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第十一話
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国境の街に朝が来た。西側にランドビークの山脈が有るので夕日は見えないが、東側は平原ばかりなので、空が白み始めればすぐに太陽が姿を見せる。
「日の出を確認。作戦を開始します」
騎士長が徴兵隊長に敬礼する。
「作戦開始を許可します」
敬礼を返す徴兵隊長。
騎士長の後ろに居た数人の伝令兵が一斉に走る。そして、各々に設定された所定の位置で赤い旗を振った。
「発射!」
攻城戦用の巨大投石器に繋がれている、張り詰めたロープを斬る若い懲役兵。投石器が溜め込んでいた力が解放され、大人ほどの岩が飛ばされて行く。
同じ型の投石器は何機も有り、全て同じタイミングで岩を飛ばした。
要塞付近の林に潜んでいるテルラ達は、岩の着弾点を目視で確認していた。
「さすがの練度ですね。全弾命中で、理想的な壊れ方です」
ランドビークの国境を護る要塞は、北に延びる東側と西に延びる南側に分かれており、その合流地点がL字になっている。その角っこの部分だけが、岩に潰されて瓦礫になっている。
その光景を見て感心するテルラ。
「さて、オニはどう動くのでしょうか」
岩が着弾した衝撃と石壁が壊れた轟音に反応し、周囲のオニが集まって来た。
しかし壊れた個所から泡が漏れ出ているので、野次馬の様に遠巻きに様子を窺うに留まっている。
「やっぱり鬼も泡の毒を警戒するか。その頭の良さで偉い奴を呼んでくれると助かるんだけど」
少し離れたところの木陰に居るカワモトもオニの様子を見ている。
大量に漏れていた泡は天に向かって登って行き、時折り風に吹かれて南や東に飛んで行く。
「ウチの国の方にも飛んで来てるっスが、大丈夫っスかねぇ」
テルラの護衛をしているプリシゥアが不安そうに真上を見る。
その横ではのっぺらぼう仮面の女神が他人事みたいに直立して佇んでいる。
「漏れないはずのところから漏れてるんだから、多少はしょうがない。どうせ数個程度だから、それくらいは許せ。それよりも不死の奴は居るか?」
カワモトはオニから目を離さずに言う。
指で作った輪っかを覗いているテルラは沈んだ声で応える。
「居ません。仲間を呼ぶ素振りも見せていませんから、第一段階はこれで終了でしょう」
「ま、そうそうこっちの思い通りには行かないか」
日が昇り、要塞を照らす朝日の角度が変わって行く。
漏れる泡も少なくなり、オニ達が要塞の崩れたところに近付ける様になった。
それでもテルラは動かない。
「そろそろ団体さんが動く時間っスね」
プリシゥアが呟くと、一発の銃声が周囲に響いた。オニの一匹の頭に穴が開き、赤い血飛沫が巻き散らされる。
同時に眩い光が要塞周辺を照らす。
「第二段階開始を知らせる合図の、海賊娘の銃とおでこちゃんの魔法か。さすが僧兵、正確な体内時計を持ってる」
カワモトが褒めると、プリシゥアは照れて頬を掻いた。
「どうもっス。――これはもういらないんで捨てるっスね」
不死の魔物が見付かった時に第二段階中止を知らせる、音だけ爆弾の導火線を抜くプリシゥア。
眼下では、エルカノートからの援軍とランドビーク国境軍の混合軍がオニとの戦闘を始めている。
「カレンの魔法のお陰でオニの攻撃はこちら側に通じませんが、こちら側の攻撃もオニの硬さに苦労していますね」
指の輪っかを覗きながら言うテルラ。
カワモトは戦場の状況を伺いつつ腰の刀に手を添えた。
「やはり俺が行くしかないか。行かなくても良い様にも見えるけど」
オニの皮膚が硬くて騎士や兵士の剣が通用しないと言っても、所詮は生き物。一方的なタコ殴りと言う状況に持ち込めば、何とか倒せる。
カレンの光線で攻撃力が奪われているので、容易くその形になれる。
「グレイの狙撃ならオニの硬さを無視して倒せていますし、行かなくても良いでしょうね。人間側の圧勝です」
テルラの楽観視は、10分もすると焦りに変わった。
カレンの光線の効果が薄まり、現場の兵士に怪我人が出始めたのだ。
「まずいですね。混戦状態なので、攻撃力を奪う光線の再発射出来ないんです」
「このままじゃ第三段階の殲滅戦には行けないな。被害が大きくなる前に俺が出る」
刀を抜くカワモト。
「すみません、お願いします。こちらからの合図には絶対に反応してくださいね」
「分かってる。お前達の言う潜在能力に例えるなら、俺の能力は『機を見逃さない』だ。もう二度と選択を間違わない様にと願った、愛の力だ」
そう言ったカワモトは、突然その場から消えた。
早過ぎて誰もその動きを目で追えなかったのだ。
「……本当に人間っスか?」
カワモトは、風の様な早さで戦場を駆け巡っている。
離れたところに居るプリシゥアには黒髪の剣士が次々と敵を切り裂いている様子が伺えるが、現場の兵士の目にはオニが突然血を拭き出して絶命している様にしか見えない。
「居ました! 潜在能力持ちのオニです!」
テルラがいきなり大声を出した。
それに反応して隣りに居る金髪の少年に顔を向けるプリシゥア。
「どこっスか?」
「あそこです。要塞北側三階の窓。乳白色のスライムみたいな魔物が居ますが、その陰です。本人は隠れているつもりの様ですが、潜在能力の見え方が不自然にずれているので丸分かりです」
「あれっスか。――スライムの陰って情報は伝えられないっスが、目的はオニだけって承知してるはずっスから、きっと分かってくれるっスよね」
パチンコを構えたプリシゥアは、三階の窓に向けてそれを撃った。山なりに飛んだ玉は、赤い煙を吐き出しながら窓の中に入り込んだ。
「必殺技発動。正当一閃」
赤い煙を見逃さなかったカワモトは、三階窓目指してジャンプした。その跳躍の速度が早過ぎて、空気が裂ける雷鳴みたいな音がした。
要塞の前でオニ退治をしていた兵士達と、後方で指揮官役をやっていたレイとジェイルクは、突然の雷鳴に驚いて身を竦めた。
「何事だ?」
手の空いていた騎士が音のした方を見る。オニの首根っこを掴んだ一人の男が要塞の三階窓から飛び立っていた。
「こいつで良いのか?」
三階窓に飛び込んだカワモトがテルラのところに戻って来るまで、一秒しかかからなかった。
常識外れの移動速度で発生した音と風圧に圧倒されて尻餅をついていたテルラは、地面に放り投げられたオニを見て我に返った。
無理矢理連れて来られたオニは気絶しているが、念の為にプリシゥアはテルラを庇う位置に移動する。
「は、はい。間違いありません。処理をお願いします」
「おうよ」
威勢良く返事をしたカワモトは、チラリと後ろを見た。
一段低い所に居る若い徴兵数人が大小ふたつの壺を持っている。
その位置を確認したカワモトが無造作に刀を振るう。
直後、オニの首が飛んだ。
飛んだオニの首が小さい壺に入ると、次は細切れになったオニの身体が大きな壺に入った。
胴体を切ったカワモトの刀の動きは誰にも見えなかった。
最後に、その場に残されたオニの血がワンテンポ遅れて地面に落ちた。
「これで鬼退治はおわりだな」
「は、はい。オニはもう増えないので、一旦帰って休息しましょう。プリシゥア、撤退の合図を」
「了解っス」
再びパチンコを構えた少女僧兵は、それを要塞上空に向けて撃った。それは鏑矢で、笛を力強く吹いた様な音を奏でながら飛んで行った。
その高い音を戦闘終了の合図として事前に打ち合わせしているので、現場の騎士兵士は撤退の準備を始めた。
「無理に連戦する必要は無いからな。それに、俺が見たスライムの正体についても話し合わないといけないだろう。アレは……あの質感と臭いは、マヨネーズをこねて作ったポテトサラダだった」
カワモトは、撤退の音を聞きながら呟いた。
「日の出を確認。作戦を開始します」
騎士長が徴兵隊長に敬礼する。
「作戦開始を許可します」
敬礼を返す徴兵隊長。
騎士長の後ろに居た数人の伝令兵が一斉に走る。そして、各々に設定された所定の位置で赤い旗を振った。
「発射!」
攻城戦用の巨大投石器に繋がれている、張り詰めたロープを斬る若い懲役兵。投石器が溜め込んでいた力が解放され、大人ほどの岩が飛ばされて行く。
同じ型の投石器は何機も有り、全て同じタイミングで岩を飛ばした。
要塞付近の林に潜んでいるテルラ達は、岩の着弾点を目視で確認していた。
「さすがの練度ですね。全弾命中で、理想的な壊れ方です」
ランドビークの国境を護る要塞は、北に延びる東側と西に延びる南側に分かれており、その合流地点がL字になっている。その角っこの部分だけが、岩に潰されて瓦礫になっている。
その光景を見て感心するテルラ。
「さて、オニはどう動くのでしょうか」
岩が着弾した衝撃と石壁が壊れた轟音に反応し、周囲のオニが集まって来た。
しかし壊れた個所から泡が漏れ出ているので、野次馬の様に遠巻きに様子を窺うに留まっている。
「やっぱり鬼も泡の毒を警戒するか。その頭の良さで偉い奴を呼んでくれると助かるんだけど」
少し離れたところの木陰に居るカワモトもオニの様子を見ている。
大量に漏れていた泡は天に向かって登って行き、時折り風に吹かれて南や東に飛んで行く。
「ウチの国の方にも飛んで来てるっスが、大丈夫っスかねぇ」
テルラの護衛をしているプリシゥアが不安そうに真上を見る。
その横ではのっぺらぼう仮面の女神が他人事みたいに直立して佇んでいる。
「漏れないはずのところから漏れてるんだから、多少はしょうがない。どうせ数個程度だから、それくらいは許せ。それよりも不死の奴は居るか?」
カワモトはオニから目を離さずに言う。
指で作った輪っかを覗いているテルラは沈んだ声で応える。
「居ません。仲間を呼ぶ素振りも見せていませんから、第一段階はこれで終了でしょう」
「ま、そうそうこっちの思い通りには行かないか」
日が昇り、要塞を照らす朝日の角度が変わって行く。
漏れる泡も少なくなり、オニ達が要塞の崩れたところに近付ける様になった。
それでもテルラは動かない。
「そろそろ団体さんが動く時間っスね」
プリシゥアが呟くと、一発の銃声が周囲に響いた。オニの一匹の頭に穴が開き、赤い血飛沫が巻き散らされる。
同時に眩い光が要塞周辺を照らす。
「第二段階開始を知らせる合図の、海賊娘の銃とおでこちゃんの魔法か。さすが僧兵、正確な体内時計を持ってる」
カワモトが褒めると、プリシゥアは照れて頬を掻いた。
「どうもっス。――これはもういらないんで捨てるっスね」
不死の魔物が見付かった時に第二段階中止を知らせる、音だけ爆弾の導火線を抜くプリシゥア。
眼下では、エルカノートからの援軍とランドビーク国境軍の混合軍がオニとの戦闘を始めている。
「カレンの魔法のお陰でオニの攻撃はこちら側に通じませんが、こちら側の攻撃もオニの硬さに苦労していますね」
指の輪っかを覗きながら言うテルラ。
カワモトは戦場の状況を伺いつつ腰の刀に手を添えた。
「やはり俺が行くしかないか。行かなくても良い様にも見えるけど」
オニの皮膚が硬くて騎士や兵士の剣が通用しないと言っても、所詮は生き物。一方的なタコ殴りと言う状況に持ち込めば、何とか倒せる。
カレンの光線で攻撃力が奪われているので、容易くその形になれる。
「グレイの狙撃ならオニの硬さを無視して倒せていますし、行かなくても良いでしょうね。人間側の圧勝です」
テルラの楽観視は、10分もすると焦りに変わった。
カレンの光線の効果が薄まり、現場の兵士に怪我人が出始めたのだ。
「まずいですね。混戦状態なので、攻撃力を奪う光線の再発射出来ないんです」
「このままじゃ第三段階の殲滅戦には行けないな。被害が大きくなる前に俺が出る」
刀を抜くカワモト。
「すみません、お願いします。こちらからの合図には絶対に反応してくださいね」
「分かってる。お前達の言う潜在能力に例えるなら、俺の能力は『機を見逃さない』だ。もう二度と選択を間違わない様にと願った、愛の力だ」
そう言ったカワモトは、突然その場から消えた。
早過ぎて誰もその動きを目で追えなかったのだ。
「……本当に人間っスか?」
カワモトは、風の様な早さで戦場を駆け巡っている。
離れたところに居るプリシゥアには黒髪の剣士が次々と敵を切り裂いている様子が伺えるが、現場の兵士の目にはオニが突然血を拭き出して絶命している様にしか見えない。
「居ました! 潜在能力持ちのオニです!」
テルラがいきなり大声を出した。
それに反応して隣りに居る金髪の少年に顔を向けるプリシゥア。
「どこっスか?」
「あそこです。要塞北側三階の窓。乳白色のスライムみたいな魔物が居ますが、その陰です。本人は隠れているつもりの様ですが、潜在能力の見え方が不自然にずれているので丸分かりです」
「あれっスか。――スライムの陰って情報は伝えられないっスが、目的はオニだけって承知してるはずっスから、きっと分かってくれるっスよね」
パチンコを構えたプリシゥアは、三階の窓に向けてそれを撃った。山なりに飛んだ玉は、赤い煙を吐き出しながら窓の中に入り込んだ。
「必殺技発動。正当一閃」
赤い煙を見逃さなかったカワモトは、三階窓目指してジャンプした。その跳躍の速度が早過ぎて、空気が裂ける雷鳴みたいな音がした。
要塞の前でオニ退治をしていた兵士達と、後方で指揮官役をやっていたレイとジェイルクは、突然の雷鳴に驚いて身を竦めた。
「何事だ?」
手の空いていた騎士が音のした方を見る。オニの首根っこを掴んだ一人の男が要塞の三階窓から飛び立っていた。
「こいつで良いのか?」
三階窓に飛び込んだカワモトがテルラのところに戻って来るまで、一秒しかかからなかった。
常識外れの移動速度で発生した音と風圧に圧倒されて尻餅をついていたテルラは、地面に放り投げられたオニを見て我に返った。
無理矢理連れて来られたオニは気絶しているが、念の為にプリシゥアはテルラを庇う位置に移動する。
「は、はい。間違いありません。処理をお願いします」
「おうよ」
威勢良く返事をしたカワモトは、チラリと後ろを見た。
一段低い所に居る若い徴兵数人が大小ふたつの壺を持っている。
その位置を確認したカワモトが無造作に刀を振るう。
直後、オニの首が飛んだ。
飛んだオニの首が小さい壺に入ると、次は細切れになったオニの身体が大きな壺に入った。
胴体を切ったカワモトの刀の動きは誰にも見えなかった。
最後に、その場に残されたオニの血がワンテンポ遅れて地面に落ちた。
「これで鬼退治はおわりだな」
「は、はい。オニはもう増えないので、一旦帰って休息しましょう。プリシゥア、撤退の合図を」
「了解っス」
再びパチンコを構えた少女僧兵は、それを要塞上空に向けて撃った。それは鏑矢で、笛を力強く吹いた様な音を奏でながら飛んで行った。
その高い音を戦闘終了の合図として事前に打ち合わせしているので、現場の騎士兵士は撤退の準備を始めた。
「無理に連戦する必要は無いからな。それに、俺が見たスライムの正体についても話し合わないといけないだろう。アレは……あの質感と臭いは、マヨネーズをこねて作ったポテトサラダだった」
カワモトは、撤退の音を聞きながら呟いた。
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