ける。
「お酒の力を借りて訊こうと思っていましたが、それならば遠慮無く訊きましょう」
「怖い切り出しですわね。何でしょう?」
「レインボー様も結婚の適齢期。それなのに、星の数ほど申し込まれるお見合いを無視し、未成年のテルラティア様を好いておられると聞いています。国王様もご心配でしょう。なぜそんなに盲目的に好きなのでしょうか」
「そんな事ですか」
 グラスに視線を落としたレイは、なかなか続きを言わない。
 静か過ぎて、気配を消してツマミやお酒のお替りを作っているメイドの布擦れの音が聞こえる。
「ここは女だけの場。気楽に雑談しましょう。……気になるのならメイドを退室させますが」
「いいえ、お姉さま。そこまで大げさな話ではございません。おとぎ話に出て来る様な、ありふれた話ですわ」
 レイは、甘いお酒をチビチビと飲みながら自分語りをする。
 子供の頃は、使用人を人扱いしない嫌な姫だった。
 そう振舞う事が当たり前で、他人が自分の為に動くのが当然で、父も兄も教育係も何も言わなかった。
 自分に疑問を持っていなかった。
「そんなある日――あれは何の儀式だったでしょうか。記念日だったかしら。ダンダルミア大聖堂の大司教スカーフォイア・グリプト様と共に王城を訪れたテルラは、ふんぞり返っているわたくしを見兼ねたのでしょう、こう仰りました」
『権力者、力を持つ者が調子に乗ると大変な事になる。王族の場合、国が傾く』
「本当はもっと長かったのですが、まぁ、そんな感じの内容でした。その時のテルラはまだ三歳か四歳。わたくしは十か十一。お互いに子供だったので、言いたい放題、言われたい放題でした。なぜか周りも止めませんでした」
「あの頃はそうでしたわね。程度の差は有れ、私も使用人を人扱いしていなかったと思います。ですが、レインボー様の傍若無人っぷりを見て、アレは酷いと思って反省した物です。周りが止めなかったのも、良く言ってくれたと思ったからではないでしょうか」
「まぁ。わたくしったら、そんなにでしたか?」
「そんなにでした。ですから、息子のロビンはそうならない様に躾けています。順位は付いていませんが、彼も血筋的には王位継承権を持っていますからね。しかし、王族は傍若無人でも良いとも思っています。人情に厚いと公平な政治判断が出来なくなる事も有るでしょうから」
「王族がどうあるべきかは横に置いて。それでわたくしは目が覚め、世界が変わった気がしたのです。目から鱗が落ちる、正にそれでした」
 その後もテルラと会う度に正論を言われた。
 その度に刺激を受けた。
 その度にゾクゾクした。
「彼ももう十歳。もうすぐ十一歳。あの時のわたくしと同じ年になりました。今はもう常識や世間を勉強して正論の攻撃力は下がりましたが、それでもゾクゾクさせてくれます。そこが好きなんです」
「私は正論を言われるのが嫌いですので、理解出来ません。まぁ、趣味は人それぞれなんだ、と納得しますわ。一緒に旅をなさっているミマルン様は、今のお話、どう感じました?」
 プリズムに話を振られたミマルンは慎重に言葉を選ぶ。
「一緒に旅をしていると言ってもまだ一か月も経っていません。そんな私から見ても、確かにテルラは正論を言いがちですね。大聖堂の跡取りとして育てられた背景を知っていれば、ああ宗教者からなんだな、と思います」
 ミマルンはグラスを空けてから続ける。聞き手に回っている間に進んでいた様だ。
「ですが――彼の方は色恋に興味は無い様に見えます。それも宗教者だからと言えばそれまでなんですが、悪く言えば他人に興味が無いとまで言えるでしょう。レイは、そっけない彼をどう思っているのですか?」
 メイドからお代わりを貰っている褐色の姫に苦笑を向けるレイ。
「飲み過ぎですわ、ミマルン。わたくしのアプローチに積極的なお方でしたら、今とは違う感情を抱いていたかも知れませんわね。お互いに立場が有る身ですので」
「レイもテルラも立場の割には自由で恵まれているのに、身持ちが固いのは勿体ないです。一年近く旅をなさっているのでしょう? 一度や二度くらい間違いが有っても罰は当たらないと思います。王族と言えど、一人の人間なんですから」
「否定しませんわ。ハンターとして活動している今は公の目を気にしなくても良いですので、まぁ、ごにょごにょ、それはそれ、ですわ」
 レイは、グラスを呷って誤魔化した。
 プリズムは、面白そうなこの話をどう広げようかと考えた。
 ミマルンは、三杯目を所望した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】君を愛することはないと言われた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら~義母と義妹の策略でいわれなき冤罪に苦しむ私が幸せな王太子妃になるまで~

綾森れん
ファンタジー
侯爵令嬢ロミルダは王太子と婚約している。王太子は容姿こそ美しいが冷徹な青年。 ロミルダは茶会の折り王太子から、 「君を愛することはない」 と宣言されてしまう。 だが王太子は、悪い魔女の魔法で猫の姿にされてしまった。 義母と義妹の策略で、ロミルダにはいわれなき冤罪がかけられる。国王からの沙汰を待つ間、ロミルダは一匹の猫(実は王太子)を拾った。 優しい猫好き令嬢ロミルダは、猫になった王太子を彼とは知らずにかわいがる。 ロミルダの愛情にふれて心の厚い氷が解けた王太子は、ロミルダに夢中になっていく。 魔法が解けた王太子は、義母と義妹の処罰を決定すると共に、ロミルダを溺愛する。 これは「愛することはない」と宣言された令嬢が、持ち前の前向きさと心優しさで婚約者を虜にし、愛されて幸せになる物語である。 【第16回恋愛小説大賞参加中です。投票で作品を応援お願いします!】 ※他サイトでも『猫殿下とおっとり令嬢 ~君を愛することはないなんて嘘であった~ 冤罪に陥れられた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら幸せな王太子妃になりました!?』のタイトルで掲載しています。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

お嬢様の12ヶ月

トウリン
恋愛
綾小路静香<あやのこうじ しずか> 18歳。 武藤恭介<むとう きょうすけ> 25歳。 恭介が由緒正しい綾小路家の一人娘である静香の付き人になったのは、5年前。 以来、彼はこの『お嬢様』に振り回され続ける日々を送っていた。浮世離れした彼女のことは、単なる『雇い主』に過ぎなかった筈なのに……。

精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた

アイイロモンペ
ファンタジー
 2020.9.6.完結いたしました。  2020.9.28. 追補を入れました。  2021.4. 2. 追補を追加しました。  人が精霊と袂を分かった世界。  魔力なしの忌子として瘴気の森に捨てられた幼子は、精霊が好む姿かたちをしていた。  幼子は、ターニャという名を精霊から貰い、精霊の森で精霊に愛されて育った。  ある日、ターニャは人間ある以上は、人間の世界を知るべきだと、育ての親である大精霊に言われる。  人の世の常識を知らないターニャの行動は、周囲の人々を困惑させる。  そして、魔力の強い者が人々を支配すると言う世界で、ターニャは既存の価値観を意識せずにぶち壊していく。  オーソドックスなファンタジーを心がけようと思います。読んでいただけたら嬉しいです。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

婚約破棄? ではここで本領発揮させていただきます!

昼から山猫
ファンタジー
王子との婚約を当然のように受け入れ、幼い頃から厳格な礼法や淑女教育を叩き込まれてきた公爵令嬢セリーナ。しかし、王子が他の令嬢に心を移し、「君とは合わない」と言い放ったその瞬間、すべてが崩れ去った。嘆き悲しむ間もなく、セリーナの周りでは「大人しすぎ」「派手さがない」と陰口が飛び交い、一夜にして王都での居場所を失ってしまう。 ところが、塞ぎ込んだセリーナはふと思い出す。長年の教育で身につけた「管理能力」や「記録魔法」が、周りには地味に見えても、実はとてつもない汎用性を秘めているのでは――。落胆している場合じゃない。彼女は深呼吸をして、こっそりと王宮の図書館にこもり始める。学問の記録や政治資料を整理し、さらに独自に新たな魔法式を編み出す作業をスタートしたのだ。 この行動はやがて、とんでもない成果を生む。王宮の混乱した政治体制や不正を資料から暴き、魔物対策や食糧不足対策までも「地味スキル」で立て直せると証明する。誰もが見向きもしなかった“婚約破棄令嬢”が、実は国の根幹を救う可能性を持つ人材だと知られたとき、王子は愕然として「戻ってきてほしい」と懇願するが、セリーナは果たして……。 ------------------------------------

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

処理中です...