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前編 ハジミとクジャ
第8話
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「なあんだ。フィオじゃないのか」
小石が喋った。ハジミは思わず、叫んだ。
「何なの、これ!」
「君こそ、誰だい? ああ、もう、小さい子が来る日が来たの?」
「小さい……!」
ハジミはだんだんいらいらしてきた。小石に小さいと言われるほど、ハジミは小さくない。子ども扱いしてほしくない、そう思ったのだ。
「わたしはハジミ。小さいなんて、言わないで!」
「ハジミ……?」
小石は、まるで首をかしげたような声を出した。
「ああ、ひなぎくのことか。小さい君に、ぴったりの名前だね」
小石は笑った。ハジミの堪忍袋の緒が切れた。ハジミは小石を掴んで、壁に向かって乱暴に投げつけた。小石は壁にぶつかって、また、ころりと転がった。
「うわあ、痛いよう。この子は乱暴者だ。フィオは、僕にはじめて会ったときには、よしよししてくれたのに。こんなにかわいい精霊に会えて、嬉しいって言ってくれたのに。友達になってって、言ってくれたのに!」
小石は泣き出した。ハジミも、泣きたい気持ちになっていた。精霊が見えたのだから。
「こんな乱暴な子、きっと僕のことを、子分にするに決まっている! ああ、嫌だよう。フィオ、帰ってきてよう……」
小石はめそめそしていた。ハジミは、小石までもが、自分ではなくフィオガハを望んでいると知って、ますますいらいらしてきた。フィオガハのことが嫌いなわけではない。だけど、ハジミは、自分に注目が集まらないことには、耐えられなかった。
「めそめそしないで! フィオガハはもういないの! あなたの名前は何? 言いなさい! お望み通り、これからあなたは、わたしの子分になるのよ!」
小石は小さな声で、ダイポ、とつぶやいた。それはそのまま、石の精という意味だった。
「無事に、石の精霊さまにお会いできたのですね。ハジミさま、これからは精霊さまと常に一緒にお過ごしください。さあ、星見の部屋にお戻りください。きっと、クジャさまも、木の精霊さまを連れてお戻りでしょうから」
小石のダイポは、まだ、嫌だよう、と、ぶつぶつ繰り返していた。
「ねえ、あなた、この小石、見えないの?」
念のため、ハジミは神官に尋ねてみた。ハジミにはかすかな期待があった。もし、みんなが見えないふりをしているなら、自分が龍神の化身とは限らない、と。
「失礼ながら、見えません」
神官はきっぱりと言った。ハジミは彼の目をじっとのぞきこんだ。嘘や偽りで瞳が揺れる気配はなかった。
「でも、あなたは、石の精霊さまが小石の姿をしていると、知っていたようだけど?」
「もちろん、存じております。わたくしはもう四十年近くこの神殿におりますが、先代の龍神の化身さまも、そのまた先代のお方も、そのまたまた先代のお方も、みなさま、口をそろえて、石の精霊さまはかわいらしい小石のお姿だと、おっしゃっておりましたから」
ハジミの目の前は、真っ暗になった。ハジミは二、三歩後ずさりし、何かにつまずいて、すてん、と転んだ。
「ハジミさま!」
神官は慌ててハジミを助け起こした。ハジミは怒りの眼差しで、彼女をつまずかせたものを……ダイポのことを見つめた。
「わざとじゃないよう」
ダイポはひくひくした声をあげた。
「あなたは、わたしを守るためにいるのよね! そのあなたが、わたしをすっころばせてどうするの!」
「だから、わざとじゃないよう。うわああん。ハジミは怖いよう。フィオは、フィオは、こんなとき、僕を抱きかかえて、『ダイポ、痛くなかった?』って、言ってくれたのに!」
ハジミの堪忍袋の緒が、また切れた。
「フィオガハのことは、もう忘れなさい! これからはわたしが、龍神の化身、あなたのご主人なのよ!」
言い終えて、ハジミははっと口元を押さえたが、もう、引っ込みがつかない。ハジミは自分が龍神の化身だということを、受け容れるしかなかったのだ 。
小石が喋った。ハジミは思わず、叫んだ。
「何なの、これ!」
「君こそ、誰だい? ああ、もう、小さい子が来る日が来たの?」
「小さい……!」
ハジミはだんだんいらいらしてきた。小石に小さいと言われるほど、ハジミは小さくない。子ども扱いしてほしくない、そう思ったのだ。
「わたしはハジミ。小さいなんて、言わないで!」
「ハジミ……?」
小石は、まるで首をかしげたような声を出した。
「ああ、ひなぎくのことか。小さい君に、ぴったりの名前だね」
小石は笑った。ハジミの堪忍袋の緒が切れた。ハジミは小石を掴んで、壁に向かって乱暴に投げつけた。小石は壁にぶつかって、また、ころりと転がった。
「うわあ、痛いよう。この子は乱暴者だ。フィオは、僕にはじめて会ったときには、よしよししてくれたのに。こんなにかわいい精霊に会えて、嬉しいって言ってくれたのに。友達になってって、言ってくれたのに!」
小石は泣き出した。ハジミも、泣きたい気持ちになっていた。精霊が見えたのだから。
「こんな乱暴な子、きっと僕のことを、子分にするに決まっている! ああ、嫌だよう。フィオ、帰ってきてよう……」
小石はめそめそしていた。ハジミは、小石までもが、自分ではなくフィオガハを望んでいると知って、ますますいらいらしてきた。フィオガハのことが嫌いなわけではない。だけど、ハジミは、自分に注目が集まらないことには、耐えられなかった。
「めそめそしないで! フィオガハはもういないの! あなたの名前は何? 言いなさい! お望み通り、これからあなたは、わたしの子分になるのよ!」
小石は小さな声で、ダイポ、とつぶやいた。それはそのまま、石の精という意味だった。
「無事に、石の精霊さまにお会いできたのですね。ハジミさま、これからは精霊さまと常に一緒にお過ごしください。さあ、星見の部屋にお戻りください。きっと、クジャさまも、木の精霊さまを連れてお戻りでしょうから」
小石のダイポは、まだ、嫌だよう、と、ぶつぶつ繰り返していた。
「ねえ、あなた、この小石、見えないの?」
念のため、ハジミは神官に尋ねてみた。ハジミにはかすかな期待があった。もし、みんなが見えないふりをしているなら、自分が龍神の化身とは限らない、と。
「失礼ながら、見えません」
神官はきっぱりと言った。ハジミは彼の目をじっとのぞきこんだ。嘘や偽りで瞳が揺れる気配はなかった。
「でも、あなたは、石の精霊さまが小石の姿をしていると、知っていたようだけど?」
「もちろん、存じております。わたくしはもう四十年近くこの神殿におりますが、先代の龍神の化身さまも、そのまた先代のお方も、そのまたまた先代のお方も、みなさま、口をそろえて、石の精霊さまはかわいらしい小石のお姿だと、おっしゃっておりましたから」
ハジミの目の前は、真っ暗になった。ハジミは二、三歩後ずさりし、何かにつまずいて、すてん、と転んだ。
「ハジミさま!」
神官は慌ててハジミを助け起こした。ハジミは怒りの眼差しで、彼女をつまずかせたものを……ダイポのことを見つめた。
「わざとじゃないよう」
ダイポはひくひくした声をあげた。
「あなたは、わたしを守るためにいるのよね! そのあなたが、わたしをすっころばせてどうするの!」
「だから、わざとじゃないよう。うわああん。ハジミは怖いよう。フィオは、フィオは、こんなとき、僕を抱きかかえて、『ダイポ、痛くなかった?』って、言ってくれたのに!」
ハジミの堪忍袋の緒が、また切れた。
「フィオガハのことは、もう忘れなさい! これからはわたしが、龍神の化身、あなたのご主人なのよ!」
言い終えて、ハジミははっと口元を押さえたが、もう、引っ込みがつかない。ハジミは自分が龍神の化身だということを、受け容れるしかなかったのだ 。
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