上 下
184 / 230
第八章・水の神器アゾット

目覚める神器

しおりを挟む

「ちび、あいつの注意を惹きつけてくれ!」
「ガウッ!」


 ジュードの傍に付き添い指示を待っていたちびは、そう言葉がかかるなり猛然と飛び出した。ゴルゴーンはちびの何倍あることか――そんな巨体を前にしても、ちびは決して怯まない。牙をむき出しに真横から襲いかかる。

 それを見て、攻め手を模索していたシルヴァたちも一斉に攻撃に移った。ゴルゴーンは様々な方向から向けられる攻撃に惑ったように野太いうめき声を洩らしながら、巨体を大きく撓らせて体当たりに出る。イスキアが風の塊を真正面からぶつけることでその勢いを大幅に緩めれば、威力は大きく落ちた。シルヴァとウィルは得物をゴルゴーンの身に叩きつけることで、次の動きを極力押し留める。


「グギイイイィッ!!」


 ヘルメスは中衛で短い詠唱を終えた後、前衛の足元に魔法陣を展開させ――彼らの身を癒す治癒魔法を施した。その様子を横目に見遣って、ジュードは素早くゴルゴーンの真後ろに回り込む。利き手に聖剣、逆手に短剣を構え、紅蓮の炎を纏う二刀の刃を思いきりその身に叩きつけた。


「ンギャオオオォッ!」
「ぐぐ……ッ、う、るさ……!」


 それと同時に、ゴルゴーンの表面にあるいくつもの口からはけたたましい悲鳴が上がった。いくら聖剣でも、大木の幹よりも倍近くは太いゴルゴーンの身を真っ二つにすることは叶わず、それをいいことにジュードは思いきり引っ張り寄せた。すると、地面に接していた部分が浮き上がり、地中に張っていた根がずるずると抜け出てくる。火の刻印を解放した影響か、まったく重いとも感じなかった。


「きっとあれが核だに! あれを壊すに!」


 ずるりと抜け出てきた根の先、そこには赤黒く光る不気味な塊があった。それはヘビの頭部のような形をしていて、意思を持っているようだ。表に引きずり出されたことに慌てふためきながら、自らのやや後ろ部分を自力で切り離し、天高く飛び上がった。


「あいつ、ちょこまかと鬱陶しいったら!」
「追うぞ、メルディーヌが造った生き物だ、このまま逃げ帰るわけがない」


 空に逃げられては、イスキアやフォルネウスといった大精霊以外はほとんど手が出せない。魔法を使うにもここは王都、外せば建物や王城に直撃してしまう。イスキアとフォルネウスはほぼ同時に空に飛び上がり、身構えた。ゴルゴーンの核は非常に小さい、直径四センチほどだ。それを捉えるのはなかなか難しい。

 上空に逃げたゴルゴーンの核が赤黒い光を発すると、その周囲と地上に黒いモヤが現れ――瞬く間にガーゴイルの群れを呼び出した。これは王都ガルディオンの屋敷で見た光景だ、死霊文字の恐ろしさを始めて知った時に。だが、その数はあの時の比較にならない。優に百は超える。


「う、嘘でしょ……」
「これは……なんだ!? グレムリンではないようだが……」
「ガーゴイルだ、両手の鋭利な爪は殺傷力が高い。これほどの群れは大陸でも見たことがないが……」


 こちらを取り囲むようにして現れたガーゴイルの群れを前に、シルヴァとウィルは武器を構えて身構える。リンファは咄嗟に後方へと戻り、マナとルルーナの護衛についた。ヘルメスは突如現れた群れを前に剣を構えると、視線のみを動かして出方を窺う。


『ガーゴイルとはまた厄介な……イスキアかフォルネウスが核を破壊してくれれば消えるだろうが……』
「風の刻印って、イスキアさんみたいに飛べるようにならないんですか?」
『飛ぶ方法がないわけではないが、無理だ。今の聖剣の状態ではきみの身体が壊れる。……あいつらならやってくれるさ』


 今はとにかく、大精霊のどちらかがゴルゴーンの核を破壊するのを信じるしかない。一斉に襲いかかってくるガーゴイルを見据えて、ジュードは奥歯を噛み締めた。

 ジュードとちびは互いに背中を守る形で応戦、前衛中衛はひと塊になることで何とかなりそうだ。ウィルが敵を惹きつけ、シルヴァとヘルメスが叩き伏せる。風の防壁に守られたウィルの身は、ガーゴイルの攻撃さえほとんど寄せつけない。


「きゃああぁ!」


 だが、問題は後衛。術者二人を守りながらいなすのは、いくらリンファにも無理がある。ガーゴイルたちもそれがわかっていてか、集中的に後衛のリンファたちを狙ってきた。動きが速く、完全に距離を詰められてしまい、満足に詠唱するだけの余裕さえ与えられない。完全に囲まれたことにマナもルルーナも半分パニックに陥っていた。


「ううッ!」


 何とか二人を守ろうと奮戦するリンファだったが、あまりにも数が多すぎる。真横から振り下ろされた爪の攻撃に彼女の身は薙ぎ払われ、一拍ほど遅れて胸部から脇腹にかけて焼けるような激痛が走った。冷たい雪の上に投げ出されたリンファにトドメを刺そうと、数匹のガーゴイルが追撃に出るが、それは真正面から飛んできた氷の矢によって阻まれる。


「お、おやめなさい! それ以上は許しませんわよ!」
「……!? オリヴィア様!?」


 それは、オリヴィアだった。倒れ込んだリンファを庇うようにガーゴイルの前に立ち塞がる彼女は――全身ぶるぶると震えていた。寒さのせいではないことは容易にわかる。

 ガーゴイルたちはそんなオリヴィアを前にニタリと舌を出して笑うと、無情にもその身を薙ぎ払おうと腕を振り上げる。リンファは負傷の痛みも忘れて咄嗟に身を起こした。


「やめ……やめてええええぇ!!」


 リンファが叫んだ直後――上空でゴルゴーンの核を狙っていたフォルネウスの耳飾りが力強い輝きを放ち、王都全体を眩い閃光が照らした。その光は猛然とリンファの元まで飛翔し、オリヴィアを狙っていたガーゴイルたちを問答無用に切り捨てる。まるで意思を持っているかのように、次々にガーゴイルの群れを斬り刻んだ。

 フォルネウスはそれを見下ろし、確認でもするかのように己の耳元に片手を触れさせたが、ついさっきまであった耳飾りは確かになくなっている。


「アゾット……それがお前の意志か……」
「そうみたいねぇ、水の神器まであの子たちを選ぶんだもの、大精霊のアンタもちゃんと考えなさい――よ!」


 眩い閃光を受けてゴルゴーンの核の動きが鈍ったのを、イスキアは見逃さなかった。素早く風弾を叩きつけると、チョロチョロと逃げ回っていた核をようやく一刀両断――直撃を受けた赤黒い核は、程なくして黒い砂のようになって消えていった。

 地上に現れたガーゴイルたちは、ゴルゴーンの核が破壊されたことで苦悶の声を洩らしながら次々に消えていく。最後の最後まで足掻き、襲ってくる個体もいたが、リンファとオリヴィアを守るように飛翔する二つの光が問答無用にそれらの個体を斬り裂いた。


「あ、あれが……水の神器? なんかメチャクチャ恐ろしい動きしてたけど……」
「そうだに、水の神器アゾットは二振りの短剣だけど、あの光の玉には色々な使い方があるんだに、便利な武器だによ」


 数拍ほどすれば、地上に出現したガーゴイルの群れは、綺麗に消えてしまった。問題は山積みだが――取り敢えず、魔族の脅威は去ったようだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

「魔王のいない世界には勇者は必要ない」と王家に追い出されたので自由に旅をしながら可愛い嫁を探すことにしました

夢幻の翼
ファンタジー
「魔王軍も壊滅したし、もう勇者いらないよね」  命をかけて戦った俺(勇者)に対して魔王討伐の報酬を出し渋る横暴な扱いをする国王。  本当ならばその場で暴れてやりたかったが今後の事を考えて必死に自制心を保ちながら会見を終えた。  元勇者として通常では信じられないほどの能力を習得していた僕は腐った国王を持つ国に見切りをつけて他国へ亡命することを決意する。  その際に思いついた嫌がらせを国王にした俺はスッキリした気持ちで隣町まで駆け抜けた。  しかし、気持ちの整理はついたが懐の寒かった俺は冒険者として生計をたてるために冒険者ギルドを訪れたがもともと勇者として経験値を爆あげしていた僕は無事にランクを認められ、それを期に国外へと向かう訳あり商人の護衛として旅にでることになった。 といった序盤ストーリーとなっております。 追放あり、プチだけどざまぁあり、バトルにほのぼの、感動と恋愛までを詰め込んだ物語となる予定です。 5月30日までは毎日2回更新を予定しています。 それ以降はストック尽きるまで毎日1回更新となります。

勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~

霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。  ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。  これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である

パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~

一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。 彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。 全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。 「──イオを勧誘しにきたんだ」 ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。 ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。 そして心機一転。 「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」 今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。 これは、そんな英雄譚。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

戦争から帰ってきたら、俺の婚約者が別の奴と結婚するってよ。

隣のカキ
ファンタジー
国家存亡の危機を救った英雄レイベルト。彼は幼馴染のエイミーと婚約していた。 婚約者を想い、幾つもの死線をくぐり抜けた英雄は戦後、結婚の約束を果たす為に生まれ故郷の街へと戻る。 しかし、戦争で負った傷も癒え切らぬままに故郷へと戻った彼は、信じられない光景を目の当たりにするのだった……

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

処理中です...