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第二章 心との生活

甘いひととき

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フラフラとあてもなくとりあえずデパートに来てはみたけれど、何せノープランで出てきたもんだから、何を見に行っていいのかわからず一先ずデパ地下のチョコレート売り場に降りてみる。

バレンタイン特設会場みたいになってる売り場は、思っていた以上に女の人ばかりで、色めきだった女子達の香水の匂いとか熱気に翻弄され、頭がクラクラする…

完全に場違いな俺は人の波に押されながら何となく目的を定め、そこに向かうべく足を進めているのだけど、人混みに酔ったのか思うように体が動かない。

目的地を諦め空気が取り込めそうなところまでとりあえず避難すると、やっと開放され安堵したのも束の間、壁にもたれ掛かるとそのまましゃがみ込んでしまった。

人混みってこんな気持ち悪かったっけ…って言う知らない感覚に不安を煽られると、頭の上から俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


「将吾…?」


声の聞こえる方に重たい頭を持ち上げ目線を上げると、そこに立っていたのは一際目立つ格好をした、これまた俺以上に場違いな男だった。


「…りつ?」

「どうした?こんなとこで…」

「あぁ…お前こそ、こんなとこで何やってんだよ」

「ん?店のイベント用のチョコ買いにな」

「あぁ、なるほど…」


店のか…なんて、個人的に誰かにあげるわけじゃないことがわかって、なぜ俺がほっとしなきゃならないのか。

俺には心がいるし、りつのことなんてもうとっくにどうでも良くなったはずなのに…


「将吾は?なにしてんの?」

「あ、え…と…」

「心…か?」

「あ、うん…今日バレンタインだってさっき知って…」

「ふーん。で、買ったの?」

「いや、まだ…」

「一緒に行ってやろっか?」

「いいよっ、別にっ///」


何でお前に一緒に行ってもらわなきゃなんないんだよ…っ!

意味がわかんねぇ、と勝手に腹を立てながら妙に重い体を起こし無理やり立ち上がると酷い立ち眩みがして、そのまま後ろに倒れそうになったのを、りつが俺の腕を掴み咄嗟に回避してくれた。


「ちょっ!?将吾!?大丈夫か!?」

「ん、へいき…」

「平気じゃねぇだろ!?」


平気…ではなさそうなんだけど、このままりつの世話になりたくなくて無理にでも体を離そうとするがりつが、それを許してくれなくて腕をがっちり掴まれ壁に追いやられると、りつの右手が俺の額に触れた。

あぁ、この感覚…保健室の時を思い出す。

りつの手はいつも冷たくて気持ちがいいんだ…


「熱あんじゃん…」

「ふぇ?」

「熱!気が付かなかったの?」

「…うん」

「はぁ、帰ろ。送ってやるから」

「えっ、ダメだよ!せっかくチョコ買いに来たのにっ…」


はっとしてりつの顔を見ると、りつは少し寂しげに視線を下げた。

チョコを買いに来たのはりつのためじゃない、心のため…とはいえ、別に悪いことをしてるわけじゃないのに、なんでこんなにこころが痛むんだろう。

もうりつのことなんてどうでもいいはずだろ?
りつだって俺の事どうでもいいって思ってるはずなのに…


「じゃあ、買ったら送ってくから。それならいいだろ?」

「いや…」

「いいから、さっさと買ってこい。待ってるから…」

「…んぅ」


半ば強引に送って貰う運びになってしまった事が何だか腑に落ちないまま、近くにあったお店で何となく良さそうなチョコを買うと、素直にりつの元へと戻った。


「買えた?」

「うん…」

「んじゃ帰ろ…心の家でいいんだよな?」

「…んぅ」


帰るのはりつの家じゃない、今は心の家が俺の家。

デパートの外に出てタクシーを拾うと、りつはチョコを置きに一旦店に寄ってそのままタクシーを待たせ、わざわざ心の家まで着いてきた。


「今日、心は?」

「バイトで夜まで居ない」

「ふぅん…」


家に着くまで無言の二人…

りつが俺に会いに来た日以来、会うことも話すこともなかったから、隣に座る事さえもなんとなく緊張してしまう。

しかも人混みの中にいた事と熱がある事も相まってか、さっきよりかなり身体がダルくて自然とまぶたが閉じていく…

数十分後、タクシーが止まった感覚に目を覚ますと、俺はりつに抱えられながらタクシーを降りた。

ふわふわと宙を歩いているような感覚で部屋の前まで来ると、鍵を開けて部屋の中に入りりつに別れを告げる。


「ありがと…送ってくれて…」

「うん…」

「じゃあ…」

「あ、まって…っ」

「ん…?」

「やっぱ心配だから…っ、心が帰ってくるまで…いちゃダメ…か?」

「…っ、ダメだろ…それは」

「だって薬とかないだろ?スポドリとかあんの?」

「…ない、けど」


辛いのは俺のはずなのに、ぼやっとした視界の中のりつの表情は今にも泣きそうなくらい辛そうで、そんなりつをドアの外に押しだすことなんて出来なくて、帰ってくるまでなら…なんて自分を納得させてりつを部屋に入れた。

冷蔵庫にチョコを入れ、直ぐ様にベットに寝かされると、りつは薬を買いに出かけて行った。

しーんと静まり返る部屋の中で一人、ぼぉっと天井を眺めてると、不意にりつとの想い出が蘇ってくる…

たまたま具合が悪い時に優しくされたから、いい事だけ蘇ってくるんだろう…なんて自分に言い聞かせながら、今か今かとりつの帰りを待つ。

そして何分もしないうちにりつが戻ってくると、再びひんやりとしたりつの手が俺の額に触れた。

気持ちいい…
そして俺は静かに目を開け、おでこの上のりつの手に触れた。


「…将吾?」

「この手…好き…」

「…そう?」


何でこんなこと言ってしまったのか、自分でも分からない。

今更そんなこと言ったって、りつを困らせるだけなのに。

だけどこの手が好きなのは本当だから…

少し困った顔をしながらもふわっと笑ったりつに、何となくほっとして俺は目を閉じてそのまま深い眠りについた。

目が覚めるとそこにいたはずのりつはもう居なくて、代わりに床にぺたりと座ってベットの縁に伏せる心の寝顔が目の前にあった。

そんなに長い間寝てたのか…と携帯で時間を確かめると、まだそんな遅くもない時間で、何故ここに心がいるのか疑問でモゾモゾと動いていると、それに気が付いた心がゆっくりと目を覚ました。


「ん…あ、起きた?」

「うん…なんでいんの?」

「りつさんから連絡もらって。急いで切り上げてきた」

「あいつ…余計なことしやがって…」

「大丈夫だよ、今日忙しくなかったし」

「ごめん…」

「いいって。あ、これ…」


心はポケットから小さな箱を取り出し、それを俺の前に差し出した。

俺はまだちょっとダルい体をゆっくりと起こし、それを受け取った。


「開けてみて」

「うん」


綺麗に巻かれているリボンを解いて箱を開けると、そこにはシルバーのネックレスが入っていた。


「え…これ…」

「カッコイイでしょ?将吾に似合うと思って…どうかな?」

「うん…カッコイイ、ありがとう…っ」

「よかった!じゃあもう寝て、ゆっくり体休めてね」

「あ、まって…」


俺はベットから降りて、買ってきたチョコレートを心に手渡した。


「俺に?」

「うん、本当は他にも選びたかったんだけど…こんなんでごめん…」

「うわぁ!ありがとう!めっちゃ嬉しいっ!」

「大袈裟だな…」

「具合悪かったのに…無理させちゃったね…」

「ううん、喜んでくれてよかった」

「将吾、大好きっ////」

「わっ///」


こうやって素直に愛情表現されると照れくさくて仕方ないけど、でも心は俺から離れていくことは無いんだろうなって、そんな安心感があって不思議と気持ちが穏やかになる。

俺、多分今幸せなんだと思う。
そう思いながら自分の手のひらを額に乗せた。
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