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前編 ハジミとクジャ
第1話
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(そっと歩かなきゃ。そっと、そっと。足音を立てたら、見つかってしまうわ)
女の子が一人、暗い廊下を歩いていた。窓から漏れてくる月明かりを頼りに。
一歩、また一歩。丁寧に、丁寧に歩いていた。なのに、女の子は、石につまずいて転んでしまった。
「ハジミ。何をしているの?」
石が喋った。普通の女の子なら、びっくり仰天して尻餅をつくだろう。しかし、その女の子、ハジミは、驚きもせずに石をけった。
「うわあ、痛いよう」
石はころころと転がっていった。
「ダイポ、あなた、邪魔なのよ」
ハジミは、いらいらした気持ちを抑えることもなく、どしどしと歩き出した。そんな歩き方をすれば、誰かに見つかるかもしれないのに。
廊下の曲がり角から、光が漏れていた。誰かが、明かりを持ってやってきたようだ。
(ああ、ダイポの声を、誰かが聞きつけたんだわ)
ハジミはがっかりして、立ち止まった。足音が近づくたびに、ハジミの心臓はどきどきしてきた。
足音は、いったん止まった。ぬっと、誰かの腕だけが伸びてきた。廊下の曲がり角辺りに転がっていた、喋る石のダイポを拾い上げた。
「クジャぁ」
ダイポの甘え声が、廊下に響いた。
「よしよし。またハジミに、蹴っ飛ばされたのかい?」
男の子の声がした。ハジミはほっとして、廊下の曲がり角に飛び込んだ。そこには、男の子が一人いた。男の子の横には、建物の中にもかかわらず、切り株が置いてあった。
「ハジミ。乱暴はやめてください! ダイポがかわいそうです!」
切り株も喋った。しかし、ハジミは驚かなかった。ハジミは人差し指を口元に当てた。
「しっ! 静かにして! 今日こそ、ここから抜け出しましょう、ねえ、クジャ」
クジャと呼ばれた男の子は、黙って立っていた。クジャの左手は、明かりもないのに、輝いていた。まるでクジャの左手が光っているようだった。
「あなたの魔法の力と、私の勇気があれば、きっとここから抜け出せるわ。行きましょう」
ハジミはクジャの手を取った。
「行っちゃだめです!」
喋る切り株のジャポが、怒った声を出した。
「何よ。あなたたちまで、大人たちの味方なの? 私とクジャを、龍神の化身と呼んで、六年間、ずっと、この宮殿に閉じ込めた大人たちの!」
「違います、ハジミ。僕とダイポはクジャとハジミの友達です!」
ジャポがそう言うと、ハジミはにやりと笑った。
「友達? そうね、友達なら、友達のやることを、邪魔したりしないわよね?」
ジャポは黙り込んでしまった。クジャは、手に持っていた喋る石のダイポを、ジャポの上に置いた。
「ジャポ、ダイポと一緒に、しばらくの間ここにいて」
心配そうな顔をしているジャポに向かって、クジャは優しく笑ってみせた。
「さあ、行くわよ」
ハジミはクジャの手を引いて、再び、そっとそっと歩き出した。
ハジミは今日という日をずっと待っていた。今日は満月のお祭りの日だった。ハジミは大人たちが飲むお酒の中に、眠り薬を混ぜたのだ。
ハジミは、ここから逃げ出す計画を、ずっとずっと、考えていた。
ハジミは十二歳。ここから出ても、大人に頼らずに暮らしていける。そんな年頃になったんだ。そう信じていたのだ 。
女の子が一人、暗い廊下を歩いていた。窓から漏れてくる月明かりを頼りに。
一歩、また一歩。丁寧に、丁寧に歩いていた。なのに、女の子は、石につまずいて転んでしまった。
「ハジミ。何をしているの?」
石が喋った。普通の女の子なら、びっくり仰天して尻餅をつくだろう。しかし、その女の子、ハジミは、驚きもせずに石をけった。
「うわあ、痛いよう」
石はころころと転がっていった。
「ダイポ、あなた、邪魔なのよ」
ハジミは、いらいらした気持ちを抑えることもなく、どしどしと歩き出した。そんな歩き方をすれば、誰かに見つかるかもしれないのに。
廊下の曲がり角から、光が漏れていた。誰かが、明かりを持ってやってきたようだ。
(ああ、ダイポの声を、誰かが聞きつけたんだわ)
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足音は、いったん止まった。ぬっと、誰かの腕だけが伸びてきた。廊下の曲がり角辺りに転がっていた、喋る石のダイポを拾い上げた。
「クジャぁ」
ダイポの甘え声が、廊下に響いた。
「よしよし。またハジミに、蹴っ飛ばされたのかい?」
男の子の声がした。ハジミはほっとして、廊下の曲がり角に飛び込んだ。そこには、男の子が一人いた。男の子の横には、建物の中にもかかわらず、切り株が置いてあった。
「ハジミ。乱暴はやめてください! ダイポがかわいそうです!」
切り株も喋った。しかし、ハジミは驚かなかった。ハジミは人差し指を口元に当てた。
「しっ! 静かにして! 今日こそ、ここから抜け出しましょう、ねえ、クジャ」
クジャと呼ばれた男の子は、黙って立っていた。クジャの左手は、明かりもないのに、輝いていた。まるでクジャの左手が光っているようだった。
「あなたの魔法の力と、私の勇気があれば、きっとここから抜け出せるわ。行きましょう」
ハジミはクジャの手を取った。
「行っちゃだめです!」
喋る切り株のジャポが、怒った声を出した。
「何よ。あなたたちまで、大人たちの味方なの? 私とクジャを、龍神の化身と呼んで、六年間、ずっと、この宮殿に閉じ込めた大人たちの!」
「違います、ハジミ。僕とダイポはクジャとハジミの友達です!」
ジャポがそう言うと、ハジミはにやりと笑った。
「友達? そうね、友達なら、友達のやることを、邪魔したりしないわよね?」
ジャポは黙り込んでしまった。クジャは、手に持っていた喋る石のダイポを、ジャポの上に置いた。
「ジャポ、ダイポと一緒に、しばらくの間ここにいて」
心配そうな顔をしているジャポに向かって、クジャは優しく笑ってみせた。
「さあ、行くわよ」
ハジミはクジャの手を引いて、再び、そっとそっと歩き出した。
ハジミは今日という日をずっと待っていた。今日は満月のお祭りの日だった。ハジミは大人たちが飲むお酒の中に、眠り薬を混ぜたのだ。
ハジミは、ここから逃げ出す計画を、ずっとずっと、考えていた。
ハジミは十二歳。ここから出ても、大人に頼らずに暮らしていける。そんな年頃になったんだ。そう信じていたのだ 。
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