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第一章 出会いと再会
バイト再開
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引越しも無事に終わり、りつの家で過ごす事にも慣れてきて、体調の悪さもいくらかマシになった頃、暫く休んでいた居酒屋のバイトをやっと再開する事にした。
りつはバイトなんかしなくてもいいなんて言ってたけど、それじゃいつまで経っても俺は子供のまま…
もう俺だって子供じゃないし、頼ってばかりいたくない。
りつと対等に一人の男としてちゃんと認めてもらいたいし、せめて居酒屋のバイトくらいは続けられるように頑張らなきゃ。
そして久しぶりのバイトがやっと終わる頃、入れ替わりで学生バイトたちが厨房に入ってくる。
心からのメッセージも着信もずっと無視してた俺は、責められるんじゃないかと少しドキドキしていた。
「将吾…」
後ろから俺を呼ぶその優しい声に振り返ると、心は泣きそうな顔で人目もはばからず俺に抱きついてきた。
「…っ!?心…っ」
「良かった…来てくれて…心配したんだから…っ」
「…ごめん」
「少し…話せないかな?」
「…うん」
心は俺に不満を言うでも怒りをぶつけるでもなく、ただただ心配そうな顔で俺を見つめてくる…
あの日、客の予約が入っていた事を心は知らない。
連絡がなかったってだけでこんなに心配されるなんて初めてで、なんだか少しむず痒かった。
「あの日…大丈夫だった?」
「…っ、うん」
「そっか…なら良かった」
俺は上手に嘘をつけているだろうか。
あの日、心と別れてからすごく寂しかったし辛かった。
それは間違いなかったけど、俺は心との関係を特別なものにはしたくなかったし、正直りつが現れてほっとしてる。
俺はりつが好きだ、それでいいんだ、そう思えば心を忘れる事は簡単だった。
だけど、心は違かった…
「あのさ、今までどこに住んでるの…?」
「えっ…」
「この前家行ったら空き家だった。それに、お店も辞めたって…」
「あ…え、と…」
「本当に大丈夫なのっ!?なんかあったんだったら俺に頼ってよ…っ、俺…っ、将吾の事心配でっ…」
「大丈夫…っ、大丈夫だから…」
「将吾…」
心はなんでここまで俺の事を思ってくれるんだろう…
突き放しても突き放しても求めてくる心に、心が痛む。
最初は利用できるならしてやろうと思っただけだった。
だけど次第に愛着が湧いてきて好きになりかけていたことは確かだし、あんな風に求められて拒否できなくなって、俺からも求めてしまったのが最大の過ち。
あの日、心に対して思わせぶりな態度を取ってしまったのにも関わらず、何も無かったかのように心を避けてしまった上に、急に目の前に現れた好きだった人に甘えて、今日までずっと心から目を逸らしていた俺は最低だ。
「心…ごめん…っ」
「将吾…頼れる人はいるの?」
「えっ…」
「いるならいい…でも、いないなら頼って欲しいから…俺の事。俺なんかで…良ければだけど…」
「そんな事っ、…でも今は大丈夫…だから…ありがとう」
「…そっか、わかった。じゃあそろそろ仕事入るね、お疲れ様」
「うん…お疲れ…」
心を裏切ったような背徳感と、これからは心を巻き込まなくて済むという安心感、そして俺にとって一番大切な人はりつだと言う事、だけど謝ることしか出来ない俺に、責めるでも呆れるでもなく優しい言葉をかけてくれる心を、これ以上遠ざけたく無いという矛盾が俺を苦しめた。
・・・・・
そんな居酒屋の帰り道…
俯き歩いていると前から来た男の人に突然声をかけられ、顔を上げると同時に腕を掴まれた。
「みぃつけた」
「…っ、あ…」
「なんでお店辞めちゃったの?ずっと通ってあげてたのに…」
こいつ…っ
声を出そうにも、喉が詰まって上手く声が出てこない。
はくはくと口を動かし、とにかくこの人から離れたくて腕を振り払おうとするが、力が強すぎて敵わない。
「ねぇ、今からどう?お金ならあげるからさ…」
「い…っ、ぃ、ゃ…」
「ほら、おいでよ…」
心臓の鼓動が早まり息が詰まりそうになる…
だけどこのまま連れていかれたら俺はまた…
どうにか逃げ出す方法はないかと辺りを見回したその時、たまたま鳴り響いた車のクラクションの音でソイツが一瞬手を緩めた隙に、俺は手を振り払い必死で逃げた。
細い路地を縫って走って走って後ろを振り返り、誰も追っては来ていない事を確認すると、俺は急いでりつに電話をかけた。
(もしもーし、どぉした?…将吾…?)
「はぁっ、かの…ち…っ」
(将吾…?どうした?バイト終わったのか!?)
「はぁ、はぁ…っ、苦しい…っ」
(将吾っ!?今どこにいんの!?将吾!!)
「たす…けて…」
あぁダメだ…頭に酸素が回らない…
ぼやけた視界の先に何があるのかさえ分からなくて、自分の居場所が伝えられない…
電話越しにりつの声が聞こえるけど、それに返すことができず早まる鼓動が不快で堪らなくて、胸を押えその場に蹲ってしまった。
道を歩いてた見ず知らずの人が声をかけてくれたが、頷くことしか出来なくてそれから何がどうなったのか分からないまま、深い闇の中に飲まれていった。
「…ご、将吾…」
「…んぅ、か…の…ち?」
「はぁ…将吾…良かった…」
目が覚めるとりつが俺の手を握ってくれていて、その隣には看護師さんらしき人もいて、必然的に病院である事を理解する。
だけど、なんでりつが…?
「俺…」
「道端で倒れて、たまたま電話繋がってたからさ、救急車呼んでくれた人が俺に教えてくれたの…助かったわ…」
「そう…なんだ…」
「…なにが…あった…?」
「あ…え…っ」
あの時の出来事を思い出すのが辛い…
アイツのあのニヤけた顔と、強い力で握られた手首の感触…
あのまま連れていかれてたら…俺…っ
「あの…っ、あの…人が…っ、俺を…っ」
「あの人…?」
「腕…っ、掴まれて…っ、それで…」
「何かされたのか…っ」
俺は無言で首を横に振った。
あの顔を思い出すだけ怖くてそして苦しくて、泣きながらりつの手をぎゅっと握ると、りつが震える俺の身体をそっと抱きしめてくれた。
りつはバイトなんかしなくてもいいなんて言ってたけど、それじゃいつまで経っても俺は子供のまま…
もう俺だって子供じゃないし、頼ってばかりいたくない。
りつと対等に一人の男としてちゃんと認めてもらいたいし、せめて居酒屋のバイトくらいは続けられるように頑張らなきゃ。
そして久しぶりのバイトがやっと終わる頃、入れ替わりで学生バイトたちが厨房に入ってくる。
心からのメッセージも着信もずっと無視してた俺は、責められるんじゃないかと少しドキドキしていた。
「将吾…」
後ろから俺を呼ぶその優しい声に振り返ると、心は泣きそうな顔で人目もはばからず俺に抱きついてきた。
「…っ!?心…っ」
「良かった…来てくれて…心配したんだから…っ」
「…ごめん」
「少し…話せないかな?」
「…うん」
心は俺に不満を言うでも怒りをぶつけるでもなく、ただただ心配そうな顔で俺を見つめてくる…
あの日、客の予約が入っていた事を心は知らない。
連絡がなかったってだけでこんなに心配されるなんて初めてで、なんだか少しむず痒かった。
「あの日…大丈夫だった?」
「…っ、うん」
「そっか…なら良かった」
俺は上手に嘘をつけているだろうか。
あの日、心と別れてからすごく寂しかったし辛かった。
それは間違いなかったけど、俺は心との関係を特別なものにはしたくなかったし、正直りつが現れてほっとしてる。
俺はりつが好きだ、それでいいんだ、そう思えば心を忘れる事は簡単だった。
だけど、心は違かった…
「あのさ、今までどこに住んでるの…?」
「えっ…」
「この前家行ったら空き家だった。それに、お店も辞めたって…」
「あ…え、と…」
「本当に大丈夫なのっ!?なんかあったんだったら俺に頼ってよ…っ、俺…っ、将吾の事心配でっ…」
「大丈夫…っ、大丈夫だから…」
「将吾…」
心はなんでここまで俺の事を思ってくれるんだろう…
突き放しても突き放しても求めてくる心に、心が痛む。
最初は利用できるならしてやろうと思っただけだった。
だけど次第に愛着が湧いてきて好きになりかけていたことは確かだし、あんな風に求められて拒否できなくなって、俺からも求めてしまったのが最大の過ち。
あの日、心に対して思わせぶりな態度を取ってしまったのにも関わらず、何も無かったかのように心を避けてしまった上に、急に目の前に現れた好きだった人に甘えて、今日までずっと心から目を逸らしていた俺は最低だ。
「心…ごめん…っ」
「将吾…頼れる人はいるの?」
「えっ…」
「いるならいい…でも、いないなら頼って欲しいから…俺の事。俺なんかで…良ければだけど…」
「そんな事っ、…でも今は大丈夫…だから…ありがとう」
「…そっか、わかった。じゃあそろそろ仕事入るね、お疲れ様」
「うん…お疲れ…」
心を裏切ったような背徳感と、これからは心を巻き込まなくて済むという安心感、そして俺にとって一番大切な人はりつだと言う事、だけど謝ることしか出来ない俺に、責めるでも呆れるでもなく優しい言葉をかけてくれる心を、これ以上遠ざけたく無いという矛盾が俺を苦しめた。
・・・・・
そんな居酒屋の帰り道…
俯き歩いていると前から来た男の人に突然声をかけられ、顔を上げると同時に腕を掴まれた。
「みぃつけた」
「…っ、あ…」
「なんでお店辞めちゃったの?ずっと通ってあげてたのに…」
こいつ…っ
声を出そうにも、喉が詰まって上手く声が出てこない。
はくはくと口を動かし、とにかくこの人から離れたくて腕を振り払おうとするが、力が強すぎて敵わない。
「ねぇ、今からどう?お金ならあげるからさ…」
「い…っ、ぃ、ゃ…」
「ほら、おいでよ…」
心臓の鼓動が早まり息が詰まりそうになる…
だけどこのまま連れていかれたら俺はまた…
どうにか逃げ出す方法はないかと辺りを見回したその時、たまたま鳴り響いた車のクラクションの音でソイツが一瞬手を緩めた隙に、俺は手を振り払い必死で逃げた。
細い路地を縫って走って走って後ろを振り返り、誰も追っては来ていない事を確認すると、俺は急いでりつに電話をかけた。
(もしもーし、どぉした?…将吾…?)
「はぁっ、かの…ち…っ」
(将吾…?どうした?バイト終わったのか!?)
「はぁ、はぁ…っ、苦しい…っ」
(将吾っ!?今どこにいんの!?将吾!!)
「たす…けて…」
あぁダメだ…頭に酸素が回らない…
ぼやけた視界の先に何があるのかさえ分からなくて、自分の居場所が伝えられない…
電話越しにりつの声が聞こえるけど、それに返すことができず早まる鼓動が不快で堪らなくて、胸を押えその場に蹲ってしまった。
道を歩いてた見ず知らずの人が声をかけてくれたが、頷くことしか出来なくてそれから何がどうなったのか分からないまま、深い闇の中に飲まれていった。
「…ご、将吾…」
「…んぅ、か…の…ち?」
「はぁ…将吾…良かった…」
目が覚めるとりつが俺の手を握ってくれていて、その隣には看護師さんらしき人もいて、必然的に病院である事を理解する。
だけど、なんでりつが…?
「俺…」
「道端で倒れて、たまたま電話繋がってたからさ、救急車呼んでくれた人が俺に教えてくれたの…助かったわ…」
「そう…なんだ…」
「…なにが…あった…?」
「あ…え…っ」
あの時の出来事を思い出すのが辛い…
アイツのあのニヤけた顔と、強い力で握られた手首の感触…
あのまま連れていかれてたら…俺…っ
「あの…っ、あの…人が…っ、俺を…っ」
「あの人…?」
「腕…っ、掴まれて…っ、それで…」
「何かされたのか…っ」
俺は無言で首を横に振った。
あの顔を思い出すだけ怖くてそして苦しくて、泣きながらりつの手をぎゅっと握ると、りつが震える俺の身体をそっと抱きしめてくれた。
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