頭上輪廻戦士アーサー

川口大介

文字の大きさ
上 下
22 / 31
第四章 【悪しき心】発動

しおりを挟む

 鏡メバンシ―の二段目の術が完成し、ア―サ―(白の女神)が傀儡と化そうとしたその時、異変が起こった。
 四つん這いになって、暗~くブツブツ言っていたア―サ―が、突如ぶるぶるっと身を震わせたかと思うと、
「ぬぅわおおおおぉぉぉぉっっ!」
 雄叫びを上げ、立ち上がったのだ。
 そして更に、驚き後ずさる鏡メバンシ―の目の前で、
「な……何っ⁉」
 ア―サ―の纏っている白の女神の戦装束が、雪像が溶けるように、そして再び凍り付いていくかのように、変化していった。
 白くて長いブ―ツは、黒くて高いヒ―ルに。
 白く美しい刺繍つきの長手袋は、黒く痛そうな鋲つきの皮手袋に。
 白と金、だったのが黒と赤、になっていく。全体のデザインも【荘厳】から【妖艶】へと変化し、胸元や脚、腰の露出が増していく。
 その衣装を纏っているのはもちろん、ずっと変わらない女の子版ア―サ―。だが、見た目の印象は同一人物とは思えないほどに、みるみる変わっていく。
 やがて、
「ふううぅぅ~っ……」
 全ての変化を終えたア―サ―が、重い息をついた。
 先程までのア―サ―は確かに【白の女神】だったが、今ここにいるのはさしずめ、【黒き堕天使】だ。
 そう呼ぶのが相応しい、そんな姿をしている。黒く怪しく、妖しい色香が匂い漂っていて。
「我ながら、な~にをバカなこと考えてたんだ。僕が落ち込まなきゃいけない理由なんて、な~んにもないのに」
 黒い戦装束姿となったア―サ―がニヤリと笑う。
 そして、呆然としている鏡メバンシ―に向かって言い放った。
「そぉだそぉだ。全部、お前が悪いんだ。イルヴィアが狙われたのも術をかけられたのも、全部お前の責任だ。僕は全然悪くないんだ」
「なっ……?」
 ア―サ―の心身の異変を前に、鏡メバンシ―は何が何だか理解できずにいた。落ち込みから立ち直った、のか? そのようにも見えるが、何だか違うようにも見える。
 愛や勇気や希望は心に届かない、力を与えられない、はずだ。そのテの心の動きは完全に封じたはず。
 なのだが、それ以外の何かが、力になっているような。
「あ、あんた、一体何がどうしたってのよ?」
「どうしたもこうしたもない。よくもこの僕を、妙な術で落ち込ませてくれたな」
 ニヤリな笑顔から一転、ギロリと鏡メバンシ―を睨みつけて、ア―サ―は拳を握る。
「いいか、よく聞け。僕は絶対に、かっこいい英雄になるんだ。だから悪者は許さない。悪者には負けない。つまり、お前にも負けない。うん、スジは通ってる」
「ス、スジ?」
「そう。正義は勝つ。それがスジ」
 ア―サ―は鏡メバンシ―にずんずん近づいていく。その右拳に、ぼっ、と炎が灯った。
 人の頭ほどある炎の球。それが今の、ア―サ―の拳だ。
「というわけで……喰らえ正義の鉄拳っ!」
 ア―サ―の炎の拳が、燃え上がりながら唸りを上げて、下から上へと突き上げられた。
 天空を撃ち破らんばかりのその一撃は、見事に鏡メバンシ―の顎を捕らえる。と同時に、その炎が爆発を起こした!
「がぶぅおおおぉぉっ⁉」 
 エミアロ―ネの白武術ではない。これは明らかに魔術の、しかもかなり強力な炎だ。
 その一撃をまともに喰らった鏡メバンシ―は、顎から顔面、髪まで豪快に焼け焦げ、大きく吹っ飛ばされていく。
 そしてそれを、ア―サ―が走って追いかける。
「うぬぅおおぉぉっ! まだまだこんなもんじゃあないぞ! 空が青いのも夕陽が赤いのも、全部お前のせいなんだからなぁぁっ!」
 立ち直ったとかそういう領域を突き抜けて、ア―サ―はほとんど人格が変わってしまっている。もう言ってることがムチャクチャだ。
 だがこれで、鏡メバンシ―は確信した。
『ま、間違いないわ。責任転嫁に自信過剰に八つ当たり……こいつは悪しき心を、黒の力を使ってる!』
 何がどうなって【善き心】の白武術使いであるはずの白の女神が、【悪しき心】の黒の力を行使しているのか、それは全く解らない。
 だがとにかく、あの様子ではもう、落ち込み催眠術は通用しないだろう。
「……それなら!」
 何とか着地した鏡メバンシ―は、
「来なさい、我が奴隷イルヴィア! あんたなら攻撃されることなく……」
 だが、遥か彼方へとぶっ飛ばされた鏡メバンシ―を追って、ア―サ―はもう目の前まで向かってきている。
 その後ろの遥か彼方に、イルヴィアがいる。
 これでは、人質にも武器にもならない。自殺を命令しようにも、ア―サ―は完全に背を向けているから見てないし、第一もう目の前だ。
「うぐっ、な、なら、実力勝負よっっ!」
 鏡メバンシ―は両手の人差し指と中指を立てて、頭上の鏡に添えた。
 その鏡に大きな魔力が集中していく。己の術でムリヤリ肥大化させた、町の人々の落ち込みや自己嫌悪を吸い集めているのだ。
「負の感情は、そのまま悪しき心へと変わる。そして悪しき力の源へと変わる……喰らえ! 鏡ファイヤ――――――――!」
 鏡メバンシ―の鏡から、一筋の炎が迸った。
 その速さは、矢というよりももう、光線!

 ずどおおおおぉぉぉぉん!

 突進していたア―サ―に炎が命中、大爆発。
 ア―サ―を中心に巨大な火柱が立ち黒煙が立ち込め、爆風が商店の品々を吹き飛ばした。
 が、
「そ……」
 ア―サ―は全くスピ―ドを緩めず、黒煙を突き抜けて一直線に向かってくる!
「そそそそそんな、バカなっっ⁉」

 ア―サ―は燃えていた。鏡メバンシ―に受けた攻撃など比較にならないぐらい、燃えていた。
 ついさっき、どん底まで落ち込んでいたのが嘘のようだ。
《何もかもを自分で背負い込み、自分の責任だと思う必要などない。また……》
 心の中に聞こえてくるのは、エミアロ―ネよりずっと幼い女の子の声。
 先程の、黒いロ―ブの女の子の声だ。ジャゴックの大神官、カユカという名の少女。
《自分を過小評価して縮こまってしまうぐらいなら、自分を過大評価してふんぞり返っている方がマシというもの》
「そ―だっ! 僕は強い! 英雄になれる! 何回どんなに失敗しても、だ!」
 と吠えながら振り上げられたア―サ―の両手が、輝きだした。
 その光の中で、何かが実体化していく。
「僕は僕は、こんなところで膝を抱えているような、ちっぽけな男じゃ~な~いっ! ぅわはははははっ!」
 ア―サ―の気分はどんどん盛り上がっていく。
 もう、誰にも止められなさそうだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

俺、貞操逆転世界へイケメン転生

やまいし
ファンタジー
俺はモテなかった…。 勉強や運動は人並み以上に出来るのに…。じゃあ何故かって?――――顔が悪かったからだ。 ――そんなのどうしようも無いだろう。そう思ってた。 ――しかし俺は、男女比1:30の貞操が逆転した世界にイケメンとなって転生した。 これは、そんな俺が今度こそモテるために頑張る。そんな話。 ######## この作品は「小説家になろう様 カクヨム様」にも掲載しています。

美咲の初体験

廣瀬純一
ファンタジー
男女の体が入れ替わってしまった美咲と拓也のお話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...