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第四章 【悪しき心】発動
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しおりを挟む鏡メバンシ―の二段目の術が完成し、ア―サ―(白の女神)が傀儡と化そうとしたその時、異変が起こった。
四つん這いになって、暗~くブツブツ言っていたア―サ―が、突如ぶるぶるっと身を震わせたかと思うと、
「ぬぅわおおおおぉぉぉぉっっ!」
雄叫びを上げ、立ち上がったのだ。
そして更に、驚き後ずさる鏡メバンシ―の目の前で、
「な……何っ⁉」
ア―サ―の纏っている白の女神の戦装束が、雪像が溶けるように、そして再び凍り付いていくかのように、変化していった。
白くて長いブ―ツは、黒くて高いヒ―ルに。
白く美しい刺繍つきの長手袋は、黒く痛そうな鋲つきの皮手袋に。
白と金、だったのが黒と赤、になっていく。全体のデザインも【荘厳】から【妖艶】へと変化し、胸元や脚、腰の露出が増していく。
その衣装を纏っているのはもちろん、ずっと変わらない女の子版ア―サ―。だが、見た目の印象は同一人物とは思えないほどに、みるみる変わっていく。
やがて、
「ふううぅぅ~っ……」
全ての変化を終えたア―サ―が、重い息をついた。
先程までのア―サ―は確かに【白の女神】だったが、今ここにいるのはさしずめ、【黒き堕天使】だ。
そう呼ぶのが相応しい、そんな姿をしている。黒く怪しく、妖しい色香が匂い漂っていて。
「我ながら、な~にをバカなこと考えてたんだ。僕が落ち込まなきゃいけない理由なんて、な~んにもないのに」
黒い戦装束姿となったア―サ―がニヤリと笑う。
そして、呆然としている鏡メバンシ―に向かって言い放った。
「そぉだそぉだ。全部、お前が悪いんだ。イルヴィアが狙われたのも術をかけられたのも、全部お前の責任だ。僕は全然悪くないんだ」
「なっ……?」
ア―サ―の心身の異変を前に、鏡メバンシ―は何が何だか理解できずにいた。落ち込みから立ち直った、のか? そのようにも見えるが、何だか違うようにも見える。
愛や勇気や希望は心に届かない、力を与えられない、はずだ。そのテの心の動きは完全に封じたはず。
なのだが、それ以外の何かが、力になっているような。
「あ、あんた、一体何がどうしたってのよ?」
「どうしたもこうしたもない。よくもこの僕を、妙な術で落ち込ませてくれたな」
ニヤリな笑顔から一転、ギロリと鏡メバンシ―を睨みつけて、ア―サ―は拳を握る。
「いいか、よく聞け。僕は絶対に、かっこいい英雄になるんだ。だから悪者は許さない。悪者には負けない。つまり、お前にも負けない。うん、スジは通ってる」
「ス、スジ?」
「そう。正義は勝つ。それがスジ」
ア―サ―は鏡メバンシ―にずんずん近づいていく。その右拳に、ぼっ、と炎が灯った。
人の頭ほどある炎の球。それが今の、ア―サ―の拳だ。
「というわけで……喰らえ正義の鉄拳っ!」
ア―サ―の炎の拳が、燃え上がりながら唸りを上げて、下から上へと突き上げられた。
天空を撃ち破らんばかりのその一撃は、見事に鏡メバンシ―の顎を捕らえる。と同時に、その炎が爆発を起こした!
「がぶぅおおおぉぉっ⁉」
エミアロ―ネの白武術ではない。これは明らかに魔術の、しかもかなり強力な炎だ。
その一撃をまともに喰らった鏡メバンシ―は、顎から顔面、髪まで豪快に焼け焦げ、大きく吹っ飛ばされていく。
そしてそれを、ア―サ―が走って追いかける。
「うぬぅおおぉぉっ! まだまだこんなもんじゃあないぞ! 空が青いのも夕陽が赤いのも、全部お前のせいなんだからなぁぁっ!」
立ち直ったとかそういう領域を突き抜けて、ア―サ―はほとんど人格が変わってしまっている。もう言ってることがムチャクチャだ。
だがこれで、鏡メバンシ―は確信した。
『ま、間違いないわ。責任転嫁に自信過剰に八つ当たり……こいつは悪しき心を、黒の力を使ってる!』
何がどうなって【善き心】の白武術使いであるはずの白の女神が、【悪しき心】の黒の力を行使しているのか、それは全く解らない。
だがとにかく、あの様子ではもう、落ち込み催眠術は通用しないだろう。
「……それなら!」
何とか着地した鏡メバンシ―は、
「来なさい、我が奴隷イルヴィア! あんたなら攻撃されることなく……」
だが、遥か彼方へとぶっ飛ばされた鏡メバンシ―を追って、ア―サ―はもう目の前まで向かってきている。
その後ろの遥か彼方に、イルヴィアがいる。
これでは、人質にも武器にもならない。自殺を命令しようにも、ア―サ―は完全に背を向けているから見てないし、第一もう目の前だ。
「うぐっ、な、なら、実力勝負よっっ!」
鏡メバンシ―は両手の人差し指と中指を立てて、頭上の鏡に添えた。
その鏡に大きな魔力が集中していく。己の術でムリヤリ肥大化させた、町の人々の落ち込みや自己嫌悪を吸い集めているのだ。
「負の感情は、そのまま悪しき心へと変わる。そして悪しき力の源へと変わる……喰らえ! 鏡ファイヤ――――――――!」
鏡メバンシ―の鏡から、一筋の炎が迸った。
その速さは、矢というよりももう、光線!
ずどおおおおぉぉぉぉん!
突進していたア―サ―に炎が命中、大爆発。
ア―サ―を中心に巨大な火柱が立ち黒煙が立ち込め、爆風が商店の品々を吹き飛ばした。
が、
「そ……」
ア―サ―は全くスピ―ドを緩めず、黒煙を突き抜けて一直線に向かってくる!
「そそそそそんな、バカなっっ⁉」
ア―サ―は燃えていた。鏡メバンシ―に受けた攻撃など比較にならないぐらい、燃えていた。
ついさっき、どん底まで落ち込んでいたのが嘘のようだ。
《何もかもを自分で背負い込み、自分の責任だと思う必要などない。また……》
心の中に聞こえてくるのは、エミアロ―ネよりずっと幼い女の子の声。
先程の、黒いロ―ブの女の子の声だ。ジャゴックの大神官、カユカという名の少女。
《自分を過小評価して縮こまってしまうぐらいなら、自分を過大評価してふんぞり返っている方がマシというもの》
「そ―だっ! 僕は強い! 英雄になれる! 何回どんなに失敗しても、だ!」
と吠えながら振り上げられたア―サ―の両手が、輝きだした。
その光の中で、何かが実体化していく。
「僕は僕は、こんなところで膝を抱えているような、ちっぽけな男じゃ~な~いっ! ぅわはははははっ!」
ア―サ―の気分はどんどん盛り上がっていく。
もう、誰にも止められなさそうだ。
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