上 下
32 / 42

第32話 街道を急ぐ

しおりを挟む
 期間内にできるだけの準備をして、僕らは東スレクト村への道を行く。
 同行者は前回同様に、ウィルソン氏。
 今回も馬車を出してくれており……今、街道をかなりの速度で移動している。

「すまないな。こんなことになるとは」
「いえ、僕たちも納得できる報酬を提示されましたので」

 彼は、今回の〝大暴走スタンピード〟に僕らが関わるきっかけを作ってしまったと悔いているようだ。
 そして、そんな僕らをこうして急かすことになってしまったと言う事も。

 大走竜ダイノラプターが動いたのは昨日の事だった。
 規模は不明だが、東スレクト村よりやや西側の集落が脅威にさらされて、一晩のうちに滅んだ。
 縁があるアウスの集落でなかったことに胸をなでおろすものの、動き出してしまったからにはもう猶予はない。

 ……ただ、問題もあった。

 大走竜ダイノラプターの目撃情報が極端に少ないのだ。
 どうやらあの個体は、走蜥蜴ラプター群れを形成統率するタイプの魔物モンスターではないらしい。
 ふらりと現れては周辺の走蜥蜴ラプターを呼び寄せて、気ままに襲撃を行う神出鬼没なところがあるようなのだ。

 加えて、大走竜ダイノラプターは今回も『ベルベティン大森林』に姿を消して消息を絶ったようで、冒険者ギルドと領軍はどこに人員を割り振るべきかわからない状態となっている。

 『ベルベティン大森林』の周辺にある集落や村は多い。
これは『ベルベティン大森林』が小迷宮レッサーダンジョンであると同時に、周辺集落の産業と密接な関係にあるからだ。
 林業、薬草採取、狩猟……豊かな『ベルベティン大森林』はこれらを生業にする人々の生活を支えもしているのである。

 時に、こうして牙をむいてそれを滅ぼしもするが。

「あたし達の受け持ちは東スレクト村?」
「ギルドからはそう設定されているが、アウスのいる集落に頼むよ。あちらの方が森に近い」

 『ベルベティン大森林』から大走竜ダイノラプターが出たとして、東スレクト村に至るには、アウスのいる集落を通ることになる。
 なるほど、心情的にも実務的にもそちらの方がありがたい。

「避難はどうなってますか?」
「何人かは東スレクト村に来てはいる。だが、アウスのヤツは嫁さんが臨月でな、身動きが取れない」
「何とかならないわけ?」
「何とかしたいとは思うが、あそこを突破されたらウチの村もどうせ滅びる。狩人含め、戦える連中は覚悟を決めてるよ」

 突破された時の時間稼ぎにはなると思うが……確かに。
 食い止めねば、遅かれ早かれ滅びることになるか。
 そんなことをさせるつもりはないが。

「領軍はガデス周りの防衛に手一杯。冒険者連中も他の集落に配置。ここはあたし達が踏ん張るしかないわね」
「来ないことを祈りたいけどね」

 そう言いつつ、どこかで大走竜ダイノラプターを仕留めねば、結局のところ戦いは続く。
 領軍か他の冒険者、あるいは出動しているであろう傭兵商会がそれをしてくれればいいが……そうでないだろうと僕は予想はしている。

 『ベルベティン大森林』がこの東スレクト一帯を手に入れたがっているのは、今回が初めてではない。
 いや……今回が初めてか。
しかし、ここがそういった災厄にこの先何度も見舞われることを、僕は知っている。

 『粘菌封鎖街道』しかり、『茨精霊築城事件』しかり。
『ベルベティン大森林』は何度もここを欲しがっており……実際、最終的に父に焼き切られる前は一度手に入れていた。

 故に、最終的に狙われるのは西スレクトや領都ガデスのそばでなく、ここ『東スレクト』であろうと僕は考えているのだ。
 加えて、あの大走竜ダイノラプターは、どこか獣から乖離した賢さがある。
 集団をぶつけて自分だけ移動したり、引き際が良すぎたり……まるで、戦争をわかっているかのような動きをする侮れない相手だ。

 昨日の襲撃は示威行動か、おそらく陽動の類だろうと思う。

 そして、僕たち人間は大走竜ダイノラプターの目論見通りに戦力を周辺に分散させることになってしまった。
 完全に戦略が後手に回っている気がする。

 ……本当にあれは大走竜ダイノラプターなのだろうか?

 いや、そうじゃない。あれが大走竜ダイノラプターであることは間違いない。
 ただ、本当にあれは迷宮主ダンジョンマスターなのだろうか?

 どうにも、ちらつく疑惑がぬぐい切れない。
 大走竜ダイノラプターの背後に何者かの気配がある気もする。
 だが、この感覚が不安からくる深読みの可能性も高い。

 口に出すのは憚られる。
 だが、そうであった場合、そのさらに裏をかかねば守り切れるものも守り切れない。

「ノエル様?」
「あ、ごめん。ちょっと考え事」
「何かあればご相談くださいませ。チサも力になります故」

 心配げな目でこちらを見るチサが僕の頬にそっと触れる。
 その手は柔らかく、ふわりと熱を伝えてきた。

「どうされましたか?」
「チサが頼りになるなと思って。きっと君に無茶を言うと思う」
「どうぞ、ご随意に。いかなる命もこなしてご覧にいれますとも。ですから、ノエル。一人で、悩むのはやめましょう」

 チサが僕の名をこうして呼ぶのは信頼してくれている証だ。
 きっと何を言っても、笑わずに聞いてくれる。

「そうよ。ノエルったら本当にパパに似てるんだから」
「そうかな?」
「そうよ。考えだしたら止まらなくて、それが確信できるまで口に出さない所とか。そっくりよ?」

 事実なので、ぐうの音も出ない。

「でも、パパはママにはそれを言うわ。だから、あなたもチサには言いなさい? あたしはチサから聞くから」
「わかっ──え?」

 姉の言葉に半ば頷いてから、その意味に思い当たってギクリとする。
 僕とチサがだと姉は思っているのだ。

「わかるわよ。お姉ちゃんなんだもの」
「エ、エファ様。その、違うのです」
「そ、そうだよ! 僕とチサは、そういうアレでは」

 チサと二人で否定を口にするが、姉は溜息で以てそれに応える。

「なんでバレないと思うのよ? 二人とも、いちゃいちゃしすぎ」
「はっはっは。私だって気付くくらいだったよ? お二人さん」
「なん──!?」

 今度こそ言葉を失って固まる。
 そして、チサと顔を見合わせ赤くなって俯き合ってしまった。

「はいはい、ご馳走様。落ち着いたら話を聞かせてね。あと、“とっても仲良くしたい”時は言ってちょうだい? お姉ちゃん、テントから離れてお──……むぐぐ」
「わわわッ! もう、そこまで! そこまでで!」」
 姉の行き過ぎた気遣いに、僕は思わず大声を上げながらそれを遮るのだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

ほう。今何でもするって言った?

佐土原いづる
ファンタジー
ひょんなことからすごい力を持って異世界転生をした主人公が、その力を使いながら仲間を増やして日々を過ごしていく予定

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【前編完結】50のおっさん 精霊の使い魔になったけど 死んで自分の子供に生まれ変わる!?

眼鏡の似合う女性の眼鏡が好きなんです
ファンタジー
リストラされ、再就職先を見つけた帰りに、迷子の子供たちを見つけたので声をかけた。  これが全ての始まりだった。 声をかけた子供たち。実は、覚醒する前の精霊の王と女王。  なぜか真名を教えられ、知らない内に精霊王と精霊女王の加護を受けてしまう。 加護を受けたせいで、精霊の使い魔《エレメンタルファミリア》と為った50のおっさんこと芳乃《よしの》。  平凡な表の人間社会から、国から最重要危険人物に認定されてしまう。 果たして、芳乃の運命は如何に?

【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください

むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。 「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」 それって私のことだよね?! そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。 でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。 長編です。 よろしくお願いします。 カクヨムにも投稿しています。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

猫カフェを異世界で開くことにした

茜カナコ
ファンタジー
猫カフェを異世界で開くことにしたシンジ。猫様達のため、今日も奮闘中です。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...