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第三章:蒸奇の国・ガンク・ダンプ

第46話

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「まったく……ヒフミさんがそんな強引な人だとは思わなかったよ……」
「わ、悪いと思っている……」

 白銀の少女がクロエだとヒフミが認めて数分。サラの妨害などが入りヒフミはクロエを膝に乗せることを断念していた。それぞれがそれぞれの席に座る。
 するとヒフミが後ろを振り返ってルウガルーに向かって話しかけた。

「おい、ルウ。何をそんなところに突っ立てるんだ。こっち来ないか。」
「へ? い、いえいえ、自分はここで警護を……それに隊長の隣なんて畏れ多くてとても……」
「今はお互い勤務時間外だ。それにこの席は君の為に用意したんだぞ? このままでは一食分無駄になってしまう。誇りある人狼族ウェアウルフとして、食物を粗末にしていいのか?」
「ぬ……痛いところを突いてくるでありますな……で、では、失礼するであります。」

 そう言うとルウガルーは壁の傍から移動して帽子を取り、ヒフミの隣へ着席した。それを確認したヒフミは机の上に置かれていたベルを鳴らす。すぐに一人の給仕が現れた。

「全員が揃った。料理を頼む。」
「かしこまりました。」

 ヒフミが料理を頼んだ。その様子はとても手慣れたものであり、本来なら同い年であるはずのクロエは思わず話しかける。

「ヒフミさん、何か凄い手慣れてるけど……」
「ん? ああ、まぁ仮にも私は軍で接待したりされたりする立場にあるからな。さすがに慣れてしまう。それと、別にこの場はそんなマナーとかを求めるところじゃないから安心しろ。ここには知り合いしかいないからな。日本での一般的な食事マナーで十分だ。」
「そ、そっか……」

 ヒフミの言葉に安心するように胸をなでおろすクロエ。なでおろす手の動きはほとんど膨らみを持たない鉛直の動きであった。

「ねぇ、ヒフミさん。せっかくだし今までの話を聞かせてよ。どうしてこの国の軍隊に入ったの? 将軍だったから?」
「いや、そういうわけではない。そうだな……簡単にまとめると、転生した後、私はこの国の近くの砂漠のど真ん中で目を覚ましたんだ。右を向いても左を向いても一面砂漠。照り付ける太陽が容赦なく私を焼く。とにかく移動せねばと歩き出したんだが、二時間ほど歩いたところで倒れてしまったんだ。当然だな、何の装備もなかったのだから。思わず死を覚悟したよ。」

 ヒフミの話にクロエが驚く。自分と言い、コーガと言い、何かにつけて命の危機にあっている。まるで物語の主人公のような展開ばかりだ。
 ヒフミの話は続く。

「もうダメかと思ったその時、偶然にもこの国の調査隊が傍を通りがかったんだ。私は彼らに救われこの国、ガンク・ダンプへとやってきた。当然身元などを尋ねられたんだが、転生者であることと自分の名前以外には分からない。そんな折に身元を保証してくれたのがギルドマスターのオトミ殿でな。住む場所だったり働く場所だったりを紹介してくれたんだ。まったく、ありがたいことだ。」

 そこまで話したとき、丁度部屋の扉がノックされそこから料理を乗せた皿を運ぶ給仕が現れた。彼らは料理を机に音一つ立てず、一糸乱れぬ動きで並べていく。並べ終わると一つ礼をし、再び去っていった。

「ふむ、流石は『カルロ・メンタ』の従業員。配膳一つにとってもプロですね。」
「おお、分かるのですかメイド殿。この店はわが国が誇る一流店ですから。他国の方にお褒めの言葉をいただくのは最高の賛辞になります。」

 ミーナの言葉にヒフミが嬉しそうに頷く。そしてクロエの方を向いてとある提案をした。

「本来ならこのまま食事が始まるのだが、せっかく日本出身が二人いるんだ。久しぶりに食事の挨拶でもしようじゃないか。」
「いいね。じゃあ、手を合わせて……」
「「いただきます。」」

 クロエとヒフミは手を合わせて、まるで祈るような格好で挨拶をする。そして食器を手に取り食事を始めた。周りの三人はそれを慣れたように見ている。

「おや、そちらのお二方はこの挨拶を知ってらっしゃるのですか?」

 ヒフミの疑問にサラが答えた。

「ええ。最初の方は何を『いただく』と言っているのか分かりませんでしたけど、クロエさんから説明を聞いて理解しましたわ。食材の命をいただく、私たちには無い概念ですけどとても素晴らしいものだと思いますわ。」
「うむ、これは私たちが前世で暮らしていた国の……宗教と言うよりも風習みたいなものでして。どうしても食事の時には言ってしまうものなのです。」
「自分たちの隊でも、食事の時に隊長……いえ、ヒフミ殿が食事の時に言うそれを聞いてまして。意味も分からずマネするものが増え、いまでは全員が声をそろえ言うに至っております。」

 ルウガルーが笑いながらそう言った。軍隊が声をそろえ発する「いただきます」。さぞや迫力に満ちた物なのだろうとクロエは一人想像する。
 食事を続けながらクロエはふと思い出した。

「そうだ、忘れてたけど、この国に保護された後、どうして軍に入ったの?」
「ああ、そうだな。この国で過ごし始めて一週間ぐらいだったかな? 働いていた弁当屋に軍から注文があったんだ。それを届けに軍のとある施設に行ったんだが、そこはとある秘密兵器の開発現場だったんだ。そこでちょっとした事件があってな。紆余曲折を経て軍に入隊したんだ。」
「う、紆余曲折って……そこが一番大切なのに。」

 クロエが少し呆れた顔をする。その反応にヒフミは少し困った顔をした。

「うぅむ……そう言われてもな……一応軍の機密に関することだし、あまり口にするのはな……」
「ヒフミ殿。」

 困ったように唸るヒフミに隣に座るルウガルーが声をかけた。

「クロエ殿はギルドのAランクメンバーでありますので、クロエ殿からの開示請求があった言うことにすれば問題ないのでは?」
「ル、ルウ……君という奴は……」
「あ……も、申し訳ないであります! 出過ぎた真似を!」

 犬耳、いや、狼耳をしゅんとうなだれさせて頭を下げるルウガルー。だがヒフミはその頭にポンと手を置くと、まるで犬をなでるかのように頭をなでた。

「君を言う奴は本当に頭がいいな! やはり君を副官にして正解だった。何よりも可愛くて撫でがいがあるしな。」
「そ、そんな畏れ多い言葉……きょ、恐縮でありますぅ……」

 撫でられて心地よさげに目を細めるルウガルー。その様子はすっかり主人に甘える飼い犬のようだった。尻尾がパタパタと左右に振れる。

(狼って言うより犬みたいだけどな……言ったら怒りそうだから言わないけど。)

 クロエが内心そう考えていると、撫でるのをやめたヒフミがクロエの方へ向き直った。

「それではルウの言った通り、クロエ、お前から申し出があったと言う体で話をしよう。構わないか?」
「大丈夫だよ。」
「よし。それにしても、お前もAランクだったのか。もしよければギルドカードをみせてはくれまいか?」
「いいよ……はい。」

 クロエは組合証(ギルドカード)をとりだすと、ヒフミに手渡そうとした。しかし、机は広く座ったままでは届かない。そこでクロエは足元から影を展開、その影でカードを持ちヒフミに渡した。それを見たヒフミが口を開けて驚く。

「お、おぉ……凄いな。それがお前の魔法なのか?」
「うん。ボクがこの世界に来て考えた発展魔法……【影創造クリエイト】って言うんだ。特殊魔法じゃないよ?」
「影を自在に操る、か。日本の漫画を参考にしたな?」
「あ、わかる? やっぱり漫画とかは凄いよね。」

 クロエの言葉にヒフミが同意する。そして受け取ったカードを眺め、ポツリとつぶやいた。

「ふむ……やはり組合基準職業(ギルスタ・ジョブ)の欄は空白か。『価値ある空白ブランク』と言うわけだな。」
「そうなんでありますよ。自分も確認した時驚いたであります。まさかこんな小さくて可愛らしい女の子がAランクで『価値ある空白ブランク』だとは……さすがは隊長のご友人だ、と。」

 二人はそう言って笑いあっていた。クロエはヒフミの言葉のある点に気が付く。

「ヒフミさん、『やはり』ってことは予想してたってこと?」

 クロエの指摘にヒフミは頷く。

「ああ。私もギルドには所属していないが、念のため『大賢者の目アルゴス』でスキャンだけはされたんだ。その時私の組合基準職業ギルスタ・ジョブの欄も空白でな。そのスキャンを担当した職員の方に『価値ある空白ブランク』だと告げられ説明を受けたんだ。『将軍』と言う役割ロールを受けた私でさえそうなんだ。お前ならばまず間違いないと思ってな。」

 そう言って笑うヒフミ。すると不意にフォークを手に持つと、そこに魔力を流しこんだ。皆の視線が注目する中、驚くべきことに手に握ったフォークがどんどんその形を変え、握った手のひらの中に消えてしまった。数秒の後、再びヒフミが手を開くとそこには銀色に輝く小さなウサギがあった。とても精巧な作りのウサギはとてもよくできている。

「わ!」

 正面にいたクロエがとあることに気が付いて声を上げた。ヒフミが机の上に置いた金属のウサギ、それが動いたように見えたからだ。見間違いかと目を凝らし再びウサギを注視するクロエの前で、なんと金属のウサギが動き出した。

「え? わわっ!」

 動き出したウサギはヒフミからクロエの組合証(ギルドカード)をうけとると、かわいらしい仕草でテーブルの上を走り、クロエに組合証(ギルドカード)を差し出した。クロエがカードを受け取るとウサギは再び走り出し、差し出されたヒフミの手の上に乗る。再びヒフミが魔力を込めると、ウサギはあっという間に形を変え元のフォークへ戻った。

「す、すごい……今のがヒフミさんの魔法?」
「ああ。私の特殊魔法、鋼鉄特殊魔法【流金鑠石エント】だ。金属を自在に操り、さまざまに形を成す。先ほどのような短い間なら自立して動かすこともできる。私はこの力で軍に入ったんだ。」

 ヒフミはそう言うと語りだした。自らの、今に至る物語を。

―続く―
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