こじらせ男子は一生恋煩い

桜ゆき

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第一章 出会いと再会

まだ好きだから

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お風呂場からシャワーの音が聞こえてくると、シャンプーを切らしていた事に気がついて、慌てて吸殻を灰皿に擦り付け脱衣所に向かった。

そして脱衣場の棚からシャンプーを取りだし手渡そうと、風呂場にいる将吾に声をかける、がシャワーの音で聞こえないのか応答がない。

そっと扉を開けると、片手を壁に付き頭上に固定されたシャワーを浴びながら、もう片方の手で自らの後を解しているような格好で、甘い吐息を漏らしている将吾と目が合った。


「しょ…ご…」

「はぁ…っ、あっ」

「何、やってんだよ…」

「…っ、後処理…中、気持ち悪いから……何…?」

「あ…シャンプー…」

「…ありがとう」


ずるっと指を引き抜くと俺の持ってるシャンプーを奪い取り、また何事も無かったかのようにシャワーを浴びる将吾…

俺はあまりの出来事にその場で固まってしまい、どうしていいのか分からなくなった。

あの時、将吾は客に無理やりって言ってた…
それに、俺の仕事場を見て驚きもしないところを見れば自ずと答えは出てくる。

よくよく見れば、やせ細った背中も足にも痣やら傷やら行為の跡が沢山あって、もう痛々しいのとやるせないのとで目を逸らし、風呂の扉をそっと閉めた。

将吾はこの数年間、一体どんな生活してきたんだ?

俺が、中途半端に面倒なんかみたりしたから?
あんな事教えたりさえしなければ、あんな風にはならなかったんだろうか…

こんな形で再会するくらいなら手放すんじゃなかった…
だけど、今更何を嘆いたってもう遅い。

あの時、突き放してしまった後悔で涙が止まらなかった。


「加野っち…?」


風呂から出てきた将吾に声をかけられ、ふと我に返る。

シャワーが止まった音にさえ気がつけなかった俺は、風呂場の扉の前で背を向けしゃがみこんだまま、零れた涙を拭った。


「泣いてんの?」

「…っ、違ぇし…俺もシャワー浴びたいから、交代な?」

「…うん」

「これ、着替えな。ちゃんと髪、乾かせよ…っ」

「うん」


交代でシャワーを浴びながら、俺は色々と考えた。

いつから一人暮らしをしているのか分からないけど、まともな生活を送ってたとは到底思えないし、客の相手とは何なのか、今どんな家に一人で住んでるのか、卒業後、あの母親とはどうなったのか…

そんな事を考えてたら何となく1人にさせておくのが心配で、ざーっと洗うと急いで風呂から出た。


着替えを手早く済ませて頭を拭きながらリビングを覗くと、ソファーに横になってスヤスヤ寝てる将吾の姿。

本当は落ち着いたら家まで送ってってやろうと思ってたけど、今から家に返すのもちょっと可哀想だから、せめてベットで寝て欲しくてそっと体を揺すって声をかける。


「おい、将吾…」

「…ん」

「風邪引くから…寝るならベットで寝よ?」

「うん」


将吾の手を取りゆっくり起こすと、眠たい目を擦りながらも大人しく寝室に着いてきた。

そして、ベットに寝かせるとトロンとした顔で俺を見上げてくる将吾に、昔の姿が重なって見えた。


「気分は?」

「ん…まだちょっと気持ち悪い…」

「明日バイトは?」

「休み…」

「なら今日は泊まってけ」

「…いいの?」

「…うん」


もうほとんど開いていない目を見つめながら少し視線を落とせば、真っ白い頬ときゅっと口角の上がった可愛い唇…

思わずその懐かしい肌に触れたくなるのを我慢して、その場を立ち去ろうとするとグッと服を引っ張られる感覚に振り返る。


「…っ?どぉした?」

「どこいくの?」

「え?あぁ、俺向こうで寝るから」

「なんで?」

「や、なんでって…」


普通に考えたら一緒には寝ないだろ。

この期に及んで、将吾に対してそういう感情を持って接するなんて大人として絶対駄目だと思ってるし…

どんな環境にいたのかはわからないけど、きっとろくでもない扱いを受けてきたに違いないし、もし俺がこれから関わっていくのなら普通の大人の男として、ちゃんとした大人になってもらうべく関わっていかなきゃって思ったから。

けど…


「行くなよ…」

「どこも行かないって…」

「ここにいて…」

「…じゃあ寝るまでな」


ベットのふちに腰をかけて何をするでもなく、将吾が寝るまで遠くを眺めていると、服の裾を掴んでいた将吾の手が俺の手に触れる。

思わずドキッとして退けようとすると、将吾がそれより先に俺の手をぎゅっと掴んだ。


「将吾…っ」

「加野っち…俺らまた会えたんだな…」

「…そうだな」

「二度と会えないと思ってた…」


そうだよ、俺はもう二度と会わないと心に決めてお前の前から姿を消したんだ。

なのに、こんな偶然があるなんて―――


「加野っち…全然嬉しくなさそう」

「え…?」

「せっかくまた会えたのに」


嬉しくないわけないだろ…?

俺はあの日からずーっとお前の事が頭から離れなくて、手放した事を何度悔やんだか。

でも俺は喜べる立場じゃねぇんだよ。

あの時はそれがお互いのためだと思ったからそうしたのに、こんなお前の姿見せられて俺のしたことは間違ってたのかって後悔して、罪滅ぼしだなんて思わず手を差し伸べてしまったけど、今更俺に一体何が出来るのか…

また同じことを繰り返すんじゃ意味が無いし、正直どうしたらいいかわかんないんだよ。

俺の気まずさを察知したかのように、将吾は握った俺の手をすっと離すと、俺に背を向けた。


「どうせ俺の事なんて忘れてたんだろ…?」

「はっ!?忘れるわけないだろっ!?」


将吾の言葉に抑えてた感情が一気に溢れ出し、俺は思わず声を荒らげてしまった。

やってしまった…と思った時にはもう遅くて、振り返った将吾の驚いた表情を見て慌てて目を逸らした。

今更気持ちを抑えようとしてももう遅いことくらいわかってるけど、これ以上何かが起こる前にとにかく将吾から一旦離れようとした俺の背中に、将吾の手がそっと触れた。
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