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第五章・火の神器レーヴァテイン
カミラの過去
しおりを挟む先ほどカミラが座り込んでいたベンチに腰掛けて、ジュードはカミラが何か話し始めるのを待った。人一人分ほどの距離を空けて座っているが、沈黙がひどく重苦しい。ライオットはジュードの肩の上に座り込んだまま、時折両者を困ったように見つめていた。
辺りはすっかり真っ暗で、遊び場の出入り口にほんのりと灯る明かりくらいしか頼れるものがない。それがまた、何とも侘しい雰囲気を作り出している。
どれだけそうしていたか、いよいよ腹の虫が鳴りそうになったところで、カミラがぽそりと小さく口を開いた。
「……わたし、うんと小さい頃に好きになった王子さまがいるの」
「……え?」
その突然の話に、ジュードはつい間の抜けた声を洩らしてしまいながら、隣に座るカミラを見遣る。何を深く考え込んでいるのかと思ったが、どうやら昔のことを思い返していたらしい。けれど、ジュードには彼女の話の腰を折る気はなかった。余計な口を挟むことなく、その続きを待つ。
「その人は、ヴェリアの王子さまだった。大昔の伝説の通り、姫巫女はいずれヴェリア王家に嫁ぐ決まりになっていたから、わたしもいつかは王家の一員になるはずだったの」
「それって、ヘルメス王子のこと?」
「ヘルメスさまは第一王子さま、わたしが好きになったのは第二王子さまの方。王位継承権はヘルメスさまがお持ちだけど、国王さまも王妃さまもヘルメスさまとの婚約にはこだわらなかった。お互いが同い年で気が合うのならって、わたしを第二王子さまの婚約者として認めてくださったのよ」
確か、ヴェリア王家には三人の子供がいたはずだ。王子が二人と、王女が一人。カミラはその片方の王子と婚約していたということだろう。ジュードは頭の中で情報を整理していきながら、次の言葉を待った。
いつだったか――あれは確か、水の国まで鉱石を採りに行く道中。タラサの街でカミラと過ごした直後のことだ。その時に彼女は、七歳くらいの頃に好きになった人がいたと言っていた。その人が魔族に喰い殺された、とも。恐らく、その第二王子がそうなのだろう。
「姫巫女は、もうずっと生まれなかった存在なの。巫女が生まれないということは、きっと平和が続くんだってみんな信じてたらしくて……そんな中にわたしが生まれたものだから、当時は大騒ぎになったそうよ」
「……」
「ヴェリア王家が滅んだのも、魔族が現れたのも、全部お前が生まれたせいだってみんなから言われたわ。お前は災いを生む忌み子だって。あの人を死なせたのも、全部……わたしが生まれたせい」
その話は、先ほどライオットから聞いたばかりだ。カミラ自身も、それに彼女の故郷の者たちもきっと誤解したままなのだろう。姫巫女が生まれたからではなく、結界が弱まったことに危機感を募らせた命の大精霊が、姫巫女を改めてこの世に誕生させたのだ。もしもの際にこの世界を守るために。
「……それは違うよ、ライオットがさっき教えてくれたんだ。命の大精霊が――フレイヤさんが、ヴェリア大陸の結界の弱まりに気付いて、それでもしもの時のために……」
「そんなの、わたしにとっては慰めにもならないわ。自分が生まれた理由なんか知っても、何ひとつ変わらないもの。……あの人はもういない、国も崩壊してしまった」
そうキッパリと言われてしまうと、ジュードは二の句が継げなくなってしまう。確かに、自分が生まれた理由はそうだから元気を出せ、というふうに言われてもそれはなかなか難しいものなのかもしれない。
だが、カミラはそこでふと長いため息を吐く。腹の中にため込んでいたものを吐き出して少しは気持ちも楽になったのだろう。不本意ながらも、その正体が知られたことで肩の荷が下りたような、そんな様子だった。
「……でも、ルルーナさんの言う通りね。わたし、ジュードたちにもそう思われてしまうんじゃないかって、嫌われてしまうんじゃないかって怖かった。だから話せなかったの、だからさっき逃げてしまったの」
「誰もそんなふうに思ったりしないよ」
「……うん」
ジュードたちのような大陸の外に住まう者たちにとって、姫巫女もまた、勇者と同じく伝説上の存在だ。実在したものだと言われてもほとんど実感だって湧かない。中には巫女が生まれたせいだと言う者もいるかもしれないが、少なくともジュードたちにはそんな気は一切ない。女王だって同じだろう。忌み嫌うどころか、協力を喜んでくれるはずだ。
カミラは何かを考え込むように再び黙り込んでしまったが、やがて座っていたベンチから立ち上がった。
「……ごめんね。わたし、もう逃げないわ。みんなに知られて困るような秘密も、もう何もないし」
「そっか、……疲れた時はたまに逃げたっていいと思うけどね」
「その時は、気晴らしに付き合ってくれる?」
「うん、いいよ」
その言葉通り、随分と吹っ切れたようだった。まだ多少なりともぎこちなさは残るものの、今のカミラの顔はスッキリとしている。
いつか、彼女の心の傷が癒える日が来てくれたらいい。心の傷が癒えて、また誰かを純粋に愛せる日が来てくれたら。カミラが巫女だろうと、それを気にすることなくありのままを見てくれる人だって、きっといるはずなのだから。
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