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第七章・地の神器ガンバンテイン

はじめての対話

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 全身が鉛のように重く、指先ひとつ動かすのも億劫な凄まじい疲労感の中、ジュードは静かに目を開けた。焦点が定まらず、ぼやけた視界の中には高い天井が映り込む。見覚えのないものだった。


『……?』


 ぼんやりとする思考の中、眠る前の記憶を探る。
 すると、瞬時に頭が覚醒を果たした。がばりと起き上がって辺りを見回すと、そこは――食堂らしき場所だった。食欲を刺激するいい香りが漂っていて、自然と入っていた肩の力が抜けていく。

 台所には、こちらに背を向ける形でジェントが立っている。それだけで、ここが例の白の宮殿であることがわかった。


『ジェ、ント、さん……?』


 その背中に声をかけると、振り返ったのはやはりジェントだった。いつもと違い後ろの低い位置で髪を結っているが、このまるで作り物のような秀麗な顔を他の誰かと間違えるはずもない。ジュードが目を覚ましたことに気付いたジェントは、火を止めて身体ごと彼に向き直った。


『ああ、起きたのか。……随分と色々あったようだな、想像以上に死にそうな顔をしている』
『えっ、ええ、まあ……――ん?』


 トレゾール鉱山では本当に色々なことがあった。主に精神をやられてしまうようなことが。ノームを救えたまではよかったが、自分のためにウィルが命を張ったことがジュードにとって一番の苦痛だった。仲間をあんな危険に晒してしまった原因が自分にあるのだと考えれば考えるだけ、打ちのめされるような想いだ。

 しかし、ジュードはそこであることに気付く。あまりにも自然すぎてうっかりそのまま流されてしまいそうだったが、普通にができたのだ。今までは筆談でしか言葉が伝わらなかった、あのジェントと。

 自然と俯いてしまった顔面をバッと上げると、幾分かバツの悪そうな様子のジェントと視線がかち合った。


『ジェ、ジェントさんの声が……聞こえる……!? な、なんで……』
『神器が二つ顕現した影響だろう、現実世界できみと会う日も遠くないのかもしれないな』
『神器が? ……ジェントさんは、神器と何か関係してるんですか?』
『厳密には俺じゃないが……まあ、そういう話はいいだろう、そのうちわかる。取り敢えず食え』


 ジュードの頭の中は疑問だらけだ。ただの夢だと思っていたジェントは実際にはただの夢ではないし、その彼がもしかしたら神器と何らかの関係があるのかもしれない。この口振りからして、神器のことを知っているというのは考えなくてもわかる。聞きたいことは山のようにあるが、目の前のテーブルに次々に料理を並べられていくと自然と腹が鳴った。


 * * *


 席に着いて言われるまま料理を口に運ぶと、まるで目が覚めるようだった。とにかくどれもこれも、今まで食べたどの料理よりも美味でいっそ感動してしまうほど。あたたかいシチューはどこかホッとするような味だし、肉はとろとろで口の中でとろけるくらいだった。しっかりと味のしみた魚も、野菜も、何もかも美味いなんて一言では到底表現しきれない。気がつけば用意された料理の全てを平らげてしまっていた。


『……そういえば、魂の状態で食事するとどうなるんですか?』
『現実で腹が膨れるというようなことはないが、気持ちが上向いてくる。精神的に元気になると言うかな。今のきみには必要なものだ』


 自分のせいで、ウィルが身体を張って、命を懸けてまで戦った。イスキアが来てくれたお陰で彼が持つ神器が覚醒したものの、もしそれがなかったらと思うとゾッとする。間違いなく命を落としていただろう。ウィルも、それにマナやリンファ、ちびも。


『ジュード』


 自分のせいで仲間を危険に晒した。
 不甲斐なさと申し訳なさと罪悪感に苛まれるジュードの思考を止めたのは、向かい合う形で座るジェントだった。思考回路の迷路に迷い込みつつあったジュードは、そこで一旦考えるのをやめて彼を見遣る。


『自分のせいで、とは思わない方がいい。それは何より仲間に対する侮辱だ。……きみの仲間にはそんなことを思うような者はいないだろう』
『あ……はい。そう、ですね』


 言われてみれば、確かに仲間内にそういうことを考えそうな者は誰もいない。むしろ、ジュードが一人でそういった後ろ向きな考えでいると怒り出しそうな者ばかりだ。


『一人で塞ぎ込むのではなく、純粋に礼を言ってやるといい。きっとその方が喜んでもらえるさ』
『……そうします。なんだか、ジェントさんには全部お見通しですね、オレ一人だったらメチャクチャ落ち込んでたような気がします。……ありがとうございます』


 もしも自分が逆の立場だったら、きっと自分のせいでと落ち込まれるよりも純粋に礼を言われる方が嬉しいだろう。そこまで考えると、不意に視界が開けたような気がした。それと同時に、天井の辺りがほんのりと明るくなる。もう目が覚める時間なのだと悟って、ジュードは静かに席を立った。聞きたいことは依然として山ほどあるが、それを聞いているだけの時間はなさそうだ。


『……いつか、現実世界でジェントさんに会えるんですよね?』
『そうだな、この分だとそう遠くないさ。……その時に俺が誰の所有であるかはわからないが……きみであればいいなと思うよ』
『え?』


 ジェントが呟いたその言葉の意味は――やはりジュードにはわからなかった。神器のことと言い、今の“所有”という言葉と言い、気になることはたくさんある。次々に増していく光の中、ジェントはゆるりと頭を横に振った。


『きみがもう落ち込まなくていいように、今夜からは今まで以上に鍛えよう。また夜にな』
『はい、お願いします。……ご飯おいしかったです、ご馳走さまでした』


 ジェントがいなかったら、きっとジュードは仲間を危険に晒したことで極限まで落ち込んでいたはずだ。今もまだ罪悪感は残るが、それ以上に感謝の気持ちの方が強い。仲間はどうしているだろう、ウィルはもう目が覚めただろうか、マナやリンファの怪我は治療できただろうか。

 強くなっていく光の中、ジュードは静かに目を伏せた。

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