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第六章・風の神器ゲイボルグ

ちいさな精霊

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「きゃあああぁッ!」
「う――ッ、くうぅ……!」


 マナからは悲鳴が上がり、リンファからは押し殺したような苦悶が洩れる。ジュードやウィルも例外ではなく、彼らも大きく吹き飛ばされていた。ウィルは腕や肩を深く負傷し、ジュードは脇腹や右足に裂傷を負っている。


「ううっ……なんだ、何が……!?」
『魔法を撃ってきたんだに! マスター、大丈夫に!?』
「ま、魔法……? ……!?」


 ジュードは痛む全身に表情を歪めながらなんとか上体を起こしはするが、脇腹に走る激痛にすぐに小さく唸る。無意識に片手で押さえたそこには、血がべっとり滲んでいた。取り敢えず生きていることを確認してジュードは獣に視線を戻そうとはしたのだが、それよりも先に視界に飛び込んできた光景に思わず言葉を失う。


「う……」


 それまで多少の波はあれど、ある程度平坦に近かったはずの大地はまるで地中から槍でも突き出してきたかのように様々に盛り上がっていたのだ。ただ地面が盛り上がってるというわけではなく、大地が鋭利な刃物の如く様々に突き出ている。それは広範囲を巻き込む地属性の中級攻撃魔法『ランドスパイン』だった。ジュードたちはこの魔法に巻き込まれたのだ。

 大地は抉れ、いくつもの岩の棘が突き出ている。運が悪ければ身を貫かれて命を落としていた可能性さえある。


「グルルル……」


 獣は低く唸りながら、ジュードやウィルの元へと歩み寄ってくる。様々な箇所から血を流しているものの、まだやる気のようだ。

 マナやリンファはそれぞれ武器を支えに立ち上がろうとするが、彼女たちの身にもそれぞれ、決して浅いとは言えない傷がいくつも刻まれている。思い通りに動かぬ身体にマナは表情を顰め、リンファは小さくだが舌を打った。

 前足を負傷したちびは心配そうに鳴きながらジュードの傍らに寄り添うが、魔法を受け付けない彼の体質――呪いは当然のことのように猛威を振るい始める。急激に上がり始める体温と共に、世界がひっくり返りそうな強烈な眩暈がジュードを襲った。


「(くそ……ッ! もう少しなんだ、こんな時くらい静かにしてくれ!)」


 今のままでは立ち上がることさえできなくなる、そう思ったジュードは負傷した己の脇腹に片手を当て、傷口を思い切り爪で抉った。当然だが、それと共に激痛を覚えて表情が自然と歪む。傍に駆け寄ったウィルは慌ててその行動を制した。


「ジュード、お前何やって……!」
「もう少し、次できっと倒せるから、それまで……」
「ったく、お前は……」


 飛びそうになる意識を激痛で繋ぎ止めようというのだ。それを理解したウィルは、他に解決策を見出せなかった。いくら言ったところで、ジュードは止まらないだろう。ならば、彼を少しでも早く休ませるためにできることはこの状況を打破することだけ。

 こちらを見据えて身を低くする獣に、ジュードとウィルは固唾を呑んで身構える。身を低くしたところを見ると、このまま突進してくる気だろう。直撃寸前で左右に分かれる形で避け、無防備になったところに重い一撃を両脇から叩き込めば――恐らく今度こそ倒せるはずだ。獣だってフラフラなのだから。


「グワアアアアァッ!!」
「来るぞ!」


 ウィルの声に、ジュードは辛うじて意識を繋ぎ留めながら目を細める。視界を狭めることで少しでも眩暈をやり過ごそうというのだ。効果があるかどうかは別として。

 ジュードとウィルは、獣の突進を直撃する寸前で左右二手に分かれて回避すると、それぞれ武器を構えて獣の脇腹に叩きつけた。ジュードは短剣を、ウィルは槍を。ジュードの短剣には破壊力抜群の氷属性の鉱石が填め込まれたままだし、ウィルの槍にはこの鉱山に来る道中、マナに風属性を込めてもらった鉱石がある。この獣が本当に地の精霊なら、風の力には弱いはずだ。

 獣の身に叩きつけられた刃は、それぞれ氷と風の魔力を巨体に注ぎ込んだ。渾身の力を込めたその一撃に獣は地を揺るがすほどの悲痛な叫びを上げて再び伸び上がると、そのまま動きを停止してその場に力なく倒れ込んでしまった。ズズン、という重厚な音と共に。


「た……倒した……?」
「はい、……そのようですね」


 マナとリンファは暫し無言で獣の様子を窺っていたが、再び起き上がってくる様子がないのを見てようやく安堵を洩らした。熱でフラフラになったジュードの身は、傍まで駆け寄ったちびがふわふわの身で受け止め、そんな様子を確認してからウィルは動かなくなった獣を見遣る。全員傷こそ負ったものの。なんとか無事に済んだようだ。


「うわッ!?」


 すると次の瞬間、不意に獣の身が淡い輝きに包まれたかと思いきや、瞬く間にその巨体が消失してしまったのである。

 ――否、正確に言えば縮んだのだ。それはもう、先の巨体からは考えられないほどに小さく。そのサイズはライオットとほぼ同じくらい。ライオットはジュードの中から飛び出ると大地に降り立ち、懸命に飛び跳ねながら訴え始める。


「うに、うにー! ノームだに!」
「あれが?」
「そうだに、間違いないに!」


 遠目ではあるが、現在ウィルの視界に映るノームはひどく小さい。あの獣とは似ても似つかない姿だ、先のあの姿はいったい何だったというのか。

 痛む身を引きずりながら、ウィルはライオットと共にそちらに歩み寄る。当のノームらしき生き物はぐったりとしたまま地面に横たわっているが、腹が上下しているところを見る限り生きているようだ。

 その大きさはライオットとほとんど変わらない。獣の状態では何の生き物か定かではなかったが、恐らく姿形はモグラだ。ライオットは相変わらず正体不明だが。

 ウィルはその傍らに静かに屈むと、極力傷を刺激しないようにそっとその身を抱き上げた。

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