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着いたばかりですが事件発生です! ※シリアス注意
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ダジゲートの町に一歩足を踏み入れた途端、マナは言い様のない不快感に襲われた。
一緒に居る精霊達を見ると、みんな嫌そうな顔をしている事から、この不快感はマナだけが感じている訳ではないと分かる。
だが、イクシオンとアルフレッドは変わらない。つまりこの不快感は、精霊とマナだけが感じているという事だろう。
なんで不快感を感じるのだろうと周囲を見渡し、この町全体を包む妙な空気というか魔力の存在と見え隠れする小さな姿に気が付く。
怯えた様な顔をした精霊達が、建物や道の隅、木々や花々といった己が司る物の影に隠れ、人が居る方を決して見ようとしない。小さな体を更に小さくし、必死に姿を隠そうとしているその姿を見てマナの胸がズキッと痛んだ。
だが、これで決定だとも思う。アルフレッドの言っていた精霊が消える事件。精霊が怯える様な方法で『人間が』精霊に何かをしているのだと確信した。
もう一度、周囲を見渡す。
写真とかで見たヨーロッパみたいなおしゃれな街並み。レンガ調の道沿いには青々とした木々が木陰を作り、色とりどりの花々が街や家々を彩っている。
そんな、優しい景色の筈なのに、マナの目に映るのは悲しい姿。空や風等、形のない物を司る精霊達は、この町に決して入って来ようとしないのか、建物や木々を渡る囁きすら聞こえない。
精霊達の怯え具合に、マナの中に苦しさや切なさ、遣り切れなさが込み上げ、犯人に対する怒りで頭が沸騰しそうだ。だが今は怒りに任せて行動するより、精霊達をなんとかしなければいけない。
みんなが笑顔で過ごせる様にするにはどうすればいい? 守る為にはどうすればいい?
そこで思い出したのがサーシュの言葉。『名前を付けていない精霊ともつながりを持てるようになる』。これ、使えないだろうか?
マナは精霊達がどこに居るのかを確認してみようと意識を向けてみる。
すると――ポツポツとではあるが、精霊の気配を感じる。狭い範囲ではあるが、この王都はカバーしているだろう。頭の中に点が浮かぶ様に、その存在を感じた。また微かにだが、その点には色まで付いている気がする。属性すら感じ取っている様だ。
この点――精霊を守る。害意ある存在が手を出せない様に、触れない様に、する。
パチン、とマナの指が鳴る。
その瞬間、淡い光が精霊達を包み込み、次いでゆっくりと精霊達に吸収されていく。
淡い光が完全に消えると、精霊達の周囲をマナの魔力が覆っていた。上手くいったようだ。
「マナ」
サーシュはその守りの魔法を感じ取り、マナの前に進み出るとその手を取った。
「私を通して世界を感じ、その世界に散らばる精霊達に今の魔法を掛けてあげて下さい。それで今後の被害を減らせるはずです」
「分かった」
精霊達の為になるなら、マナに否やはない。
「世界へ干渉し、マナと繋げるのは私が遣ります。マナは魔法に集中して下さい」
「うん」
マナは深呼吸し、そっと目を閉じる。なんとなくこうした方が精霊達を感じやすいのではないかと思ったのだ。
すると、マナの右足と両肩に温もりが触れる。この温もりは……クー、ドリー、ルルーだろう。間違いない。
マナの顔に笑みが浮かび、心に温かなものが広がる。うん。一緒に、みんなを守ろう。
サーシュは言っていた。『会った事もない精霊の捜索は感覚だけでは難しい』と。だけど、その難しい部分を精霊王自身が請け負ってくれるのだ。だから、大丈夫。
いつも一緒に居る精霊達が、自分の味方となり、協力してくれる。だから、不安なんてない。
出来る!!
覚悟を決めたマナの頭の中に、数多の星々が様々な色を持って瞬く。
その星々が精霊自身なのだと理解した途端、マナの全身を温かく優しい魔力が駆け巡った。それはマナの魔力だけではなく、一緒にいるクー、ドリー、ルルーの願いや、今は一緒にいない精霊達の想い。マナを知る精霊達が、マナに同調し、同族達を守ろうとしている。
思いを込め、マナはパチンと指を鳴らす。
すると、マナの中を駆け巡っていた魔力は意志を持つかの様に淡い光となり、星に向かい真っ直ぐ飛んでいった。
「――はぁ」
マナが溜め息と共に力を抜く。
相当離れた場所に居る精霊まで守る為、今まで使った事ないくらい力を使ったのだ。疲れて当然だろう。
「……上手くいったようですね」
暫くして、己が感知できる全ての精霊をマナの魔力が包み込んでいるのを確認し、サーシュはホッとした様に口を開いた。
マナの精霊達に対する思いは相当強い。精霊達が精霊達を思う力も強い。その思い強さと迷い人の力が精霊を守るのだ。精霊王としてこれ程頼もしい事はない。
サーシュの緊張が解け、マナの手を握っていた力が緩む。
「――――――っ!!?」
大きな魔法を使い疲れて脱力していた筈のマナが突然、ビクッと大きく体を震わせた。
マナに触れていたサーシュ、クー、ドリー、ルルーはその震えに気付き、マナを不思議そうに見るが、マナは視線をあちこちに飛ばし何かを探している。
「マナ?」
どうした――と聞こうとした瞬間。マナはサーシュの手を振りほどき、駆け出した。
「マナ!?」
「おいっ!?」
「マナさんっ!?」
サーシュ、イクシオン、アルフレッドが驚きの声を響かせる。
「わっ!?」
「にゃっ!?」
「ひょっ!?」
突然マナが駆け出した事により、クーはマナの服に慌ててしがみ付き、ルルーは瞬間的にマナの影へと潜り込み、バランスを崩したドリーがマナの肩から転げ落ちそうになり、クーに助けられる。ナイスキャッチだ、クー!
「ママママママナ、どどどどどどっどうっ――ぅぅ」
不安定な中ドリーが口を開くが……己の舌を噛み涙目。クーは呆れつつドリーを引っ張り上げると前を向いた。
マナが何の意味もなく、自分達が肩に居たのに突然駆け出すなど有り得ない。そしてマナが急ぐという事は、何かがあり、その何かの先に精霊が居る筈。
マナに全幅の信頼を寄せるクーはそう考え、何が起きているのだろうと周囲を確認する。マナに守られた精霊達が居るくらいで、他は――。
「ソラ爺っ!!!」
マナの叫びが空気を切り裂く。
え、と思ってクーがマナの視線の先を見ると、地面に倒れている精霊が1人。その横には、フードを目深に被った人間が1人。
人間は精霊に手を伸ばしていたが、マナ達が近付いてくるのを確認するとサッと身を翻し、路地の方に逃げていく。
クーには、何が起こっているのか全く分からない。
でも、マナが何かに怒り、その怒りの対象があの人間だという事だけは分かる。
それはドリーも分かった様で、逃げていく人間を睨み付けていた。
「逃がす訳ないでしょっ!!」
普段遣っている『指を鳴らす』という予備動作すらなくマナが魔法を発動する。
その魔法は複数の属性を有しており、逃げた人間を透明な縄状の物が身動きできない様、言葉を発する事が出来ない様にグルグル巻きにし、自由を奪われた体を空中に吊り上げた。
「ソラ爺!」
そんな人間には目もくれず、マナは一直線に倒れている精霊に駆け寄る。
近付いた事によりクー達も漸く分かった。間違いなくソラ爺だ。ぐったりと地面に横たわっている。
「ソラ爺! ソラ爺っ!」
マナは必死に呼び掛け、そっとその小さな体を持ち上げる。だがソラ爺はぐったりしたまま動かない。
「ソラ爺っ!!」
意識のないその小さな頬に指を当て必死に呼び掛けるが反応がない。
「――ソラ爺」
マナにとってソラ爺は特別だった。
この世界に来て初めて会った精霊。のほほ~んとしながらもマナに道のひとつを示し、優しい家族が居る精霊の森に誘ってくれた存在。
そして、初めて名前を付けたのも、ソラ爺だった。
不便だから名前を付けていいか。
そう問いかけた時、「ワシに付けてくれんかのぉ」と笑いながらマナの前に出てきたのがソラ爺だ。その後、他の精霊が続き、今の状態になっている。
困っているマナにそっと寄り添って手助けし、「もう大丈夫じゃな」と言って空に消えたソラ爺。時々遣って来ては、他の精霊達と楽しそうに生活しているマナを笑って見ているソラ爺。
マナの、一番最初の『家族』。
「ソラ爺っ!!!」
嫌だ否だイヤだ。目を開けて。いつも通り笑って。
「ソラ爺――っ!!」
ぐったりしたままのソラ爺へ回復の魔法を施すが効果がない。
「ソラ爺……」
「マナ! 落ち着いてっ!」
泣きそうなマナに声を掛け、クーがマナの肩からソラ爺の近くに飛び降りる。
急いでソラ爺へと手をかざし自身の魔力で状態を調べながら、クーはぐったりして動かないその姿を慎重に確認していく。
そんなクーを、マナとドリーのみならず、マナの影から出てきたルルー、追い付いたサーシュ、イクシオン、アルフレッドが見守る。
「うーん……」
「クー……」
難しい顔をして唸るクーに、マナの不安が膨れ上がる。
マナから零れ落ちた頼りない声音にクーは顔を上げ、困った様に眉を八の字にした。
「そんなに寂しそうな声を出さないでよ。大丈夫。ソラ爺はちゃんと生きているから」
「……本当?」
「うん。ただ……どうやったのか知らないけど、ソラ爺から空の精霊の魔力が抜かれちゃっているんだ。その所為で意識がない」
「――え?」
空の精霊の魔力? それが抜かれている?
「精霊には、精霊独特の魔力があるんだ。それは各種族ごとに違くて、空の精霊なら空の、樹の精霊なら樹の魔力を持っている」
「うん……」
「その精霊の魔力が、精霊魔法を使う時に人間の魔力と共鳴し合い、自然魔法では出来ない魔法を作り上げているんだ」
「うん」
「精霊の魔力は人間の魔力と同じく、使えば減る。でも、精霊自身が扱える限界まで魔力は自然回復する。まあ自然回復するといっても、自分が司っている物から力を分けてもらうから、凄くゆっくりなんだけどね」
クーは言葉を切り、ソラ爺を見る。
「精霊は、自分の魔力が回復するのに時間が掛かると知っている。だから、一定以上の魔力は使わない。でもソラ爺の体からは、本来残している筈の魔力すら消えている。こんな事、自分で遣る訳がない。だから、その人間が、何かしらの方法を使ってソラ爺から精霊の魔力を抜いたと思うんだけど……」
「あり得ませんっ!!」
それまで静かに聞いていたアルフレッドが悲鳴のような声を上げる。
精霊術士であるからこそ、精霊を害するような事をする筈ない。そう言いたいのだが……。
「うん。普通の精霊術士は絶対に精霊を傷付けない。僕達はそれをちゃんと知っている」
クーはアルフレッドを見て頷いた後、再びソラ爺へ視線を向ける。
「……昔の、バカな精霊術士と同じく、精霊を『物』の様に扱う精霊術士が、精霊を『ただの魔力の塊』だと考える精霊術士が、居るのかもしれない」
溜め息を吐くクーに、アルフレッドは青褪める。
そんな者が今の精霊術士に居る等、考えたくもない。だが、こうして精霊が襲われたであろう現場に遭遇してしまっては、居ないと言い切れない。
「アル」
黙って聞いていたマナが、普段の調子を取り戻してアルフレッドに呼び掛ける。
呼ばれたアルフレッドがマナを見ると、厳しい黒の瞳とぶつかった。
「クーは知らないって言ってたけど、人間には精霊の魔力を抜く方法が伝わっていたりするの?」
その問い掛けに、アルフレッドは慌てて首を振る。
「我々精霊術士にとって、精霊様は大切な存在です。その大切な存在を害するような方法等、伝わっている訳ないです!」
アルフレッドのきっぱりした返答に、マナとクー、ルルーは顔を見合わせ首を傾げる。
「アルフレッドが知らないだけじゃないのー?」
「いいえ、樹の精霊の長様。精霊様に精霊様独特の魔力があるという事すら、私は今の今まで知りませんでした。私の仲間達も私と同じ師の元で学んだ為、同じく知らないと思います。根本的な知識が無い状態ですので、精霊様から魔力を抜く方法等、知りようがありません」
「じゃあこの人間は、どうやってその魔力の存在を知り、どうやってソラ爺から魔力を抜いたんだろう?」
クーは空中に吊り上げられ、身動きも取れず、話す事も出来ない人間を見上げる。
マナ達もクーにつられて見上げ、一様に厳しい表情となる。本当に、どうやって?
取り敢えず、どんな面をしているのかしっかり眺めようとマナは魔法でそのフードを取り払う。しっかり顔が現れた。男だ。
アルフレッドやイクシオンに知っているか尋ねてみるが、2人共知らないと言う。じゃあ、どこの誰なんだと睨み付け――。
「……あれ?」
その男の身に着けているフードの奥から『知っている魔力』を感じる……?
「まさかっ!?」
マナは弾かれた様に立ち上がると、ソラ爺を左手にそっと横たえ、右手を伸ばして男のフードを剥ぐ。
そのフードの裏には隠しポケットの様な物があり、そこから、『知っている魔力』を感じる。
片手が使えないからフードを地面に置いて足で押さえ、隠しポケットに手を突っ込むと――硬い何かが指先に振れた。
その硬い何かを引っ張り出す。それは、空色の石だった。
「……何、これ?」
この世界の住人であるイクシオンやアルフレッド、精霊王であるサーシュにその石を見せるが。
「何だこれは?」
「申し訳ありません。これが何か、私には分かりません」
「何だろう?」
誰も知らないようだ。
念の為、クーやルルー、ドリーにも見せる。
「にゃんだろ?」
「うーん??」
ルルーとドリーは首を傾げるが、クーの眼差しが鋭くなる。
「クー?」
「うん……これが何かは僕も知らないけど、この石からは、空の精霊の魔力を感じる」
その言葉に、マナは空色の石をまじまじと見る。
やっぱり、『知っている魔力』を感じる。
「まさかっ!?」
マナの『知っている魔力』という事は……。
「これ、ソラ爺の魔力っ!?」
「……その可能性は、高いと思う」
一緒に居る精霊達を見ると、みんな嫌そうな顔をしている事から、この不快感はマナだけが感じている訳ではないと分かる。
だが、イクシオンとアルフレッドは変わらない。つまりこの不快感は、精霊とマナだけが感じているという事だろう。
なんで不快感を感じるのだろうと周囲を見渡し、この町全体を包む妙な空気というか魔力の存在と見え隠れする小さな姿に気が付く。
怯えた様な顔をした精霊達が、建物や道の隅、木々や花々といった己が司る物の影に隠れ、人が居る方を決して見ようとしない。小さな体を更に小さくし、必死に姿を隠そうとしているその姿を見てマナの胸がズキッと痛んだ。
だが、これで決定だとも思う。アルフレッドの言っていた精霊が消える事件。精霊が怯える様な方法で『人間が』精霊に何かをしているのだと確信した。
もう一度、周囲を見渡す。
写真とかで見たヨーロッパみたいなおしゃれな街並み。レンガ調の道沿いには青々とした木々が木陰を作り、色とりどりの花々が街や家々を彩っている。
そんな、優しい景色の筈なのに、マナの目に映るのは悲しい姿。空や風等、形のない物を司る精霊達は、この町に決して入って来ようとしないのか、建物や木々を渡る囁きすら聞こえない。
精霊達の怯え具合に、マナの中に苦しさや切なさ、遣り切れなさが込み上げ、犯人に対する怒りで頭が沸騰しそうだ。だが今は怒りに任せて行動するより、精霊達をなんとかしなければいけない。
みんなが笑顔で過ごせる様にするにはどうすればいい? 守る為にはどうすればいい?
そこで思い出したのがサーシュの言葉。『名前を付けていない精霊ともつながりを持てるようになる』。これ、使えないだろうか?
マナは精霊達がどこに居るのかを確認してみようと意識を向けてみる。
すると――ポツポツとではあるが、精霊の気配を感じる。狭い範囲ではあるが、この王都はカバーしているだろう。頭の中に点が浮かぶ様に、その存在を感じた。また微かにだが、その点には色まで付いている気がする。属性すら感じ取っている様だ。
この点――精霊を守る。害意ある存在が手を出せない様に、触れない様に、する。
パチン、とマナの指が鳴る。
その瞬間、淡い光が精霊達を包み込み、次いでゆっくりと精霊達に吸収されていく。
淡い光が完全に消えると、精霊達の周囲をマナの魔力が覆っていた。上手くいったようだ。
「マナ」
サーシュはその守りの魔法を感じ取り、マナの前に進み出るとその手を取った。
「私を通して世界を感じ、その世界に散らばる精霊達に今の魔法を掛けてあげて下さい。それで今後の被害を減らせるはずです」
「分かった」
精霊達の為になるなら、マナに否やはない。
「世界へ干渉し、マナと繋げるのは私が遣ります。マナは魔法に集中して下さい」
「うん」
マナは深呼吸し、そっと目を閉じる。なんとなくこうした方が精霊達を感じやすいのではないかと思ったのだ。
すると、マナの右足と両肩に温もりが触れる。この温もりは……クー、ドリー、ルルーだろう。間違いない。
マナの顔に笑みが浮かび、心に温かなものが広がる。うん。一緒に、みんなを守ろう。
サーシュは言っていた。『会った事もない精霊の捜索は感覚だけでは難しい』と。だけど、その難しい部分を精霊王自身が請け負ってくれるのだ。だから、大丈夫。
いつも一緒に居る精霊達が、自分の味方となり、協力してくれる。だから、不安なんてない。
出来る!!
覚悟を決めたマナの頭の中に、数多の星々が様々な色を持って瞬く。
その星々が精霊自身なのだと理解した途端、マナの全身を温かく優しい魔力が駆け巡った。それはマナの魔力だけではなく、一緒にいるクー、ドリー、ルルーの願いや、今は一緒にいない精霊達の想い。マナを知る精霊達が、マナに同調し、同族達を守ろうとしている。
思いを込め、マナはパチンと指を鳴らす。
すると、マナの中を駆け巡っていた魔力は意志を持つかの様に淡い光となり、星に向かい真っ直ぐ飛んでいった。
「――はぁ」
マナが溜め息と共に力を抜く。
相当離れた場所に居る精霊まで守る為、今まで使った事ないくらい力を使ったのだ。疲れて当然だろう。
「……上手くいったようですね」
暫くして、己が感知できる全ての精霊をマナの魔力が包み込んでいるのを確認し、サーシュはホッとした様に口を開いた。
マナの精霊達に対する思いは相当強い。精霊達が精霊達を思う力も強い。その思い強さと迷い人の力が精霊を守るのだ。精霊王としてこれ程頼もしい事はない。
サーシュの緊張が解け、マナの手を握っていた力が緩む。
「――――――っ!!?」
大きな魔法を使い疲れて脱力していた筈のマナが突然、ビクッと大きく体を震わせた。
マナに触れていたサーシュ、クー、ドリー、ルルーはその震えに気付き、マナを不思議そうに見るが、マナは視線をあちこちに飛ばし何かを探している。
「マナ?」
どうした――と聞こうとした瞬間。マナはサーシュの手を振りほどき、駆け出した。
「マナ!?」
「おいっ!?」
「マナさんっ!?」
サーシュ、イクシオン、アルフレッドが驚きの声を響かせる。
「わっ!?」
「にゃっ!?」
「ひょっ!?」
突然マナが駆け出した事により、クーはマナの服に慌ててしがみ付き、ルルーは瞬間的にマナの影へと潜り込み、バランスを崩したドリーがマナの肩から転げ落ちそうになり、クーに助けられる。ナイスキャッチだ、クー!
「ママママママナ、どどどどどどっどうっ――ぅぅ」
不安定な中ドリーが口を開くが……己の舌を噛み涙目。クーは呆れつつドリーを引っ張り上げると前を向いた。
マナが何の意味もなく、自分達が肩に居たのに突然駆け出すなど有り得ない。そしてマナが急ぐという事は、何かがあり、その何かの先に精霊が居る筈。
マナに全幅の信頼を寄せるクーはそう考え、何が起きているのだろうと周囲を確認する。マナに守られた精霊達が居るくらいで、他は――。
「ソラ爺っ!!!」
マナの叫びが空気を切り裂く。
え、と思ってクーがマナの視線の先を見ると、地面に倒れている精霊が1人。その横には、フードを目深に被った人間が1人。
人間は精霊に手を伸ばしていたが、マナ達が近付いてくるのを確認するとサッと身を翻し、路地の方に逃げていく。
クーには、何が起こっているのか全く分からない。
でも、マナが何かに怒り、その怒りの対象があの人間だという事だけは分かる。
それはドリーも分かった様で、逃げていく人間を睨み付けていた。
「逃がす訳ないでしょっ!!」
普段遣っている『指を鳴らす』という予備動作すらなくマナが魔法を発動する。
その魔法は複数の属性を有しており、逃げた人間を透明な縄状の物が身動きできない様、言葉を発する事が出来ない様にグルグル巻きにし、自由を奪われた体を空中に吊り上げた。
「ソラ爺!」
そんな人間には目もくれず、マナは一直線に倒れている精霊に駆け寄る。
近付いた事によりクー達も漸く分かった。間違いなくソラ爺だ。ぐったりと地面に横たわっている。
「ソラ爺! ソラ爺っ!」
マナは必死に呼び掛け、そっとその小さな体を持ち上げる。だがソラ爺はぐったりしたまま動かない。
「ソラ爺っ!!」
意識のないその小さな頬に指を当て必死に呼び掛けるが反応がない。
「――ソラ爺」
マナにとってソラ爺は特別だった。
この世界に来て初めて会った精霊。のほほ~んとしながらもマナに道のひとつを示し、優しい家族が居る精霊の森に誘ってくれた存在。
そして、初めて名前を付けたのも、ソラ爺だった。
不便だから名前を付けていいか。
そう問いかけた時、「ワシに付けてくれんかのぉ」と笑いながらマナの前に出てきたのがソラ爺だ。その後、他の精霊が続き、今の状態になっている。
困っているマナにそっと寄り添って手助けし、「もう大丈夫じゃな」と言って空に消えたソラ爺。時々遣って来ては、他の精霊達と楽しそうに生活しているマナを笑って見ているソラ爺。
マナの、一番最初の『家族』。
「ソラ爺っ!!!」
嫌だ否だイヤだ。目を開けて。いつも通り笑って。
「ソラ爺――っ!!」
ぐったりしたままのソラ爺へ回復の魔法を施すが効果がない。
「ソラ爺……」
「マナ! 落ち着いてっ!」
泣きそうなマナに声を掛け、クーがマナの肩からソラ爺の近くに飛び降りる。
急いでソラ爺へと手をかざし自身の魔力で状態を調べながら、クーはぐったりして動かないその姿を慎重に確認していく。
そんなクーを、マナとドリーのみならず、マナの影から出てきたルルー、追い付いたサーシュ、イクシオン、アルフレッドが見守る。
「うーん……」
「クー……」
難しい顔をして唸るクーに、マナの不安が膨れ上がる。
マナから零れ落ちた頼りない声音にクーは顔を上げ、困った様に眉を八の字にした。
「そんなに寂しそうな声を出さないでよ。大丈夫。ソラ爺はちゃんと生きているから」
「……本当?」
「うん。ただ……どうやったのか知らないけど、ソラ爺から空の精霊の魔力が抜かれちゃっているんだ。その所為で意識がない」
「――え?」
空の精霊の魔力? それが抜かれている?
「精霊には、精霊独特の魔力があるんだ。それは各種族ごとに違くて、空の精霊なら空の、樹の精霊なら樹の魔力を持っている」
「うん……」
「その精霊の魔力が、精霊魔法を使う時に人間の魔力と共鳴し合い、自然魔法では出来ない魔法を作り上げているんだ」
「うん」
「精霊の魔力は人間の魔力と同じく、使えば減る。でも、精霊自身が扱える限界まで魔力は自然回復する。まあ自然回復するといっても、自分が司っている物から力を分けてもらうから、凄くゆっくりなんだけどね」
クーは言葉を切り、ソラ爺を見る。
「精霊は、自分の魔力が回復するのに時間が掛かると知っている。だから、一定以上の魔力は使わない。でもソラ爺の体からは、本来残している筈の魔力すら消えている。こんな事、自分で遣る訳がない。だから、その人間が、何かしらの方法を使ってソラ爺から精霊の魔力を抜いたと思うんだけど……」
「あり得ませんっ!!」
それまで静かに聞いていたアルフレッドが悲鳴のような声を上げる。
精霊術士であるからこそ、精霊を害するような事をする筈ない。そう言いたいのだが……。
「うん。普通の精霊術士は絶対に精霊を傷付けない。僕達はそれをちゃんと知っている」
クーはアルフレッドを見て頷いた後、再びソラ爺へ視線を向ける。
「……昔の、バカな精霊術士と同じく、精霊を『物』の様に扱う精霊術士が、精霊を『ただの魔力の塊』だと考える精霊術士が、居るのかもしれない」
溜め息を吐くクーに、アルフレッドは青褪める。
そんな者が今の精霊術士に居る等、考えたくもない。だが、こうして精霊が襲われたであろう現場に遭遇してしまっては、居ないと言い切れない。
「アル」
黙って聞いていたマナが、普段の調子を取り戻してアルフレッドに呼び掛ける。
呼ばれたアルフレッドがマナを見ると、厳しい黒の瞳とぶつかった。
「クーは知らないって言ってたけど、人間には精霊の魔力を抜く方法が伝わっていたりするの?」
その問い掛けに、アルフレッドは慌てて首を振る。
「我々精霊術士にとって、精霊様は大切な存在です。その大切な存在を害するような方法等、伝わっている訳ないです!」
アルフレッドのきっぱりした返答に、マナとクー、ルルーは顔を見合わせ首を傾げる。
「アルフレッドが知らないだけじゃないのー?」
「いいえ、樹の精霊の長様。精霊様に精霊様独特の魔力があるという事すら、私は今の今まで知りませんでした。私の仲間達も私と同じ師の元で学んだ為、同じく知らないと思います。根本的な知識が無い状態ですので、精霊様から魔力を抜く方法等、知りようがありません」
「じゃあこの人間は、どうやってその魔力の存在を知り、どうやってソラ爺から魔力を抜いたんだろう?」
クーは空中に吊り上げられ、身動きも取れず、話す事も出来ない人間を見上げる。
マナ達もクーにつられて見上げ、一様に厳しい表情となる。本当に、どうやって?
取り敢えず、どんな面をしているのかしっかり眺めようとマナは魔法でそのフードを取り払う。しっかり顔が現れた。男だ。
アルフレッドやイクシオンに知っているか尋ねてみるが、2人共知らないと言う。じゃあ、どこの誰なんだと睨み付け――。
「……あれ?」
その男の身に着けているフードの奥から『知っている魔力』を感じる……?
「まさかっ!?」
マナは弾かれた様に立ち上がると、ソラ爺を左手にそっと横たえ、右手を伸ばして男のフードを剥ぐ。
そのフードの裏には隠しポケットの様な物があり、そこから、『知っている魔力』を感じる。
片手が使えないからフードを地面に置いて足で押さえ、隠しポケットに手を突っ込むと――硬い何かが指先に振れた。
その硬い何かを引っ張り出す。それは、空色の石だった。
「……何、これ?」
この世界の住人であるイクシオンやアルフレッド、精霊王であるサーシュにその石を見せるが。
「何だこれは?」
「申し訳ありません。これが何か、私には分かりません」
「何だろう?」
誰も知らないようだ。
念の為、クーやルルー、ドリーにも見せる。
「にゃんだろ?」
「うーん??」
ルルーとドリーは首を傾げるが、クーの眼差しが鋭くなる。
「クー?」
「うん……これが何かは僕も知らないけど、この石からは、空の精霊の魔力を感じる」
その言葉に、マナは空色の石をまじまじと見る。
やっぱり、『知っている魔力』を感じる。
「まさかっ!?」
マナの『知っている魔力』という事は……。
「これ、ソラ爺の魔力っ!?」
「……その可能性は、高いと思う」
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数十年ぶりに外の世界に出たレイナード。そして学園の魔術講師となった彼は様々な経験をすることになる。
注)設定の上で相違点がございましたので第41話の文面を少し修正させていただきました。申し訳ございません!
〇物語開始三行目に新たな描写の追加。
〇物語終盤における登場人物の主人公に対する呼び方「おじさん」→「おばさん」に変更。
8/18 HOTランキング1位をいただくことができました!ありがとうございます!
ファンタジー大賞への投票ありがとうございました!
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