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第三章 魔術師も、覚悟を決めて、戦う。
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二人が手も足も出ないのを見て、ソウキの額に汗の雫が浮かんだ。
「くっ……」
「ソウキ、あなたには私がついています。あの二人もまだ戦えます。希望を捨てないで」
アルヴェダーユはソウキに、心の中から励ましを送る。その声は、強大な魔力を持つジェスビィの耳にも聞き取れた。
「愚かな。貴様が手を貸したとて、真の力を解放した古代魔王に、人間如きが敵うものか」
余裕の表情で歩を進めるジェスビィの右手に炎が灯った。しかし今度の炎は、今までのものと明らかに違う。ゾッとするような冷たささえ感じさせる。濃い、蒼色の炎だ。
「人間どもの使う気光のように、狙った魂だけなどという器用なことはできぬがな。だが、私には狙う必要などない。アルヴェダーユよ、貴様ごとソウキの魂を焼き尽くしてくれる!」
ジェスビィの手から、洪水のような勢いで、蒼い炎が溢れ出た。
その莫大な量と速さにソウキは何もできず、全身に浴びてしまう。蒼い炎はソウキに触れるや否や、今度は砂漠に撒かれた水のように、ソウキの体の中へ中へと染み込んでいった。ソウキが苦悶の絶叫を上げ、喉をかきむしって転がり回る。
が、すぐに体内から湧き出した光が、炎を外へ外へと押し返していく。ソウキ自身も、苦痛に顔を歪めながらも何とか立ち上がり、腰を落とし拳を握って構えをとって、
「せええええぇぇいっ!」
気合い一発! まだ体内に残っていた炎を全て、弾き飛ばした。だがかなりの体力と気力を消耗したらしく、全身汗まみれで、まともに言葉を発せないほどに息を荒げている。
術を破られたジェスビィは、しかしそれでも動じない。
「なるほど。内部からアルヴェダーユに支えられながらの気光か。確かにそれなら、私の術も返せよう。だが、こちらはまだまだ、何度でも同じことができるぞ」
ジェスビィの手に、また蒼い炎が灯った。
「アルヴェダーユよ。今貴様が助かるには、そこから出るしかない。そして逃げるか、あるいは一か八かで私に向かってくるか。だが貴様がそこから出れば、ソウキの魂は我が魔力の重圧に耐えられず、私が手を出すまでもなく死ぬ。さあ、どうする?」
蒼い炎を弄びつつ、ソウキとその中にいるアルヴェダーユに向かって、ジェスビィは挑発するように語りかける。
ジェスビィは圧倒的に有利なのだから、挑発する必要などない。また、ソウキは助けてアルヴェダーユだけを殺したいから、アルヴェダーユを引きずり出そうとしている、というわけでもなかろう。現に今、遠慮なくソウキごと攻撃しているのだから。
ということは、単に余裕綽々でアルヴェダーユに嫌味を言っているだけか。
何にせよジェスビィにとって、遠い背後で転がっている人間二人など、もはや眼中どころか意識の片隅にもないだろう。
『くそっ……!』
倒れたままのジュンは、悔しいとは思ったが舌打ちはしなかった。普通なら「ナメやがって」とか思うところだが、なにしろ相手は古代魔王。それも【従属】状態、全力バージョンだ。今だって、アルヴェダーユのかけてくれた法術の支えがなかったら、どうなっているか。ジェスビィは何もしなくても、ただそこに居るだけで、ジュンもエイユンも魔力の重圧で苦しめられるのだから。どうバカにされても仕方がない。
しかし、そんな相手だからこそ、何とかしなくてはならない。このままでは遠からず、ソウキとアルヴェダーユがやられるし、そうなったら次は自分とエイユンの番だ。
ジュンが、何かないかと考えていると、ジュンと同じように地面に転がっているエイユンが、ジェスビィの背を見てぽつりと言った。
「あの女……ソウキたちを殺す気はないのか?」
倒れたまま、じっとジェスビィを凝視しているエイユンの目は真剣だ。
だが言っていることは冗談としか思えない。
「んなわけないだろ。確かに今はいたぶって遊んでるけど、最終的には殺すに決まってる。ジェスビィにしてみれば恨み骨髄の相手だし、この地上で唯一、自分に対抗し得る存在なんだ。放っておくはずがない。見ての通り、遠慮なく二人まとめて攻撃してるだろ」
「ジュン。私には魔術は使えないから、魔力のことはわからない。だが、そいつが全力を出しているかどうかぐらいは、気の流れで見抜ける。あいつには確かに、手加減を感じる。現に今も、私たちにやったみたいな豪快な攻撃をせず、わざわざ魂をどうのこうのと」
「だからそれは、いたぶってるだけで」
「いや。思えば広場でソウキを操って戦っていた時から、妙なものを感じていたんだ。まるで、ソウキを傷つけぬよう気遣っているような……ん? 傷……魂を焼く……そうか!」
何やら閃いたらしいエイユンは、ジュンに這い寄って両手でジュンの腕を掴んだ。
ジュンの腕に、エイユンの手から暖かいものが流れ込み、疲労と傷を癒していく。
「えっ……あの、えっと、手当て、か?」
「ああ。だが、これは気光を用いた治癒だから、普通の意味での手当てとは違うがな」
言いながらエイユンは、自身の胸に手を当てて深呼吸、気光で自らの体も回復させた。
二人とも、何とか動けるようになったところで、エイユンはジュンに耳打ちをする。
「……というわけだ。頼んだぞ」
「ちょ、ちょっと待て。それをやったらどうなるってんだ? 何が何だか俺にはさっぱり」
「説明しているヒマはない、いくぞ!」
立ち上がったエイユンが、ジェスビィに向かって走り、掌から気光の弾を打ち出した。
ジェスビイが気付いて振り向き、片手で止める。だがジュンの魔術のようには潰せず、爆音と煙が上がってジェスビィの掌が焦げた。
その煙に紛れて、エイユンが突進する。気光を宿らせた両拳で、嵐のような連打をジェスビィに浴びせた。常人の目には十数本の腕が乱舞しているとしか見えない速さと、巨岩をも砕く威力を兼ね備えた、気光の達人エイユンならではの超人的な攻撃である。
ジェスビィはそれを全て見切り、蠅でも追い払うかのように易々と弾いていく。だが蠅と違うところは、エイユンの拳に触れる度に、ジェスビィの手が少しずつ焼けていくこと。
「ええい、鬱陶しい! 消えろこの尼僧めが!」
ジェスビィは一撃、強めにエイユンの拳を払って、エイユンの体勢を崩した。そうやってできた隙を逃さず、自身の手に蒼い炎を宿らせ、エイユンの魂を焼こうとする。
だがその時、横合いから飛んで来た紅い火がジェスビイの手の蒼い炎に命中、爆発!
「ぬうっ!?」
至近距離(至近も何も自分の手)で自らの術を爆破させられ、これは流石にダメージになった。混じり合い、纏わりついてくる紅と蒼との火炎を振り払い、何事かとジェスビィが横を見る。
そこにジュンがいた。ジェスビィがエイユンと打ち合っている隙に攻撃したのだ。
「幼児でも、城塞の火薬庫に火を点ければ、痛手を与えられるってか?」
「それがどうした! こんなもの、私にとっては……」
啖呵を切るジュンに怒鳴り返したジェスビィの顔面を、光り輝く足が打った。
足に気光を宿らせたエイユンの、上段蹴りが命中したのだ。ジェスビィは顔を押さえて数歩後ずさり、指と指の間から正面を見た。
そこにエイユンがいた。ジェスビィがジュンを怒鳴りつけている隙に攻撃したのだ。
「貴様ああああああああぁぁぁぁっ! 私の顔を足蹴にするだとおおおおぉぉぉぉ!」
激昂したジェスビィの手から、極限まで凝縮された鋭い炎、いや、熱閃が放たれた。それはもう燃焼しておらず、純粋な熱の塊、光の帯。それが一直線にエイユンを襲う。エイユンは辛うじてそれを見切り、すんでのところで身をかわした。が、
「逃がすと思うか!」
ジェスビィが吼える。すると熱閃が突如四つに割れ、まるでそれぞれに意思があるように曲がりうねってエイユンを追い、それぞれがエイユンの右腕左腕右脚左脚を貫いた。
弓矢ほどの太さの穴が、エイユンの四肢に穿たれた。しかもその傷口の肉は、高熱に焼かれて焦がされ、臭い湯気を上げている。
堪らずエイユンは倒れ、激痛に呻いた。その、倒れたエイユンの向こう側、少し離れた地点には、炎でできたドームがある。
ジェスビィの作った結界だ。中には瀕死のシャンジルがいる。
「ふん。私を挑発し、怒りに任せた攻撃を出させ、それを利用してあの結界を壊し、シャンジルを殺そうとしたわけか。そうすれば【従属】が解けて【契約】状態になり、私の力が弱まると。ああ、確かにその通りだ。成功していればそうなっただろうな」
ジェスビィは悠々とした態度を取り戻した。地面に転がり痛みに呻くエイユンに、勝ち誇って言い放つ。
「しかし甘かったな。正直に言えば、確かに一瞬、怒りに我を忘れた。だがシャンジルは、これさえ守れば絶対に負けはないという、私にとって唯一最大の弱点。己が身よりも優先して守るべきものなのだ。いかに錯乱しようとも、そんなものを私が攻撃するはずがない」
エイユンが、荒々しい息をムリヤリに整えて、ゆっくりと立ち上がった。
四肢に開けられた穴は、少しずつだが塞がりつつある。
「ほう。流石は、私に手傷を負わせるほどの使い手。攻撃のみならず、治癒の気光も大したものだ。いいぞいいぞ。その方が、貴様を長く苦しめられるというもの」
「……お前がシャンジルを、唯一最大の弱点と考えているのは当然、知っている。この程度のことでシャンジルをどうこうできるとは、最初から思っていない」
まだ引かない四肢の痛みに脂汗を浮かべ、気光による治癒を続けながら、エイユンが苦しそうに言った。もちろん、ジェスビィは笑っている。
「ふん、負け惜しみをほざくか。では、いつ何をどうこうできるというのだ?」
「私はお前を挑発し、そして勝ち誇らせ、注意を引き付けた。お前が、シャンジルの次に……いや、あるいはシャンジル以上に守ろうとする存在を、どうこうさせてもらう為に」
はっ、としたジェスビィが振り向く。
「そうだ! これを見ろジェスビィ!」
叫ぶジュンの右手にはナイフがあり、左手はソウキを背後から抱きしめて動けなくし、そしてそのナイフはソウキの頬に当てられていた。
ソウキは何が何だか解らず、動けない。ただ、ジュンから「エイユンの指示だ。とりあえず大人しくしててくれ」と囁かれたので、アルヴェダーユともども大人しくしている。
ソウキの頬をナイフの先端でつつきながら、ジュンは大声でジェスビィに言う。
「今すぐ降伏しろ、ジェスビィ! さもないとどうなるか……(って、ソウキを殺そうとしてた奴相手に、ソウキを人質にしてどうなるってんだ?)」
「くっ……」
「ソウキ、あなたには私がついています。あの二人もまだ戦えます。希望を捨てないで」
アルヴェダーユはソウキに、心の中から励ましを送る。その声は、強大な魔力を持つジェスビィの耳にも聞き取れた。
「愚かな。貴様が手を貸したとて、真の力を解放した古代魔王に、人間如きが敵うものか」
余裕の表情で歩を進めるジェスビィの右手に炎が灯った。しかし今度の炎は、今までのものと明らかに違う。ゾッとするような冷たささえ感じさせる。濃い、蒼色の炎だ。
「人間どもの使う気光のように、狙った魂だけなどという器用なことはできぬがな。だが、私には狙う必要などない。アルヴェダーユよ、貴様ごとソウキの魂を焼き尽くしてくれる!」
ジェスビィの手から、洪水のような勢いで、蒼い炎が溢れ出た。
その莫大な量と速さにソウキは何もできず、全身に浴びてしまう。蒼い炎はソウキに触れるや否や、今度は砂漠に撒かれた水のように、ソウキの体の中へ中へと染み込んでいった。ソウキが苦悶の絶叫を上げ、喉をかきむしって転がり回る。
が、すぐに体内から湧き出した光が、炎を外へ外へと押し返していく。ソウキ自身も、苦痛に顔を歪めながらも何とか立ち上がり、腰を落とし拳を握って構えをとって、
「せええええぇぇいっ!」
気合い一発! まだ体内に残っていた炎を全て、弾き飛ばした。だがかなりの体力と気力を消耗したらしく、全身汗まみれで、まともに言葉を発せないほどに息を荒げている。
術を破られたジェスビィは、しかしそれでも動じない。
「なるほど。内部からアルヴェダーユに支えられながらの気光か。確かにそれなら、私の術も返せよう。だが、こちらはまだまだ、何度でも同じことができるぞ」
ジェスビィの手に、また蒼い炎が灯った。
「アルヴェダーユよ。今貴様が助かるには、そこから出るしかない。そして逃げるか、あるいは一か八かで私に向かってくるか。だが貴様がそこから出れば、ソウキの魂は我が魔力の重圧に耐えられず、私が手を出すまでもなく死ぬ。さあ、どうする?」
蒼い炎を弄びつつ、ソウキとその中にいるアルヴェダーユに向かって、ジェスビィは挑発するように語りかける。
ジェスビィは圧倒的に有利なのだから、挑発する必要などない。また、ソウキは助けてアルヴェダーユだけを殺したいから、アルヴェダーユを引きずり出そうとしている、というわけでもなかろう。現に今、遠慮なくソウキごと攻撃しているのだから。
ということは、単に余裕綽々でアルヴェダーユに嫌味を言っているだけか。
何にせよジェスビィにとって、遠い背後で転がっている人間二人など、もはや眼中どころか意識の片隅にもないだろう。
『くそっ……!』
倒れたままのジュンは、悔しいとは思ったが舌打ちはしなかった。普通なら「ナメやがって」とか思うところだが、なにしろ相手は古代魔王。それも【従属】状態、全力バージョンだ。今だって、アルヴェダーユのかけてくれた法術の支えがなかったら、どうなっているか。ジェスビィは何もしなくても、ただそこに居るだけで、ジュンもエイユンも魔力の重圧で苦しめられるのだから。どうバカにされても仕方がない。
しかし、そんな相手だからこそ、何とかしなくてはならない。このままでは遠からず、ソウキとアルヴェダーユがやられるし、そうなったら次は自分とエイユンの番だ。
ジュンが、何かないかと考えていると、ジュンと同じように地面に転がっているエイユンが、ジェスビィの背を見てぽつりと言った。
「あの女……ソウキたちを殺す気はないのか?」
倒れたまま、じっとジェスビィを凝視しているエイユンの目は真剣だ。
だが言っていることは冗談としか思えない。
「んなわけないだろ。確かに今はいたぶって遊んでるけど、最終的には殺すに決まってる。ジェスビィにしてみれば恨み骨髄の相手だし、この地上で唯一、自分に対抗し得る存在なんだ。放っておくはずがない。見ての通り、遠慮なく二人まとめて攻撃してるだろ」
「ジュン。私には魔術は使えないから、魔力のことはわからない。だが、そいつが全力を出しているかどうかぐらいは、気の流れで見抜ける。あいつには確かに、手加減を感じる。現に今も、私たちにやったみたいな豪快な攻撃をせず、わざわざ魂をどうのこうのと」
「だからそれは、いたぶってるだけで」
「いや。思えば広場でソウキを操って戦っていた時から、妙なものを感じていたんだ。まるで、ソウキを傷つけぬよう気遣っているような……ん? 傷……魂を焼く……そうか!」
何やら閃いたらしいエイユンは、ジュンに這い寄って両手でジュンの腕を掴んだ。
ジュンの腕に、エイユンの手から暖かいものが流れ込み、疲労と傷を癒していく。
「えっ……あの、えっと、手当て、か?」
「ああ。だが、これは気光を用いた治癒だから、普通の意味での手当てとは違うがな」
言いながらエイユンは、自身の胸に手を当てて深呼吸、気光で自らの体も回復させた。
二人とも、何とか動けるようになったところで、エイユンはジュンに耳打ちをする。
「……というわけだ。頼んだぞ」
「ちょ、ちょっと待て。それをやったらどうなるってんだ? 何が何だか俺にはさっぱり」
「説明しているヒマはない、いくぞ!」
立ち上がったエイユンが、ジェスビィに向かって走り、掌から気光の弾を打ち出した。
ジェスビイが気付いて振り向き、片手で止める。だがジュンの魔術のようには潰せず、爆音と煙が上がってジェスビィの掌が焦げた。
その煙に紛れて、エイユンが突進する。気光を宿らせた両拳で、嵐のような連打をジェスビィに浴びせた。常人の目には十数本の腕が乱舞しているとしか見えない速さと、巨岩をも砕く威力を兼ね備えた、気光の達人エイユンならではの超人的な攻撃である。
ジェスビィはそれを全て見切り、蠅でも追い払うかのように易々と弾いていく。だが蠅と違うところは、エイユンの拳に触れる度に、ジェスビィの手が少しずつ焼けていくこと。
「ええい、鬱陶しい! 消えろこの尼僧めが!」
ジェスビィは一撃、強めにエイユンの拳を払って、エイユンの体勢を崩した。そうやってできた隙を逃さず、自身の手に蒼い炎を宿らせ、エイユンの魂を焼こうとする。
だがその時、横合いから飛んで来た紅い火がジェスビイの手の蒼い炎に命中、爆発!
「ぬうっ!?」
至近距離(至近も何も自分の手)で自らの術を爆破させられ、これは流石にダメージになった。混じり合い、纏わりついてくる紅と蒼との火炎を振り払い、何事かとジェスビィが横を見る。
そこにジュンがいた。ジェスビィがエイユンと打ち合っている隙に攻撃したのだ。
「幼児でも、城塞の火薬庫に火を点ければ、痛手を与えられるってか?」
「それがどうした! こんなもの、私にとっては……」
啖呵を切るジュンに怒鳴り返したジェスビィの顔面を、光り輝く足が打った。
足に気光を宿らせたエイユンの、上段蹴りが命中したのだ。ジェスビィは顔を押さえて数歩後ずさり、指と指の間から正面を見た。
そこにエイユンがいた。ジェスビィがジュンを怒鳴りつけている隙に攻撃したのだ。
「貴様ああああああああぁぁぁぁっ! 私の顔を足蹴にするだとおおおおぉぉぉぉ!」
激昂したジェスビィの手から、極限まで凝縮された鋭い炎、いや、熱閃が放たれた。それはもう燃焼しておらず、純粋な熱の塊、光の帯。それが一直線にエイユンを襲う。エイユンは辛うじてそれを見切り、すんでのところで身をかわした。が、
「逃がすと思うか!」
ジェスビィが吼える。すると熱閃が突如四つに割れ、まるでそれぞれに意思があるように曲がりうねってエイユンを追い、それぞれがエイユンの右腕左腕右脚左脚を貫いた。
弓矢ほどの太さの穴が、エイユンの四肢に穿たれた。しかもその傷口の肉は、高熱に焼かれて焦がされ、臭い湯気を上げている。
堪らずエイユンは倒れ、激痛に呻いた。その、倒れたエイユンの向こう側、少し離れた地点には、炎でできたドームがある。
ジェスビィの作った結界だ。中には瀕死のシャンジルがいる。
「ふん。私を挑発し、怒りに任せた攻撃を出させ、それを利用してあの結界を壊し、シャンジルを殺そうとしたわけか。そうすれば【従属】が解けて【契約】状態になり、私の力が弱まると。ああ、確かにその通りだ。成功していればそうなっただろうな」
ジェスビィは悠々とした態度を取り戻した。地面に転がり痛みに呻くエイユンに、勝ち誇って言い放つ。
「しかし甘かったな。正直に言えば、確かに一瞬、怒りに我を忘れた。だがシャンジルは、これさえ守れば絶対に負けはないという、私にとって唯一最大の弱点。己が身よりも優先して守るべきものなのだ。いかに錯乱しようとも、そんなものを私が攻撃するはずがない」
エイユンが、荒々しい息をムリヤリに整えて、ゆっくりと立ち上がった。
四肢に開けられた穴は、少しずつだが塞がりつつある。
「ほう。流石は、私に手傷を負わせるほどの使い手。攻撃のみならず、治癒の気光も大したものだ。いいぞいいぞ。その方が、貴様を長く苦しめられるというもの」
「……お前がシャンジルを、唯一最大の弱点と考えているのは当然、知っている。この程度のことでシャンジルをどうこうできるとは、最初から思っていない」
まだ引かない四肢の痛みに脂汗を浮かべ、気光による治癒を続けながら、エイユンが苦しそうに言った。もちろん、ジェスビィは笑っている。
「ふん、負け惜しみをほざくか。では、いつ何をどうこうできるというのだ?」
「私はお前を挑発し、そして勝ち誇らせ、注意を引き付けた。お前が、シャンジルの次に……いや、あるいはシャンジル以上に守ろうとする存在を、どうこうさせてもらう為に」
はっ、としたジェスビィが振り向く。
「そうだ! これを見ろジェスビィ!」
叫ぶジュンの右手にはナイフがあり、左手はソウキを背後から抱きしめて動けなくし、そしてそのナイフはソウキの頬に当てられていた。
ソウキは何が何だか解らず、動けない。ただ、ジュンから「エイユンの指示だ。とりあえず大人しくしててくれ」と囁かれたので、アルヴェダーユともども大人しくしている。
ソウキの頬をナイフの先端でつつきながら、ジュンは大声でジェスビィに言う。
「今すぐ降伏しろ、ジェスビィ! さもないとどうなるか……(って、ソウキを殺そうとしてた奴相手に、ソウキを人質にしてどうなるってんだ?)」
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