上 下
107 / 110
第四章:犠牲の国・ポルタ

第107話

しおりを挟む
 クロエがサラとミーナの下へ歩み寄った。しかし、クロエ自身よほど限界が近かったのか、その手前でふらついてしまう。

「おっと……」

 そのクロエを受け止めたのはミーナだった。そのまま優しく床へ座らせる。

「あ、すいません……」
「お疲れさまでした。頑張りましたね。」

 ミーナの優しい笑みに、クロエは全ての疲れが溶けていくような気がした。あくまで気がしただけなので傷や疲れは一切無くなってはいないのだが。
 サラが転がっていった森林の旋風ボワ・トゥルビヨンを拾いに行き戻って来た。そして自身の宝珠をじっと見つめ、クロエの左手の指輪を見る。

「クロエさん、先ほどの姿ですが……」

 サラがそうクロエに声をかけようとしたその時、先ほどクロエが開けた大講堂扉の大穴から、何かが凄まじいスピードで入って来た。その何かは床に激しく衝突しそれでも止まらず、最終的に扉とは正反対のステンドグラスに衝突。ステンドグラスにひびを入れて止まった。

「な、何ですの!?」

 サラがステンドグラスにぶつかった何かの方を見た。そこにあったのは、両腕を斬り落とされた状態のエリザベートだった。全身傷だらけの満身創痍、斬り落とされた両腕の断面には真っ赤な蓋のような物がくっつけられている。恐らくそれのせいで腕が再生できないのだろう。何とも惨い姿である。

「ぎ……ク、クソ……ッ」

 そんなボロボロの状態であっても、エリーの戦意は失われていなかった。右膝を立て起き上がろうとする。しかし、そんなエリーの左足を縫い留めるかのように真っ赤な十字架が飛んできた。そのままエリーの太ももを串刺しにする。
 声にならない声を上げてエリーが拘束される。両腕がないので十字架を引き抜くことが出来ない。エリーはただ扉の先を睨むことしかできなかった。

「ちょっとそこで大人しくしてて。エリーちゃんじゃアタシに勝てないよ?」

 ふわふわと大講堂の中に入ってきたのは、傷一つ追っていないカーミラだった。傷はあったのだろうが、すでに再生済みである。余裕を崩さない笑み。底の見えないその強さは「吸血姫」の個体名に相応しい。
 大講堂に入って来たカーミラは、人差し指を口元に当てて大講堂の中を見回した。

「あれ~? あの司祭どこに行ったの? 咎落したのは感じたけど……やっぱりさっきの魔力砲で、跡形もなく消し飛んだ?」

 カーミラはゆっくりとクロエたちの方へ近づいてきた。ミーナは先ほどまで使っていた巨大包丁を、サラは再び森林の旋風ボワ・トゥルビヨンを展開して警戒する。
 しかしカーミラはその程度の警戒など意に介さなかった。まるでサラとミーナの二人は見えていないかのように、ミーナに身体を預けるクロエへ話しかける。

「ねぇ、クロエ? さっきの魔力砲はあなたのでしょう?」
「そうだと、言ったら?」

 カーミラが満面の笑みを浮かべた。それは、その見た目だけはとても可愛らしい少女のそれである。しかし、その瞳はまさに得物を狩る狩猟者の目。慈悲の欠片もない強者の目だった。

「あ……はぁああっ! すてきすてき、超すてき! やっぱりアタシが見込んだ存在だわ! あぁ、やっぱり貴女を手に入れたい……その可愛い口を吸いたい、その可愛い瞳を舐めたい、いたる所に噛みつきたい! だめ、我慢できないぃ……!」

 正気を失ったかのような目で、カーミラがクロエに襲い掛かった。クロエをかばうようにミーナが抱き寄せる。すでに疲労困憊のミーナである。まさか勝てる訳がないだろう。ミーナは密かに覚悟を決めた。そしてクロエを抱き寄せていた左手を、髪で隠れた顔の右半分に覆うマスクに掛けて――

「――ッ!」

 そのままクロエを抱え左へ飛び退った。カーミラが避けた方向へ顔を向ける。しかし、ミーナが飛び退った背後、先ほどまでミーナがいた位置にとある影が飛び込んできた。エリーだ。エリーは自身の左太ももに突き刺さった十字架を、なんと自分の口で引き抜くとそのまま飛び掛かりカーミラの胸に突き刺したのだ。

「ガ……ハッ!?」
「ゼェッ、ゼェ……ッ! どうよ、いくらアンタでも自分の【血液操作《ブラッドアクセス》】は効くでしょ……!?」

 両腕もなく、自慢の再生力も弱った満身創痍のエリー。しかし、気力と根性で立ち続けカーミラを睨み続けている。カーミラはまるでしぶといゴキブリでも見るかのような目でエリーを見ると、両手で胸に刺さった十字架を引き抜いた。

「い、つぅ……。ほんっと鬱陶しいわ! いい加減諦めてよね。エリーちゃんじゃアタシには勝てないのよ!?」

 カーミラが十字架を消し去り、イライラしたようにエリーを殴った。堪える事も出来ず倒れ伏すエリー。カーミラはそのエリーの頭を踏みにじった。ぐりぐりと靴底の泥を落とすように踏んでいる。

「ねぇ、どんな気持ち? 悔しい? 怒れる? どれもエリーちゃんが弱いのが悪いのよ? これに懲りたらお姉ちゃんに反抗するのはやめるのね。」
「クソ……ッ! 今すぐ、殺してやる!! 足退かせ!!」

 そんなエリーの声など無視してカーミラは顔を踏み続ける。その後は飽きたとでも言わんばかりに足を退かすと、無防備なエリーの腹を蹴り始めた。

「アハハッ! ほら、ほらほら、ほら! 悔しかったら抵抗してみなさいよ! ねぇ!?」
「あぐっ! くっ、うぐ……っ! ゲホッ! ぜ、ぜんぜん効かないわね。そんな貧弱な見た目じゃあ、ねぇ……?」
「~~ッ! 死ねッ!」

 カーミラが力を込めてエリーを蹴り上げた。カーミラの足がエリーの腹を貫く。エリーが口から大量の血を吐いた。
 カーミラがさっとエリーの下から離れた。そこへ先ほどまでミーナが持っていた巨大包丁が突き刺さる。カーミラがミーナたちの方を見た。そこには包丁を投げた体勢でカーミラを睨みつけるミーナと、エリーを心配そうに見つめるクロエの姿があった。
 カーミラはクロエの視線が自分に向かっていないことを知ると、途端にやる気をなくしたような表情になった。そして拗ねたように近くの壊れたベンチを蹴り壊すと、右手を高く掲げて指を鳴らす。
 すると、突如大聖堂の上に恐ろしい程の魔力が突然あらわれた。それは本当に突然の出来事だった。これほどまでの存在が近づいていれば、いくら戦闘中であっても気が付くはず。それほどまでに大きい反応である。
 その謎の存在は大講堂のステンドグラスを割って入って来た。砕け散るガラスの破片、そして自身も月の光を浴びて輝くそれは、銀色の竜である。竜はその大きさに見合わない軽やかな様子でふわりと飛び上がると、そのままカーミラの隣に降り立った。

「ウフフ、良い子ね。」
「銀色の天竜《ハイヤードラゴン》……!? まさか、絶滅したと言われている『次元竜』ですか!?」

 ミーナが驚いたような声でカーミラに尋ねた。カーミラはその反応に満足そうな様子である。気分が良くなったのか、ミーナの存在を認めた上で言葉を返した。

「フフッ、そうよ。アタシの可愛い、ペットの天竜《ハイヤードラゴン》。可愛いでしょ?」

 次元竜と呼ばれた竜は、その大きな頭をカーミラに擦り付けた。かなり懐いているようである。カーミラはそのまま次元竜の頭に乗ると、高いところからクロエたちを見下ろした。
 次元竜が右の前足の爪に魔力を込めた。そして空間を削り取るかのように振り下ろす。振り下ろされたその軌跡、そこがまるでひび割れたかのように開いた。次元竜はその名の通り、次元の狭間を自由に行き来出来るようである。そしてその裂け目の先、真っ暗で分からないがその先からは、カーミラと肩を並べるほどの魔力が数多く感じられた。

「アタシね、最近仲間を集めてるの。それも普通のじゃなくて、特別な子たち! そうね、あなた達で言う逸脱種《フリンジ》の集団よ。」
「何ですって!?」

 サラが驚きの声を上げた。一体だけでも国レベルで対処する存在、それが逸脱種《フリンジ》である。そんな存在が徒党を組んでいる。しかもその長は吸血族《ヴァンパイア》の逸脱種《フリンジ》、「吸血姫」なのだ。それだけでろくでもないと言う事がわかる。
 カーミラが言葉を続けた。

「ねぇ、クロエ。あなたアタシと一緒に来なさいよ!」
「えっ!?」

 クロエが驚きの声を上げた。カーミラはそんなクロエの様子を気にせずに言葉を続ける。

「あなた、自分の種族が分からないんでしょ? だって、アタシでも分からないもの。そんな存在珍しいわ! 逸脱種《フリンジ》なんて目じゃない。……今は、返事を聞かないであげる。でも、今度会ったときは無理にでも連れて行くからね。クロエお姉ちゃん?」


 ―続く―
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

勇者パーティーを追放された俺は辺境の地で魔王に拾われて後継者として育てられる~魔王から教わった美学でメロメロにしてスローライフを満喫する~

一ノ瀬 彩音
ファンタジー
主人公は、勇者パーティーを追放されて辺境の地へと追放される。 そこで出会った魔族の少女と仲良くなり、彼女と共にスローライフを送ることになる。 しかし、ある日突然現れた魔王によって、俺は後継者として育てられることになる。 そして、俺の元には次々と美少女達が集まってくるのだった……。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

序盤でボコられるクズ悪役貴族に転生した俺、死にたくなくて強くなったら主人公にキレられました。え? お前も転生者だったの? そんなの知らんし〜

水間ノボル🐳
ファンタジー
↑「お気に入りに追加」を押してくださいっ!↑ ★2024/2/25〜3/3 男性向けホットランキング1位! ★2024/2/25 ファンタジージャンル1位!(24hポイント) 「主人公が俺を殺そうとしてくるがもう遅い。なぜか最強キャラにされていた~」 『醜い豚』  『最低のゴミクズ』 『無能の恥晒し』  18禁ゲーム「ドミナント・タクティクス」のクズ悪役貴族、アルフォンス・フォン・ヴァリエに転生した俺。  優れた魔術師の血統でありながら、アルフォンスは豚のようにデブっており、性格は傲慢かつ怠惰。しかも女の子を痛ぶるのが性癖のゴミクズ。  魔術の鍛錬はまったくしてないから、戦闘でもクソ雑魚であった。    ゲーム序盤で主人公にボコられて、悪事を暴かれて断罪される、ざまぁ対象であった。  プレイヤーをスカッとさせるためだけの存在。  そんな破滅の運命を回避するため、俺はレベルを上げまくって強くなる。  ついでに痩せて、女の子にも優しくなったら……なぜか主人公がキレ始めて。 「主人公は俺なのに……」 「うん。キミが主人公だ」 「お前のせいで原作が壊れた。絶対に許さない。お前を殺す」 「理不尽すぎません?」  原作原理主義の主人公が、俺を殺そうとしてきたのだが。 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル表紙入り。5000スター、10000フォロワーを達成!

最弱悪役令嬢に捧ぐ

クロタ
ファンタジー
死んで乙女ゲームの最弱悪役令嬢の中の人になってしまった『俺』 その気はないのに攻略キャラや、同じ転生者(♂)のヒロインとフラグを立てたりクラッシュしたりと、慌ただしい異世界生活してます。 ※内容はどちらかといえば女性向けだと思いますが、私の嗜好により少年誌程度のお色気(?)シーンがまれにあるので、苦手な方はご注意ください。

『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』ぜひ各サイト責任者様にご一読、検討してほしい…各サイトを利用してみての格付けと要望、改善提案

アヤマチ☆ユキ
エッセイ・ノンフィクション
このエッセイは、タイトルの通り、ぜひ各サイトの責任者の方にご一読、検討してみていただきたい。 実際に『小説家になろう』、『カクヨム』、『アルファポリス』…各サイトを使用し、投稿を行ってみた1ユーザーとしての、それぞれのサイトデザインについての印象と感想、独断での格付け。 及びそれぞれのサイトへの『要望と改善に向けての提案』を記したモノになります。 責任者の方へ…とありますが、「他のサイトを利用してみようかな?」…と考えている方の選択の際の一助になれば幸いです。 読み辛くなるために、各サイト様の敬称は略させていただきます。また順番は私がユーザー登録した順であり、他意はありません。 ※この内容は2016年06月10日頃まで…の内容となります。 それ以降に変更等があった場合には内容が異なる可能性があります。 特に『カクヨム』、『アルファポリス』様は頻繁に改善等を行われておりますので ※小説家になろう様、カクヨム様、アルファポリス様にて掲載

東方並行時空 〜Parallel Girls

獣野狐夜
ファンタジー
アナタは、“ドッペルゲンガー”を知っていますか? この世には、自分と全く同じ容姿の人間“ドッペルゲンガー”というものが存在するそう…。 そんな、自分と全く同じ容姿をしている人間に会ってみたい…そう思ってしまった少女達が、幻想入りする話。 〈当作品は、上海アリス幻樂団様の東方Projectシリーズ作品をモチーフとした二次創作作品です。〉

処理中です...