このアマはプリーステス

川口大介

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第四章 黒幕が、とうとう、牙を剥く。

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 デタニの街は、真夜中だというのに全ての人々が起き出し、大騒ぎになっていた。
  なにしろ、天地を貫く爆音に叩き起こされて窓から外を見てみれば、街のどこからでも見えていたシャンジルの館が、その土台である丘ごと、なくなっていたのだから。
 家の中で家族と抱き合う、あるいは外に出て近隣の者たちとざわめく。人々の行いはそれぞれだがその心は一つ、ただただ恐怖である。これほどの異常事態では、流石にどんな野次馬であろうと、好奇心が恐怖心に押し潰されてしまい、誰も現場に行こうとはしない。
 あちらこちらで人々が集い、大きすぎる恐怖を紛らわせようとするかのように、大声を吐き散らしている。ある者は言葉にならぬ叫び声を、ある者は謎の爆発現象への推測を。
 そんな人々が一際多く集まっているのは、貴族の館でも大商人の屋敷でもなく、ある貧しい民家だ。信仰する教団の本部が謎の消失などということになった今、彼らの心の支えになり得るのはたった一つ、いや、たった一人。その少年の家に、人々は集まった。
「みなさん、落ち着いて! 落ち着いてください!」
 押し寄せる人々に、ルークスは声を張り上げて応えた。 
 そのルークスの姿が、声が、辛うじて人々の暴徒化だけは抑えている。
「落ち着けって言われても! これで落ち着いていられるか!」
「どういうことだ、あれは! お前が連れてきたあの尼僧が、ジェスビィの呪いを解いてくれたばかりだろ! なのに何でこんなことに! ま、まさかジェスビィの逆襲!?」
 ルークスは祈った。祈りながら、人々を静めようと説得した。
「ジェスビィの逆襲、かもしれません。ですが、まだナリナリー様……いえ! アルヴェダーユ様が負けたわけではありません! 僕を信じて下さい!」
「信じろって言われても! 大体、あの尼僧は今どこで何やってるんだ!」
「エイユンさんは、ジュンさんと一緒です! ジェスビィと戦っておられるはずです!」

 ルークスの家からは少し離れた場所にある宿屋。今は主人も奥さんも従業員も宿泊客も、みんな街路に出て町外れの低い台地(元・小高い丘)を指差して騒いでいる。
 が、二人だけ、二階の一室にいる。
 一人は、本来の予定ではここに宿泊する予定だったが、抜け出して教団と取引に行ったジュンだ。今、椅子に座っている。
 そして、そのジュンに見つめられてベッドに横たわっているのがエイユン。
 皆が台地だけに注目して騒ぎ騒ぎの大騒ぎ、になっている中を、流れと反対にコソコソと進んだので、何とかここまで来られた。もし、ジュンに抱きかかえられたエイユンが見つかっていたら、ルークスと同じように、街の人々に詰め寄られていただろう。
「……っ……」
 エイユンは、喉に何かを流し込まれた感覚で、目を覚まし上体を起こした。
 反射的に吐き出し、むせ込む。いくらかは飲み込んでしまったようだが、状況的に毒ではあるまいと判断して、既に飲んだ分を無理に吐くことはやめる。
 すぐ目の前にジュンがいる。その手に、何やらドロリとした緑色の液体の入ったコップを持っている。今、ジュンが飲ませたに違いない。
 ならば毒であるはずはない。どうにも毒っぽい色だし、匂いだし、味だったが。
「起きたか。どうしても飲み込まないようなら、口移しででも飲ませるつもりだったけど」
「君が作ってくれた薬か? それなら、残りも頂くが」
「ああ。そうしてくれ」
 ジュンからコップを受け取って、エイユンは薬を啜った。苦いが、我慢して飲み込む。
「口移しで飲ませる、に反応して何か返してくるかと思ったんだけどな」
「……流石に、そんな状況ではないからな」
 空になったコップをサイドテーブルに置いて、エイユンは窓の外を見た。
 街の人々の混乱している様が、よく見える。
「それにしてもジュン。あのアルヴェダーユの攻撃から、よく逃げられたものだな」
「まあな。それについてはきちんと説明してやるよ。今後のことにも関わるから」
 と言って、ジュンは懐から折り畳まれた紙を取り出して、広げて見せた。
 それは、一体何重に折っていたのかと驚くほど、不自然なまでにバサバサと広がっていき、最終的にはジュンのマントよりも大きくなった。そしてその紙には、文字や紋様のようなものが多数書き込まれている。
 その書かれている内容自体は、エイユンには全く読み取れない。だが、見覚えはある。
 あの時、シャンジルが見せたものに似ている、とエイユンは思った。
「察したな? そう、これは俺が昔手に入れた、古代魔王との契約書だよ」
 ジュンは、大きく広がった契約書を元通りに折り畳んでいきながら説明した。
「あの時、咄嗟にこれを盾にしたから、アルヴェダーユの攻撃を何とか凌げたんだ。もっとも、あいつが本気で全力で撃っていたら、流石にダメだっただろうけどな。あいつにとって俺たちが、全力を振り絞ってまで殺したい相手でなかったのが幸いした」
 畳んだ契約書を懐に戻し、ジュンは拳を握った。
「で、本題だが。こいつを使えば、まだ俺たちにも勝ち目はあるんだ」
「というと、もしや古代魔王との契約ができるのか? だが、儀式に金がかかるのでは」
「こいつは例外なんだ。契約前に特殊な条件があって、その代わりに必要な道具類は少なめ安めになってる。実際、既に揃えてる。でも、その特殊な条件ってのが苦しくて、俺はずっと契約を躊躇してたんだ。でも、こうなったらもう仕方ない。やるしかないだろ」
 不安さを押し殺しているようなジュンの顔には、並々ならぬ決意が見える。
 そんなジュンの表情に、エイユンは今更ながら、且つこんな時だというのに、ドキリとさせられた。こんな時でなければ、そう感じたその事実を、いつものように気軽にジュンへと伝えられるのだが……今は大人しく話を聞くことにする。
「契約相手は、アルヴェダーユやジェスビィと比べたら知名度は低いけど、れっきとした古代魔王で、名はガルナス。こいつは面白いことに、騎士かぶれなんだ」
「?」
「人間の、騎士たちの行いが大好き、というか憧れててな。自分もやってみたいと思ったらしく、それでこんな契約書を作った」

 我が振るう剣と戦い、我が剣を破り、我が剣を手にした者。その者に、我は忠誠を誓う。
 我が魂を、その者に永遠に捧げよう。

「相手は、もちろん当時の魔術師だ。でも契約書の名前欄は空白。つまり、その魔術師以外でも、条件を満たせば契約するってこと。一応、そいつが騎士道に反することも考えて、【従属】まではいってないけど。とはいえ事実上、主従契約だなこれは」
 魂を永遠に捧げる。確かに主従契約のことだろう、とエイユンも思った。
 だが、問題はその前段階にある。
「古代魔王の力を借りる為に、古代魔王と戦わねばならないのか」
「ああ。しかもこの試験戦の間、その舞台となる空間の中でだけ、結界は弱まって【契約】状態になるんだとさ。仮契約ってトコだな」
「【契約】状態ということは、私たちが戦ったジェスビィよりは下だが、現状のアルヴェダーユとは同等なのか」
「ああ。もちろん、古代魔王を人間が単独で倒すなんてのは論外だ。だから倒した者、じゃなくて剣を手にした者、ってことにしてるんだろ。でも結局は、倒せるぐらいのダメージを与えないとムリだと思う。んで実際、歴史上こいつと契約できた奴はいない」
「……勝敗の具体的な条件を教えて欲しい」
 何か方策をひねり出せないかと考えながら、エイユンはジュンに訊ねた。
 だが返ってきたのは、更なる枷。
「こいつの持つ剣を手にできれば勝ち、挑戦者が死ねば負け、途中棄権は不許可、だ」
「途中棄権ができない、ということは……」
「一度挑めば、勝てない限りその場で殺される。誇張でもなんでもなく、文字通りの命を賭けたギャンブルさ」
「契約書を作った者はどうなった?」
「何度交渉しても契約条件の変更には応じてもらえず、その後の修行でも勝てる自信は得られなかったので、勝負することなく生涯を終えたそうだ」
「確か、君は言っていたな。今はもう、全世界の魔術師が協力しても、古代魔王や古代神との契約書を作ることはできないと。そんなものを作ってしまう古代の魔術師ですら、挑戦することを尻込みしてしまうほどの……」 
「なにしろ古代魔王だからな。倒すのは論外だが、剣を手にするってのも人間にはほぼ不可能だ。それを成し遂げるほどの大天才以外は眼中にない、ってことなんだろなコイツは」
 苦笑しながらも、ジュンの顔が強張っているのがエイユンにはよくわかる。恐怖、覚悟、そういった感情が見える。
 だから何とかしたい、とエイユンは思うのだが、そもそも魔術は専門外だ。専門家であるジュンに考えつかない妙案を、自分に出せるか? 恐らく無理だ。だが、やるしかない。
「ジュン、戦うのは誰でもいいと言ったな? だったら、そのガルナスとやらを呼び出すことだけ頼む。戦うのは私が、」
「そう言うと思ったよ。けどな、アルヴェダーユは何も、人類を殲滅しようとしてるわけではないし、俺たちを追いかけ回す気もない。逃げ回って生き延びるって手はある」
「何を言っ……ぐ!?」
 エイユンは突然、突っ伏しそうになった。辛うじて堪えるが、体が震える。痺れる。力が入らない。まるで、毒でも飲まされたかのようだ。
 そんなエイユンの肩に手をかけ、ジュンはエイユンを寝かせた。抵抗できず、あっさり横になってしまったエイユンに、優しく毛布をかける。
「気光の治療とか、骨をずらすとかは、薬物とは全く異質だってのは理解した。つまりそれらを駆使して自分を治療できるアンタでも、薬物にはそうそう対処できないってことだ。そしてアンタは知らないだろうが、魔術師ってのは薬草や毒草にも少しは心得あるんだぜ」
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