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第六章・風の神器ゲイボルグ

奇妙な声

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 ちびと馬を厩舎に預け、寒くないようにとどちらの傍にも藁を敷き詰めてから宿に向かったジュードだったが、そこは彼が思っていた以上に広く、大きな宿だった。

 やはり宿も他の建物同様にドーム状で、これまで足を踏み入れたこともないような景観が広がる。宿の中は宿泊所と言うには豪華で、至るところに純金が使われていた。武器防具屋なのではと勘違いしてしまうような甲冑だったり、美しい装飾の剣までこれ見よがしに壁や廊下に設置されていて、思わず呆気に取られてしまう。

 宿泊客も一目で高級な絹とわかるような衣服に身を包んだ――いかにも上流階級ですと言わんばかりの者ばかりだ。しかし、ごく普通の旅人の宿泊を毛嫌いするわけでもないのか、店員はいずれも笑顔で懇切丁寧に対応してくれる。

 しかしながら、こうした環境にこれまで身を置いたことのない面々は、夕食を食べ終わる頃にはぐったりだった。もちろん、ルルーナだけは涼しい顔をしていたが。


「グ、グランヴェルって……色々な意味ですごいのね……」
「はは……まさか宿の食事でテーブルマナーが試されるとは思わなかったよ」


 一階のロビー奥にある広々とした食堂では夜景を楽しみながら優雅に食事ができるのだが、運ばれてきた料理と共にいくつも並ぶフォークとスプーンに、ルルーナを除く面々の表情は明らかに引き攣ったものである。傍にはウェイターが付きっきりなため、尚のこと。

 そんなこんなで、緊張のあまり味さえ満足に覚えていない夕食を終え、その日は自由時間となった。自由時間と言っても、明日からもまた馬車での移動が待っている。出立は朝早くということもあり、初めて訪れたグランヴェルの街を堪能するのは難しそうだ。


 * * *


 早々に湯浴みを終えて部屋に戻ったジュードとウィルは、旅館以来の柔らかい寝台を堪能することにした。この二日半、外で見張りを立てての野宿だったため、いくら眠っても満足に休めた気がしなかったというのが本音だ。

 綺麗に設えられた寝台に身を投げ出すと、それだけで睡魔がやってくるようだった。ライオットもふかふかの枕を大層お気に召したようで、びょんびょんと跳びはねて遊んでいる。そんな白い生き物を後目に、ジュードは隣の寝台に乗り上げるウィルを見遣った。


「ウィル、それどうするんだ?」
「明日、マナに風とか氷魔法を込めてもらうんだよ。グランヴェルの敵は風や氷に弱いのが多いみたいだからな」


 ここまでの道中で遭遇した魔物は、いずれもトカゲやヤモリなどの爬虫類タイプが多かった。地の国に生息していることから風属性に弱いのはもちろんのこと、爬虫類は寒さにも弱い。この国で魔法武具を簡単に用意するなら、風や氷の魔力を秘めたものだろう。

 カバンから予備の水晶を取り出すウィルを見て、ジュードは納得したような声を洩らすとそのまま身を起こした。ジュードが扱う短剣も、シヴァが魔力を込めた影響で強力な氷属性武器となっている。


「……?」


 サイドテーブルに置いた短剣を何とはなしに手に取り、未だ淡い光を湛える鉱石を指でそっと撫でていた最中――ふと、地を這うような低い声が聞こえたような気がした。思わず窓の方を見遣るものの、特に何も見えない。ただただ夜の闇の中に街の明かりが灯っているのが見えるだけだ。ジュードが暫しそうしていると、枕と戯れていたライオットがバウンドしていつものようにその肩にびょいんと乗った。


「うに? マスター、どうかしたに?」
「いや……今、なんか聞こえなかった?」
「そうか? 俺には特に何も……」


 寝台を降りて窓の方に寄ってみるものの、外にも異常はなさそうだった。これからが本番とでも言うかのように、酔っ払いらしき男女数人が楽しそうに笑い声を上げながら酒場の方に消えていくだけ。至って平和な光景が広がっている。ちびが呼んでいるのかとも思ったが、ちびとは到底似ても似つかないような野太く不気味な声だった。


「……気のせい、だったみたいだ。ずっと馬車での移動だから疲れてるのかな」
「きっとそうだに、今夜はゆっくり休むによ。ウィルも作業は明日にして今日は早めに寝るに」
「そうだな、王都グルゼフに着くまで明日からまた野宿だし……モチ男もたまにはまともなこと言うじゃん」
「ラ、ライオットはいつもまともなこと言ってるに!!」


 そんなやり取りを交わすウィルとライオットの声を聞きながらジュードはもう一度外に目を向けたが、やはりおかしなものは何もない。ここまでの長旅で疲れているのだと、それ以上は考えることをやめて寝台に戻った。

 ――この二日半、例のでジェントに会えなかった。つまり、あの時の一件以来会っていないのである。以前筆談で言われたように、二日間きっちりとお休み期間を設けてくる辺りが何とも憎たらしい。完全に手の上で転がされている、遊ばれている。

 今夜こそ会えるだろう。逸る気持ちを抑えながら、ジュードはライオットに言われたように早めに床に就くことにした。

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