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第十一章:城塞都市アインガング
北の都アンテリュール
しおりを挟むディーアが言っていたように、オレたちは北の大陸で一番大きな都アンテリュールに足を運んだ。グリモア博士も一緒に行くものだと思ってたんだけど「年寄りを働かせるつもりかい?」なんて真顔で言われてしまった。いくつなんだ、あの人。人一人を片腕で持ち上げるような年寄りがいてたまるか。
エルの話では、この都は大きく分けて北の住宅街、中央の商店街、南の娯楽街という三つの区画で成り立っているらしい。
「もし帝国兵がいて潜伏場所に選ぶのなら……娯楽街が一番可能性が高いと思います。昼間は子供たちが楽しめる場所ですが、夜はその……そういう街になるそうで。そうした場所にはワケありな人もたくさんいると聞きました」
「そういう街?」
「フィリアちゃんは深く考えなくてもいいわよ、私たちは商店街の方を見て回りましょうか」
そこはやっぱりまだ十歳の子供。何かとおませな女の子だけど「そういう街」って表現でパッとそれが浮かばないのはいいことだ。つまりアレだろ、娯楽街から一転、大人の雰囲気漂う歓楽街になるわけだ。疑問符を浮かべるフィリアに、サクラがすかさずフォローをひとつ。
確かに、そういう歓楽街的な場所ならワケありの人間を匿ったりすることも……あるんだろう。そのワケありの中に帝国兵が含まれるかどうかは微妙なところだとは思うけど、可能性がないわけじゃない。
「じゃ、娯楽街の方は俺たちで行くことにするよ。リーヴェ、ヴァージャ様、住宅街の方は任せても?」
「ああ、気をつけて行ってくるといい」
「住宅街は西側が富裕層、東側が貧民層で分かれています。大丈夫だとは思いますけど、廃屋とかに隠れてるかもしれませんので……気をつけてくださいね」
「わかった、そっちも気をつけてな」
商店街はフィリアとサクラ、娯楽街の方はエルとディーア、それで住宅街の方がオレとヴァージャ。サクラとディーアが入ってくれたお陰で上手い具合にバラけられるようになってよかった、お子様たちだけで行動させるのはどうも心配だからな。二人ともオレよりずっと強いんだけどさ、そこはやっぱり大人として、だ。
取り敢えず、現在は正午を過ぎて少しといった頃。三時くらいに商店街にある中央広場に集まることにして、それぞれ調査に向かうことになった。メチャクチャ広そうだけど、中央広場には街のシンボルになってるだろうデカくて高い時計塔がある。これがいい目印になってくれそうだ。
南のヴェステンは全体的に道や街そのものが広々としていて開放的な印象を与えてくる場所だったけど、この北の都アンテリュールは逆に少しばかりせせこましさを感じる。建物同士がすぐ隣り合っていて、隙間なく並んでいるような感じだ。特に住宅街の中央部分がそうだった。……西が富裕層、東が貧民層ってことは、その間に位置するここはどっちでもない中間層かな。
けど、中間から少し西に進んでみれば家々が隣り合うなんてことはなく、家の敷地内には広々とした庭や池、プールが設けられているところまであった。建物の造りだって豪邸と呼べるものばかりで、いかにも金持ちですっていう印象を受ける。なるほど、これが富裕層の住まう家か。
「特に怪しい者はいそうにないな」
「あんた家の中まで見えんの? うっかり女の人の着替えとか覗かないようにしろよ」
「お前は私を何だと思っているのだ」
いや……いくら神さまだってタイミング次第でうっかりばったり見ちゃうかもしれないだろ。ヴァージャのことだからラッキースケベ的なタイミングに遭遇しても無表情なんだろうけど。
富裕層、中間層の辺りをぐるりとひと通り見て回ってから、最後に貧民層の区画へと足を向ける。窮屈そうな印象は受けても、レンガ造りの街並みは決して嫌いじゃない。……なんて思ってたら、貧民層が住まう一角は悲惨なものだった。エルが「廃屋」って言ってたからある程度は想像してたけど、想像以上だ。悪い意味で。
「こりゃ……ひどいな」
「ああ、廃村かと思ってしまうくらいだな」
貧民層が住まう場所は、これまでの印象を派手に裏切ってひどいものだった。
石造りの家屋は壁が抉れていたり、木造の家々は家を支える柱や外壁が腐っているものばかり。窓なんて完全に吹きさらしだ。近くにガラスの破片が散乱しているところを見ると、何かがあって割れたんだろう。こっそり室内を覗いてみれば、テーブルや椅子はひっくり返っていてここ最近使われたようには見えなかった。
辛うじて家の役割を保っている家屋もあるにはあるけど、他から見てあまりにも差がすごい。でも、こういう場所なら確かに身を潜めるには最高だ。
辺りを警戒しながら歩いていると、隣を歩くヴァージャにふと腕を掴まれた。どうしたのかと反射的に隣を見てみれば、当のヴァージャは軽く眉根を寄せて中空に目を向けている。何事か思案するような様相は、たぶん周囲の気配を窺ってるんだろう。程なく、その視線は右斜め前の細い道に向けられた。
「……あそこだな」
「て、帝国兵?」
「それはわからんが、暴漢がいる」
うわ、最悪じゃんか。事情はわからないけど、それなら急いだ方がいいな。のんびり話し込んでる場合じゃない。
先を行くヴァージャの後に続いていくと、道の先には古びてるけど他よりは少し大きい家屋があった。扉は建付けが悪いのか閉まってないし、窓はやっぱり吹きさらしだけど雨だけはしのげそうだ。隔てるものが何もない窓からは、複数の男たちの下品な笑い声と女の人たちの悲鳴が聞こえてくる。どうやら加害者も被害者も複数いるらしい。
「待ちやがれぇ!」
「どこ行こうってんだぁ!? 囲め囲めぇ!」
「ひ、ひいぃ……ッ! たすけて、誰か助けてええぇ!」
家屋まで近付いたところで、中からそんな声が聞こえてきた。その矢先、扉の役割をあまり果たしていない扉が勢いよく開かれたかと思いきや、一人の少女が顔面蒼白になりながら飛び出してきた。彼女はちょうど近くにいたヴァージャの身に飛びつき、慌ててぐるりとその背中に隠れる。けど、その姿には――見覚えがあった。それは向こうも同じだったようで。
彼女はその後ろに見えるオレを振り返ったと同時、大きな猫目を更に大きく見開く。文字通り驚きましたと言わんばかりに。
「あ、あれ!? む、無能クン!? ぎゃあッ! こっちはあのヤバい男!?」
「ロンプ……!? なんでこんなとこに……!」
それは、マック率いるウロボロスのメンバーのロンプだった。どうしたことか、見た目だけは可愛らしいその顔には、白いガーゼがいくつも張られている。ロンプはつい今し方自分が壁にしたヴァージャに気付くなり、大慌てで離れた。
……ヴァージャって、ウロボロス内では「ヤバい男」って言われてんのか。
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