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第三章・影の協力者

ボニート鉱山

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 行き着いた鉱山の中は、国王の言葉通り魔物が群れていた。
 氷を纏う青いアリや、深い青色のスライム、灰色の毛に覆われたクマ。そしてスケルトン。魔物の数が圧倒的に多い。種類も鉱山の外では見かけないものばかりだ。

 内部は薄暗く、通路も道が狭くなっている箇所が多々あった。馬車は中に入れない。そのため、ジュードとオリヴィアも馬車を降りて同行していた。

 武器防具屋の店主が言っていたように、今は採掘作業も行われていないようだ。明かりが灯っておらず、内部は薄暗い。鉱石を運ぶための簡素なトロッコも、最近使われたような形跡がなかった。


「どの辺りまで行けば手に入るかな……」
「サファイアやアクアマリンでしたら最深部が一番よいそうですわ、質のいいものが採掘できると聞いたことがありますの」
「最深部か……わかった、少しでも質のいいものを持って帰らないとな」
「そうね、その方がメンフィスさんも喜ぶわ」


 ウィルが近くに落ちていた木の枝を拾いながら呟くと、意図を察したように傍らに寄ってきたマナが相槌を打つ。そして木の枝に片手をかざし、先端部分に火を灯した。簡素なたいまつの完成である。灯された火が辺りをぼんやりと照らす。先ほどよりは随分と視覚的に楽になったように感じた。

 ――だが、安堵したのも束の間。
 不意に、ウィルとリンファが愛用の得物を構えた。


「……やれやれ、そう簡単には奥まで行かせてくれないよな」


 氷を纏うアリ――ラウトフォルミという魔物が六体ほど、通路の奥から現れたのである。むしろアリと呼んでいいかどうかも怪しい、中型犬ほどのサイズだ。鋭い爪を持ち、素早い動きでこちらを撹乱してくるのが特徴。

 また、アリの習性から集団で行動するのも特徴のひとつだ。集団で素早く動き回られると本気で撹乱されてしまう。どのアリが何を仕掛けてくるかまったくわからない。ウィルは手に持つたいまつをジュードに押しつけた。


「また大勢で来たモンだ……ジュード、お姫さんと一緒に退がってろ!」
「あ、ああ。わかってる、気をつけろよ」
「マナ、火魔法――って、言わなくてもわかるか」
「任せといて、特大のを見舞ってやるわ!」


 敵が氷属性を持っているのであれば、火魔法が得意なマナの独擅場である。氷属性は火に強いが弱くもある。互いに相殺し合う属性なのだ。

 そのため、どちらが高い魔力と魔法に対する抵抗力を持っているかが鍵となる。マナの魔力は非常に高い、一般の魔物の魔法抵抗力では間違っても彼女の魔力を上回ることは不可能だろう。つまり、弱点を突ける彼女ならば大打撃を与えられるのだ。

 ウィルは後方支援をマナに任せると、リンファと共に魔物へ向かって駆け出す。素早い動きで迫った彼女に対し、慌てたように爪による攻撃を繰り出す一匹のアリを見据え、リンファは高く跳躍した。

 空中で一回転したかと思えば上空で体勢を整え、両足を揃えて頭上から降り注いだ。落下の勢いをプラスしたそれは見事にラウトフォルミの小さな頭を直撃し、骨もろとも頭部を粉砕する。

 やはり容赦も何もない戦い方にウィルは一度こそ眉を顰めはするものの、早々に意識を切り替えた。猛然と駆けてくるアリを見据えて、こちらも地を蹴って駆け出す。

 カミラは歯がゆい想いを抱えながら、そんな仲間たちの様子を見守る。オリヴィアとリンファがいる以上、彼女は迂闊に攻撃魔法を使えないのだ。


「……っ」


 ジュードは、仲間が戦う光景を見つめて痛ましそうに表情を歪ませた。魔物が上げる苦しそうな声は、彼にはやはり言葉となって伝わる。それが心を締めつけるのだ。
 倒さねばならないとは理解している。だが、こうして苦しむ姿を見ると、ジュードは不思議なほどに胸が痛むのを感じていた。

 その最中に、マナが詠唱していた火魔法――フラムディニが放たれる。
 吸血鬼アロガンにも使ったあの攻撃魔法だ。吸血鬼を倒すことはできなかったが、氷属性を持つ一般の魔物に対してはまったく別である。炎の渦に巻き込まれた魔物たちは、紅蓮の炎に身を焼かれて苦しそうな鳴き声を上げた。

 ――槍や剣で身を貫かれるのは、どれほどの痛みだろう。
 生きたまま焼かれるのは、どれだけの苦痛を伴うだろう。

 とてもではないが、その光景を見ていられなかった。苦しみ喘ぐ魔物の声さえも聞きたくなくて、目を伏せて片手で耳を押さえる。頭を抱えるように。自分は甘いのだと、そう思いながらも顔を上げることができなかった。


「ジュード様? どうしましたの?」
「いや、何でも――……!」


 どうしてみんなは平気なんだろう。
 そんなことを思いながら意識と視線をオリヴィアに向けるが、彼女の頭越しに見えた姿に思わず閉口する。ラウトフォルミが挟撃する形で、背後からも迫っていたのだ。

 幸い、こちらは複数ではない。ほんの二匹程度。だが、今のジュードの右手は肩の傷のせいで使えない。二匹と言えど脅威だ。


「――ジュード! オリヴィアさん!」


 彼らに迫る二匹のアリ、それに真っ先に気付いたのはカミラだった。
 慌てたように駆けてくるが、ただでさえこのラウトフォルミは動きが速い。間に合いそうもなかった。オリヴィアはそこでようやく後方から迫る魔物に気付き、悲鳴を上げてジュードに飛びつく。

 普段ならば難なく受け止めることもできるが、如何せん今のジュードは右肩を負傷している上に片手にたいまつを持っている。突然飛びつかれてバランスを崩し、転倒してしまった。

 まずい、と。ジュードは咄嗟に思った。そんな隙を魔物が見逃すはずもない。一匹のアリがこれを好機とばかりに素早く距離を詰め、飛びかかってきた。


「きゃあああっ! いやあぁ!」


 なんとか彼女だけでも守らないと――ジュードはそう思いながら目を細めて敵の出方を窺う。
 けれど、ラウトフォルミが繰り出す爪による攻撃がジュードとオリヴィアに届く前に、真横から飛翔してきた短刀が的確に急所たる頭部と首の付け根に突き刺さった。

 何事かと短刀が飛んできた方を見てみれば、リンファだ。彼女がラウトフォルミに短刀を投げつけたのである。
 その寸分の狂いもない的確な攻撃に、残ったもう一匹は恐れおののいたように身を震わせるなり、我先にと逃げて行った。


「……ふう、わざわざ追いかけて倒すまでもないか」
「そうですね、……オリヴィア様、お怪我はございませんか?」


 目的はあくまでも鉱石を手に入れること。逃げる敵を追いかけて無駄な力を浪費することは、できる限り避けたい。ウィルの言葉にリンファは小さく頷き、すぐにオリヴィアへと向き直る。護衛である彼女は常にオリヴィアの安全確保、確認が最優先だ。

 しかし当のオリヴィアは、べったりとジュードに抱き着いたまま。


「あ~ん、怖かったですわぁ、ジュード様ぁ」
「オリヴィア、何やってんのよ! アンタがベタベタするから危なかったんじゃない!」
「いやですわルルーナさんたら、狂暴だこと」


 詠唱するマナのフォローをするために彼女の傍らに控えていたルルーナは、そんなオリヴィアを見て表情を顰める。実際その言葉は間違いではない。だが、当のオリヴィアがその言葉に耳を貸すことはなかった。

 まさか戦闘のたびにこんなことを続けるのかと、ウィルは内心でうんざりしながら小さくため息を吐き出した。
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