只人♂はアレなダンジョンで助けようとしたポンコツクソエルフ♀に身体を入れ替えられてしまった!

あかん子をセッ法

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 口火は切って落とされた。
 直後より、殺意の風刃が絶え間無く吹き荒ぶ。
 回り、削り、切り裂く。
 術者本人もその風と相違ない。高速で動き回る。まるで目で追えない。

 「────」

 濃密無数の衝撃波と岩壁の損壊だけが、戦闘を物語る。
 敵は果たして応戦しているのか。稀に黒紫の閃光がチラつくが、それすらも風は呑み、薙いで巻く。終わらない、途切れない。
 途中、微かだが度々、淫魔が黒霧となっているのが見えた。

 光源は少ない。勘違いかと思った。
 しかし見間違いではない。姿形が現れては風に掻き消され、また現れては消されてを繰り返している。

 「────!」

 双方、何かを言葉にしていたが、風の音に遮られて聞き取れなかった。

 風刃の密度が上がっていく。息が詰まり、耳鳴りが大きくなる。
 砕かれた岩は次々風に舞い、更に細かくなって砂塵と化す。

 ある段階で、淫魔の姿はとうとうカケラも見えなくなった。

 と、そこをピークに、風は徐々に落ち着いていく。
 圧迫感は徐々に無くなって、音が戻る。
 甲高い風切り音が一つ通り過ぎたのを最後に、鎮まった。

 「ああ、忌々しい!」

 砂埃の向こうから、苛立ちを露わに足音を踏み鳴らし、変わらず俺の姿をしたリウカが戻ってきた。
 様子を見るに、仕留められなかったか。

 「なんなんだアレは⁉︎ なんであんなものが、こんなところにいる⁉︎」

 同意見だよ。
 そう口にしようとしたが、ふにゃふにゃとして、まるで形にならなかった。

 「っ、貴様!」

 焦点が緩んで合わない。近づいてくる像が暈ける。
 体調は明らかにおかしかった。ただそれよりも、状況への不安が勝る。

 「おい!」

 おい、じゃなくて。いいのか。あれは本来深層にいる魔物だ。あの圧を見るに、このダンジョンの主である可能性すらある。
 見失ったのなら、あまり悠長にしていられないんじゃないか。

 「何をされた⁉︎ おい、しっかりしろ!」

 ようやく見えた。酷い面に歪んだ、俺の顔だ。
 側から見て、深刻なのだろう。大慌てで首元に手を翳して、魔法を掛け直している。

 ここはありがとうと言ったほうがいいか?
 いや、皮になっている彼女が、助けを求めている。向こうを先にと。
 ああ、ああ、言葉をだす余力がない。

 緊張の系が切れたせいか、急激に眠くなってきた。
 ダメだ、ねるな。ねたら、だめだ────

 「ああぁ、なんてザマだ」
 「っ、あーー……は────」

 抵抗も虚しく、股間から聞こえてくるしょわーっという音が、静かに遠ざかっていった。






 そこからしばらくの間、酷い灼熱感に支配され続け、意識は朧げで、あまりはっきりとしなかった。
 瞼の裏の闇は常に赤く歪んで揺らぎ、呼吸すら苦しいのに、苦悶の全てが恐ろしいほどに切ない。そんな五感の陵辱に苛まれて、気絶すらも許されなかった。
 感じ取れる部分のほとんどが、破裂しそうな淫熱で埋め尽くされる。これを地獄と呼ばずして何と呼ぼうか。
 ただそれでも最低限、揺られ続ける感覚だけはずっとあって、背負われていることだけは何となくわかった。

 助けられたのはいい。わかる。
 しかし彼女はなぜ、戻ってきたのか。
 なぜ、一度は諦めた自身の身体を、俺を連れての脱出を選んだのか。

 答えは、突然の浮遊感と、強めの衝撃の後。
 白濁のねばつきと臭み、エグ味の強い苦味を味わった先にあった。

 「────っ、う゛ぇっほっ! っ、げぇえっ!」
 「吐くな、飲み込め」

 ここ数日、すっかり慣れてしまった魔法による給水の要領で、無理矢理喉奥へ流し込まれた。
 強烈な痺れを伴いながら粘液が食道を滑り、胃の中へ落ちる。

 「んっ、んぅっ!」

 その刺激で脳髄がスパークした。
 今までのような、欲求を掻き乱されるという感じではない。与えられたのは、飢えて欠けていたものが円満に満たされるような、そんな落ち着いた多幸感だった。
 何か覚えてはいけない感覚に侵されると共に、荒々しい熱がスーッと引いて、少しずつ視界と思考が戻っていく。

 「ごほっ、っ、はぁっ……!」

 何を飲まされた? いや、そんなのわかりきってる。必要だとしても、納得しちゃいけないやつだ。
 なんてことを、と文句を言おうとしたが、すぐに周囲の状況がおかしいことに気がついて、言い淀んだ。

 「な、んなっ⁉︎」

 魔法の蛍火が照らし出していたのは、まさに悪夢の光景。
 たて穴の底のような狭い空間で、俺達は無数の触手に取り囲まれていた。

 距離は、もはやゼロ。一部は纏わりついてきていて、今にも犯されそうだ。
 トラウマに心揺さぶられ、叫んだ。

 「なあああああああ⁉︎」
 「うるさい、耳元で騒ぐな」

 声が弱々しい。酷く衰弱しているようだが、何やら強力な一発を溜め込んでいるのがわかる。

 「外せない。教えろ、どこへ撃てばいい」

 彼女はそれだけ尋ねてきた。
 緊急事態だ。理由を聞くのは後にして、俺は全力で戻りたての五感を駆使して触手の薄い場所を告げた。

 「左前方少し下! あの少し細めの、縮れてるやつぅ!」
 「──!」

 一節、詠唱の末尾が唱えられると共に、一撃。
 掌から強烈な青の光が輝くと、膨大な水流が切り裂くような圧をもって放たれ、指示した場所の触手が吹き飛んだ。

 勢いで自分達も後方へ飛んだかに思われたが、同時に後方の触手全体が、こちらに向かって一気に雪崩れ込み、穴の空いた方向へ押し流されていく。

 「うあああぁっ!」

 滑り落ち、程なくべちゃん、地に着いた。

 濡れた音だったが、広い、硬い。平坦な大理石か、それに近い何かかが随分と遠くまで続いている。
 触手達は────来ない。追撃はないようだ。一帯は幸いにも、何らかの影響で安地になっている。
 そういえばと身体を確認してみたが、触手服もない。一応の危険は去ったようだ。

 しかし、そうなると、抱えていた心配事が一気に押し寄せる。

 「どれくらい、眠っていた……? いや、そうだ、そうだ! 皮のレノワさんは⁉︎ どうなった⁉︎」
 「ぐ、アレならちゃんと荷物に入ってる、まだ生きてる。だからとっとと落ち着け」

 ほっと一息吐いた。しかし、それでもどうしようもない不安感は拭えず、すぐさま探知魔法を用いて現在地点を測る。
 そして、結果を疑った。



 「は……? 5層……?」



 魔法が与える知覚は、前々から想定していたこのダンジョンのほぼ最深層を示していた。
 信じられずに何度か試したが、結果は変わらない。
 目眩がした。立っていたならば、きっと膝を折って地に伏せっていただろう。

 「どうして、こうなった……?」
 「……はぁ」

 弱々しく吐いた問いかけに、リウカは「これは、仕留め損ねた私の責任か。仕方ないな」とため息を吐いた後、ポツポツと答えていった。

 要領を得なかったので要約すると、なんでもあの後すぐ、第2層と1層で大規模な階層改変が起こったのだという。

 「あの淫魔のせいだ」
 「だろうな」

 最悪の予感が当たり、思わず項垂れた。
 こんな酷なことはない。ダンジョンの主が俺達に目を付けて、わざわざ回りくどい手を使い、弄んできたなんて。

 「それでも、しつこい妨害にも屈することなく進めていたんだ。しかし────」

 その後の顛末は、容易に想像がつくものだった。

 彼女という強力な戦力を確実に嵌めるために。消耗戦を仕掛けながら偽のゴールへ誘導し、希望を抱いた瞬間に落としたのだ。

 「やつめ、この私を、ここまでコケにするとは……!」

 底意地の悪い策謀は、詰めの甘そうな彼女にはさぞ綺麗にハマったことだろう。
 あの邪悪な微笑みが目に浮かんだ。

 そもそも、一度はこのダンジョンに敗れたから、彼女の身体は今こうなっているわけで。勝てる道理など、初めからなかったのかもしれない。
 しかし、ならば、俺がキチンと起きていたら、あるいは────
 無駄な考えを巡らせた末、ふっと力を抜いた。

 いや、もうよそう。

 「……お前、なんで、戻ってきたんだよ」
 「あ?」
 「いってたじゃねえか、一人で、出ていくって」

 その理由だけ知れたら、それでいい。
 彼女には勝ち筋が見えていたのか。一体どんな考えがあったのか。
 女々しい悔恨を、納得させるだけの答えが欲しかった。

 「何か、あるだろ、ほら。あのサキュバスの、魔力を感じたからとか。もう階層の改変が始まってて……俺に協力を」

 が、不貞腐れたように、「間違えていたんだ」と吐き捨てられた後。

 「その、食料。お前らに渡した分と、私の分。反対になってるのに、気づいて、それで……」

 バツが悪そうにそう語られて、俺は愕然としてしまった。

 あーはい。要するに、みみっちさとうっかりミスの合わせ技で、引き返すことになったと。
 多いほうを小さい入れ物に、少ないほうを大きな入れ物に分けて、それで間違えたと。

 「……」

 すうううううぅっと、大きく息を吸い込んで、そしてはああああああっと長く、ため息をついた。

 「この身体を、結局運んでいくことにしたのも。淫魔に狙われているとなったら、取り返せなくなるかもと……そう思ったから?」

 少したじろいだ後、「っ、ああ、ああそうとも! その通りだが?」と、逆ギレされた。

 「普通の判断だろう? 自分の身体だぞ? そのために動くことの何が悪い?」

 浅い。拙い。ありえない。
 てっきり覚悟を決めたものだと思い込んでいた。あれだけ大見得を切って、悪びれる素振りもなかったから。

 しかし、違ったわけだ。
 なるほど、こいつは、こいつはダメだ。

 「お前、ほんとは冒険者じゃ、ないだろ」

 空気ごとフリーズした。勿論俺にそんな魔法は使えない。ただ彼女は言葉を聞いただけで、拍子抜けするほどに露骨に目を丸くして、口を開けたまま固まった。
 その後に「は? そ、そんなことないが?」と誤魔化されたが、笑止千万。その反応だけで十分だ。

 「判断に、慣れてない。ドライなようでいて、まるで……まるで、普通、できて当たり前の損切りが、できてない」
 
 対策も、対処も、最初から欠けていた。
 強大な魔法技能によって覆い隠されていたが、間違いない。
 こいつは、モグリだ。

 「何でモグリが、こんな難度の高いダンジョンにいる?」
 「っ…………」

 彼女は口を固く結んで答えなかった。
 まあいい。もういい。今更知ったところで何になる。

 「はあ、いいよ。言いたくないなら、別に」

 どうせもう、助からないんだから。

 「あ?」

 諦観をはっきりと口にした瞬間、声が荒げられた。

 あ、じゃねえよ。何でそこでまた急にキレるんだ。

 不満を声に出そうとして飲み込んだ。
 不本意だが、争っても仕方ない。最期くらいは、穏やかにいこうじゃ

 パァンッ! 乾いた音が木霊して、頬に鋭い痛みと衝撃が走った。

 「……へあぁ?」

 最悪だ。肌の感覚がおかしい。熱っぽくて、ひりひりが少し気持ちがいい────じゃない。

 「まだ直ってないな、もう一発いくか」

 「いやいやいや」と全力で首を振る俺に、改めて平手が振りかぶられる。
 相変わらず遮断されたままの身体だ。防げないし避けられない。
 
 スパァンッ! また一つ、紅葉が咲いた。

 「い゛っ……!」

 俺は決して泣き虫ではない。
 しかし、またしても理不尽に際して、涙腺は堪えきれずに涙をちょちょぎらせてしまった。

 「直ったか、じゃあ出発するぞ」

 お前の中で、これが“直った”なの……?
 昔の魔道具じゃないんだぞ。やっぱりマジで人として見てないのかこの畜生め。
 というか、

 「待てよ、行くなら、一人でいけ」
 「ダメだ。認めたくはないが、貴様の力がいる」

 文句を言ったところで、拒否権はない。背負われてしまえば、俺は運ばれて、こいつの道具にされる。

 「やめっ、待てって」
 「はあ、なんだ。まだ直しが必要か?」
 「いや、そうじゃ、なくってぇっ……!」
 「なら」

 溜まった鬱憤を、吐き出すように叫んだ。

 「水も! 食料も! 体力も、魔力だって、足りないだろ!」

 ようやく、猪のような行動を思い留まらせるに至った。
 俺はまた甘く痺れ始めた舌を懸命に動かして、嘆きを形にしていく。

 「さっき言ったの……聞こえなかったか? ここは五層だ! ダンジョンの、出口の遥か下!」

 先ほどまででも十分ギリギリだったのに。これほどまでに分かりやすく無理な話は無いだろう。

 「知っとるわボケ!」
 「じゃあなんで進もうとしてんだよ、生きて出られないんだぞばっ」

 ゴスンッ! 今度は鼻の辺りをグーで殴られた。
 鈍い痛みが走り、ツーンとする。

 「逆に聞いてやる、貴様はそれでも冒険者か?」
 「え、ええ……?」
 「これだけしてやられて……やり返さずにただ黙って死ぬのが冒険者なのか? 違うだろう⁉︎」

 こいつ、プライドだけで生きているのか?
 理解できない生き物を前にして、俺はただ呆然としてしまった。

 「私はゴメンだ。諦めるのも、死ぬのも。絶対にヤツに屈辱と死を与えて、ここを生きて出てやる」

 口だけではない。疲れて顔色は優れないくせに、瞳は闘志で燃えている。
 なぜだ。彼女には何か希望が、生き残るための方法が残っているとでもいうのか。
 そんなわけがない。どうせ頭に血が昇って現実が見えていないか、素人ゆえに怖いもの無しで言っているだけだろう。
 そう思いつつも、俺は「どうやってだよ」と尋ねた。

 「どうやって? 手段を選ぶ余裕があるのか貴様には」

 はい、そうですよね。根拠なんかありませんよね感情を燃料にして動いてるんだから。
 本当にヤバいやつだ。気付いていないっぽくて指摘し辛いんだが、頭だけでなく股間にも血が昇っているようで、ズボンが明らかに膨らんでいる。

 「せめて少し、考えてから動かないか?」
 「嫌だ、貴様のペースに付き合っていたら頭が腐る」
 「単細胞でも、もう少しフレッシュだぞおい」
 「相変わらず失礼だな、只人らしいわ」

 しかし、そうは言っても。
 彼女は確実に何か、生存への答えを持っていた。

 「まあいい。私なりの考えはある。黙って従え」

 どの道、拒否権はない。

 「はぁ……わかった、わかったよ」

 否応なく、壮絶なサバイバルへと突き進んでいく。
 無駄に苦しむ羽目になりそうだと悲観しながら、どうせ失う命を預けて、虚に、ゆらゆらと。

 ここからが真の冒険であり、人生観を覆すほどの狂気の入り口であることも知らずに。
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