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第二章 魔剣の妖女 

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「リュマルド様の望みは地上の覇権、俗な言い方をすれば世界征服じゃ。それが叶うなら、ムダに戦う気はない。また、ただ魔王の遺品を使っているだけであり、魔王本人とは何の縁もない。つまりジークロットにもその関係者にも、恨みはない。これがどういうことか解るか? そいつらと戦う意思はないということ。そう、例えばお前たちじゃ」
 カイハブに指差されたラディアナは、少しずつ話に引き込まれている。
 それをラディアナの表情から読み取って、カイハブは薄く笑みを浮かべた。
「お前の里の呪いは、リュマルド様が魔王の遺品を使ったことによって発動したもの。つまり、リュマルド様の操作一つで、お前の里に遺品の力が及ばぬようにすることも可能なのじゃ」
「!」
「そうなれば当然、呪いは解ける。お前も、里に帰りさえすれば元の姿に戻れる。里の者たち全員と共にな。リュマルド様にとっても、山奥のドラゴンの里一つぐらい、どうでも良いものじゃ。交渉次第では、今後一切手出しをしないという約定は可能じゃぞ」
 ラディアナは考えてみた。
 今のカイハブの話は筋が通っている。そういえば、エルフやドワーフなどといった種族もそれぞれに街や村を構え、それなりに人間とも交流があり、栄えていると聞いたことがある。ここタスートのような賑やかな街が世界中にたくさんあり、それらを支配下に置くことがリュマルドの望みなら、確かにドラゴンの里になど興味はないだろう。金もない、服も知らないようなドラゴンの里を一つ、攻撃・征服目標から外すことなど、大した損害ではないはず。
「……で? あたしの里を助ける代わりに、何をしろっていうの?」
 ラディアナは乗り気だ。カイハブは声に出して笑った。
「ほっほっ。そう言ってくれると話が早い」
「だから早く言いなさいよ」
「なぁに、簡単なことじゃ。あの剣、パルフェを持ってきてくれればいい。あれは魔王の創った最後の品、研究する価値は充分じゃからの。それにパルフェさえ確保してしまえば、クリスとかいう小僧などは何の力もないただの人間。わざわざ殺すまでもない、無視できるザコじゃ」
「でも、研究するっていっても、パルフェはあんたたちのことを嫌ってるわよ」
「あやつ本人の意思などどうでもよい。あれはただの剣じゃ。へし折ったカケラでも、ぶっ壊した破片でも、研究できんことはないからの」
 そう言われて、ラディアナの顔色が変わった。確かに、パルフェは魔王の遺品そのものだということで、複雑な感情はある。だが、なにしろついさっき、一緒に食事をした相手だ。つい先日、一緒に九死に一生を得た戦友だ。
 それを、折るだの壊すだのと。つまり、パルフェを殺すということである。
「……」
 ラディアナは黙り込んだ。
 失言だったか、とカイハブは舌打ちする。だがすぐに表情を和らげて言った。
「ラディアナ、というたな。よく考えてみよ。お前の里が呪いを受けたことについて、お前にも里のドラゴンたちにも、何の非もない。誰も悪くない。原因は魔王じゃ。きっかけは確かにリュマルド様じゃが、そのリュマルド様が呪いを解いて下さる。となれば、責任を取り、責めを負うべきは魔王。そしてその関係者。今、それに該当するのは誰じゃ?」
「それは……」
「わしとて、何も問答無用でパルフェを破壊するとは言うとらんぞ。あやつが協力してくれればそれで良いのじゃ。その方が戦力としても使えるし、研究するにも都合が良い。それに、」
 考え込み、警戒することを忘れたラディアナの肩に、カイハブの手が置かれた。
「あやつにとっても、この話は決して嫌なものではないと思うぞ。あやつ自身が言っていたであろう? 他の魔王の遺品は、自分の家族であると。つまり、わしの提案に乗ることは、生き別れとなった家族との再会じゃ」
「あっ……」
 家族との再会。それは今、ラディアナが命を賭けて戦って、手に入れようとしているものだ。
 今のラディアナ同様、パルフェもまた異種族の中で一人ぼっちなのだ。寂しくないわけがない。
「今のパルフェは、リュマルド様が憎いという思いに凝り固まっておろうから、こんなことを説明しても聞きはしないじゃろう。が、実際に家族と会えば気持ちも変わると思うぞ。のうラディアナ、お前が家族と再会することを想像してみよ。パルフェが、それと同じものを嫌がると思うか?」
「……そんなこと……絶対、ない!」
 カイハブに言われるままに想像し、また瞳を潤ませかけたラディアナは、両手でごしごしと涙を拭って力強く断言した。
 よし、とカイハブは頷くと、倒れている男たちを見渡した。その内の一人が持っていた拘束用のロープを拾い上げると、ラディアナに渡す。
「もしあやつが抵抗するようなら、殴り倒して縛り上げてでも連れて来るがよい。それがあやつ自身の為にもなる」
「うん。そうよね」
 今はもう、ラディアナはカイハブに対して敵意も反発も全くなかった。
 パルフェを家族のところへ連れて行く。それで自分も里に帰れる。パルフェだって、無益に戦うことはないのだ。リュマルドのところに行けば、兄さんや姉さんがパルフェを説得してくれるかもしれない。それでパルフェが納得し、家庭円満になれば万事めでたしだ。
『クリスと人間たちは……この際、いいわよね。そもそも人間のジークロットが、魔王の遺品を全部完全に破壊してれば、そこで終わってたことなんだし。自分たちの責任よ。後は、自分たちだけでリュマルドと戦えばいい。あたしは里で、みんなと平和に暮らすんだから』
 ラディアナは、自分の気持ちを整理し終えた。
「ではラディアナよ、わしはここで待っておる。パルフェを連れて来てくれ」
「解ったわ」
 ロープを手に、ラディアナは駆けて行く。
 カイハブは勝利を確信してラディアナを見送った。
『ふん、所詮は畜生か。浅はかな小娘よ。パルフェさえ抑えてしまえば、あの娘の力もしれたものとなろう。捕らえて里の場所を聞き出せば、いずれ障害となりかねない、ジークロットの従者の血筋を完全に絶やせる……いや、一匹ずつ石化を解いて解剖して、じっくり研究するのもいいかもしれん。どちらにせよ、リュマルド様には喜んで頂けよう』

 ラディアナは表通りを走り、エレンの店へと向かった。
 カイハブの言う通り、おそらく単純に話をしても、パルフェは従わないだろう。だが、家族と再会できれば、パルフェだってきっと気が変わる。これはパルフェの為なのだ。少しばかり手荒になっても、連れて行くべきだ。
 となると実力行使になる。できれば、クリスの見ていないところでやりたいものだ。もちろん、クリス如きの腕力で邪魔される恐れはない。が、あの遺跡を出た時、三人で固く握手したばかりだ。あまりケンカしたくはない。パルフェだけカイハブのところに連れて行って、クリスにはもう会わずにこっそりと去る。それが理想だ。
 そんなことを考えていたら、ラディアナの思いが天に通じたのか、パルフェが一人で歩いているのが目に入った。きょろきょろしているのは、多分ラディアナを探しているからだろう。
『うん、ちょうど良かった』
 幸い、まだ裏通りからそんなに離れていないせいか人通りも少なめだ。 
 暗いし、手早く済ませば通行人に騒がれることもないだろう。
「あ! ラディアナちゃん!」
 パルフェが気づいて、ぱたぱたと走ってきた。
 ラディアナはロープを後ろ手に隠す。
「あのねラディアナちゃん、確かにクリス君、ちょっと配慮が足りないというかズレたこと言っちゃったけど、悪気があったわけじゃないの。今、反省して凄く落ち込んじゃってるから、許してあげてくれない?」
「そうねぇ」
「ワタシからもお願いっ。三人で力を合わせないと、リュマルドとの戦いに勝てないし、それ以前にこれからの旅、仲良くしなきゃ楽しくないでしょ?」
「ん~……ねえパルフェ、ちょっと耳を貸して」
「なあに?」
 何の疑いもなくパルフェは頭を下げ、ラディアナに耳を向けた。
 ラディアナもちょっとだけ頭を下げた。謝罪の為に。
「ごめんね、パルフェ」
 ごむっ、と音がして、パルフェの側頭部に重い衝撃が叩きつけられた。
 それがラディアナの拳によるものだと認識する前に、パルフェの意識は失せた。ひとたまりもなく失神してしまったパルフェを、ラディアナは素早く抱き上げて走り出す。
 角を曲がって路地に入り、とりあえずパルフェの両手両足を縛り上げた。それから改めてパルフェを頭上に担ぎ上げ、狭い道、暗い道を選んでカイハブとの待ち合わせ場所へと急ぐ。
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