こじらせ男子は一生恋煩い

桜ゆき

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第二章 心との生活

微熱

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次の日、熱は大分下がったもののまだダルさが残っていて、仕事を休み布団の中でゴロゴロしてると携帯が鳴った。


「…もしもし」

(おぅ、大丈夫か?)

「うん、熱は下がったけどまだダルい」

(仕事は?休んだんだろ?)

「うん」

(心は?)

「朝早くに出てった」

(ふぅん…よし、じゃあ今から行くわ)

「は?なんで!?」

(飯食ってねぇだろ?)

「う、うん…」

(そんなんじゃ体力持たねぇぞ、待ってろ)

「え、でも…っ」


さすがにこれ以上甘えられないだろうと断ろうと思ったのに、りつは俺の返事を待たずに電話を切ってしまった。

いつもだったら心が何かしら作っておいてくれるんだけど、今日に限ってレポートだのなんだので昨日の夜遅くまでかかってたみたいで、散々心配はしてくれたんだけど、どうしても休めないからって

「おかゆ、チンして食べて!ごめん!」

とだけ行って学校に行ってしまったのだった。

俺だってそれくらいの事は出来るし、昨日よりはいくらか身体は楽だから何とかなるだろうと思ってはいたものの、普段からあまり食べないせいでチンする気すら起こらなかった。

多分、りつが来なかったら何も食べないまま一日が過ぎていたであろう。


暫くすると、コンビニの袋を抱えたりつが家に来て、キッチンで何やら作り始めた。

社会人になって就職できたとしても、結局俺は誰かに甘えながら生きてるんだな…と自分の弱さを痛感する。

そしてふと、りつが冷蔵庫に手をかけた瞬間、あることを思い出し急いでベットから起き上がり、りつより先に冷蔵庫の中を確認しあるものを取り出した。


「ちょっ、どうした!?」

「あの、これ…」

「え…」

「昨日渡そうと思ってたんだけど…渡しそびれてて」

「嘘…まじ?」

「チョコ買うの、付き合ってくれてありがとう…あと看病も…」

「ふぇっ…俺泣いちゃうかもっ…」

「な、泣くなよバカっ…義理だかんなっ!」

「わかってるよっ、けど嬉しいのっ!…グスッ」


結局、泣きながら作ってくれたご飯はレンチンのお粥だったけど、なんだか凄く優しい味がした。

そしてお腹もいっぱいになりソファーでくつろいでいると、キッチンを片付け終わったりつが、さっきあげたチョコを片手に俺の隣に座り、嬉しそうに棒状のチョコをじっくり眺めた後、少しずつ食べ始めた。

俺が何となくそれをじーっと見つめていると、チョコを咥えながらりつが子首を傾げた。


「ん?」

「おいし?」

「ん、おいひいぉ」

「俺にも一本…ちょうだい?」

「ん?んっ…」


りつが咥えたチョコをこっちに向けてくるから、それはダメだと全力で拒否すると、悲しそうな顔でそれを食べ終え、新しい一本を手に持って俺の口の前に差し出してきた。

それを俺が遠慮がちに咥えると、すかさず向こう側からパクリと咥えられ唇が触れた―――


「んっ…?!ちょっ///なにすんだよっ!!」

「ふふっ、いいじゃん別に減るもんじゃないし」

「ダメだろっ///」

「いいじゃん。ほら、あーんして?」

「もぉしねーよっ////風邪移ってもしんねぇからっ!」

「将吾の風邪なら移ってもいいよ」

「馬鹿じゃんっ…仕事に支障出んだろっ」

「あ、俺さ。もうボーイ辞めたの。だから大丈夫だろ」

「えっ…」

「あーほら、もう歳も歳だし?店の管理の方任されてんだわ。ちょっと前まで両方やってて忙しかったけど、今はもう管理一択だから落ち着いたけどね」


知らなかった…
ボーイ辞めるなんて一言も聞いてない。

俺が嫌だって言ったから?

だから時間関係なく、あんなに毎日忙しそうにしてたの?

もしかして全部俺の為だった…
なんて事ないよな?

そんなのもしそうだとしても、今更わかったって遅すぎるだろ!?


「りつ、あのさ…」

「ほら、もう少し寝な?俺ももう仕事だわ…」

「…うん」


そうだよな、もうきっと遅いんだ…

りつの寂しそうな表情がそれを物語っているようで、俺は口を噤んだ。

まだ少しだるい身体をベットに預け、帰るりつの後ろ姿を見送るとなんだかちょっと寂しくて、布団の中から手を伸ばしそうになるのを我慢する。

ふいに触れた唇、りつの寂しそうな顔、冷たい手のひら…

それらを思い出せば思い出すほど、ずっと抑えてたものが溢れだしそうになる。

だけど、この期に及んでこんなのダメだって分かってるし、俺は心と幸せになるって決めたんだからもう少しだけ側に居て欲しいなんて、また一緒にいたいかもなんて虫が良すぎるにも程がある。

触れることの出来ない手を布団の中でぐっと隠し、代わりに視線を送り続けると、全てを察したように振り返るりつにドキッと胸が高鳴る。


「あ、ほらやっぱし。そんな目で見んなよ…帰りずれぇわ」

「…っ、見てねぇよ」

「隠しきれてねぇんだよ、背中に視線がグサグサ刺さってんのぉ」

「う、嘘つけっ////」

「嘘じゃない」


はっ、と思った瞬間りつの顔はもう目の前にあって、俺はそれを自然と受け入れていた…


「んっ、ぅ、はぁ…っ、りつ…っ」

「ん…あー俺も熱があんのかも知んない。ぼぉーっとしてて何したか覚えてないから、これは事故だな」

「りつ…」

「早く元気になれよ?じゃあな…」


・・・・・


この日以降、りつから連絡が来ることはなく、俺からもあえて連絡をすることはしなかった。

心は相変わらず優しいし、俺の事を好きでいてくれる。

だから、この事はただの事故として俺の心にそっと仕舞い込むことにしたんだ。
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