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第六章・風の神器ゲイボルグ

不気味な屋敷

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 ジュードたちが行き着いた屋敷は、夕闇に包まれる時間帯も手伝って非常に不気味な雰囲気を醸し出していた。屋敷の中は明かりひとつ灯ることなく、哀愁さえ漂う。

 木造のその屋敷は築何十年か、随分と古い。多少でも火が出ればあっという間に全焼してしまいそうだ。いくつもある部屋のカーテンは全てが閉ざされていて、窓から中の様子はまったく窺えない。人がいるかどうかだけでも確認したいところだ。

 試しに出入り口らしき扉を押してみると、その戸は予想に反してあっさりと開いた。どうやら施錠はされていないようだ。開いた先も案の定明かりはなく、延々と暗闇が続いている。まるで迷える子羊を歓迎するかのように、ぽっかりと口を開けて。


「ねぇ、本当にこの屋敷に入るの……?」
「だって、この近くには村も街もないんだろ。なら、ここで休ませてもらった方がいいんじゃないかな。シルヴァさんだってずっと手綱を握ってて疲れてるだろうし……ほら、なんか旅館っぽいのぼりもあるしさ。ルルーナが言ってた旅館って多分ここだろ」
「見るからに古びてるじゃない、もうやってないんじゃないかしら……」


 嫌そうに声をかけてくるマナを振り返ると、ジュードは出入り口近くの古びたのぼりを示しながら返答を向ける。そんな彼にルルーナが即座に言葉を返した。どうやらマナとルルーナは余程この屋敷に入るのが嫌らしい。


「じゃあ、オレがちょっと行って見てくるよ」
「ジュ、ジュード、こわくないの!?」
「ちびが落ち着いてるし、大丈夫だよ。みんなはちょっと待ってて」
「では、私も同行します」


 ジュードのその思わぬ言葉に、声を上げたのは今度はカミラだ。夕闇の中でもわかるほどに青ざめながら信じられないとでも言わんばかりの顔で彼を凝視した。

 見れば、ちびはジュードの隣で優雅に尾を揺らしている。先日の死霊文字騒動の際にも、ちびは危険を察知して庭から飛び出してきたくらいだ。野生の勘ももちろんなのだが、危険感知能力はジュードたち人間よりもずっと優れている。そのちびが警戒することなく落ち着いているということは、魔族級の危険は潜んでいないのだろう。

 リンファは屋敷の中に入っていくジュードとちびの後に続くと、後ろから彼の肩に目を向ける。そこには、相変わらずもっちりとした白い身のライオットがいる。目が闇に慣れるまで、このライオットを目印にしていけばはぐれることはなさそうだ。


「リンファさん、足元気をつけてね」
「はい、問題ありません」


 互いに挨拶でもするかのように、ひどく落ち着いた様子で言葉を交わし、真っ暗な屋敷の中にさっさと入っていく。マナたちはそんなジュードとリンファを呆然と見送っていた。


 * * *


 屋敷の中は思っていた以上に古く、一歩踏み締めるたびにギシ……と何とも不安を煽るような音が鳴る。廊下の両脇にいくつか部屋はあるようだが、どこもしっかりと施錠されていた。


「……暗くてよくわかりませんが、清掃は行き届いているようですね。埃っぽさを感じません」
「そう言われてみれば……ってことは、誰かが手入れしてるんだと思うんだけどなぁ」


 リンファの言うように、屋敷全体はしっかりと手入れされているようだった。床板こそ古びて軋むものの、転ばないようにと壁に手を添えても埃に触れることもない。顔にいきなりクモの巣がかかる――なんてこともなかった。軽く深呼吸してみても埃っぽさはまったく感じない。

 更に奥に進んでいくと、両開きの扉が見えてきた。慎重に扉に歩み寄ったところで、ジュードとリンファの鼓膜をひとつの声が揺らす。

 微かに聞こえてくるその声は――女のすすり泣くような声だった。


「……マナとルルーナを置いてきて正解だったかな」
「はい、そのようですね」


 真っ暗な屋敷の中、どこかから聞こえてくる女のすすり泣く声。きっと全員で屋敷の中に入っていたら、今頃あの二人を中心に大騒ぎしていたに違いない。ウィルとシルヴァはそんなことはないだろうが。

 しかし、かく言うジュードにしてみても不気味なものだ。
 先頭を歩いていたちびは相変わらず落ち着いている、決して善からぬものではないのだろうが、何が潜んでいるかはさっぱりわからなくなってしまった。人間か、それとも霊的なものか。


「人の気配がするに」
「え、この先?」
「うに、微かに感じるによ。何人か集まってるみたいだに」


 すると、依然としてジュードの肩に乗ったままのライオットが扉を指しながらそんなことを言い出した。人の気配ということは――霊ではなく、やはり人間がいるのだ。

 ジュードとリンファは一度互いに顔を見合わせると、言葉もなくしっかりと頷く。そうして、意を決してドアノブを掴み押し開けてみた。


「――来やがったな、この人さらいめ!!」
「……え?」


 その矢先、扉が開くのを待っていましたと言わんばかりに、部屋の奥からそんな怒声が聞こえてきた。それと共にちびが「ガウッ!」と吠えて、ジュードの目の前に跳び上がる。


「ちび! ……弓矢?」
「な、何事だに!?」
「グルルル……」


 難なく着地を果たしたちびの口には、矢がくわえられていた。恐らく、ジュード目掛けて部屋の奥から射られたものだろう。ジュードに直撃するのを見越してちびが防いでくれたのだ。それを見たリンファは慌てて声をかけた。


「ジュード様、お怪我は!?」
「だ、大丈夫だけど……」


 弓矢による攻撃が防がれたのを見てか、部屋の奥からはぞろぞろと数人の男たちが飛び出してくる。体格のいい、いかにも戦闘慣れしていそうな屈強な男たちのように見えた。その手にはいずれも棍棒やハンマーなど鈍器系の武器が握られていて、完全に臨戦態勢だ。

 その顔には強い警戒が見て取れる。単純な空き巣や賊とはどうにも違うようだった。

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