上 下
143 / 277
第十六話

9

しおりを挟む
 普通の観光客の様に隊列を組まずに宿を出たテルラ達は、雪かきをしている街の人にエンターテインメントはどこに行けば楽しめるのかと訊いた。
 話を聞く限り、そこは歓楽街だった。そう言った場所に縁の無い四人は、往来のど真ん中で立ち止まって円陣を組んだ。
「どうやら女子供が近寄ったら危ない地域な気がするっス。遊ぶなら他の所に行くっス」
 プリシゥアが護衛として難色を示したが、行く気満々なレイは予定変更を拒否した。
「観光客が行く場所ですから、昼間も危険であるはずがありません。人気の無い場所に近寄らず、夕方になる前に帰れば良いのです。行きましょう」
「どっちでも良いから、早くどこかに入ろう。寒いー」
 カレンが自分の身体を抱いて泣きそうになっているので、リーダーであるテルラの判断に任せる事にした。
「行くだけ行ってみましょう。レイの言う通り、観光地の治安が行くのもはばかれるほど悪いとは思えませんから。でも、雰囲気が悪かったらすぐに帰りましょう」
 警戒しながら入った歓楽街は、大雪にも拘わず人出が多かった。全員が着ぶくれているので、余計に道が狭く感じる。
 身の危険を感じない雰囲気なので、全員が思い思いに周囲の建物を観察する。
「あら、演劇は午後からみたいですわ」
 巨大な建物に掲げられている看板を指差すレイ。
 カレンもそれを見上げる。
 劇場の名前と簡単な時刻表がデカデカと書かれてある。
 14時の昼の部と20時の夜の部の二部構成になっている。
 休日は無く、複数の劇団が日替わりでローテーションしている様だ。
「むー。寒いからどこかに入りたいのにー。お昼ご飯にもまだ早いし、別のとこに行こうよ」
「そうですわね。気温はともかく、この人出でぼんやりしていては通行の邪魔ですわ。あそこに入りましょう」
 ウエルカムボードが入り口に掛かっている施設に入る。
 入場料を払って奥のホールに入ると、物凄い大音量のライブが行われていた。
 舞台では三人の若い少女が歌い踊っている。
 音がとても大きい。ステージに置かれている箱状の魔法具で歌声や伴奏を増幅しているらしい。
「アイドルの歌謡ショーっスね」
「アイドルって何?」
「男の人向けの大衆娯楽っスよ。舞台に上がってるのが男の子なら女の人向けになるんスけどね」
 客の応援や合いの手もうるさいので、会話をしているプリシゥアとカレンの声が自然と大きくなって行く。
 これ以上喋るとショーの邪魔になるので、一区切り付くまで大人しく舞台を眺める事にした。
「楽しいんだろうなと言う事は分かりましたが、また見たいかとなると微妙なところですね……」
 ショーが終わると同時に外に出て、レストランを探しながら感想を言うテルラ。
 レイも同意の苦笑をする。
「ああ言った娯楽も有る、と言う勉強だったと思いましょう。昼食を取ったら、今度こそ演劇に行きましょう。演劇なら静かに落ち着いて見れます」
 満腹になって体温が上がったテルラ一行は、開演時間に合わせて劇場に入る。
 中は上着を脱げるくらい暖かかった。
 演目は悲哀物で、領主の息子と殺し屋の女性が恋に落ち、争い有りすれ違い有りの末、両想いになった直後に二人で心中する物語だった。
 女性陣は感動で涙していたが、テルラだけはアイドルライブと同じ反応をした。
「どうして恋が実ったのに死ななければならなかったんですか?」
 ロビーでコートを羽織りながら首を傾げているテルラに女性陣が肩を竦める。
「物語を理屈で語ってはいけませんわ。心で楽しみましょう」
 レイが知った風に言うと、背の高い女性が笑顔を作りながら近付いて来た。さり気なくテルラをガードする位置に立ったプリシゥアに一枚のチラシを手渡す。
「小さな男の子には悲哀物は理解出来ないでしょうよ。その点、私達がやる劇は坊やにも分かるよ。こことは別の劇場だけど、ホラー物が苦手じゃなかったら見に来てよ」
「臆病一夜……っスか? これ、お姉さんっスか?」
 チラシに描かれている三人の似顔絵のひとつが女性ソックリだった。
「そ、私。ウチは小さな劇団だから、小さな劇場しか借りられないの。だから、こうしてかいがいしく宣伝しないとやばいって訳。じゃ、よろしくね」
 背の高い女性は、次のターゲットにチラシを渡す為に去って行った。
 カレンがプリシゥアが持っているチラシを覗く。
「カジノの隣かぁ。ここから近いし、カジノも行ってみる? テルラ、歌も劇も楽しめなかったみたいだし」
 テルラは、屋外の光量を確かめながら金色の頭を横に振った。
「さすがにカジノに行くのは浮かれ過ぎかと。――夕方にはちょっと早いですが、今日のところは明日の朝食を買って帰りますか」
「気温が下がり始める前に帰りましょう。明日も退屈だったら、チラシの劇にも行ってみましょうか。ホラー物にも興味が有りますし」
 レイの言葉に頷いた一行は、暖かい劇場内から寒い路上へと移動した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。 やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。 お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。 初めて投稿します。 書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。 初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。 小説家になろう様にも掲載しております。 読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。 新○文庫風に作ったそうです。 気に入っています(╹◡╹)

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

処理中です...