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21話目

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「……で、一体私たちを何処に案内しようって言うのかしら?」

 シャルロットは突然そう口を開いた。今現在はクレハについて行き森の中を歩いているところである。しかし、かれこれ数分歩くが同じような木々が続くばかりで何も起こらない。何より、ただ森を歩くだけでどこに向かうかなどは一切説明されていないのだ。疑う心が生まれるのも致し方ないだろう。
 だが、先を歩くクレハはただ一言、「もうすぐ分かるよ。」と答えるだけでそれ以上は語らない。シャルロットが猜疑心を膨らませ始めたその時、不意にルディが口を開いた。

「待って、シャルル。周りをよく見て。」
「え、周り?」

 ルディの言葉にシャルロットが歩きながら周囲を見回す。見回してもそこにあるのは森でよく見かける木々ばかりで、何もおかしなところはない。しかし、よくよく見るとおかしな点があった。

「ん? 何あれ?」

 シャルロットが見つけたのは、黒い森の木々に交じって生えている緑の細長い植物だった。とても木には見えないそれは、森の木々に交じって生えているらしい。
シャルロットが歩きながら周囲を見ている中で、その不思議な植物はどんどんその数を増やしていった。そしていつの間にか見慣れた木々は姿を消し、その不思議な植物の群生する森へと変わってしまっていたのだ。

「な、何この植物……? 見たことないわ、森の奥ってこんなのが生えているの?」

 シャルロットが目を白黒させながら、そう独り言の疑問を上げた。その声に答える声がある。ルディだった。

「……いや、僕も猟で森の奥まで行ったことがあるけど、こんな物は見たことないよ。クレハさん、どういう事なんですか?」

 ルディもとうとう詰問するような口調でそう尋ね始めた。するとクレハは突然笑い声をあげて立ち止まった。二人の警戒心が一気に高まる。どちらも創具を出さないものの、構えを取って警戒する。

「な、何よ……!? 何がおかしいの!?」

 だが、クレハは何も答えずただ笑うだけである。とうとうルディがシャルロットを自分の後ろにかばい、創具を召喚した。

「発動、【ズューネ】!」

 ルディの身体が一瞬にして変化を遂げた。アオバとの戦闘の際に見せた、制御された人狼の姿である。これでいつでも戦える状態となった。

(正直、クレハさん相手だとどれだけ持つか分からない……でも、それでもシャルルは守って見せる!)

 ルディが決意を固めたその時、不意に周りの不思議な植物の間を縫って空から一話の鳥が飛んできた。

「ん? あれは……」

 それは一羽のスズメだった。ルディはなかなか見ないその鳥に思わず目が奪われる。スズメはせわしなく羽ばたきながらスイッと降りてくると、クレハの頭の上に着地、いや着頭した。
 シャルロットとルディがその異様な景色に言葉を失っていると、ようやく笑いの波が引いたのかクレハが目の端に浮いた涙を拭いながら話し始めた。

「ご、ごめんごめん! いやぁ、ここに人を呼ぶのは初めてでね。新鮮な反応だったからつい黙ってたんだよ。大丈夫、別にアンタらをどうこうするつもりはないから。」

 そこまで話したクレハは懐から一枚の紙を取り出した。それはクレハがシャルロットと初めて会った後に会話をしていた例の紙である。混乱しながらも警戒を解いた二人の前でクレハはその紙をなぞると、以前と同じように耳に当てて話し始めた。

「はい、もしもし。お、準備できた? こっちも竹林にいるよ。んじゃあ、後は頼むぜ。」
「あ、あの……クレハさん? それは一体……?」

 すでに創具を消して人間状態に戻ったルディが、恐る恐ると言った様子でクレハに問いかけた。クレハは紙を懐にしまうと、ルディの前に右手を突き出した。

「まぁ待て。アタシの弟子になるなら、そうせっかちじゃいけないぜ。順を追って話すよ。」

 するとクレハはすぐ傍に生えている例の不思議な植物を手に取ると、それを軽く揺らしながら説明を始めた。

「まずこれだけどな、これは『竹』って言うんだ。アンタらの国じゃあ生えていない植物だよ。」
「どおりで……見たことのないものだと思いましたよ。それで、僕たちの国に生えていない植物がこんなところに生えているんです?」
「そりゃ簡単さ。ここがアンタらの国じゃないからだよ。」
「「……は?」」

 クレハが事も無げにあっけらかんと放った言葉に、シャルロットとルディはより一層の混乱に落ちる。
 すると、今までクレハの頭の上でただとまっていただけのスズメが、突然その小さな嘴を開いた。

『……のう、クレハ。そこで問答を続けておっても埒が明かぬ。早う屋敷に来。落ち着いて順に説明した方が幾分も理解しやすかろうよ。』
「む、タケヒメか……それもそうだな。よし、お二人さん。まずは付いて来てくれ。大丈夫、何もしやしないから。」
『その説明ではより怪しいがの。そこな二人よ、こやつは怪しかろうがひとまず言葉に従うのじゃ。』

 そこまで話したスズメは小さな翼を広げると、せわしなくはばたかせて飛び上がった。そしてシャルロット達三人を先導するかのように飛んでいく。クレハはスズメを追うように「竹」と呼ばれた植物の生い茂る林を進んでいった。

「どうする、シャルル?」
「どうもこうも、ついて行くしかないでしょ。さ、行くわよ。」

 そう言うとシャルロットはクレハの後を追いかけて歩いて行った。ルディも急いでその後を追う。
 クレハに追いついた二人は一路、竹林の中を歩いていく。いつの間にか周囲は舗装された石畳の道に代わっており、照明らしきものが現れ始めた。もはやここは明らかに、二人のいた国ではない。二人がそのことを実感し始めた頃、突然目の前に開けた空間が現れた。
 そこにあったのは、二人が今まで見たことないような豪華な建物が建っていた。見たこともないような建築様式。二人の住んでいた家とは違い、主に木で作られている豪邸だった。

「うわぁ……すごいお家ね。初めて見たわ、こんな見た目の建物……」
「そうだね……でも、なんか安心する雰囲気だ。」

 二人が建物を見上げてそう感嘆の声を上げていると、建物を囲う塀に建てられた門が音を立てて開いた。二人がそこへ視線を向けると、そこにはこれまた見たこともない格好をした幼い少女が一人立っていた。
 少女は年の頃にして十歳頃だろうか、肩口位の長さの黒髪のおかっぱである。クレハと似通ったデザインの装束に、何やら板らしきものを手に持っていた。

『〇¥#・@れ! B&$△、×……』
「おい、チュン。薬飲んでないだろ。完全に日本語のままだぞ。」

 チュンと呼ばれた少女はクレハの言葉に驚いたような表情になった。そして自身の腰元にある巾着袋から薬包紙を取り出すと、一瞬ためらうかのような顔になってから一気にそれを飲み込んだ。

『うげ……なんてひどい味でしょう、これ。』

 なんと、シャルロット達の目の前で意味不明な文字軍の羅列がその形を変え、シャルロット達でも読める文字に変化したのだ。そこにある文字は少女の心を代弁するかのような言葉を表している。

「あ、何が書いてあるか分かるわ。これ、あなたと同じね。クレハ?」
「その通りだよ。まぁ、あれの説明も後でな。」

 シャルロットとクレハが会話を交わしていると、門の少女、チュンが幾つかの咳の後に手に持った板の表裏をくるりと一回転させた。するとそこには先ほどとは異なる文字群が記されていた。

『えーと、お待たせいたしました。改めまして、ようこそ「スズメのお宿」へ!』
「ス、スズメのお宿……?」

 ルディがそう呟いた。目の前の少女はニコニコと笑っている。クレハはその少女に「ただいま。」と声をかけると、中へさっさと入ってしまった。チュンはまた板を一回転させる。

『ささ、シャルロットさんとルディさんもどうぞ中へ!』
「……え? 私たち、あなたにあった事あるかしら? なんで名前知ってるの?」
『クレハさんからあらかじめ連絡を受けていましたから! 中でタケヒメ様がお待ちです!』
「まぁ、とりあえず中に入ろっか、シャルル。」
「そうね。歩きっぱなしで疲れたし。」

 二人はチュンの先導で屋敷の門をくぐった。門の中はまるで異世界のような景観の空間だった。豪華さを感じさせながらも、どこか寂しさも感じる庭園が横に広がっていた。
 門から少し歩いた先、そこにはこれまた豪華な玄関があった。二人はチュンを先頭に屋敷へと入る。

『では、こちらの内履きをどうぞ!』
「え、家の中よ? 靴脱ぐの?」

 シャルロットが驚いたように声を上げた。その言葉にチュンが少し怪訝そうな顔になった後、何かを理解したような表情になった。

『ああ、そうでした、お二人はこの国の方じゃありませんでしたね。えーと、この国では玄関で靴を脱ぐんです。ご安心ください、邸内はきれいにしていますから!』
「まぁ、僕たちも寝室では靴脱ぐし……別にいいよ。何より、可愛い女の子の言葉だしね。」
「……発情オオカミ女(ボソッ)」

 小さく呟かれたシャルロットの言葉は誰にも届くことなく消えた。だが、ルディが微かに汗を垂らしている。どうやらその鋭敏な感覚で聞き取ったようだ。
 一方、「可愛い」と言われたチュンはあまり変わらない表情ながらも少し頬を赤らめていた。

『〇※*△¥!? え、えぇっと、この廊下の先の部屋でタケヒメ様がお待ちです!』

 チュンは顔を手に持った板で覆いながら反対の廊下の先へ消えていった。彼女の動揺はしっかりと文字に現れていたのだった。

――続く
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