43 / 230
第二章・水の国の吸血鬼騒動
訪れた静寂
しおりを挟む嬲られた傷は今もジュードの身に刻まれたまま、血が止まったわけでもなく、肩を突き刺された傷口からはぶわりと血があふれて衣服に滲んでいく。しかし、当のジュードはそれをものともしていない。苦しむような様子も見受けられなかった。
ただただ、煌々と輝く黄金色の双眸でアロガンを睨み下ろす。
「ジュード……どうしちゃったの……?」
当然、昔から共に育ってきたマナやウィルがその変化に気付かないはずがない。
マナは恐る恐る呟くが、ジュードが何か言うよりも先に男が跳ねるように起き上がり、再び彼に襲いかかる。腕を叩きつけるように振り回すが、その攻撃がジュードを捉えることはなかった。一瞬のうちに、男の目の前からその姿が消えたのだ。
「こっちだよ」
男は不意に、ワープでもしたかの如く視界からいなくなったジュードを探して、右や左へと忙しなく目を向ける。だが、既にジュードはその真後ろに回り込んでいた。手にしていた剣を容赦なく男の背中に叩きつけ、素早く逆手の短剣を振るうことで十文字型に斬りつける。
「ぐああああぁッ! ば、馬鹿な……貴様、いったい……!?」
先ほどまでは確かに自分が圧倒していたはずなのに、完全に形勢が逆転していることがアロガンには信じられなかった。
しかし、このままで終われるはずがない。アロガンは半ば無理矢理に思考を引き戻すと、一度大きく後方に跳び退り距離をとった。
殴られた際に切った口端をぺろりと舌で舐め、対峙するジュードを目で殺す勢いで睨みつける。だが、まったく怯むこともなく睨み返してくる様を見れば、またアロガンの内では憤りが燻り始めた。
「くく、くくく……貴様のその目、気に入らんなぁ……気に入らんぞ、そういう目には覚えがある……」
自分は圧倒的な力を持つ魔族なのに、人間、それも子供相手に現在進行形で恐怖を抱いているなど、認められるわけがなかった。煌々と輝く黄金色の双眸に、一種の畏怖のようなものを感じているだなんて。
アロガンは再び床を蹴って一気に間合いを詰めてしまうと、先ほど同様に右手を振りかぶり、思い切りジュード目掛けて叩き下ろす。しかし、その攻撃はジュードが振り上げた短剣で見事に受け止められてしまった。それも、身構えることなく軽く短剣を振り上げただけで。
間に刃を挟み、ジュードの黄金色の双眸が刃物のような鋭さでアロガンを睨み据える。すると、アロガンは自分の意思とは無関係に身体が竦み上がるのを感じた。まるで蛇に睨まれた蛙のような状態で、身動きひとつできなかった。
鍔迫り合いにさえならない睨み合いの中、先に動いたのは今度はジュードの方だった。
利き手に持つ剣を下から振り上げてアロガンの胸部を斬り、怯んだところへ片足を軸に身を翻す。逆手に持つ短剣の刃を殴りつけるようにしてアロガンの心臓部へと突き刺した。
「が――ッ!? うがああぁ……ッ!」
直撃を受けたアロガンは、血のように真っ赤な目をひん剥いてよろける。いくら魔族と言えど、そこはやはり生き物。急所は同じのようだ。
アロガンは盛大に喀血すると、それでもジュードを殺すべく腕を振るう。歯を食いしばり、目で殺す勢いで睨み据え、こめかみに青筋を浮き上がらせながら。
「この私がッ、貴様などに! 貴様のようなガキに――!」
矢継ぎ早に腕を振るい叩きつけるが、それらの攻撃は全て短剣の刃により防がれてしまい、一撃たりともジュードの身に届くことはなかった。全力を込めた渾身の一撃さえも短剣で防いでしまうと、直後――今度は利き手に持つ剣を一息にアロガンの胸部に突き刺した。
アロガンはもがき、泳ぐように両手を動かすが、やがて勢いを失う。全身から力が抜け、だらりとその腕は脇に垂れた。眼だけは、依然としてジュードを睨んでいたが。
「な、ぜだ……なぜなんだ……貴様は、いったい……なぜ……」
ジュードたちは、間違いなく自分よりも弱かった。
それなのに、こうして手も足も出なくなっている状況が、死の淵に立ってもなお、アロガンには信じられなかったし、理解もできなかった。
無論、それはウィルたちも同じなのだが。
魔族を圧倒できるような力がジュードにあるなど、昔から共に育ってきた彼らだって知らないことだ。
「く、くく……ッだが、この世界はいずれ再び……闇に、呑まれる……サタン様のお力の前に、絶望するが、いい……ッ!」
アロガンが負け惜しみの如くそう告げるのと、ジュードの黄金色の眸が力強く輝いたのは、ほぼ同時のこと。
次の瞬間、タキシードに包まれたアロガンの身は、剣が突き刺さった箇所から黒い細かな砂と化し、空気に溶けて消え始めた。
やがて、アロガンのその全身が全て消えてしまっても、ウィルたちは動けなかった。目の前で起きたことが、自分の目で見たことであっても信じられなくて。
「……今度こそ、やったの……?」
「……ああ、多分」
ややしばらくの沈黙の末にマナがか細い声で呟くと、その傍らにいたウィルが小さく返答する。目の前で起きたことが信じられなかったのは彼らだけでなく、カミラとて同じだ。彼女は魔族というものの恐ろしさを痛感している。
それなのに、途中から見せた圧倒的なジュードのその力は、まさに夢でも見ているのではと思うほど。
カミラは暫し呆然と佇んでいたが、やがてジュードの傍へと恐る恐る歩み寄った。
「ジュード……? だい、じょうぶ……?」
「……カミラさん」
そっと声をかけると、ジュードは剣を下ろして彼女を振り返った。それと同時にその双眸からは黄金が薄れ、次第にいつもの翡翠色へと戻っていく。
しかし、完全に目の色が戻るや否や、ジュードの両手からは武器がそれぞれ落ち、代わりにその顔が苦痛に歪む。特に重い傷を負った右肩を押さえて、その場に崩れ落ちてしまった。
「ジュード!? しっかりして!」
叫ぶようなカミラの声に、ウィルもマナもようやく意識を引き戻してその傍へと駆け寄った。
ジュードの突然の変貌についてはわからないことだらけだが、頭で考えてもわからないことをこの場で考えても仕方がない。
今はとにかく、クリークの街に戻ってしっかりと身を休めることが最優先だ。せっかく、囚われていた少女たちを救うことができたのだから。
0
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~
こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。
それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。
かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。
果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!?
※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
勇者に幼馴染で婚約者の彼女を寝取られたら、勇者のパーティーが仲間になった。~ただの村人だった青年は、魔術師、聖女、剣聖を仲間にして旅に出る~
霜月雹花
ファンタジー
田舎で住む少年ロイドには、幼馴染で婚約者のルネが居た。しかし、いつもの様に農作業をしていると、ルネから呼び出しを受けて付いて行くとルネの両親と勇者が居て、ルネは勇者と一緒になると告げられた。村人達もルネが勇者と一緒になれば村が有名になると思い上がり、ロイドを村から追い出した。。
ロイドはそんなルネや村人達の行動に心が折れ、村から近い湖で一人泣いていると、勇者の仲間である3人の女性がロイドの所へとやって来て、ロイドに向かって「一緒に旅に出ないか」と持ち掛けられた。
これは、勇者に幼馴染で婚約者を寝取られた少年が、勇者の仲間から誘われ、時に人助けをしたり、時に冒険をする。そんなお話である
エラーから始まる異世界生活
KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。
本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。
高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。
冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。
その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。
某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。
実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。
勇者として活躍するのかしないのか?
能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。
多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。
初めての作品にお付き合い下さい。
ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。
yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。
子供の頃、僕は奴隷として売られていた。
そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。
だから、僕は自分に誓ったんだ。
ギルドのメンバーのために、生きるんだって。
でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。
「クビ」
その言葉で、僕はギルドから追放された。
一人。
その日からギルドの崩壊が始まった。
僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。
だけど、もう遅いよ。
僕は僕なりの旅を始めたから。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる