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第三章:蒸奇の国・ガンク・ダンプ

第70話

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 一夜明けて翌朝。宿のチェックアウトを済ませたクロエたちは改めてギルドへの挨拶を済ませていた。オトミに昨日のお礼をする。幾言かの話し合いの内、次の目標はギルド本部のあるライハルト王国に決まった。今回の件とオーラント革命の件、報告すべき案件が揃いも揃って大きい。これにはオトミも苦笑するしかないようである。最後にオトミは立ち上がるとクロエたち一人一人に改めて挨拶とお礼を言っていた。
 そして、クロエの番では懐かしい日本語での会話だった。

『白銀の嬢ちゃん。これまでのアンタの道のりは大変なものだったし、これからも大変な物だろう。それはあんたの運命みたいな物さね。その過程で心無い言葉や扱いを受けるだろうね。』
『はい……』
『――でもね、くじけちゃいけないよ。アンタには仲間がいる。他の知らん奴が何を言ったって関係ない。アンタはアンタだ。かけがえのないクロエって言う存在なんだ。忘れちゃいけないよ?』
『……はい、ありがとうございます……!』

 三人はそれぞれ言葉をもらい、そしてギルドを後にした。最後の準備を済ませ、三人は谷を上る昇降機の中へと入る。決して短くない期間を過ごした蒸奇の国が、遥か眼下の存在となっていった。
 ガコンと言う軽い衝撃と共にブザーが鳴った。昇降機の扉が開き、三人は鉄籠から出る。谷の上、入国の際にも訪れた入国審査所の小屋のある場所だ。

『――あー、聞こえますかー?』
「あ、はい。聞こえますよー。」
『あぁ、良かった良かった。はい、出国の手続きはすでに下で頂いているので大丈夫です。そのまま出国なさってください。ただ……』
「ただ? 何ですの?」

 アナウンスの声が不用意に途切れた。サラが不審そうに聞き返す。すると、すぐにアナウンスが再開された。しかし、その声は先ほどの物とは別の声だった。

『……む、聞こえるでありますか?』
「! その声、ルウさん?」
『おお! こちらも聞こえるであります! いやぁ、この機械を使うのは初めてでありまして、何分勝手がわからくて……』

 聞こえてきたのはルウガルーの声だった。少し会わなかっただけなのに、無性に懐かしく聞こえてしまうクロエ。そんなクロエの心情は露知らず、ルウガルーの声は続く。

『隊長は現在、国軍本部にて会議でありまして。挨拶に伺えないのを悔やんでいたであります。しかしそれは我々も同じ。この国を救ってくれた英雄に別れの挨拶ができないのは無念でありました。ですので、入国審査官に無理を言ってこうして通信をつなげて頂いたのであります!』
『『『白銀殿! ミーナ殿、サラ殿!この国を救ってくださり、ありがとうございました!! 貴女方の旅路に幸多からんことを!!』』』

 恐らくマイクを持つルウガルーの背後にいる隊員達だろう、大きな声で発されたその言葉はクロエのみならずサラやミーナの心に大きな衝撃を与えた。しかし、通信はまだ終わらなかった。ルウガルーが背後に聞こえないようにだろう、小声で言葉を続けたのだ。

『クロエ殿。自分は……いえ、……いつか自分の夢を叶えます。貴女も、負けないで。貴女の旅路に幸多からんことを。』

 そこでルウガルーの通信は終わった。最後に発せられた言葉に事情を知らないサラとミーナは不思議そうな顔をしている。だが、クロエだけは覚悟を新たにするような表情で笑っていた。

『――お待たせして申し訳ありませんでした。私も国軍の一員として、改めてお礼申し上げます。なにせ、国の中で一番外にいる身ですので、貴女に命を救われた存在の一員です。本当にありがとうございました。またこの国立ち寄ることがあれば、ぜひいらしてください。いつでも歓迎いたします!』

 そこまで言うとアナウンスが終了した。機械的な音声が出国許可を伝える。ミーナは【パンドラ】を展開、入国の際にしまった幌馬車を取り出した。

「あれ、ミーナさん。馬車少し変わりました?」
「ええ。少し大きめのものに変えました。丁度売りに出されていましたので。」

 これでより快適な旅ができるのだろう。さっそくサラが荷台に乗り込んだ。「クッションが柔らかいですわー!」と言う声が聞こえる。クロエとミーナも苦笑しながら馬車に乗り込んだ。
 御者台に座ったクロエが手を前にかざす。魔力を集めて口を開いた。

「そう言えば、お前に名前つけてなかったね。おいで、【影創造クリエイト影狼ガルム】。」

 クロエの手の示しに従うように影が伸び、湧き上がるように巨大な狼が現れた。影で出来たそれは名の示す通り漆黒の狼である。両目からは紫の紫煙を上げて、もらった名前を喜ぶように遠吠えを叫んだ。

「じゃあ、動きますよ。」

 クロエの掛け声とともに馬車が動き出した。巨大な狼が引くそれをもはや「馬車」と呼んでいいかは分からないが。
 砂漠の路をものともせずに馬車は走っていく。名前を与えられたことでその能力を増した【影狼ガルム】は、悪路と幌馬車をものともせずに走った。幌馬車もガンク・ダンプの技術が込められた最新のものなのだろう。見た目は普通だが全くと言っていい程振動がなく、中でサラが立ち上がってクロエの下へ歩み寄れるほどだった。

「ねぇ、クロエさん。私、一つ気になっていることがあるんですの。」
「え、気になっていること、ですか?」

 クロエが振り返ってサラの方を見た。その視線の先、サラは少し不機嫌そうな顔をしてクロエを見下ろしている。ただただ、じーっと。

「え、え? ど、どうしたんですか……?」

 耐え切れなくなったのか、クロエが少し不安そうな声色で尋ねた。だが、サラはその言葉を聞くと「はぁ……」とため息を一つ付いてしまった。

「やっぱりですのね……」
「な、なにがやっぱりなんです?」
「それ! それですわ! 敬語!!」
「え……へ?」

 腕を組んでプンプンと言ったように怒っているサラ。クロエは一度前方を確認し、「ちょっとよろしくね」と影狼ガルムに声をかけてサラの方へ振り向いた。

「敬語って、別に前からじゃないですか。何で今更……?」
「だ、だって! ルウガルーさんとの会話では敬語ではなくなってたじゃありませんか! さっきも何だか親密そうでしたし……こう、何と言うか、卑怯ですわ!」
「……クロエさん。要は『あんなぽっと出の人に親密な口ぶりで話すなら、私にも同じようにして欲しい』と言っているのです。面倒ですね。」
「ミ、ミーナ!? べ、別にそこまで言っていませんわ! ただ、その……私たちの方が長い付き合いですのに、何だか他人行儀な気がしただけで……その、他意はありませんわ。」

 サラの言葉にクロエはヒフミ救出の際の会話を思い出していた。確かにルウガルーとの会話の時は敬語ではない。サラたち相手に敬語なのは恩を感じているのと、今までの習慣みたいな物である。

(うーん、今更意識すると少し気恥ずかしいけど……確かに距離あるみたいに聞こえるし……よし!)

「えーっと、これでいいかな、サラさん。って、やっぱり違和感あるね……って、どうしたの!?」
「す、素晴らしいですわ……!!」

 サラは上を向き右手で顔を、左手でこぶしを握っていた。その姿からはやり遂げたかのような達成感が現れている。
 するとミーナがサラの背後から近づいてきた。少し悪戯っぽいような笑みを浮かべてクロエに話しかける。

「おや、では私にも当然同じように話してくれるのですよね?」
「えっ!? で、でも、ミーナさんはその、畏れ多いって言いますか……そのぉ……」
「で・す・よ・ね?」
「……はい。こ、これでいいかな、ミーナさん?」

 砂漠を走る馬車は賑やかな一行を載せて砂漠をひた走っている。雲一つなく澄み渡った青空は、どこまでも青く、青く。終わりを感じさせない高みを表していた。

「……やっぱり、二人がいてよかったよ。」

 クロエがそう呟いた声を聞く者は誰もいない。

 ―第3章・完―
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