上 下
91 / 230
第四章・精霊

交信《アクセス》

しおりを挟む

 イヴリースの両腕から飛翔した炎の鞭はジュードとウィルに真正面から激突――した、はずだった。しかし、直後に彼女の目は大きく見開かれる。

 左右に分かれ両サイドから攻撃しようと迫っていたジュードとウィル、彼らふたりを庇うように見慣れない男が佇んでいたからだ。つい今し方までは確認できなかった姿、いったいどこから現れたのかと疑問が湧くのは当然のこと。

 青みがかった白銀の髪に、長い前髪から覗くアイスブルーの瞳、闇に溶けてしまいそうな黒い外套。状況には不似合いなほどに涼やかな顔をした一人の男。イヴリースには見覚えがないが、それはメンフィスに至っても同じだったようで、不意に己の背後に現れた男に鍔迫り合いをいなすと真横に跳び退る。

 だが、目を白黒させるウィルたちの傍ら、ジュードだけはその姿に思わず声を上げた。


「シ、シヴァさん!? なんでこんなところに!?」
「ジュ、ジュード、知り合い?」
「あ、ああ、雪山でみんなとはぐれた時に助けてくれた人なんだ」


 それは、あの奇妙な旅人の片割れ――シヴァだった。また会えたらいいとは思っていたが、なぜこんな場所に。ジュードの頭にはそんな疑問が湧く。けれど、シヴァは特に構うことなく相対するイヴリースを睨み据えると、身構えながらも戦慄く様子を眺めた。


「力量差がわかるのなら失せろ、大人しく引き下がるのなら今は追わん」
「この私を侮辱するか、貴様!」


 激昂する女は、そのままメンフィスには目もくれず今度はシヴァに向かって飛びかかった。だが、当のシヴァは面倒くさそうにため息を洩らすと、突進してくる彼女を微動にせずに見据える。

 ――刹那、彼のアイスブルーの双眸が淡く光り輝いたかと思いきや無数の氷柱が宙に生成され、真正面からイヴリースの身を貫いた。弾丸の如き勢いで放たれた氷柱は全身を容赦なく穿ち、その口からは鮮血が吐き出される。


「があああぁッ!」
「す、すげぇ……!」


 指先ひとつ動かすことなく突進を止めたシヴァの様子にウィルは思わず呟き、マナとルルーナはその光景を食い入るように見つめる。先ほどまで恐ろしいと感じていた魔族が、シヴァの前ではまるで赤子のようだ。さしものメンフィスも瞠目していた。

 しかし、当のシヴァは一喜一憂することもなく肩越しに彼らを振り返る。


「お前たち、女王や民の救助に向かえ。元よりそのつもりだったのだろう」
「えっ……で、でも、お兄さんは?」
「俺はこの場に残る、どうやらまだ懲りていないようだからな」


 イヴリースは、確かにまだ諦めてなどいないようだった。つい先ほどまで余裕に満ちていた相貌には、今や憎悪がありありと滲んでいる。
 メンフィスはシヴァの申し出に頷くと、ウィルやリンファに目を向ける。すると、どちらも考えるような間もなくしっかりと頷き返した。


「かたじけない、後ほど必ず礼を」
「急ぎましょう、まだ都のあちらこちらに魔族がいるようです」


 ジュードも当然ながらその後に続こうとはしたのだが、それはシヴァに片腕を掴まれたことで止められた。


「待て小僧、お前はここだ」
「えっ」
「この女の狙いはあくまでもお前だ、こいつをこの場に留めておくにはお前がこの女を倒す以外にない」


 さらりと告げられた言葉に、ウィルやマナの表情は思わず強張った。
 事情こそ定かではなくとも、魔族はジュードを狙っている。そんな中で、このシヴァという男が自分たちを助けてくれたのは理解できるのだが、かといって確実に味方だとは限らないのだ。そんな彼に果たしてジュードを任せていいものか。

 しかし、こうしている間にもあちらこちらから火の手が上がり、絶えず悲鳴が聞こえてくる。ジュードは仲間たちに目を向けるとゆるりと頭を横に振った。


「大丈夫だよ、シヴァさんはオレを助けてくれた人だから。ウィルたちは女王さまと街の人を頼む」
「……ああ、わかった」


 確かにシヴァの正体は不明だが、ジュードにはどうしてもこの不愛想な男が敵だとは思えなかった。もしジュードをどうこうしようと思っているのなら、雪山で拾った時にそうしていただろう。

 ジュードはシヴァの隣に並び立つと、自分よりも頭ひとつ分は高い彼を見上げた。ちびだけはやはり相棒であるジュードの傍を離れず、その斜め後ろでイヴリースを睨みつけている。


「……オ、オレで勝てるかな」
「そのために俺がいるんだ、心配は要らん。お前にひとつ戦い方を教えよう」
「戦い方?」
「余計なことは考えず、意識を保つことに集中しろ。その後はどうとでもなる」


 シヴァの言うことは、ジュードにはひとつたりとも理解できなかった。しかし、イヴリースには待つつもりなどないらしく、シヴァを睨み据えながらも退くことはなく飛び出してきた。両腕には再び炎の渦が巻き付き、その手を振りかぶる。

 しかし、シヴァは静かに目を伏せると――次の瞬間、空気に溶けるようにして一瞬で姿を消してしまった。振られた拳は虚空を切り、空振りに終わる。突然消えたシヴァに驚いたのは彼女だけではなく、その傍にいたジュードも同じだ。ジュードは咄嗟に後方に飛び退くことで距離を取り、辺りを見回した。


「おのれ、どこへ消えた!? まさか逃げたのか!?」


 それは女も同じだったようで、怒声を張り上げながら周囲を見回していた。正直、ジュードにも彼がどこへ消えたのかさっぱりわからない。

 だが、その時だった。不意にぐらりと強い眩暈を覚えたかと思いきや、全身の血が逆流するかのような不快感を覚えてジュードは思わずその場に屈み込んだ。全身からどっと汗が噴き出し、腹の中を掻き回されるようだった。

 ちびはそんな彼の傍らに寄り添い、心配そうにきゅーんとか細く鳴く。ジュードは己の額の辺りに片手を添えて、言葉にならないほどの不快感をやり過ごそうと試みるが一向に改善しない。


「(なんだ、これ……なんでいきなり、こんな……!)」
『意識を保つことに集中しろと言っただろう、頭で理解しようとするな』
「(シヴァさん!? いったいどこに……それに、意識を保つってどういう……)」
交信アクセスしろと言っている。俺はここにいる――お前の中に』


 頭の中にシヴァの声が響いた次の瞬間、ジュードの身を中心に王都ガルディオン全体に猛吹雪が巻き起こった。その吹雪はあちらこちらで上がる火の手を瞬く間に鎮火させ、好き勝手暴れ回っていたグレムリンたちの身を八つ裂きにしていく。特に近くにいたイヴリースは身体が凍りついてしまいそうなほどの強烈な冷気を受けて、慌ててジュードと距離を取った。

 だが、ジュードの一番近くにいたちびには青白い結界のようなものが張られていて、特に影響は受けていないようだ。

 ジュードは突然の猛吹雪と、異様に身体が軽いような感覚に唖然としながら辺りの様子を軽く見回した。


「な、何が起きたんだ……? なんで、この火の国で雪なんか……」
『それが交信アクセスだ、詳しく話しているだけの時間はない。今はまずあの魔族の女を片付けるぞ』


 正直、交信アクセスがどうのこうのと言われても、ジュードには何ひとつ理解できない。だが、魔族を片付けるのには賛成だ。

 先ほどまでの形容し難い不快感はとうになく、ジュードは異様に軽くなった身をやや持て余しながら身構える。普段は穏やかな翡翠色をしている彼の眸は、透き通るようなアイスブルーへと変わっていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~

霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。  ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。  これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

処理中です...