上 下
116 / 230
第五章・火の神器レーヴァテイン

神杖レーヴァテイン

しおりを挟む

『――もし、今の時代にアレが出てきたらどうなっちまうんだ?』
『想像もしたくないことだが、既にマスター様たちの元にあの方がいらっしゃる。死霊文字とて浄化できるはずだ』
『なるほど、それはよかった。神器も聖剣も顕現してない今、アレを俺たちがどうにかするには骨が折れるからな』
『ですから、サラマンダー。マスター様たちのことは頼みましたよ。わたくしたちがこの神殿を離れられない今、この場で自由に動けるのはあなただけなのですから』


 穏やかに微笑む命の大精霊フレイヤの言葉に、サラマンダーはしっかりと頷き返した。
 四千年前に起きた魔族と人との全面戦争――魔大戦を知る精霊たちにとって、死霊文字とそれがもたらす災厄は決して忘れることのできない記憶である。

 生き物の血肉を贄として力を増幅させる死霊文字は、贄となった者の怨念を原動力に未来永劫動き続ける。それこそ、破壊されるその時まで。ドス黒い靄を噴出させ、辺りに魔族を生み出しながら。それはまさに、世界を破滅へと導くおぞましきものだった。

 死霊文字を刻んだ様々な道具はかつて世界を覆い尽くさんばかりに増え続けたものだが、聖剣や神器、そして姫巫女ひめみこの力によって全て浄化、破壊され、脅威を祓うことができた。

 フラムベルクとフレイヤは言っていた、あの方が――がいらっしゃるから大丈夫だと。



 地面に刀を突き立てて身を支えながら、サラマンダーはデーモンと交戦するジュードを見据える。加勢しようにも全身が重すぎてまったく自由にならない。こうしている間にも宙に浮遊する剣は次の繭を生み出し、更に周囲にはまたグレムリンの群れが現れた。

 ライオットと交信アクセスしている今のジュードならグレムリンなど怖くはないだろうが、他の面々は違う。中には非戦闘員もいるのだ、どうにかして彼らを守らなければ。サラマンダーは再びカミラの方へと目を向けた。


「おい、目の前の状況がわからねえのか! あの剣をぶっ壊さない限り無限に……!」
「だめッ、……無理よ、わたしには……」
「――っ! お前、巫女だろうが! こんな時にんなこと言っててどうするんだ!」


 サラマンダーのその怒号は、当然その場に居合わせる全員の耳に届いた。
 闇の領域ダークネスフィールドに拘束される者たちの目が、仲間たちの視線が一斉に自分に集まる様子にカミラはびくりと肩を跳ねさせる。「巫女」と言われて、わからないはずがない。彼女の傍にいたメンフィスは、こちらも大剣を支えに辛うじて身を起こしながらカミラを見遣った。


「巫女……!? まさか……」
「カミラ様が、姫巫女……!?」


 その声にカミラは改めて数歩後退すると、そのまま踵を返して来た道を駆けて行ってしまった。その生まれ故にか、彼女も闇の領域ダークネスフィールドの影響は受けていないようだ。けれど、サラマンダーはその様子に舌を打つと忌々しそうに浮遊する剣を睨み据える。


「カ、カミラさんが、姫巫女って……! ライオット、本当なのか!?」
『サラマンダーのやつ、最悪のタイミングでバラしたにね……そうだに、だけど今は考えるのはあとだに!』


 カミラが走り去った方に思わず視線を投げたジュードだったが、頭上から振り下ろされる拳を見れば頭で考えるよりも先に身体が動く。強く地面を蹴って後方に跳ぶと、素早く周囲に目を向けた。

 動ける者は誰もいない、グレムリンたちは今まさに仲間たちに襲いかかろうと飛び出した。しかし、ジュードがぐ、と剣を固く握り込むと再び彼の身からは白の輝きが広がる。それはグレムリンの身を的確に打ち、灰色の身に重い火傷のような痕を刻んだ。グレムリンたちの口からは苦しげなうめき声が洩れ、地面の上をのたうち回る。

 だが、いくら光の力と言えどグレーターデーモンにはそこまでの効果はないようで、火に油を注ぐだけだった。


「小賢しい真似を! 忌々しいその光もろとも消してくれるわ!」
「くそッ、こんなのいくらなんでも……!」


 ただでさえ初めて戦うような魔族が相手なのに、次々にあふれてくるグレムリンから仲間を守りながらでは思うように戦えたものではなかった。

 マナはウィルやルルーナと共に地面に座り込んでしまいながらも、その目はずっとデーモンを追い続ける。目の前でジュードが恐ろしい魔族と戦っているのに、何もできないというのが歯痒くてどうしようもなかった。何かしたい、役に立てなくてもいいから、せめて敵の注意を惹くだけでもできれば――そうは思うものの、彼女の想いに反して身体はまったく動いてくれない。


「ぐわははは! 無駄だ無駄だ! 人間のガキが、我々魔族に敵うと思うなぁッ!!」
「――くッ!」
「トドメだぁ!!」


 デーモンの殴りつける一撃を剣で防いだジュードだったが、そのあまりの威力に腕の骨が悲鳴を上げるようだった。砕けてしまったのではと思うほどの激痛が走り、顔が勝手に歪む。軽くバランスを崩した隙を見逃さず、デーモンは逆手の五指を開き、その手を突き出してきた。腹を抉ってやろうというのだ。

 しかし、その攻撃が身に触れる直前――不意にジュードの胸の辺りで何かが力強い光を放ち、辺りを照らした。それはまるで意思を持っているかのように衣服の中から飛び出し、デーモンの周囲をグルグルと旋回した後、歯噛みするマナたちの元へと勢いよく飛翔する。


「な、なんだアレは!? おのれ、ふざけおって!!」
「あれは……神器!?」


 すぐ傍まで飛んできたそれは、真っ赤な力強い輝きを放っていた。目の前で煌々と輝くそれに誘われるようにマナが片手を差し伸べると、その輝きは瞬く間に細長い何かへと変貌していく。程なくして、それは先端部分に鳥の飾りがついた大層美しい杖の姿になった。それと共にマナの身を拘束していた黒い靄が弾け飛ぶように飛散していく。


「な、なに、これ……」
「それが……火の神器、神杖レーヴァテインだ! 何でもいい、使え!」
「じ、神器!? だってこれ……あ、あたしでいいの!?」


 サラマンダーの声に、マナは彼と杖とを何度も交互に見遣る。

 神器は、自ら使い手を選ぶ――そう聞いたのはつい最近のことだ、忘れるはずがない。その使い手が自分でいいのかとマナはパニックを起こしかけたが、忌まわしい輝きを消そうというのか、こちらに猛然と駆けてくるグレーターデーモンを見れば早々に思考が切り替わる。

 傍にはウィルとルルーナがいる、彼らは未だ動けないのだ。それなら、自分がどうにかするしかない。


「もう! どうなっても知らないわよ!」


 マナが杖を固く握り締めると、先端の鳥の装飾が――鳳凰が更に力強く光り輝く。その輝きは再び飛翔しデーモンの身を取り囲むように展開すると、四方八方から巨大な炎の弾丸を叩き放った。


「な、なんだとぉ!? こ、こんなもの――!」


 神器は、伝承に残る聖剣と同じく魔族に対抗するために神が造り出したもの。当然、その武器には魔族が毛嫌いする光の魔力が込められている。次々に休みなく叩きつける紅蓮の炎は光の力でデーモンの身に確かな傷を与え、業火でその身を内部から焼き尽くす。

 時間にしてわずか数十秒――業火による容赦のない攻撃は、身の丈三メートル前後はあったはずのグレーターデーモンの身を跡形もなく焼き尽くしてしまった。

 まるで、最初から何もいなかったかのように。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~

霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。  ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。  これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である

「魔王のいない世界には勇者は必要ない」と王家に追い出されたので自由に旅をしながら可愛い嫁を探すことにしました

夢幻の翼
ファンタジー
「魔王軍も壊滅したし、もう勇者いらないよね」  命をかけて戦った俺(勇者)に対して魔王討伐の報酬を出し渋る横暴な扱いをする国王。  本当ならばその場で暴れてやりたかったが今後の事を考えて必死に自制心を保ちながら会見を終えた。  元勇者として通常では信じられないほどの能力を習得していた僕は腐った国王を持つ国に見切りをつけて他国へ亡命することを決意する。  その際に思いついた嫌がらせを国王にした俺はスッキリした気持ちで隣町まで駆け抜けた。  しかし、気持ちの整理はついたが懐の寒かった俺は冒険者として生計をたてるために冒険者ギルドを訪れたがもともと勇者として経験値を爆あげしていた僕は無事にランクを認められ、それを期に国外へと向かう訳あり商人の護衛として旅にでることになった。 といった序盤ストーリーとなっております。 追放あり、プチだけどざまぁあり、バトルにほのぼの、感動と恋愛までを詰め込んだ物語となる予定です。 5月30日までは毎日2回更新を予定しています。 それ以降はストック尽きるまで毎日1回更新となります。

パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~

一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。 彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。 全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。 「──イオを勧誘しにきたんだ」 ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。 ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。 そして心機一転。 「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」 今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。 これは、そんな英雄譚。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~

名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

戦争から帰ってきたら、俺の婚約者が別の奴と結婚するってよ。

隣のカキ
ファンタジー
国家存亡の危機を救った英雄レイベルト。彼は幼馴染のエイミーと婚約していた。 婚約者を想い、幾つもの死線をくぐり抜けた英雄は戦後、結婚の約束を果たす為に生まれ故郷の街へと戻る。 しかし、戦争で負った傷も癒え切らぬままに故郷へと戻った彼は、信じられない光景を目の当たりにするのだった……

処理中です...