茜空

美緒

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バレンタイン 1

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「もう直ぐバレンタインだね!」

 のんびりと教室でお弁当を食べている時、私の正面に座っているショートカットのボーイッシュな美少女――友人の諸橋美奈もろはしみながニヤニヤしながら私を見てきた。

「あ、ホントだ。あかねにとっては、皐月さつき君と付き合い出して初めてのリア充イベだね」

 美奈の話に乗ったのは、私の右隣りに座っている大和撫子風美人な友人の佐藤柚さとうゆず。私をわざわざ覗き込みニヤッと笑う。柚……その顔、美人台無しだよ……。

「んぐんぐ。――それで? 茜はどうするつもりなの?」

 口に入っていた食べ物を嚥下し、美奈の左隣に座った最後の友人である高木春子たかぎはるこが小首を傾げる。癖の強いポニーテルが揺れ、可愛い顔に浮かぶ表情は好奇心。言い方は悪いけど、春子は人の恋路に首も口も突っ込む物好きだ。
 三対の、すっごく居心地が悪い視線にさらされながら、私は困って笑うしかない。

「……どうしよう?」
「「「茜……」」」

 残念なモノを見る目で三人が私を見てくる。
 いや、うん。こんな間近に迫っているのに――バレンタインは一週間後――まだどうするか決めてないってマズイってのは分かっているよ? 分かっているけど……。

「だ、だって……チョコとかって、家族や美奈達くらいにしかあげた事ないし……」
「「「茜~」」」

 友人達の声に呆れがにじんでる。ううう……居た堪れない。

「茜が激ニブで、恋愛に疎いのは分かっていたけど……」
「高校生にもなって、ファミチョコと友チョコだけ? もしかしてもしかすると、皐月君が初恋?」
「う……」
「わー……ある意味、貴重。天然記念物――というか、天然記念者?」
「そんな言葉ないから!」

 春子の言葉に反射でツッコミを入れたけど、皆の言葉に首を傾げる。

「……あれ? 皆は本命とか、あげた事あるの?」
「「「当然」」」

 え? 当然なの? 普通はそうなの!?

「まあ、受け取って貰えはしても、それ以上の進展はなかったけどね~」
「考えてみれば、両思いな本命チョコって経験ないや」
「激ニブ茜がリア充チョコお初!? わあ! 面白いっ」
「面白くないからっ!!」

 言葉通り、面白そうな顔をしている美奈を睨むと、隣から手が伸びてきて柚がポンポンと私の頭を撫でた。

「怒らない怒らない。拗ねないの」
「……怒ってないし、拗ねてない」

 チラッと柚を見て、春子を見て、美奈を見ると、皆、妙に微笑まし気に私を見ている。
 ねえ……皆、私と同い年だよね? 何で私は微笑まし気に見られちゃってるの!?

「あ……」

 ふと。美奈が私の後方――教室の出入り口を見て眉を顰める。
 その、ものすっごーく嫌そうな顔で、そっちに何があるのか理解できてしまった。

「あー……また・・来たんだ、住吉公子すみよしきみこ
「しつこいねーあのイタ女」

 会話から分かる通り、住吉公子っていうのは、この漫画だかアニメだかの原作ヒロイン。顔は、流石ヒロインってくらい可愛いのに、行動や言動が残念過ぎ、イタ過ぎ、ビッチ過ぎ。はっきり言って、同学年の女子や一部男子から嫌われていた。
 クラスも違い、接点もない本来モブな私のクラスに何故わざわざヒロイン様が来ているかと言うと……。

「いい加減、皐月君の事、諦めるべきなのに……何で分からないんだろうね、あの女」
「周りで見ていれば分かるよね~。皐月君、茜にベタ惚れ。溺愛、激愛」
「えっ!?」
「……愛されちゃってる茜本人が全く分かってないって……皐月君、不憫すぎる……」
「ううう……」

 友人達の勘違い。これって、絶対に統也君の過保護の所為だと思う!

 私と統也君が付き合い始めた――はう……自分で言うのは照れる――のは、お互いが嫌な思いをして、それは私も統也君も悪くないと話した延長線上にあって。
 そんなきっかけなものだから、統也君は翌日からかなり過保護になった。
 朝、玄関を出ると統也君が迎えに来てて、一緒に登校。放課後は、統也君に生徒会の仕事がなければ一緒に私の家へ帰り、仕事がある時は昇降口――というか、校門まで送ってくれる。……見送っているみたいなのは、気付かなかった事にして……。

 休憩時間や昼休みなんかは流石に時間がなくて来ないけど、そういうタイミングを見計らって招かれざる客が来る。
 まあ、こういう漫画とかアニメとかの世界のヒーローにはお約束なファンクラブというものが統也君にはある。そのファンクラブ会員が私のところに遣って来て、やれ「統也君には似合わない」とか、「さっさと別れろ」とか言ってくる。
 別れろって……貴方達、統也君のただのファンっていうだけで、友人とかではないよね? そんな、統也君に直接関係ない人が口出すような事じゃないよね?

 ――とはいっても、そんな事は面と向かって言えず。

 言われたい放題で居たら、統也君が駆けつけてくれた。統也君の後方には美奈の姿。一方的に責められる私が見ていられなかったようで、統也君を呼んでくれたみたい。良い友人持ったなぁと嬉しくなる。
 そんな風にほっこりしていたら、統也君は私を抱き寄せ、庇い、ファンクラブ会員達にドキッパリと言い切った。「迷惑だ」と。「人の事に口を出すな、茜を傷付ける様な事を言うな」と。
 いや、もう、何と言うか……私の為に怒ってくれる統也君が格好良くて、素敵で――嬉しくて。
 こっそり惚れ直しちゃっていたら、統也君にはバレバレだったようで。にっこりと極上スマイルを頂いてしまった。ううう……。
 ――外野から黄色い悲鳴が上がっていたのはこの際気付かなかった振りで……。

 その後。
 統也君は何を思ったのか、私の友人達の元へ向かい、私を絶対に一人にしない様にとお願いしていた。
 え? 一人にしたら、またああいうのに絡まれそうだから?
 いやいやいや。ああいう人ばかりじゃないでしょう?
 統也君の溜め息。友人達の苦笑。美奈が代表して「任された!」と統也君に言っていた。「心配になるのも分かる」って。酷くないですか?
 まあ、それは兎も角。統也君のそんな行動が何度も繰り返され。
 その結果、学校内で私が一人になる事はなくなった。
 ほらね? 過保護でしょ? 皆が勘違いするのも分かるでしょ?

 友人達にどう切り返そうかと考えていたら、背後からバシン、カシャ、シャッという音が一斉に響いてきた。
 びっくりして振り返ると、前後の扉は閉められ、着替えの時に使用しているカーテンが、廊下側の窓という窓を覆っていた。
 どうも、扉を閉め、鍵をかけ、カーテンをしたようだ。廊下側でお昼を食べていたクラスメイト達が男女関係なく数人立っている。

「「「グッジョブ!」」」

 美奈、柚、春子がそう言い、立っているクラスメイトに向けて親指を立てて見せた。
 クラスメイト達はそんな友人達にニヤッとした笑みを見せ、同じ様に親指を立てている。……何なの、これは。
 困惑しながら友人達とクラスメイトを交互に見比べる私。ドンドンドンと扉を叩きながらわめいている誰かの声をクラス全体でまるっと無視し、イイ笑顔がそこかしこに溢れている。カオス。

「それで? 茜はバレンタイン、皐月君に何を渡すつもりなの?」

 え!? このカオスな状況の中、そこに話を戻すの?

「美奈……茜の事だから、チョコだけじゃない?」
「あー……」
「あ、でも! 手作りする可能性はあるね!」
「……ねえ春子……茜って、お菓子作れた?」
「……さあ?」
「「……」」

 何か、酷いんですけど?!

「まあ……皐月君を見る限り、チョコの他に何か『自力で』貰いそうだけど……」
「「あ~あ……」」

 柚の言葉に美奈と春子が納得し……え? 何で不憫そうに見てくるの!?
 そして、何でそっと目を逸らすの!? え??
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