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一章 花と蝶
第1話 五番通りのフルール
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『パピヨン、パピヨン、きれいなパピヨン、どうかどうか、とまっておくれ、わたしをきれいに飾っておくれ……』
小さなアクセサリー店の扉を開け、フルールは通りに出た。お気に入りのエプロンドレスを着て、亜麻色の長い髪をふんわりお団子に結った。おしゃれはばっちり決まっている。今日は朝からいいことがあった。ついつい鼻歌混じりになる。フルールの丸いお団子髪には、蝶の飾りがついたピンが刺さっていた。
「おやまあ、フルール。ご機嫌だね。頭の上の蝶も喜んでいるよ」
通りを歩いていた近所のおばさんが、フルールに声をかけた。
「あ、おばさん、こんにちは。今朝、庭の苺がたくさん採れたの。そうだ、おばさん、苺、持っていきますか?」
フルールは持っていたかごから苺を取り出した。苺は小さいが、赤く、つやつやと輝いていた。
「いいんだよ。フルール。誰かさんのところへ、持っていくつもりだったんだろう?」
おばさんはにやにや笑うと、フルールの右手にきらめく指輪を指さした。
「フルール。自分で作った指輪をはめるのは結構だけど、そろそろ、反対側の手に、指輪をはめるべきじゃないかい? エディは、いったい何をもたもたしているんだろうね」
フルールは、かごの中の苺のように、顔を真っ赤にした。
「いやだ、おばさん。私とエディは、そんな関係じゃないのよ!」
「まったく、そんなことを言って! 二人は昔から、きょうだいのように仲のいい幼なじみじゃないか! 通りのみんなが、二人はいつか結婚するって、信じているんだよ!」
「おばさん!」
フルールは少し口をとがらせた。
「私は、父さんから継いだ、アクセサリー店の仕事で忙しいんです! エディは、酒場の仕事が忙しいんです! 二人とも、今の暮らしが充実しているんです。二人とも、結婚なんて、まだまだ先ですよ!」
「おやまあ、そんなのんきなこと言って! エディは、最近、どこかほっつき歩いているって噂だよ。ちゃんと捕まえておかないと、蝶々みたいにふらふらと、どこかに飛んでいっちまうよ? いいかい、お前たちは、もう、二十歳だろう……」
「おばさん!」
あんまりおばさんがお節介を焼くので、フルールは腰に両手を当てて、眉をつり上げた。フルールの自宅兼店舗があるこの五番通りの人々は、みな、親切で温かい人ばかりだ。その分、少し、お節介焼きだ。お節介に救われるときもあれば、今日みたいに、少しうっとうしくなるときもある。フルールの顔を見て、おばさんは、はた、と口元に手を当てた。
「そうかいそうかい。いらないお節介を焼いたようだね。まあ、機嫌をお直し、フルール。今度、お前が好きなアップルパイを焼いてあげるからさ……」
「そう! おばさん、ありがとう!」
フルールはにこやかに笑った。その笑顔を見て、おばさんは笑い出した。
「フルールが笑うと、まるで花が咲くようだね! 生まれたばかりのお前がそんな風に笑ったように見えたから、お前の父さん……フレデリクは、花って意味の名前をつけたそうじゃないか」
「そうなんですか? 母さんがつけたって聞いたけれど?」
「うふふ。フレデリクと、お前の母さん、アンリエットは、よほど気の合う夫婦だったみたいだね。お前とエディなら、そんな、仲のいい夫婦になれると思うけどね……。おやおや、また、お節介焼きって、叱られてしまうね。うちの人にも言われるんだよ、お前はお節介焼きでうるさいって!」
それが原因で夫婦げんかでもしたのか、おばさんはしかめ面をした。その顔が大げさで、フルールはくすくすと笑った。
「じゃあ、フルール。またね。その苺、エディはきっと喜ぶと思うよ。それにね、おばさんは嬉しいんだよ。フレデリクが亡くなったあと、お前が一生懸命、店を引き継いで頑張っているのが。フレデリクも、アンリエットも、天国で喜んでいるよ」
「おばさん、ありがとう……」
フルールは手を振って、おばさんと別れた。おばさんの気持ちはわかっていた。心配してくれたのだ。早くに母アンリエットを亡くし、一年前に父フレデリクも亡くなって、きょうだいのいないフルールが、ひとりぼっちになってしまったことを。早く結婚して、家庭を持ってほしいと望むのも、そのせいなのだろう。でも、厳密に言えば、フルールはひとりぼっちではない。フルールには、叔父が一人いる。しかし……。
(酒場に苺を持っていったときに、叔父さんと出くわしたら、今度こそきつく注意しないと)
フルールは眉間にしわを寄せた。
小さなアクセサリー店の扉を開け、フルールは通りに出た。お気に入りのエプロンドレスを着て、亜麻色の長い髪をふんわりお団子に結った。おしゃれはばっちり決まっている。今日は朝からいいことがあった。ついつい鼻歌混じりになる。フルールの丸いお団子髪には、蝶の飾りがついたピンが刺さっていた。
「おやまあ、フルール。ご機嫌だね。頭の上の蝶も喜んでいるよ」
通りを歩いていた近所のおばさんが、フルールに声をかけた。
「あ、おばさん、こんにちは。今朝、庭の苺がたくさん採れたの。そうだ、おばさん、苺、持っていきますか?」
フルールは持っていたかごから苺を取り出した。苺は小さいが、赤く、つやつやと輝いていた。
「いいんだよ。フルール。誰かさんのところへ、持っていくつもりだったんだろう?」
おばさんはにやにや笑うと、フルールの右手にきらめく指輪を指さした。
「フルール。自分で作った指輪をはめるのは結構だけど、そろそろ、反対側の手に、指輪をはめるべきじゃないかい? エディは、いったい何をもたもたしているんだろうね」
フルールは、かごの中の苺のように、顔を真っ赤にした。
「いやだ、おばさん。私とエディは、そんな関係じゃないのよ!」
「まったく、そんなことを言って! 二人は昔から、きょうだいのように仲のいい幼なじみじゃないか! 通りのみんなが、二人はいつか結婚するって、信じているんだよ!」
「おばさん!」
フルールは少し口をとがらせた。
「私は、父さんから継いだ、アクセサリー店の仕事で忙しいんです! エディは、酒場の仕事が忙しいんです! 二人とも、今の暮らしが充実しているんです。二人とも、結婚なんて、まだまだ先ですよ!」
「おやまあ、そんなのんきなこと言って! エディは、最近、どこかほっつき歩いているって噂だよ。ちゃんと捕まえておかないと、蝶々みたいにふらふらと、どこかに飛んでいっちまうよ? いいかい、お前たちは、もう、二十歳だろう……」
「おばさん!」
あんまりおばさんがお節介を焼くので、フルールは腰に両手を当てて、眉をつり上げた。フルールの自宅兼店舗があるこの五番通りの人々は、みな、親切で温かい人ばかりだ。その分、少し、お節介焼きだ。お節介に救われるときもあれば、今日みたいに、少しうっとうしくなるときもある。フルールの顔を見て、おばさんは、はた、と口元に手を当てた。
「そうかいそうかい。いらないお節介を焼いたようだね。まあ、機嫌をお直し、フルール。今度、お前が好きなアップルパイを焼いてあげるからさ……」
「そう! おばさん、ありがとう!」
フルールはにこやかに笑った。その笑顔を見て、おばさんは笑い出した。
「フルールが笑うと、まるで花が咲くようだね! 生まれたばかりのお前がそんな風に笑ったように見えたから、お前の父さん……フレデリクは、花って意味の名前をつけたそうじゃないか」
「そうなんですか? 母さんがつけたって聞いたけれど?」
「うふふ。フレデリクと、お前の母さん、アンリエットは、よほど気の合う夫婦だったみたいだね。お前とエディなら、そんな、仲のいい夫婦になれると思うけどね……。おやおや、また、お節介焼きって、叱られてしまうね。うちの人にも言われるんだよ、お前はお節介焼きでうるさいって!」
それが原因で夫婦げんかでもしたのか、おばさんはしかめ面をした。その顔が大げさで、フルールはくすくすと笑った。
「じゃあ、フルール。またね。その苺、エディはきっと喜ぶと思うよ。それにね、おばさんは嬉しいんだよ。フレデリクが亡くなったあと、お前が一生懸命、店を引き継いで頑張っているのが。フレデリクも、アンリエットも、天国で喜んでいるよ」
「おばさん、ありがとう……」
フルールは手を振って、おばさんと別れた。おばさんの気持ちはわかっていた。心配してくれたのだ。早くに母アンリエットを亡くし、一年前に父フレデリクも亡くなって、きょうだいのいないフルールが、ひとりぼっちになってしまったことを。早く結婚して、家庭を持ってほしいと望むのも、そのせいなのだろう。でも、厳密に言えば、フルールはひとりぼっちではない。フルールには、叔父が一人いる。しかし……。
(酒場に苺を持っていったときに、叔父さんと出くわしたら、今度こそきつく注意しないと)
フルールは眉間にしわを寄せた。
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