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第二章 魔剣の妖女 

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「パ、パルフェ? 何を?」
 近づいてきたクリスを押し返すように、パルフェは焦った声で答えた。
《こら、走ってって言ったでしょ! 命の残りカスである亡霊となんか違って、こんな大仕掛けの魔術、大量の魔力は、いくらあたしでも簡単には食べ尽くせないの! この遺跡、いや、山全体が崩れるのはどうしたって止められない! こうやって、少し遅らせるのが限界なの! だから早く、アナタたちは逃げて!》
「で、でも君は」
《ワタシは剣なんだから、埋もれたって死にはしない! また何百年かしたら、自然災害で削られるとか、誰かが発掘するとかで、いつか地上に出られる日も来る! だから、早く! ワタシがこうやって、あいつの魔力に噛みついてる間に……って、》
 パルフェの言葉を最後まで待たず、クリスはパルフェの鞘を拾ってきちんと腰に差してから、柄を掴んだ。すると刃から黒い触手が数十本、ぶわっと生えた。クリスはそんなパルフェを両手でしっかりと力強く握り、地面に押し込んでいく。
《な、何やってるのよ?》
「確かパルフェ、言ってたよね」
 揺れる大地で、パルフェを支えにして何とか立つクリスが、うねうね触手を生やす刃を見つめて言った。
 クリスの握る力に応じて触手は本数を増やし、うねる勢いも増していく。
「僕が手にしていたからこそ、って。僕の……つまり魔王の魂があるから力が何倍にもなって、触手をたくさん生やせて、亡霊たちを縛る魔力を喰らい尽くせたって。なら、僕がこうしていれば、また同じように」
《だめっ! それでも山が崩れる方が先よ! さっきも言ったでしょ! まだ生きてる人間、しかも心得のある魔術師が何年もかけて仕込んだ術となると、とっくに死んでる亡霊なんかとは存在する力が全然違うの! いくら触手があっても焼け石に水! 今ワタシが床から抜けたら、その瞬間に山ごと崩れるかもしれないのよ! それぐらい危ないんだってば!》
「だったら尚更、僕の力も必要だろ? 僕の魂でパルフェの触手が強くなるのなら、僕はそれに賭ける!」
 クリスはしっかりとパルフェを握り締めたまま、動かない。
 その顔に悲壮感は無い。緊張はある。だが不安は無い。そして希望がある。
《根拠の無い大甘の希望的観測なんか言わないで! 魂だけは魔王様でも、まだまだ何の術も使えない今のアナタがここで死んだら、次の転生には何百どころか何千、何万年かかるか……そんなことになったらもう、二度と会えなくなっちゃう!》
「だから今、別れない!」
 悲しげになってきたパルフェの声に、クリスの強い声が叩きつけられた。
 だがパルフェも、それで引き下がりはしない。
《いいから逃げてってのに! ワタシにとってアナタは何百年も待ち望んだ相手だけど、アナタにすればワタシなんて、ついさっき拾ったばかりの、ただの剣でしょ⁉ しかも今のところ人間であるアナタにとって、魔王様は敵のはず! その遺品なのよ!》
「魔王の遺品だろうと何だろうと、僕とラディアナを助けてくれた君は、僕にとってはただの剣なんかじゃないっ!」
《ただの剣よ! 戦いに使われる武器! それなのに、前の戦いでご主人様を護れなかった無念、悲しさ、悔しさ、その大きさ、深さ、アナタには解らないわ! それをまた、ワタシに味わわせる気なの⁉》
「そうならないように、僕がここにいる! 君と一緒にいる!」
《だから、それじゃ二人とも……》
 言い争う二人の頭上に、割れた天井の破片が降って来た。破片とはいえ、クリスを二、三人はまとめて押し潰せる岩の塊だ。しかも砕けて尖った形で、クリスの頭上に、
「てええええぇぇぇいっ!」
 それを粉々に砕いたのは、ジャンプしたラディアナの拳だった。クリスとパルフェの上に、元は岩だった石と砂が、パラパラと降り注ぐ。 
 ラディアナは着地し、ヒビ割れが縦横に走っていく頭上を睨んで、パルフェに言った。
「あーだこーだうるさいわよ。パルフェ、あたしにしてみればあんたなんか、にっくき魔王の遺品の一つ。今ここで叩き潰してやりたいわ。けど、あんたもクリスも、リュマルドに繋がる大事な手がかりなの。だから失うわけには……クリス危ないっ!」
 ラディアナはクリスの襟首を引っ掴んで引きずり倒した。その背中を踏んでクリスの上に立ち、ぐえっと呻くクリスの上に降ってくるいくつもの瓦礫を左右のパンチ連打で弾き飛ばす。
 クリスを突き飛ばせば簡単だが、その飛ばした先で新しい破片に襲われればそれまでだ。そして今は刻一刻と、その可能性が高くなっている。降ってくる破片の大きさと降る頻度、降り注ぐ密度は増す一方なのだ。しかもこの遺跡は山の地下。どれほど崩れても、上から降ってくるものには事欠かない。
 それに、今は天井の岩だからまだラディアナが叩き飛ばして防げているが、いずれ遺跡として工事された天井部分がなくなり、岩でなく土になってしまえばお手上げだ。三人、厳密には一人と一匹と一振りは生き埋めになる。何百年か後の冒険者だか考古学者だかが、伝説の剣と二組の白骨として発掘することになるだろう。
「うぅ……あ、そうだ! これだっ!」
 何やら閃いたような声を上げて、クリスは体を起こした。その背に乗っていたラディアナがバランスを崩して転びかける。それをクリスが抱き止める。それから姿勢を低くして、ラディアナの足の間に後ろから頭を突っ込んで、
「ちょ、ちょっとクリス⁉ 何やってんのよ!」
 ふんっ! と気合いを入れて立ち上がる。ラディアナを肩車したのだ。
 そして刃も触手も地面に深く刺さっているパルフェを逆手に握ったまま、深く腰を落とした。
「ラディアナはそのまま上を見て、瓦礫の防御をお願い! パルフェは引き続き、地面の下に触手を伸ばして魔力を削って、山が崩れるのを抑えて!」
「そ、それはいいけどクリス、あんた何を考えてるの?」
《だから何回も言ってるけど、ワタシがいくら頑張ったって山が崩れるのが先……》
「それより先にここから脱出するっ!」
 クリスが走り出した。地面に突き立てたパルフェで地面に溝を掘りつつ、船の舵取りよろしくパルフェの柄を握って右に左に、ラディアナを肩車したまま、腰を落とした体勢で走る走る。
 驚き、混乱しながらもクリスの意図を理解したラディアナとパルフェは、それぞれの役目に集中することにした。
 ラディアナは自分自身、クリス、パルフェを守るために上を向きっぱなしで拳を振り回す。肩車されながら、しかもその相手が走っているので、落ちないようにするだけでもかなり辛い。上を向きっ放しの首も辛い。そもそも、ゴーレムにさんざん痛めつけられたダメージも疲労も尋常ではなく大きいのだ。
 だが今はやるしかない。ここを脱出できねば生き埋めになる、死ぬ、旅が続けられない。
『父様母様、里のみんな……あたしは、こんなところで死ぬわけにはいかないっ!』
 パルフェはひたすら触手を下に伸ばし、地中の魔力を噛み砕いていく。魔王の遺品を使いこなしているリュマルド、その配下の魔術師とあって、カイハブも相当な使い手だ。魔術によって人々を支配した古代の王、ザセートの術を簡単に真似してみせたことからも明らかである。
 そのカイハブが、何年もかけて仕掛けた罠だ。魔剣とはいえ封印から出たばかりで実戦経験などほぼ皆無のパルフェと、冒険者として剣士としてまだ未熟なクリスとあっては、どこまで太刀打ちできるか。
『こ、こうなったらやってやるっ! 魔王様の最後の、最高傑作の力、見せてやるわ!』
 クリスは無言、いや、ぜえぜえひぃひぃ言いながら汗だくになってひたすら走っている。
 いくらパルフェの斬れ味が鋭く、クリス自身にも剣を操る技量があるとはいえ、地面を深く斬りつけながら(掘りながら)走るというのは堪える。その重労働をしながら、無理な体勢で、幼女を一人肩車して走っているのだ。辛くないはずがない。
 額の汗が眉を伝って目じりに、鼻の頭の汗が鼻の下を通って口の中に、流れ込んでくる。だが拭うヒマなどない。だから無視して、ぜえぜえひぃひぃ言いながら、クリスは走る。
 瓦礫はラディアナが防いでくれる。山の崩れはパルフェが抑えてくれている。二人を強く信じて走るその顔は、疲労と苦痛の渦の中に、揺るぎない希望が輝いている。
 そんなクリスの顔を、ラディアナは上から見下ろし、パルフェは下から見上げて、
『まぁ何というか、根性だけは凄いのよね。根性だけは』
『魔王様の遺品にして、武器として有力なワタシを捨てるのが惜しいから……よね』
「も、も、も、も、もおおおおおおおおぉぉぉぉ、ちょっと、だああああぁぁっ!」
 前方からの空気の流れ、つまり風を感じて、クリスがラストスパートをかけた。
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