189 / 230
第九章・不可侵の領域
複雑な多角関係
しおりを挟むジュードがエクレールと共に城の訓練場に足を向けると、そこには再び精神空間が展開していた。神器にジュードたちの技術を加えての実戦だ、上手くいけば先日以上の激しい戦いになる。現実空間で試すにはリスクがありすぎると判断してのことだろう。
現在の時刻は昼を過ぎて約三時間といったところ。精霊の里はこの王都から遥か西だという話だし、やはり出立は明日になりそうだ。ジュードたちもゴルゴーンとの戦闘で疲労が完全に抜けていないため、休めるのは有難い話だが。
「あ、ジュード! 聞いてよ!」
ジュードが訓練場に顔を出したことに目敏く気付いたマナは、早く早くと言わんばかりに彼を手招いた。その顔は喜びというよりは興奮に満ちていて、一目見ただけで良い結果が出せたことを理解した。ジュードは幾分か早足にそちらに歩み寄ると、それぞれの手にある神器を見遣る。
「上手くいったんだ?」
「ああ、別の属性をつけるのはできないみたいだけど、強化魔法を込めた鉱石なら問題なさそうだ」
マナの代わりに答えたウィルの手元を見てみると、淡い緑色の光に包まれる槍の下部にはアンバーが装着されている。補助魔法を込めるのに相性のいい石だ。
神器には既に固有属性が付与されているため他の属性を込めた鉱石は受け付けないようだが、攻撃力や防御力を高める補助魔法の鉱石なら他の武具同様に装着できるらしい。恐ろしいほどの破壊力を秘めた神器の威力を更に高められるのなら、今後の戦いで大きな力になってくれるだろう。
マナは自らを奮い立たせるように、ぐっと杖を握り締めた。
「やってやるわ、魔族がなによ。あたしたちの手でシヴァさんの仇を討ちましょ!」
「はい、私もまだ神器の扱いには慣れませんが……必ずモノにして、あのメルディーヌという男を倒します」
シヴァのことはジュード自身あまりにもショックなことではあったが、それが逆に功を奏して仲間の中にあった恐怖を取り払ってくれたようだ。元々、ウィルもマナも気後れするようなタイプではないが、それでも“魔族”という存在には本能的に恐怖に近い感覚を受けていた部分もある。特に、あの生き物をゾンビ化させる死の雨を目の当たりにした時は彼らだけでなく、シルヴァやリンファとて恐ろしくなった。
そんな彼らを見守っていたノームはジュードの足元までちょこちょこと歩み寄ると、小さくて短い両手で何かを差し出してきた。
「マスターさんにこれをお渡ししておくナマァ」
「え? これは……イヤリング?」
それは、イヤリングのようだった。銀色のひし形の飾りの内側に深い青色の石がついていて、動きに合わせて揺れる様は息を呑むほどに美しい。だが、片耳しかないようだ。ジュードはその場に屈んでそれを受け取ると、まじまじと装飾を見つめた。
「マスターさんたちが到着する前、シヴァさんに託されたナマァ。それが氷の神器バルムンクだナマァ」
「これが氷の……わかった、ありがとうノーム。使い手が現れるまでオレが大事に持ってるよ」
ノームから渡されたイヤリングを大切そうに両手で握り締めると、ノームは嬉しそうにパタパタと両手を上下に振った。その一連のやり取りを見守っていたシルヴァは、傍らに佇むイスキアに向き直る。
「イスキア殿、残りの神器は……風の神殿に?」
「ええ、アタシの相棒のトールが持ってるわ。……けど、ヘルメス王子やエクレール王女が大陸を出てくるなら、連絡手段を確立しておけばよかったわねぇ。秘宝を持ってきてもらいたかったんだけど……」
「秘宝?」
「そう、魔大戦で姫巫女が使った錫杖よ。聖杖ケリュケイオンっていうの。ちょっと調べたいことがあってね」
かつての魔大戦で姫巫女が使っていた杖――それなら、聖剣のように秘宝になるはずである。どんなものか想像もつかない。すると、それまでジュードたちのやり取りを見守っていたエクレールがおずおずと口を開いた。
「あの……ケリュケイオンなら、ヘルメスお兄様がお持ちです。普段は腕輪の形になっているので、衣服に隠れていて見えないのですが……」
「えっ、ほんと!? よかったわぁ~! ヘルメス王子をあちこち連れ回すわけにもいかないし、貸してもらえるようにあとでお願いしてこなきゃ!」
「イスキアさん、調べたいことって……?」
ジュードたちにはその聖杖がどのような効果を持つものかはまったくわからないが、イスキアにとってはそうではないのだろう。マナがもっともな疑問を投げかけると、イスキアは「う~ん」と唸りながら、高い位置で結い上げた緑色の髪をわしわしと軽く掻き乱した。
「……今朝、ジュードちゃんに聖石の話を聞いて思い出したのよ。雲を掴むような話ではあるんだけど、死の雨の被害者を救う方法が見つかるかもしれない」
その話は、解決の糸口さえまったく見つけられずにいたジュードにとって何よりも嬉しい話だった。
* * *
ヘルメスはジュードとエクレールを見送った後、カミラを探して慣れない王城の中を歩いていた。道行く先々でにこやかに声をかけてくる水の民はいずれも穏やかで、ヴェリアの民を邪険にする者など一人もいない。水の国とて今は大変な時だろうに。
父が死に、弟も喰い殺され、命からがら逃れた騎士たちを率いて戦う日々はあまりにも過酷だった。いずれ救援が来ると信じて過ごしていたものの、数年経っても外からは何も訪れず、自分たちは見捨てられたのだと絶望し、やり場のない憤りと恨みを外の世界へと向けたものだ。
しかし、賢いヘルメスのこと。大陸を出てくる際に襲撃してきたグレムリンの数を見れば、何があったかは容易に想像できた。外からの船は、全てあのグレムリンの群れに沈められたのだろうと。
水の民にカミラの行方を聞いて何度目か、ようやく裏庭の隅で彼女を見つけた。木の陰に隠れるようにして佇む彼女に声をかけようとしたヘルメスだったが、話し声が聞こえてきたのに気付くと自然と声が引っ込んでいく。どうやら、ライオットと話しているようだった。
「……ライオットは、ジュードがヴェリアの王子さまだって知ってたの? どうして教えてくれなかったの!?」
「そ、それは……あの頃は、まだマスターの心の準備ができてなかったからだに、本人が知りたいと思った時に話すのが一番いいと思ったんだに……」
「わたしにだけは、話してほしかった……っ! ジュードがあの人だってわかってたら、ジュードが生きてるってわかってたら、ヘルメス様との婚礼の話なんて受けなかったのに!」
その一言は、ヘルメスの胸の深い部分を思い切り貫いた――ような気がした。
ヘルメスがカミラの婚約者になったのは、彼女がヴェリア大陸を出る随分と前のこと。ライオットに「教えてくれたらよかったのに」と言っても、ライオットにもどうしようもないのだ。まだ出会う前のことなのだから。
それでも、今の彼女はその感情をどこかにぶつけないことには気が済まないのだろう。かつてのヘルメスのように。
今のカミラを慰められるような言葉を、ヘルメスは持ち得ていない。ずきりと痛む胸に気付かないフリをして、静かに踵を返した。
0
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~
こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。
それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。
かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。
果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!?
※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
エラーから始まる異世界生活
KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。
本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。
高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。
冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。
その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。
某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。
実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。
勇者として活躍するのかしないのか?
能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。
多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。
初めての作品にお付き合い下さい。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
異世界で穴掘ってます!
KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる