22 / 45
第21話
しおりを挟む
「さて、最後の一仕事といきますかね」
緊急会議開かれたモールデン砦を意気揚々と抜け出したアタシは、馬を一匹拝借して平野をかける。
疲れたので部屋にいると言えば、容易に一人になることができたし、旧い砦は壁を伝って降りるのに困らないくらいに足がかりがあった。
誰にも見られちゃいない。
まったく、まどろっこしいことをしてる場合じゃないだろうに。
心底怖いし、今すぐ逃げ出したい。
まぁ、砦ではアタシが単身逃走したという話になっているだろうし、本当に逃げてもいいだろうけど……ヤキがまわった。覚悟が据わっちまった。
思えば、バルボ・フットの傭兵団を煽ったとき、すでに心は決まっていたのだ。
あいつらが戻らなくて、モールデン砦に魔物が達した時は、自分も一兵卒としてやりあってやると。
あたしにできる事なんて、何もない。
日々、生きるのに精いっぱいなアタシにできる事なんて、何もないはずだった。
バルボ・フットは言った。
自分の背には家族がいると。
アタシにとっては、そんなのって死んだ妹しか思い浮かばないと思っていたのに、スラムのガキ共や、バーモンや、飲んだくれながらもガキの面倒を見てる連中が目に浮かんだ。
ここを抜かれれば、みんな死ぬ。
すべからく死ぬ。
魔王率いる魔物たちが蹂躙して、滅ぶ。
それが、自分の命一つで何とかなるかもしれないなら……可能性がほとんどなくても、賭けてみる価値はある。
スラムの女の命の価値なんて、欠けた銅貨程度のものだ。
だが、それで買える時間がある。
スラムのガキ共や騎士たち、傭兵たち……エルムスの命を伸ばすことができる。
うまくやれば、アタシの命で買った時間が増援が到着するまで持ちこたえる助けになるかもしれない。
……ガラじゃない。
だいたい、なんでエルムスの顔が浮かぶ?
──アタシに価値があると言った男。
──アタシを信じると言った男。
──アタシと共にいると言った男。
……アタシをこんな風にした男。
ほんと、ガラじゃない。
そんなチョロい女じゃなかったはずなんだけど。
ああ、でも。エルムスは、ちゃんとアタシを見ていた。
一人の人間として。
……女としては、疑問が残るが。
「こりゃ、壮観だねぇ。足に震えが来ちまうよ」
小高い丘を越えようとしたその時、ついにアタシは魔王軍を直接目にした。
武装した魔人と異形の怪物たちが入り混じった大軍。
先頭に立つ、ひときわ大きな四本腕の魔人が現れたアタシを見て口角を上げた。
「一人で来るとは……見上げたものだな、聖女」
「褒めたって茶も出ないよ。アタシに用ってのは何だい」
馬から降りて、尻を叩いてやる。
魔物の気配に敏感になっていた馬が、一目散に砦に向かって走り去った。
「今後、魔王様の障害となりうる聖女の首を、御前で刎ねて差し上げようと思ってな」
「趣味の悪いこった! さすが魔物の親分だね」
アタシの言葉に気を悪くしたのか、魔人が顔をしかめさせる。
「まあ、いいさ。んで? ビーグローさんよ。約束は守れんだろうね?」
「此度は、貴様を持ち帰るために退いてやるとも」
「そうかい。なら、退いてくんな。アタシの事は好きにしたらいい」
恐怖で震えそうな体を叱咤して、できるだけ鷹揚に笑って見せる。
「自己犠牲というやつか? 愚かなものだな……ん?」
何かに気が付いたらしいビーグローが、アタシの背後に目を向ける。
その瞬間、アタシにも震動と蹄の音が感じられた。
緊急会議開かれたモールデン砦を意気揚々と抜け出したアタシは、馬を一匹拝借して平野をかける。
疲れたので部屋にいると言えば、容易に一人になることができたし、旧い砦は壁を伝って降りるのに困らないくらいに足がかりがあった。
誰にも見られちゃいない。
まったく、まどろっこしいことをしてる場合じゃないだろうに。
心底怖いし、今すぐ逃げ出したい。
まぁ、砦ではアタシが単身逃走したという話になっているだろうし、本当に逃げてもいいだろうけど……ヤキがまわった。覚悟が据わっちまった。
思えば、バルボ・フットの傭兵団を煽ったとき、すでに心は決まっていたのだ。
あいつらが戻らなくて、モールデン砦に魔物が達した時は、自分も一兵卒としてやりあってやると。
あたしにできる事なんて、何もない。
日々、生きるのに精いっぱいなアタシにできる事なんて、何もないはずだった。
バルボ・フットは言った。
自分の背には家族がいると。
アタシにとっては、そんなのって死んだ妹しか思い浮かばないと思っていたのに、スラムのガキ共や、バーモンや、飲んだくれながらもガキの面倒を見てる連中が目に浮かんだ。
ここを抜かれれば、みんな死ぬ。
すべからく死ぬ。
魔王率いる魔物たちが蹂躙して、滅ぶ。
それが、自分の命一つで何とかなるかもしれないなら……可能性がほとんどなくても、賭けてみる価値はある。
スラムの女の命の価値なんて、欠けた銅貨程度のものだ。
だが、それで買える時間がある。
スラムのガキ共や騎士たち、傭兵たち……エルムスの命を伸ばすことができる。
うまくやれば、アタシの命で買った時間が増援が到着するまで持ちこたえる助けになるかもしれない。
……ガラじゃない。
だいたい、なんでエルムスの顔が浮かぶ?
──アタシに価値があると言った男。
──アタシを信じると言った男。
──アタシと共にいると言った男。
……アタシをこんな風にした男。
ほんと、ガラじゃない。
そんなチョロい女じゃなかったはずなんだけど。
ああ、でも。エルムスは、ちゃんとアタシを見ていた。
一人の人間として。
……女としては、疑問が残るが。
「こりゃ、壮観だねぇ。足に震えが来ちまうよ」
小高い丘を越えようとしたその時、ついにアタシは魔王軍を直接目にした。
武装した魔人と異形の怪物たちが入り混じった大軍。
先頭に立つ、ひときわ大きな四本腕の魔人が現れたアタシを見て口角を上げた。
「一人で来るとは……見上げたものだな、聖女」
「褒めたって茶も出ないよ。アタシに用ってのは何だい」
馬から降りて、尻を叩いてやる。
魔物の気配に敏感になっていた馬が、一目散に砦に向かって走り去った。
「今後、魔王様の障害となりうる聖女の首を、御前で刎ねて差し上げようと思ってな」
「趣味の悪いこった! さすが魔物の親分だね」
アタシの言葉に気を悪くしたのか、魔人が顔をしかめさせる。
「まあ、いいさ。んで? ビーグローさんよ。約束は守れんだろうね?」
「此度は、貴様を持ち帰るために退いてやるとも」
「そうかい。なら、退いてくんな。アタシの事は好きにしたらいい」
恐怖で震えそうな体を叱咤して、できるだけ鷹揚に笑って見せる。
「自己犠牲というやつか? 愚かなものだな……ん?」
何かに気が付いたらしいビーグローが、アタシの背後に目を向ける。
その瞬間、アタシにも震動と蹄の音が感じられた。
1
お気に入りに追加
278
あなたにおすすめの小説
スローライフとは何なのか? のんびり建国記
久遠 れんり
ファンタジー
突然の異世界転移。
ちょっとした事故により、もう世界の命運は、一緒に来た勇者くんに任せることにして、いきなり告白された彼女と、日本へ帰る事を少し思いながら、どこでもキャンプのできる異世界で、のんびり暮らそうと密かに心に決める。
だけどまあ、そんな事は夢の夢。
現実は、そんな考えを許してくれなかった。
三日と置かず、騒動は降ってくる。
基本は、いちゃこらファンタジーの予定。
そんな感じで、進みます。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
「次点の聖女」
手嶋ゆき
恋愛
何でもかんでも中途半端。万年二番手。どんなに努力しても一位には決してなれない存在。
私は「次点の聖女」と呼ばれていた。
約一万文字強で完結します。
小説家になろう様にも掲載しています。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる