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第十章・蒼竜ヴァリトラ

父を探して

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 翌日、ジュードたちは朝も早くから謁見の間に呼び出されていた。
 要件は当然、アメリアから託された同盟の話だ。ジュードたちが使者として風の国にやってきたことは、既に風の王――ベルクの耳に入っているようだ。

 朝食もそこそこに謁見の間にやってきた彼らを確認して、ベルクは彫りの深い端正な顔にホッと安堵したような表情を滲ませた。腰掛けていた玉座から立ち上がるなり、目の前までやってくるまで待ちきれないとばかりに国王自らが歩み出る。


「久しいな、ジュード。壮健そうで何よりだ」
「はい、王さまも。昨夜は勝手に城で休んじゃいましたけど……」
「構わん、騎士たちから既に聞いておる。それで、アメリア様から書状を賜ったと聞いたが?」


 まるで急かすような言動に、ジュードもウィルも苦笑いを滲ませた。
 この風の国の王族は基本的に堅苦しいことを嫌い、民との距離が非常に近い庶民派だ。フェンベルで毎夜の如く開催される祭りには護衛もつけずに参加しては、民に混ざって騒ぐことも度々ある。形式だの何だの、そうしたものを重んじることのない――庶民から見れば実に気持ちのいい王族だ。

 ルルーナやリンファといった、これまでそうした王族を目の当たりにしたことのない面々は少々面食らったように眺めているが。

 すると、ベルクのその言葉にジュードの斜め後ろに控えていたシルヴァが一歩前に足を踏み出した。深々と一礼した末に、アメリアから託された最後の一枚――封蝋でしっかりと閉ざされている手紙をベルクに差し出す。


「お初にお目にかかります、私は火の国の騎士シルヴァと申します。前線基地への協力をお願いしました時にも陛下にはご助力頂きまして、火の国の者たち一同、心から感謝致しております。こちらがアメリア様から託されました書状です」
「はは、感謝はワシではなく勇敢に戦った者たちに向けてやってくれ。その方がワシは嬉しい」


 この風の国は、火の国が前線基地を設けてすぐの際にも自国から多くの騎士や兵を送り出した。その者たちは長い戦いの中で既にこの世には存在しないだろうが、今日まで存続し続ける前線基地の大きな助けとなったことだけは確かだ。
 ベルクは差し出された書状を受け取ると、中を確認しようとしたのだが――それはけたたましく開かれた大扉によって止められてしまった。


「へ、陛下、陛下ぁ!」


 大扉を開けて入ってきたのは、白銀の鎧を身に纏う騎士たちだった。立派だったはずの甲冑は肩当や胸当てが大きく破損しており、何かがあったのだということが一目でわかる。大慌ての彼らの傍には、怪我を負ったらしい騎士の身を支える王妃ウィロウの姿も見える。
 その様子を目の当たりにして、ベルクはもちろんのこと、ジュードたちの表情にも自然と緊張が走った。


「あなた、ヴィーゼが!」
「なに……!?」


 ジュードたちにはまったく話が見えてこないものの、とにかく昨夜会ったヴィーゼに何かあったことだけは確かなようだ。ジュードは失礼と思いながらも、目の前にいるベルクの腕を軽く掴んだ。この王とは小さい頃からの付き合いだ、今更ベルクの方も無礼などとは思わないだろう。


「王さま、何があったの? 昨夜ヴィーゼ王子に会ったけど、少し様子がおかしかったんです。何か隠してると言うか……」


 ジュードのその言葉に、リンファはぐっと口唇を真一文字に引き結ぶ。ヴィーゼが何かを隠しているように見えたのは、彼女とて同じこと。
 すると、ベルクは小さく唸った末に諦めたようにひとつため息を洩らした。


 * * *


 ベルクとの謁見を終えたジュードたちは、水の国から同行してくれた兵士たちに休むように伝え、そのまま王城を飛び出した。昨夜も駆けた道を、今度はほとんど全力疾走の勢いでひた走る。彼らの前には、つい先ほど謁見の間に現れた一人の騎士がつき、先導していた。

 ベルクが語った話は、ジュードやウィル、マナにしてみれば決して他人事ではなく、放っておけるはずもない内容だった。


『落ち着いて聞いてくれ、実は……お前たちの養父のグラム殿が、もう随分と長いこと行方不明なのだ。ヴィーゼが騎士団と共に国中の各所を調査して回っていたが、昨日ようやく手がかりを見つけられたようでな。お前たちに報せなかったのは、長旅で疲れていると思ったんだろう、あれを悪く思わんでやってくれ』


 そんな、悠長に構えていられないような話。
 ジュードとウィル、マナにとってグラムは父も同然だ。その父が行方不明と聞いて黙っていられるわけがない。
 王城正面の階段を転げるように駆け降りて、そのまま王都の出口へと向かう。その途中で、ジュードは先頭を駆ける騎士の背中に声をかけた。


「王子は、ヴィーゼ王子は何と戦ってるの?」
「それが、相手は一人と一匹なのです! 鳥の魔物のような巨大な生物と、小さな少女で……」
「小さな少女だって?」
「は、はい、傘から無数の針を飛ばしたり、様々な魔法を操ったり、とにかく動きが速くて我々の手には負えませんでした」


 そこまで聞いて、ジュードたちの脳裏には一人の少女の姿が思い起こされた。
 かつて水の国の森で遭遇したあの見た目だけは可愛らしい魔族の少女――マナはぐっと下唇を噛み締める。あの時はリンファが相手をしたが、彼女の身のこなしを以てしてもほとんど相手にならなかったことを記憶している。


「ヴィネアだわ! まさか、あいつがおじさまを……?」
「あんまり考えたくないけど、状況的には最悪みたいだな……おいモチ、イスキアさんは?」
「うにに……昨夜のうちに風の神殿に向かっちゃったに、こんなことなら待ってもらえばよかったにぃ……」


 イスキアがいないとなると、これまでしてきたように一気に目的地まで飛ぶことはできそうにない。地道に陸路でその場所まで向かうしかできないことが、もどかしかった。

 いくら怪我で療養中とは言え、グラムは剣術の腕に於いても秀でている。そのグラムが行方不明であることに、もし魔族のヴィネアが関わっているのなら――状況は思っていた以上に悪そうだ。考えたくもないほどに。
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