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第二章・水の国の吸血鬼騒動

魔法鉱石の別の使い方

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 風の国ミストラルを出て、火の国の王都ガルディオンで新生活を始めたジュードたちは、早速問題にぶち当たっていた。


「では、水の国への通行を許可せよと言うのだな?」


 現在ジュードとウィルは、女王アメリアに謁見している。
 彼らが直面した問題は、この火の国では決して解決しそうにない重大且つ決して避けられないものだった。


「はい、陛下。ある程度は想定していたのですが、水や氷の魔力を秘めた鉱石が足りません。武器はいくらあっても困ることはないとのことですので、目的の鉱石が多く採掘されている場所で調達してこようと思います」


 それは、この火の国では手に入らない鉱石の在庫問題だった。
 火の国エンプレスはその名の通り、火の力を強く秘めた鉱石が数多く採掘されており、市場にもよく出回っている。

 しかし、この火の国に生息する魔物はそのほとんどが火属性を有しているため、火の魔法武器を造ったところで効果は望めないのが現実である。この国の魔物に効果的な打撃を与えるのであれば、やはり水か氷属性が必要になってくる。

 だが、それらの魔力を強く秘めたアクアマリンやサファイアなどはエンプレスでは採掘されず、この世界の北側に位置する水の国に多く存在しているのだ。


「他のもので代用はできぬのか?」
「水晶はまっさらな石で、どの属性に対しても拒否反応を示すことはありませんが、やはり個々の属性を有している鉱石に比べて効果は格段に下がります」
「ふむ……」


 その返答に女王は暫し黙り込んではいたが、やがて傍らに控えるメンフィスに一瞥を向けた。


「……ならば、やむを得んか。メンフィス、そなたはジュードたちに同行せよ、彼らを守ってやれ」
「御意」


 多くの者の命に関わるとなれば、渋ってもいられない。女王は了承の意味合いを込めて小さく頷き、メンフィスへと指示を出した。圧倒的な強さを誇る彼が同行するのなら心配はないだろう。


「それと、武器以外に防具も用意させて頂きました。後ほど、城の保管庫に届けさせていただければと思います」
「防具?」


 そこへ、ジュードの斜め後ろ辺りに控えるウィルが告げると、アメリアとメンフィスは互いに不思議そうに顔を見合わせた。
 彼らに依頼したのは魔法武器だ、防具の話まではしていない。アメリアは余計な横槍を入れることなく、その先の言葉を待った。


「はい、武器に装着するのであれば水や氷の鉱石がこの国では効果的ですが、防具に使うのなら逆に火の鉱石が最適かと。火属性を持つ魔物からの打撃を大きく緩和してくれるはずです」
「そんなことまでできるのか……! そなたたちには本当になんと礼を言えばいいのか……満足に言葉にもならぬ。我が国のために尽力してくれて、感謝しているぞ」


 ウィルのその説明に、アメリアは言葉を失ったように暫し唖然とした。そうして表情を和らげると、安堵したように片手でそっと己の胸を撫でる。メンフィスはそんな彼女の傍らで、これまた嬉しそうに厳つい顔に笑みを浮かべた。

 ジュードとウィルは、その様子を目の当たりにして深く頭を下げた。


 * * *


「よかったなぁ、水の国行きの許可が出てさ」


 アメリアとの謁見を終え、王城を後にしたジュードとウィルはひとまずの緊張感から解放されたことで軽く身を伸ばす。ウィルはともかく、ジュードは堅苦しい雰囲気はどうにも苦手だ。

 火の王都ガルディオンに引っ越して、既に二週間。
 現在、ジュードたちは王都ガルディオンにあるメンフィス邸の隣の屋敷に住まわせてもらっている。これまで生活していたミストラルの自宅の何倍もあるその屋敷に、最近になってようやく慣れてきた頃だ。


「それにしても、ウィルって本当にすごいよな」
「なんだよ、急に。褒めても何も出ないぞ」
「いや、さっきの防具の話って例のあの本で覚えたやつだろ? それをすぐ形にできるなんてさ、やっぱすごいよ」


 鉱石を防具に使ってみようかと言い出したのは、ジュードではなくこのウィルの方だった。武器に使うことで無詠唱による魔法武器を造り出すことができるのなら、防具に応用したら耐性をつけることができるのでは、と考えたのだ。

 この二週間、持ってきた防具で試行錯誤を繰り返し、完全にとはいかなくとも火の魔力を半減させる効果を持たせることに成功した。急ごしらえだが、何もないよりはマシだろう。


「魔法を跳ね返す補助魔法を使える人がいれば嬉しいんだけどな、あれは高度な魔法だからそうそういないと思うけど……」
「魔法を跳ね返す?」
「その魔法を込めた鉱石をお前の防具にでもつければ、魔法喰らって熱出すこともなくなるだろ、多分」


 普段よりも幾分かぶっきらぼうに返される言葉に、ジュードは一度口を半開きにして傍らの兄貴分を見遣る。

 ――ウィルが防具に関することまで考えたのは、このためだ。全ては、原因さえわからないジュードの特異体質のため。もし魔法武器を造るのと同じ要領で防具にも使えるのだとしたら、ジュードも魔法を警戒することなく暮らしていけるのではないかと、そう思ってのこと。

 普段より多少ぶっきらぼうに聞こえる返答は、ただの照れ隠しだ。


「とにかく、早いとこ屋敷に戻ってマナたちに報告しようぜ。それからは荷物整理だ。主にどういう鉱石を手に入れるかも考えなきゃならないしな」
「……ああ」


 ジュードはその気遣いに礼を向けようとしたのだが、それよりも先にウィルがやや声量大きめにそう言ってしまえば頷く以外にない。
 触れるな、何も言うな。これはその合図だと、長い付き合い故にわかっている。


「なあ、ウィル。あとでオレにもあの本見せてくれよ、他にも使い方が載ってるかもしれないし」
「お前なら一分ももたずに頭痛くなって終わりだよ」


 無詠唱での魔法発動、属性耐性付与。
 もしかしたら、この他にも古代文字と鉱石を用いた使い方があるかもしれない。今はまだ、それが見つかっていないだけで。それに、ジュードには嬉しいことがもうひとつ。


「(水の国に行くってことは、カミラさんを水の神殿に連れて行ける。エンプレスの魔物騒動が落ち着けば、きっと女王さまが地の国に入国できるように協力してくれるはずだ。そうすれば……)」


 カミラは、ヴェリア大陸には結界が張られていると言っていたが、魔族がこの世界に現れて既に十年。恐ろしい生き物とされる魔族が、十年の間に何もしていないとは思えなかった。きっと外に出るために行動を起こしていることだろう、大陸に張られた結界は果たしていつまでもつか。

 ヴェリアの民は魔族に対抗し得る光の力を持っている。彼らの誤解さえ解ければ、きっと何とかなるはずだ。

 払拭しきれない不安を胸の内に抱えながら、ジュードは無理矢理に自分にそう言い聞かせるとウィルと共に屋敷までの道を急いだ。

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