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第九章・不可侵の領域

複雑な多角関係

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 ジュードがエクレールと共に城の訓練場に足を向けると、そこには再び精神空間マインドスペースが展開していた。神器にジュードたちの技術を加えての実戦だ、上手くいけば先日以上の激しい戦いになる。現実空間で試すにはリスクがありすぎると判断してのことだろう。

 現在の時刻は昼を過ぎて約三時間といったところ。精霊の里はこの王都から遥か西だという話だし、やはり出立は明日になりそうだ。ジュードたちもゴルゴーンとの戦闘で疲労が完全に抜けていないため、休めるのは有難い話だが。


「あ、ジュード! 聞いてよ!」


 ジュードが訓練場に顔を出したことに目敏く気付いたマナは、早く早くと言わんばかりに彼を手招いた。その顔は喜びというよりは興奮に満ちていて、一目見ただけで良い結果が出せたことを理解した。ジュードは幾分か早足にそちらに歩み寄ると、それぞれの手にある神器を見遣る。


「上手くいったんだ?」
「ああ、別の属性をつけるのはできないみたいだけど、強化魔法を込めた鉱石なら問題なさそうだ」


 マナの代わりに答えたウィルの手元を見てみると、淡い緑色の光に包まれる槍の下部にはアンバーが装着されている。補助魔法を込めるのに相性のいい石だ。

 神器には既に固有属性が付与されているため他の属性を込めた鉱石は受け付けないようだが、攻撃力や防御力を高める補助魔法の鉱石なら他の武具同様に装着できるらしい。恐ろしいほどの破壊力を秘めた神器の威力を更に高められるのなら、今後の戦いで大きな力になってくれるだろう。

 マナは自らを奮い立たせるように、ぐっと杖を握り締めた。


「やってやるわ、魔族がなによ。あたしたちの手でシヴァさんの仇を討ちましょ!」
「はい、私もまだ神器の扱いには慣れませんが……必ずモノにして、あのメルディーヌという男を倒します」


 シヴァのことはジュード自身あまりにもショックなことではあったが、それが逆に功を奏して仲間の中にあった恐怖を取り払ってくれたようだ。元々、ウィルもマナも気後れするようなタイプではないが、それでも“魔族”という存在には本能的に恐怖に近い感覚を受けていた部分もある。特に、あの生き物をゾンビ化させる死の雨を目の当たりにした時は彼らだけでなく、シルヴァやリンファとて恐ろしくなった。

 そんな彼らを見守っていたノームはジュードの足元までちょこちょこと歩み寄ると、小さくて短い両手で何かを差し出してきた。


「マスターさんにこれをお渡ししておくナマァ」
「え? これは……イヤリング?」


 それは、イヤリングのようだった。銀色のひし形の飾りの内側に深い青色の石がついていて、動きに合わせて揺れる様は息を呑むほどに美しい。だが、片耳しかないようだ。ジュードはその場に屈んでそれを受け取ると、まじまじと装飾を見つめた。


「マスターさんたちが到着する前、シヴァさんに託されたナマァ。それが氷の神器バルムンクだナマァ」
「これが氷の……わかった、ありがとうノーム。使い手が現れるまでオレが大事に持ってるよ」


 ノームから渡されたイヤリングを大切そうに両手で握り締めると、ノームは嬉しそうにパタパタと両手を上下に振った。その一連のやり取りを見守っていたシルヴァは、傍らに佇むイスキアに向き直る。


「イスキア殿、残りの神器は……風の神殿に?」
「ええ、アタシの相棒のトールが持ってるわ。……けど、ヘルメス王子やエクレール王女が大陸を出てくるなら、連絡手段を確立しておけばよかったわねぇ。秘宝を持ってきてもらいたかったんだけど……」
「秘宝?」
「そう、魔大戦で姫巫女が使った錫杖よ。聖杖ケリュケイオンっていうの。ちょっと調べたいことがあってね」


 かつての魔大戦で姫巫女が使っていた杖――それなら、聖剣のように秘宝になるはずである。どんなものか想像もつかない。すると、それまでジュードたちのやり取りを見守っていたエクレールがおずおずと口を開いた。


「あの……ケリュケイオンなら、ヘルメスお兄様がお持ちです。普段は腕輪の形になっているので、衣服に隠れていて見えないのですが……」
「えっ、ほんと!? よかったわぁ~! ヘルメス王子をあちこち連れ回すわけにもいかないし、貸してもらえるようにあとでお願いしてこなきゃ!」
「イスキアさん、調べたいことって……?」


 ジュードたちにはその聖杖がどのような効果を持つものかはまったくわからないが、イスキアにとってはそうではないのだろう。マナがもっともな疑問を投げかけると、イスキアは「う~ん」と唸りながら、高い位置で結い上げた緑色の髪をわしわしと軽く掻き乱した。


「……今朝、ジュードちゃんに聖石の話を聞いて思い出したのよ。雲を掴むような話ではあるんだけど、死の雨の被害者を救う方法が見つかるかもしれない」


 その話は、解決の糸口さえまったく見つけられずにいたジュードにとって何よりも嬉しい話だった。


 * * *


 ヘルメスはジュードとエクレールを見送った後、カミラを探して慣れない王城の中を歩いていた。道行く先々でにこやかに声をかけてくる水の民はいずれも穏やかで、ヴェリアの民を邪険にする者など一人もいない。水の国とて今は大変な時だろうに。

 父が死に、弟も喰い殺され、命からがら逃れた騎士たちを率いて戦う日々はあまりにも過酷だった。いずれ救援が来ると信じて過ごしていたものの、数年経っても外からは何も訪れず、自分たちは見捨てられたのだと絶望し、やり場のない憤りと恨みを外の世界へと向けたものだ。

 しかし、賢いヘルメスのこと。大陸を出てくる際に襲撃してきたグレムリンの数を見れば、何があったかは容易に想像できた。外からの船は、全てあのグレムリンの群れに沈められたのだろうと。

 水の民にカミラの行方を聞いて何度目か、ようやく裏庭の隅で彼女を見つけた。木の陰に隠れるようにして佇む彼女に声をかけようとしたヘルメスだったが、話し声が聞こえてきたのに気付くと自然と声が引っ込んでいく。どうやら、ライオットと話しているようだった。


「……ライオットは、ジュードがヴェリアの王子さまだって知ってたの? どうして教えてくれなかったの!?」
「そ、それは……あの頃は、まだマスターの心の準備ができてなかったからだに、本人が知りたいと思った時に話すのが一番いいと思ったんだに……」
「わたしにだけは、話してほしかった……っ! ジュードがあの人だってわかってたら、ジュードが生きてるってわかってたら、ヘルメス様との婚礼の話なんて受けなかったのに!」


 その一言は、ヘルメスの胸の深い部分を思い切り貫いた――ような気がした。
 ヘルメスがカミラの婚約者になったのは、彼女がヴェリア大陸を出る随分と前のこと。ライオットに「教えてくれたらよかったのに」と言っても、ライオットにもどうしようもないのだ。まだ出会う前のことなのだから。

 それでも、今の彼女はその感情をどこかにぶつけないことには気が済まないのだろう。かつてのヘルメスのように。

 今のカミラを慰められるような言葉を、ヘルメスは持ち得ていない。ずきりと痛む胸に気付かないフリをして、静かに踵を返した。
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