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第三章:蒸奇の国・ガンク・ダンプ

第55話

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「や、やりましたわー!!」

 サラがもろ手を挙げて立ち上がり叫んだ。周囲の観衆も同じように立ち上がり、誰もが予想しえなかった結末にその興奮を高ぶらせている。その興奮は止まるところを知らないようで、あっという間にコロッセオ全体を包み揺さぶるのだった。

「す、凄いですわ! 流石クロエさん、信じてましたわ!!」
「ふぅむ……確かに、流石はAランクメンバーだね。いくらカウンターとは言え、ああも見事に決めるなんてねぇ。」
「しかも、先ほどのは相手の『自動防御オートガード』を見越しての攻撃でした。恐らくは相手のシールドバッシュから得た着想だと思いますが……」
「そ、それはどういうことですの?」

 二人で試合展開を語り合うオトミとミーナに対し、一部分からない様子で尋ねるサラ。その言葉にミーナが解説を加える。

「先ほどは、対戦相手のキリア様のトドメの一撃をクロエさんが超加速を用いた回避で背後に回り、その勢いのまま大剣を盾にした体当たりで勝負が決まりました。ここまではよろしいですか?」
「え、ええ。問題ありませんわ。」

 すこし興奮が落ち着いたのか、サラはストンと椅子に座り直し話を聞き始めた。

「あの一連の流れにおいてクロエさんが勝利に至った要因は二つございます。」
「二つ、ですの?」
「はい。まず初めに、位置取りですね。最後の瞬間、クロエさんはフィールドの端の方へいました。試合を見ていましたが、クロエさんは相手に悟られぬようあの位置へわざと向かっていたのです。」
「そうですわね。それは私にもよくわかりましたわ。あえて大きく飛ばされていたり、弾かれる方向を変えていたりと少し意味が分かりませんでしたけど、最後のあの場面へ向かうためだったとしたら納得ですわ。」

 サラが顎に手を添えながら話し出す。弓を主武器にする彼女にとって、戦闘における位置取りはまさに命に係わる問題だ。それゆえにクロエの戦いにおいてほとんどの観客が気づかないであろう位置取りに気が付いたのだ。
 しかし、そこまで語ったところでサラの言葉は止まる。サラが先ほどの戦闘において気が付いたクロエの工夫は位置取り以外にはなかったのだ。むしろそれこそがすべてを決定づけたのだと考えてすらいる。
 その様子を見たミーナが軽く微笑みながら言葉を続けた。

「もう一つの点は、お嬢様では気づきにくいかと思われます。クロエさんの勝利を決定づけた一番の要因、それこそは、最後の攻撃にあるのです。」
「最後の攻撃、ですの? 私の目にはただの体当たりにしか見えなかったのですけど……」
「ええ。間違いありません。あれはまごうことなき体当たりです。しかし重要なのは、斬撃武器を装備しているにもかかわらず、何故体当たりを選択したか。この一点なのです。お嬢様とて、攻撃するならばお手持ちの武器を使うかと思います。それなのにクロエさんは大剣による斬撃を行わず、大剣を盾として体当たりをなさいました。何故だか、分かりますか?」

 ミーナの問いかけにサラはその細い眉をゆがませる。腕を組み、自身の形よく整った胸を寄せ上げながら悩む姿は一枚の絵画にしても良いくらいであったが。
 数秒の黙考を経たのちに、サラは閉じていた瞼を開き、その深緑の瞳をミーナへ向けた。そして眉を八の字にしたまま軽く情けない声で降参と告げる。

「まぁ、遠距離武器を使われるお嬢様には分かりにくいでしょうね。まずお嬢様に知っておいてほしいのは、攻撃には三つの種類があると言う事です。」
「それは、遠中近距離という意味ですの?」
「いえ、攻撃の効果における三種類です。点と線と、面です。例えば斬撃武器ならば、その攻撃の効果が及ぶ軌跡は線状となります。お嬢様の使う弓矢なら、相手に攻撃の効果が及ぶ形は点です。魔法による爆撃ならば面です。この区分けは、ご理解できますか?」
「……そうですわね。今まで意識したことのない分け方ですけど、確かにそう分かれますわね。」

 サラが納得したように頷いた。彼女の様に同じ武器を使い続ける者にとって、他の武器種の事を考えることはしなかったのだろう。

「そして、先ほどのクロエさんの場面に戻りますが、クロエさんはキリア様の丁度背後へと位置取りをなさいました。その位置関係において線状の攻撃である斬撃は、およそ天頂を起点とした円形の攻撃しか取れません。更に言うならばその攻撃はどれも横からの出発、相手へ加わる力も横方向へそれてしまいます。『自動防御(オートガード)』を備えた上に、重量の面でも劣るクロエ様の攻撃ならば、恐らく微動だにせず受け止められてしまっていたでしょう。」
「そうですわね……あ、それならば、突きはどうですの? 剣は突きができますわ。これはいわゆる点の攻撃ですわ。」

 サラが閃いたと言うように声を上げる。剣は線状の攻撃の他、点の攻撃である突きを行える。攻撃の自由度で言うならばとても広いものだろう。ミーナもまさかサラからその指摘があるとは思わなかったのだろう。少し眉を上げ、驚いたような表情を見せた。

「素晴らしい。流石はお嬢様です。お嬢様の仰る通り、線の攻撃がマズいのならば面の攻撃か、点である突きが効果的でしょう。しかし、点の攻撃は高い攻撃力を秘める反面、一つ弱点を持つのです。」
「弱点ですの?」
「はい。それこそ、点であるが故の攻撃範囲の狭さ、そしてそこからくる避けられやすさであったり、攻撃をそらされやすかったりなどの点です。点の攻撃は攻撃範囲が狭いので、少し動かれるだけで攻撃が外れます。また、武器を横からいなされる心配もありますしね。」
「……なるほど。ですからクロエさんは剣を使った斬撃でも突きでもなく、剣を平らに構えて押し出す面の攻撃をしたんですのね?」
「はい、恐らく。面の攻撃は威力が散りやすい欠点があるものの、その攻撃範囲の広さや避けにくさが長所です。あの場面で大剣によるシールドバッシュを行うことで、相手の『自動防御オートガード』ごと相手を吹き飛ばすことができるのです。また、フィールドの端と言う位置取り、あそこで位置取りを入れ替えることで少しの吹き飛ばしで相手を場外に落とすことができます。見事に計算された試合運びでした。天晴です。」

 ミーナの説明にサラは完全に納得したようだ。また、その周囲にいた人々もミーナの説明を聞き、納得したように頷いていいる。彼らも先ほどの攻防が何となくすごいとは思ったが、具体的にどう凄いのか分かっていなかったのだろう。
 一連の説明をもとより理解していたであろうオトミですら、その説明に感心したようにしていた。そして笑いながらとある提案をミーナに持ちかけた。

「メイドさん、あんた説明が上手だねぇ。」
「恐れ入ります。昔はお嬢様のお世話係や教育係をしておりましたので。」
「どうだい、この国で教師をやらないか? アンタならどんな科目でも教えられるだろう? 今ちょうど教師が不足しているらしいんだよ。」

 オトミの勧誘にミーナは口を隠して微笑んだ。そして表情は笑みのままだが、その言葉に力を込めてきっぱりと断るのだった。

「申し訳ありません。大変魅力的な提案ですが、お断りさせていただきます。わたしはあくまでメイドですから。」

 ―続く―
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