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第四章:犠牲の国・ポルタ

第74話

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 石造りの城門をくぐり、クロエたち三人はめでたくもポルタへの入国を果たした。国内の道はきちんと舗装されている。どうやら国内の整備はある程度のレベルで行われているようだ。ミーナが感心している。

「城門前の道は、言わば国の玄関口。ここの様子を見るに、しっかりと作られていますね。これは期待が持てそうです。」

 ミーナがヒールの音を響かせる道は石造りである。現時点から見える道はすべて同じく舗装されていた。
 三人は歩き始めた。道を挟むように商店が立ち並んでいる。クロエたちはそれぞれ辺りを見渡しながら道を進む。どうやらこの辺りは国外との貿易を行う店舗が多いようだ。軒先に並ぶ品物を見ると、この辺りではあまり見ない果物や野菜、中には海産物の加工品も並んでいた。
 しかし、冒険者や旅人の類があまり来ないと言うのは本当らしい。オーラントやガンク・ダンプでは宿屋や武器屋も多く建ち並んでいたが、このポルタの城門前の通りには一軒もなかった。
 そもそも、入国審査官が言っていた通りこのポルタは森の中と言う交通の便で言えば不利な立地にある。外との交易もあまりなく、それ故に入植者も滅多にないのだろう。人口もそう多くはなさそうなのだ。それを証明するかのように、道行く人の数はクロエがこれまで訪れた国に比べ少なめであった。

「うん、静かでゆっくり出来そうな国だね。」
「そうですわね。これまでの国では何故か何らかのトラブルに巻き込まれっぱなしでしたもの。たまにはこんな国がないと休まりませんわ。」

 クロエの言葉にサラが背伸びをしながら答えた。見目麗しい容姿のエルフの少女が、往来で惜しげもなく伸びをする。その動作に従って、クロエよりははるかに育った胸がプルンと揺れた。道行く男性たちがさっと視線を逸らす。

(おぉ……この国の人たちは、どうやら正しい意味での紳士が多いみたいだ。)

 サラはどうやら自分の動作に自覚がないようだ。そして自身に集まる視線や注目にも無頓着である。これは恐らく、彼女が「エルフの郷」という閉鎖的な場所で育ったからだろう。

「サラさん、サラさんはもう少し自分の容姿に自覚を持った方が良いと思うよ?」
「え? な、何故ですの?」

 よく分かっていないサラの返答に、クロエに加えミーナもため息をついた。ミーナは過去に世界を旅した経験があるので、異性からの視線などにも理解があるようだ。実際、スカートなどの所作やその立ち振る舞いは一人の女性としてかなり完璧に近いものである。

(正直、ボクが男のままだったら……いや、何でもない何でもない。女としては目標にしたいもんね。大人の女性って憧れる……)

「どうしましたか?」
「え、ううん……何でもないよ?」

 視線を感じたらしいミーナがクロエに声をかけた。こうした視線への反応もサラとは違う点だろう。クロエは改めてミーナと言う人物の底知れなさを感心するのだった。
 すると、先に歩いて辺りを見渡していたサラが振り返り、クロエたちに話しかけてきた。

「見たところ、このあたりに宿屋はないみたいですわね。どうしますの、ミーナ?」
「そうですね。まずはギルドと提携があると言う騎士団の詰所へ参りましょう。この国はイグナシアラント金貨が使えるはずですが、それでもある程度はこの国の貨幣を得ておきたいですからね。」

 ミーナの言葉に出てきた「イグナシアラント金貨」と言うのは、主に人類種の国家で普及している共通貨幣である。この世界では貨幣は統一されていない。国家内でそれぞれ独自の貨幣制度を導入している。また国家間で条約を結んで共通貨幣制を取ることもある。
 しかし、国家間を行き来する商人にとって貨幣が異なるのは手間が増えてしまう事となる。為替の問題もある。金や宝石類の物々取引では、貨物が圧迫されてしまう。
 その不満を解消すべく、商人連合と冒険者・旅人相互扶助組合、通称ギルドが連携して発行しているのが「イグナラシアラント金貨」なのだ。その価値は連合とギルドが保証しており、人類種の国家はほぼすべてが、その他魔族の国家の大部分でも導入されている信頼度の高い貨幣なのである。

「そう言えば、ボクたちのお金は基本的にミーナさんの管理だけど、どんな風に管理してるの?」

 クロエがふと思い立って尋ねた。サラも無言で聞いている。

「基本的にはイグナラシアラント金貨です。大体、資金の半分ほどですね。残り四割は宝石類や魔結晶で、一割程度はその国々の貨幣に換金しております。過去の旅ではイグナラシアラント金貨の割合はもっと少なかったのですが、現在は普及が進みましたからね。これが安心です。」

 ミーナの返答はクロエの予想以上にしっかりと考えられたものだった。流石エルフの郷では長老であるサーシャの秘書であっただけはある。

(そっか、ミーナさんって日本で考えれば官房長官みたいなものになるのか。)

「やっぱりミーナさんについて来てもらって正解だったね。ボクだけだったらそんなお金の管理出来てなかったもん。」
「そんな……おだてても何も出ませんよ? ですがクロエさん、あそこのお菓子でも食べますか?」

 ミーナが謙遜しつつもクロエにお菓子を買い与えていた。どうやら表には出さないが嬉しいようだ。サラが後ろからクロエの服の裾を引っ張った。

「……クロエさん。あの、わ、私はどうですの?」
「え? サラさん、ですか……えっと、ですね……」

 クロエが言葉を濁した後に視線をそらした。その反応にサラがショックを受けたような表情となる。わざとらしく「よよよ……」と膝をついた。

「嘘だよ嘘! 冗談だよ! サラさんだってかけがえのない仲間だよ。郷を出たとき、一番初めにボクの下に来てくれたんだもん。とても嬉しかったんだから!」
「ク、クロエさん……! フ、フーン、騙されませんわ? 言葉だけなら何とも言えますものね……?」

 クロエの言葉にサラは一瞬目を輝かせるものの、少し拗ねたような態度を取った。わざとらしく呟きながらクロエを横目でチラチラ見ている。

(あ、これ面倒な奴だ。困ったなぁ……)

 クロエが助けを求めるようにミーナへ視線を向けるも、ミーナは関係ありませんとばかりにそっぽを向いていた。

(あ、味方もいないのか。しょうがない、少し恥ずかしいけど……)

 心の中で嘆息したクロエは覚悟を決めてサラの正面に回ると、恥ずかし気に赤らんだ顔のままサラを正面から抱き留めた。

「ク、クロエさん!?」
「さ、さっきの言葉は本心だよ? サラさんには本当に感謝してる。」

 クロエの薄いながらもしっかりと柔らかい少女の身体が、サラに確かな重みと安心感を与えてくれる。その柔らかな感触と熱さにサラが鼓動を早くした。

(え? え? えぇ!? ちょ、ちょっとからかってみるだけのつもりでしたのに、何というゴネ得! で、でもこの状態、かなりマズいですわ! 主に私の理性が!)

 少女特有の甘い香りがクロエの髪から立ち上る。サラの理性を破壊しかねないその凶悪な魅力はサラの顔を真っ赤にさせるには十分すぎた。
 そしてそれはクロエも同様である。

(マ、マズイ……! サラさんすっごいいい匂いする!? それに、その、おっぱ……胸も当たってるし!? やっぱこれ止めるべきだったかな!)

 目をぐるぐるさせて顔を真っ赤にさせるクロエ。もはや両者ともこれからの展開を望めそうになく、膠着状態にある。どうでもいいが、人通りが少ないとはいえ真昼の往来である。国によっては警察が呼ばれても仕方ないだろう。
 そろそろクロエたちがいろいろな理由で限界に達しつつあったその時、不意にとある商店から出てきた影が大きな声を上げて二人を引きはがした。

「ちょっ! こんな真昼間からなにやってんのよアンタら!?」
「ふぇ……?」


―続く―
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