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第三章:蒸奇の国・ガンク・ダンプ

第48話

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「え? そ、それでどうなったの?」

 ヒフミに話に身を乗り出して聞いていたクロエは話の続きを催促する。その様子を微笑ましく感じたのか、ヒフミは少し笑いながら話を続けた。

「ああ。鉄骨が割れんばかりの大轟音を上げて私たちの上に降り注いだんだ。周りの人たちは顔を青ざめさせたらしい。すぐに事故現場に人が集まり、私たちの救出、と言うよりも内心遺体発掘だったんだろうな。それが始まったんだ。だが、鉄骨をやっとの思いでどかすと、そこにはドーム状の真っ白な何かがあった。恐る恐ると言った様子でそれをノックすると、それがぱかっと持ち上がって、中からケガ一つない私たちが出て来たんだ。あの時の周囲の驚きようは……ビデオがない事を後々後悔するほどだったな。」

 その光景を思い出したかのように笑い出すヒフミ。するとサラが不意に口を開いた。

「それで、ヒフミ様。ヒフミ様方の窮地を救ったその白いドームのような物とは何だったのですか?」
「うむ。順を追って話そう。鉄骨の下から救い出された私はとりあえずその場は家に帰された。そしてその翌日、自宅に軍の人たちがやってきてこう言ったんだ。『少し聞きたいことがあるので、ご同行願えますか?』とな。連れていかれた先は軍の研究所、そのとある一室に通された私の目の前には先日私の命を救ったあの物体があった。そして驚く私を前にして研究者らしき老人が尋ねたんだ。『この物体を作ったのは、あなたか?』 私は肯定した。するとその老人が説明してくれたんだ。『この物体ははるか遠い過去に失われたとされる伝説の神工金属・白剛石アダマント)じゃ。』とな。」

 そこまで話すとヒフミは左手を横に出し魔力を練り上げた。精神を集中させ、ゆっくりと魔法を詠唱する。

「鋼鉄特殊魔法、【流金鑠石エント殲滅槍シュトゥルツェンランツェ

 詠唱と同時にヒフミの手から、まるで湧き出すかのようにパキパキと音を立てて真っ白な鉱石のような物が現れた。室内灯を鈍く反射しながら続々と現れるそれは、次第に集まり一つの形を成した。それは龍を模したような一振りの槍だった。
 完成した槍を手に持ち立ち上がると、ヒフミはクロエたちの側へ向かい槍を手渡した。受け取ったクロエは両隣のサラとミーナと共にそれを興味深そうに観察する。

「それが私の魔法で生みだした白剛石アダマントで作った槍、『白剛石シュトゥルツェンランツェ』だ。恐らくこの世界の誰も折ることができない最強の鉾だろう。」

 少し自慢げにそう語るヒフミ。彼女は皆の視線が槍に向かっているのを見計らってクロエの背後に回り、気づかれないようにその頭を撫でていた。
 一方、撫でられるクロエはその事に気が付かず渡された槍をしげしげと眺めていた。元・男である身としてこういった武器の類は惹かれる何かがあるのだろう。
 手に持つそれは見た目よりもはるかに軽い質量をクロエの小さな手に与えていた。鈍く輝くその純白はまるで艶消し処理を施したかのようである。軽く指で叩いてみると、石と言うより金属のような感触であった。今まで触れたことのあるどんな素材にも該当しない、まさに伝説の物なのだろう。

「いやぁ……凄いですね。ありがとうございまし……って! なな、何してるんですか!?」

 槍から意識を戻しヒフミに礼を言おうとして、ようやく自分が撫でられていたことに気が付いたクロエ。顔を赤くして文句を言う。サラもそれに気が付いたのかその表情を驚愕に染め、「き、気が付きませんでしたわ……さすが転生者ですわね……!」と、一人謎の対抗意識を燃やしていた。
 怒られたヒフミは笑いながら槍を受け取り自分の席に着く。その間に槍はきれいになくなっていた。

「悪い悪い。撫で心地が良さようでつい、な。」
「まったく……で、結局どうして軍に入ることになったんですか? さっきまでの説明じゃつながりませんよ。」

 少しむくれたようにクロエがそう言った。本人にしてみれば自分は怒っていますと言うアピールのつもりなのだろうが、傍から見るそれは幼子が拗ねているようなものにしか見えない。
 苦笑したヒフミが説明を続けた。

「そうだったな。私が白剛石アダマントを作れることを知った軍は私を軍へと入れたんだ。恐らく武器に活用しようとしたんだろう。だが、私の作る白剛石アダマントはあくまで私の魔法により作り出されたものだ。私の手を遠く離れたものは維持できないし、何よりそんなに魔力を捻出することは出来ない。研究の結果そう判明した私はお払い箱になるかと思いきや、それまで一応軍所属と言うことで訓練を受けさせられていた中で、私の戦闘能力だとか、指揮能力が高いことが分かってな。私の魔法も込みで是非このまま所属してくれと頼まれたんだ。そこからあれよあれよと言う間に特別編成隊の隊長だよ。まったく、日本では就活をどうしようとか話していたのにな。」

 そう笑いながら話すヒフミ。現状の立場だけ見ればとんでもないサクセスストーリーだろう。
 同意するかのように笑うクロエだったが、ふと気になることがあったのか運ばれてきたデザートを口に運びながらヒフミに質問をする。

「ねぇ、ヒフミさん。その、ヒフミさんが隊長をしてる『特別編成隊』って何なの? そんな名前が付くっていう事はなにか特別なんでしょ?」
「何だ、ルウから聞いてないのか?」
「うん。そう言えばルウガルーさんの事『ルウ』って呼ぶんだね。」
「愛称だ、愛称。」
「ねぇ、ルウガルーさん。ボクもルウさんって呼んでいいですか?」

 そう笑いながらルウガルーに尋ねるクロエ。先ほどから自分の名前が出てきて耳をそばだてていたルウガルーは、突然の指名に耳をビクッとさせて驚いた。

「へ!? あ……いえ、ど、どうぞ、お好きに呼んでいただいて構わないであります……」
「良かったじゃないか。で、その特別編成隊だがな……まぁこれも一応軍の機密だから部外秘だぞ? お前は蒸奇装甲スチームアーマーを知っているか? 蒸奇スチームパンクの技術を取り入れたパワードスーツみたいなものなんだが、私隊の部隊はそれらを主な武装に取り入れた新規編成の実験部隊なんだ。」

 得意げに話すヒフミ。自らの部隊の事を誇りに思うのだろう。その言葉は自身に満ち溢れている。

「へぇ! 凄いね!」
「だろう!? 私もまさかこのような隊を任せられるとは夢にも思ってなくてな! 日本にいたときからスチームパンクの世界観は好きだったが……こんなロマンあふれる展開は想像だにしなかったさ。」
「だよね……ボクもまさかこうして旅をすることになるなんて思わなかったし、まさかこうして立ち寄った国でその蒸奇装甲スチームアーマーの戦技大会に出場することになるなんて思いもしなかったもん。」

 クロエがしみじみとそう呟いた時、その言葉を聞いたヒフミとルウガルーが驚いたように声をそろえ、「え……?」とつぶやいた。部屋の中を謎の沈黙が支配する。クロエとサラはその異様な雰囲気にヒフミとルウガルーの両者へ交互に視線を送っていた。ミーナは一人ワイングラスを手に取り葡萄酒を楽しんでいた。

「ど、どうしたんですの……?」

 サラが我慢しきれないと言う様子で質問をした。その言葉にヒフミとルウガルーの両者は我に返ったのか、すこし動揺を見せながらも言葉を返した。

「あ、あぁ、すいません。えっと、サラさん、でしたよね? その、クロエが戦技大会に参加すると言うのは本当なんですか?」
「え、ええ。本当ですわ。とある事情により装着者のいない工房に協力することになりましたの。」
「し、しかし……クロエ殿の体格では蒸奇装甲スチームアーマーを装着できないのでは……?」

 ルウガルーが口を挟んだ。その疑問にはクロエ本人が答える。

「ほ、本当ならそうなんですけど、ボクのような小さな体格の人専門の蒸奇装甲スチームアーマーを作るチームがありまして……えっと、たしか、ミーズ工房っていう名前でした。」
「ミ、ミーズ工房だと!?」

 ヒフミが更なる驚きの声を上げた。その様子にいい加減疑問が募ったのか、クロエが真剣な様子で疑問した。

「ヒフミさん、さっきから何驚いてるの? いい加減分かるように説明してよ。」
「あ、ああ、済まない……そうだな、私が驚いたことは二つある。まず一つ目だが、お前が参加予定の戦技大会だが、私たちも出場するんだ。」
「え!? そうなの!? な、何で……?」

 今度はクロエが驚きの声を上げた。ヒフミたちは軍人である。工業関係者らが参加する戦技大会は彼女らは参加する側ではなく、むしろ開催する側であろうと思っていたからだ。事実、この戦技大会はガンク・ダンプ国軍がおもな運営を取り仕切っていた。

「我々は蒸奇装甲スチームアーマーを主武器にする新規設置部隊でありますから。軍とは関係なしに軍で開発された蒸奇装甲スチームアーマーの性能確認もかねて個人参加するのであります……因みに装着者は自分であります。」

 そう語るルウガルーの言葉にクロエとサラは驚くばかりだ。そして驚くクロエたちにヒフミがさらに驚く言葉をかける。

「それで、二つ目なんだが……その、お前が代わりに参加することになったミーズ工房……そこの装着者がいない理由は知っているか?」
「う、うん……一応聞いてはいるよ。確か、調査隊に志願してて帰国が間に合わないんだよね?」

 クロエの言葉に一つ頷くヒフミ。そしてとても言いにくそうに少し逡巡した後、意を決したように口を開いた。

「その調査隊なんだが……今日の夕方、彼らの乗っていた車が国からかなり遠い位置で発見された。その形は原形をとどめておらず、もはや生存は絶望的だと、軍は考えている。」

 ―続く―

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