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第三章:復讐に燃える少女
クランに入ってくれませんか
しおりを挟むいきり立った男は真正面からヴァージャに挑みかかり、秒でのされた。と言うより、一撃を叩き込むことさえできずに固い床の上にうつ伏せの形で倒れ込んでしまった。
上から押さえ込まれているかのように起き上がることさえできず、四肢をバタつかせるだけ。二メートル以上ありそうな巨体がまな板の上の鯉みたいにバタつく様は、周りから見てひどく滑稽だった。男の仲間を除き、それ以外の野次馬たちからはクスクスと笑い声さえ洩れ聞こえてくる始末。
「が……ッ、ぐががッ、い、ったい……何しやがったぁ……!」
「この少女に謝れば解放してやる」
ヴァージャは相変わらず、指一本触れてないしその場から一歩たりとも動いていない。手を触れずに自分よりもデカい男を押さえ込んじまうなんて、何度見てもとんでもないやつだ。
ヴァージャのやや後ろ辺りで固まっている少女の傍に駆け寄って、その安否を確かめる。見れば、彼女はまだほんの小さな子供だ。下手をするとアンより年下かもしれない。十歳か、十一、十二歳くらい?
床に放られた時についただろう頬の赤いすり傷が何とも痛々しい。艶やかな銀の髪と菫色の大きな目が印象的だった。
すると、ヴァージャの言葉を受けた男は固い床に倒れ込んだまま固く奥歯を噛み締める。
「ガ、ガキに謝れだと!? ふざけやがって!」
「嫌ならいい、そこで見世物にでもなっていろ」
「ま、待て! 待ちやがれ! わ、わかった、わかったから!」
男の言葉にヴァージャはあっさりそう返答すると、早々に踵を返してこちらまで歩み寄ってきた。当然、床と仲良くしている男はそのままで。そんなヴァージャを見て男は早々に態度を改め、ややしばらくの沈黙の末におずおずと口を開いた。
「お、お嬢ちゃん……悪かったな。ちょ、ちょっとからかっただけなんだよ……」
ついさっきまで馬鹿にしていた子供相手に大の大人の自分が謝るなんてプライドが許さないんだろう。けど、謝るまでは解放されないわけで。結局、心からの謝罪ではなく渋々といったところだ。
ヴァージャは少女を一瞥すると、その顔に責め立てるような色が見えないのを確認して、そこでようやく男の身を解放した。
「お、覚えてやがれ! テメェのツラ、忘れねえぞ!!」
男は自由を取り戻した自分の身体を確認するなり勢いよく起き上がり、そんな捨て台詞を吐いて仲間と共にギルドを出て行った。まさに脱兎の如く。口だけは立派だけど、余程恥ずかしかったんだろうなぁ。
* * *
「これでよし、と……他にどこか痛むとこないか?」
「だ、だいじょうぶです。……ありがとうございます、助けてくれて」
取り敢えず少女を連れてギルドを後にしたオレとヴァージャは、近くの軽食屋にお邪魔することにした。昼食には少し早めなこともあって、ウッドデッキのオープンテラスは人も疎らだ。注文したものを待つ間、荷物を軽く漁って少女の頬のすり傷を治療した。丸みを帯びる白い頬に絆創膏を貼ったものの、可愛らしい顔立ちには聊か不似合いだ。
「お兄さんたちこそ、私のせいでバラクーダに目を付けられたみたいだけど……よかったんですか?」
「バラクーダ?」
「し、知らないんですか? バラクーダはここ最近力をつけてきてるクランで、さっきのあの男がリーダーをやってるんですよ」
へえ、そんなクランがあるんだ。この地方で有名なのはウラノスとウロボロスくらいのものだったからなぁ。
「だが、お前はなぜその魚に難癖をつけられていたのだ?」
魚って……そりゃバラクーダって魚いるけどさぁ、こいつにかかると身も蓋もないな。思い返してみると、あの男とこの少女は別に初対面というわけではないようだった。確かに、この子とあの男との間に何があったのか気にはなる。
すると、少女はふわふわとスカートの上で固く拳を握って俯いてしまった。
「私、クランを……誰にも負けないようなクランを作りたいんです」
何度も言うようだけど、この少女はまだ子供だ。背だってオレの腰辺りまでしかない、小さくていかにもか弱そうな普通の女の子なんだ。そんな子が領地戦争や危険な仕事を請け負うクランを作りたいなんて、決して穏やかじゃない話だった。そういや、さっきのあの男が「お嬢ちゃんみたいなガキのクランに入るやつなんか~」とか言ってたな、それで馬鹿にされてたのか。
「――お願いします! 私のクランに入ってくれませんか!? 設立に協力していただけたら、その後はご自由にして構いませんから!」
少女は何を思ったのか、丸テーブルに両手をつくと勢いよく立ち上がってそんなことを言ってきた。オレもヴァージャも暫し無言のまま彼女を眺めていたものの、程なくして説明を求めるような視線をヴァージャから向けられると、そこで思考を引き戻す。
「……クランを作るにもテストがあるんだよ。昨日言ったみたいにギルドの仕事には危険なものが多いからな、リーダーを含めて最低三人はいなきゃ設立できないんだ」
「ふむ。つまり、私たちにその頭数になれと」
「まあ、そういうことだな。あと……テストもか。確かギルドが出す魔物退治をクリアできたら認定証をもらえるって聞いたことある」
ヴァージャがいれば魔物退治なんてすぐ終わるだろうけど、それにしたってこんな小さい子供がクランの設立にそこまでこだわるっていうのが気になる。どこか思いつめたようなその様子は、ただの興味本位……とは違うように見えた。
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