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小学校5年生編 春
入れ替わられる僕の日常 1
しおりを挟む春。外では鳥が歌い、花が咲き、蝶や蜂や、無数のひらひら達が青い草と一緒に踊っていますが。
そんな長閑な季節の清々しい朝に、どうして争いは起きるのでしょうね。
「ヨミ! 早く! 漏れるってば!」
「今入ったばっかりだよ! 少しくらい待って!」
団地アパートの一室、僕達川井家が住む203号室には、四人家族の癖してトイレが一つしかありません。
朝食は大体全員一緒のタイミングで取ります。なので、出るものが出る時間も大体一緒。
各々バッティングは避けているつもりでも、ぶつかる事は多々あります。本日は頻度第一位の名物、兄妹のトイレ取りゲームが発生しました。
「遅い! あと三秒で済ませて! さーん!」
「ちょっと⁉︎」
そして早速ですが悲報です。このゲーム、僕にとっては時限性だったみたいで────
「あっ、もう無理ゼロ!」
便座に座っていた筈なのに、景色は一瞬でドアの外。
「っ、カウントはぁっ⁉︎」
叫び声はちょっと甲高く、今しがた空っぽにした筈のおしっこは、唐突に満タンになりました。
「うそでしょっ、あっ、あぁ……!」
理不尽です。タイミングが悪くて抑え方が分かりませんでした。下着の中であったかい感覚が広がっていきます。
ぺしゃり、床にへたり込むと共に湿った音がしました。
「ちょっと二人共ぉ。あっ……ヨミぃ、ダメでしょぉ」
「えっ、もしかして、漏らしちゃったの? ごめーん!」
「ごめーんじゃないでしょぉ、お兄ちゃんなのにぃ。大丈夫ミコ?」
気付いたお母さんが妹の名前で僕を呼びます。
久々にやられました。もう両手の数以上の年齢にもなるのに。気分の悪さでちょっと泣きそうになりながら、視線で助けを求めます。
「うぅ……」
「もぉー、着替え持ってくるから待っててぇ(まったくもう、この歳になってもまだやっちゃうのねぇ)」
認め難いですが、これが僕の日常です。
僕らは同じ日に生まれた、所謂双子です。兄妹と名乗っていますが、それはお腹から出てきた順番でしかありません。
先に出てきた方である僕はヨミといいます。別に嬉しくはありません。面倒事も多いですから。後から出てきた女の方はミコといいます。そうとは思えないじゃじゃ馬娘です。
僕は母親似で、妹は父親似です。双子ですが、そこまで似ていません。
そんな僕らですが、物心ついた時から、ちょっと不思議な力がありました。
「おはよーミコちゃん!」
「おはよう、サトコちゃん。ごめんね、ちょっと待たせちゃって」
「っ!(あっ、今日は可愛い方のミコちゃんだ!) ふふふー、いいよーぜんぜん!」
なんでよ!
暖かな陽の光もころころと笑う通学路。赤のランドセルを背負った僕は、妹の友達でご近所付き合いのあるサトコちゃんが発した“心のコトバ”に頭の中でツッコミを入れました。
心のコトバというのは、話し声とは別に聴こえて来る、恐らくは本心と思わしき言葉です。
「っ、くしゅんっ!」
「わっ、大丈夫?」
《クスクス、ケラケラ》
毛羽立った鞭毛みたいな形の、透明な光の糸くずが笑っています。
「ごめん、ちょっとむずむずして」
「まだ寒いもんねー(マフラーとかプレゼントしたいなぁ)」
他の人には聴こえてないと気付いたのはいつからでしょうか。分かりませんが、これはお互いの声が届くくらいミコが近くにいる時でないと聴こえません。不思議な事だと気付いたのはそれがきっかけだった気がします。
「えへへー、今日まだ早く学校終わるよねー? 終わったら何して遊ぶー?」
「登校中なのに気が早くない?」
「えーいいじゃん早い方がー(ミコちゃん人気だもん、早い者勝ちだもん)」
「そうかなぁー」
話し声より少し大きく、頭に直接響いて来るのがそれです。
そんなに便利じゃありません。小さい頃散々失敗して、気味悪がられました。基本的に喋り声と一緒なので、注意して聴き分けないと実音の方を聞き漏らしてしまったり、実音と誤認してしまったりするのです。
みんな口を動かしていても、動かしていなくても、ワイワイガヤガヤ、賑やかです。幸い普通の声と一緒というかそれ以上に、自分に向けられた物や自分が意識を向けた物以外は小さかったりごちゃごちゃしていたりするので、慣れれば問題は無いのですが。まあ、ちょっと疲れるので、暫く落ち着ける静かな所が欲しくなったりします。
普段なら妹と距離を取って圏外にすれば大丈夫です。普段なら。
しかし今は、離れようが無いんですよね。何せ僕がミコなので。
妹の方の能力。それはお察しの通り、僕との入れ替わりです。
原理は分かりませんが、妹が意図すると一瞬で、妹は僕になって、僕は妹になります。戻る時も一緒です。
時間の期限は分かりません。妹の気分で、妹の好きな時に好きなだけ入れ替わったままでいるので、無いかなとも思います。一応入れ替わる際は僕と同じで近くに居ないとダメらしいのですが、入れ替わってしまえばどれだけ離れても大丈夫との事です。
恨めしいです。出鱈目なこれのせいで、僕はしょっちゅう振り回されています。
今日なんて結局あの後お漏らしの始末を僕にさせて、自分だけ先に行っちゃったんですよ。自分の身体だというのに。中々に最低では無いでしょうか。
会ったらちゃんと言ってやらないと。
「ミコちゃん、今日ご機嫌ななめ?」
「あっ、うん、ちょっと、ね」
顔に出てましたか。相変わらずめざといです。
「またヨミくんと喧嘩しちゃったの?」
「……そんなとこ」
「あらら」
まあ、悪い所ばかりじゃないんですよ。こうしてサトコちゃんと肩を並べて、普通に話せるのとか。
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