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第九章:天空の拠点

三度因縁の敵

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 マックたちがわざわざ来るなんて何の用かと思ったけど、その一言を聞けば深く考えなくてもわかる。こいつら、オレをコルネリアとかいう女に会わせて金をもらうつもりなんだ。

 ディーアの話によれば、コルネリアが息子を探してるのも皇帝に献上するためだって言うし、単純に帝国に捕まるのもここでマックたちに捕まるのも、結局行き先は同じってわけで。どっちにしても最悪じゃねーか。


「おおっと、声を上げるなよ? こっちの用は理解したな?」
「……そこの人質三人と、オレの後ろの二人は解放しろ。そっちの用がそれなら、他の連中は関係ないだろ」


 声を上げるなって言うから、辺りに響かない程度の小声で要求を向けてみる。それを聞いてマリーが「駄目」とばかりに少し強めに服の裾を引っ張ってきた。けど、案の定マックはまた小馬鹿にするように「ハッ」と鼻で笑う。


「バカ言うなよ、ここで見逃せばすぐに知らせに走るだろうが。まあ、言い方を変えれば、てめえらザコはそれを狙ってんだよなぁ?」
「……知らせに走られたら困るってことは、そんなふうに偉ぶってても結局ヴァージャが怖いんじゃないか。いや、もしかしたらエルの方かな。ボルデの街ではそりゃあこっぴどくやられ――」


 敢えてマックの逆鱗に触れるような言葉をチョイスして淡々と羅列してやると、怒りの沸点が低いマックは早々に腹を立てたようだ。左手で拳を握って、それを思いきりオレの腹に叩き込んできた。脳がぐらりと揺れるような錯覚と共に、視界が一瞬真っ白に染まる。一拍ほど遅れて腹部から全身に激痛が走った。
 はは、痛いけど、メチャクチャ痛いけど、本当に短気なやつだ。

 殴られたことでふらついた身を無理に立て直すこともしないまま、近くに転がってたバケツにわざと足を引っかけて転んでやった。その拍子にバケツが派手に転がって、辺りに乾いた音が響き渡る。オマケに咄嗟にヘクセが咎めるように「マック!」なんてデカい声で叫ぶものだから、それが思わぬ援護になった。今の音と声は拠点にも届いただろう。


「っ……! このッ!」
「な、何するのよ!?」


 マリーとハナも考えることは同じだったのか、もうじき誰かが来てくれるかもしれないと思ったら勇気が出たらしい。マリーはティラの注意が一瞬マックとオレの方に向いたのを見逃さず、捨て身の勢いで体当たりをぶち当てた。その隙にハナが拾った石をヘクセやロンプに叩きつけてから、倒れている二人を助け起こす。

 どうやら人質になっていた連中も意識は取り戻していたらしく、ハナの手を借りて慌てて立ち上がるなり、大きく後退した。体勢を崩したティラは、自分に体当たりしてきたマリーに今度はその切っ先を向ける。


「よくも! わたしに刃向かったこと、後悔するといいわ!」
「ティラ、やめろ!」
「リーヴェは黙ってて! なによ、すぐこんな女に乗り換えたくせに!」


 それは誤解なんだって。「今の恋人は男で、神さまです」なんて正直に言ったら卒倒しそうだな。転んだまま起き上がれずにいたマリーの手を引いて、オレの背中に彼女を隠した。けど、他意も何もないその行動もティラにしては面白くなかったらしい。今度はその剣をオレに向けて、マリーごと叩き斬ろうというのか思いきり振り上げた。


「きゃッ!? いた……っ!」


 今まさに振り下ろされようとしたところで、斜め上から飛んできた何かがティラの手に直撃したらしく、その手からは剣が転がり落ちた。当たったそれは、投擲とうてき用の小さな短刀のようだった。あれは……暗器ってやつかな。

 短刀が飛んできた方をティラが忌々しそうに睨み上げるのと、ちょうどオレたちの斜め後ろにあった木から何かが飛び降りてくるのはほとんど同時のこと。


「もう、本当に無茶する子なんだから。あなたを見てるとハラハラするわ」
「えっ……、サ、サクラ!? なんで……」


 オレとマリーを庇うように降りてきたのは、サクラだった。当然、彼女のその姿と行動を見てマックをはじめとするウロボロスのメンバーが平然としていられるはずもなくて。マックは隠すでもなくサクラを睨み据えると、口角を吊り上げた。


「ハッ、よくやったサクラ。その無能野郎をとっ捕まえてこっちに来い」
「あなたこそバカを言わないでほしいわね」
「今戻ってくるなら許してやるって言ってんだ、俺とお前の仲だろ? あの時はついカッとなっちまったんだよ」
「そのカッとなった傷が原因で危うく死ぬところだったわ。それをこの子リーヴェが助けてくれたの。ここまで言えば、私がどちらの味方をするかはわかるでしょう? 私とあなたの仲、だものねぇ?」


 昨夜は自分で「もしかしたら嘘吐いてるかも」とか言ってたのに、これは……なんか状況には不似合いだけど、ちょっと嬉しいな。あのウロボロスに所属してたのに、くだんの連中と敵対してでも庇ってくれるなんて。……でも、本当にいいのか。


「サクラ……いい、のか?」
「言ったでしょ、私は義理堅いの。あなたに助けられたこの命、あなたを守るために使わせてもらうわ」


 淡々と言葉を並べるサクラの言動にも、オレとの会話にもマックはやはり腹を立てたようだ。奥歯を噛み締める音がここまで聞こえてきそうな気がする。それほどの形相で背中から大剣を引き抜いた。それと同時にマックの周囲にいたヘクセとロンプも宙に魔法円を展開するし、ティラは叩き落とされた剣を拾い上げて身構える。いくら何でもサクラ一人じゃ無理だ、まだまだ本調子には程遠いんだし……。


「――! リーヴェさん!」
「おいおい、物音が聞こえたから来てみれば……なんだお前たち、いったい何やってる!?」


 マリーとハナに助けを呼んできてもらうかどうか考えてる最中に、近くの茂みを掻き分けてやってきたのは――エルとディーアだった。よかった、身体張って立てた音、ちゃんと拠点まで届いてたみたいだ。天の助けってのはまさにこのことだろう。


「あいつら、リーヴェを捕まえてコルネリアに渡すつもりなの! お願いディーア、やっつけて!」
「ひどいのよ、リスティたちを人質に取って私たちには喋るな、って! リーヴェさんなんてお腹殴られたんだから!」
「簡単に言ってくれるなぁ……わかった、わかったよ。お前さんたちは拠点に戻って隊長に知らせてくれ、背中は俺が守るから安心して行きな」


 マリーとハナはディーアにしがみつくなり、ぎゃんぎゃんと声を上げた。遠慮も何もないその様子は、ディーアが彼女たちからしっかり信頼されてる証拠だ。

 マックは自分の立てた作戦が上手くいかなかったこと、サクラが自分を本格的に裏切ったこと、助っ人が現れたこと――それら全てに苛立ちを隠すことなく、一度大剣を地面に叩きつけた。


「ウザってぇ連中がゾロゾロと……鬱陶しいやつらだぜ、全員ぶっ殺しちまえ! サクラ、てめえも例外じゃねえからな!!」
「やれるものならやってみるのね、今回はあの時のようにはいかないわよ」


 これで多勢に無勢じゃなくなったわけだけど、しばらく会わないうちにマックたちがどれだけ腕を上げてるかわからない。作戦が失敗したなら諦めて撤退してくれりゃいいのに、残念ながらそういうわけにはいかないみたいだった。
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