上 下
191 / 230
第九章・不可侵の領域

精霊の里と天才博士

しおりを挟む

 水の王都シトゥルスを発って三日目の朝、ジュードたちはようやく目的の森へと到着した。

 フォルネウスが戻ったことで少しずつ天候は落ち着き始めたものの、水の神柱しんちゅうたる大精霊二人の力が極限まで低下しているせいか、降り積もった雪が一気に溶けてくれるわけはなく、移動に時間がかかるためだ。それでも、こうして無事に辿り着けただけ充分と言える。

 精霊の森と呼ばれる中に足を踏み入れたところで、ジュードたちは不可思議な光景を目の当たりにした。


「こ、これはいったい……なぜ森の中には雪がないのだ?」


 先頭を歩いていたシルヴァは、真っ先にその現象に気付いた。ついさっきまで辺り一面の銀世界にいたのだから、気付くなという方が無理な話なのだが。

 この精霊の森には、雪が一切積もっていなかった。雪の降る寒い中を歩いて進むことになるため着込んでいた防寒具が、ここでは邪魔になるくらいだ。


「この森は聖石の力に守られてるんだに、一年中ずっと暑くも寒くもない快適な気候に包まれてるんだによ。雪もここだけは避けて降るんだに」
「へえ……便利な場所なのね、その聖石ってそんなにすごいんだ……」
「けど、迷わないようにしないとな。見たところ方向感覚を狂わせてきそうな雰囲気だ」


 ライオットの言葉にマナが感心したように洩らしたが、彼女の隣に立つウィルは複雑な面持ちで辺りを見回した。

 この精霊の森は辺りにそびえる木が非常に高く、空がまったく窺えない。太陽の位置で現在地や時刻を確認するのは難しそうだ。道もほとんどが獣道としか呼べないようなものばかりで、ここ最近、誰かがこの森に足を踏み入れた痕跡はなさそうだった。

 だが、イスキアは両手を腰に添えると軽く胸を張ってみせる。


「大丈夫よ、里の場所はちゃんとわかるから。さ、行きましょ」
「そうか、ではイスキア殿に先頭を任せた方がよさそうだな。皆、はぐれないように気をつけるんだよ」


 軽やかな足取りで先導し始めるイスキアを見て、シルヴァは念のため一声かけてからその後に続く。はぐれるようなことはないと思うが、ジュードはちびと共に最後尾につくことにした。魔物の襲撃があっても、ちびがいれば恐らく奇襲は避けられる。

 すると、これまで辿ってきた道を心配そうに振り返るエクレールの様子に気がついた。その可愛らしい顔には、文字通り不安そうな色が滲んでいる。


「エクレールさん、どうしたの?」
「あ……ヘルメスお兄様のことが心配で。大陸にいた時はほとんど離れたことがありませんでしたので、大丈夫かと……」


 ヴェリア大陸は十年前からすっかり魔族に制圧されていたと聞いた。そんな環境では、恐らくヘルメスとてこの妹のことが心配で離れることなどそうそうなかっただろう。右も左もわからない環境で数日も離れれば心配になるのは必至だ。


「カミラさんも一緒だし、きっと大丈夫だよ」
「そうですね……今はやるべきことをやりませんと。甘えたことばかり言っていられませんね」


 これまで共に旅をしてきたカミラは、ヘルメスと共に水の王都に残っている。彼女の目的はそもそも「ヴェリアの民を説得するために大陸に帰ること」だったため、ヴェリアの民と合流できた今、ジュードたちと行動を共にする理由はないのだ。ヘルメスやカミラのためにもその方がいいと、ジュードも思っている。今までずっと離れていたのだから、積もる話もあるだろう。


 * * *


「さあ、着いたわ。ここがそうよ」


 イスキアの先導で森の奥へと向かった一行は、約二十分ほど黙々と歩いたところで立ち止まった。目の前には大きな岩がある、道らしいものは見えない。どう見ても行き止まりだ。ジュードたちは暫し黙り込んだ末に、ちらりとイスキアに一瞥を向ける。

 だが、何を言いたいかは当然わかっているらしい。にこにことその顔に笑みを浮かべたまま、イスキアは目の前に鎮座する岩に片手を触れさせた。すると、まるで水面に石が投げ込まれたかのように空間に波紋が発生し、これまではなかったはずの道が出来上がってしまった。


「な、何したんですか!?」
「ふふ、この辺りには里への侵入を阻む幻術がかかってるのよ。これを知らなければ、延々と森の中を歩き回って終わり。岩はただの幻覚で、この道が幻術を解いた本来の姿ってわけ。この先が精霊の里よ」


 先ほどの岩は侵入を防ぐために張られた幻術が見せていたものなのだろう、そうまでして里への侵入を阻まなければならない「理由」が恐らくはあるのだ。それが何なのかは、当然ジュードたちには見当もつかないが。

 現れた本来の道の先には、家屋らしきものがちらほらと窺える。精霊の里と言われていても、見た目の雰囲気は小さな村といったような雰囲気だ。鬱蒼と生い茂る木々の影響でもう夕刻のような薄暗さだが。


「まずは聖石の間に行くための許可を族長にもらわないとね。アタシが行きたいのは聖石がある祠の更に奥だし」
「イスキアさん、まさか聖域に行くつもりナマァ?」
「なに、その聖域ってのは……」


 神の力が宿る石のためか、どうやら聖石の元に行くにも許可が必要らしい。普段は外部との接触をしない精霊族、果たして話が通じるかどうか。自然と緊張した面持ちに変わる仲間たちを後目に、ルルーナはノームの口から出た耳慣れない単語に怪訝そうに眉根を寄せた。


「ウィルちゃんには特に嬉しい場所かもしれないわね。この森の最奥にある空間は聖域と呼ばれていて、ケリュケイオンがなければ入ることさえできない不可侵の領域なの。みんなも知ってるグラナータ・サルサロッサが余生を過ごした場所よ」
「グラナータ博士が……!?」


 イスキアの言葉通り、真っ先に反応したのは天才博士たる彼を崇拝するウィルだった。ここまでの旅の疲れも吹き飛んだらしく、その顔と瞳を輝かせる。


「魔大戦の際、死の雨の被害者を救えなかったことをグラナータはずっと悔いていたわ。彼は自分のやるべきことを終えた後、この精霊の森の奥地に住み着き、様々な研究に没頭したの。……けど、困ったことにアタシたち精霊にもわからないものを遺して逝ったのよねぇ」
「せ、精霊にもわからないものなんてあるの?」
「見てみてれば理由がよ~くわかるわよ。でも、もしかしたらその中に……死の雨の被害者を救う方法があるかもしれないの。調べてみる価値はあるはずよ」


 ジュードたちにとっても決して無関係とは言えない天才博士だ、彼が後世に遺したもののお陰で誰もが簡単に魔法を扱えているようなものなのだから。

 そのグラナータ博士が遺したものなら、確かに何か手掛かりが見つかるかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...