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前戯

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 女は誘い、彼は乗った。

 二人は互いが度々身体を重ねた愛の巣、キングサイズのシングルベッドの上へと場所を移す。



 するする衣が肌の上を滑り、はたと落ちる。

 「早くしなさいよ、ほら」

 ぎしり。女はサスペンションを軋ませる勢いで仰向けになり、両腕を広げた。
 傷一つない、美しい健康的な血色の素肌が淡い光の元輝く。引き締まっていながら出る所は出た、日々の弛まぬ努力によって作り上げられた理想の裸体だ。堂々たる振る舞いに裏打ちされた自信が滲み出ており、濃密な大人の色香を放っている。

 彼女の挑発的な藍色の瞳は、悲壮な覚悟を滲ませた者を映す。
 自信無さげな彼は、おずおずとエプロンを脱いだ。

 頭髪の色と同じ、雪の様に白い素肌が薄闇の中浮き彫りになる。
 女と違い望んで磨き上げた訳ではない。どちらかというと運動不足で不摂生な生活を続けている、そもそも男性であった筈の肉体だ。
 にも関わらず、脂肪は胸尻や太腿に多少付く程度に留まり、ウエストは自然なくびれを描いている。細く華奢で、それでいて程良くむっちりとした、幼さの残る少女の肢体。そう表現して差し支えの無い姿形になってしまっている。

 これのどこが男性なのか。股の間を探せば、あった。陰嚢のあった箇所、シワの失せた膨らみの中央の、一本だけある筋の上端から顔を出した、小さな小さな、最早陰核と呼ぶのが相応しいであろう陰茎が。
 とはいえ、もうその下には睾丸はぶら下がってはいない。果たしてそれでどうするというのか。
 問われて誰も答えを出せない程に、その様は見窄らしかった。懸命に勃ち上がっているものの、今にも筋の中に埋もれてしまいそうだ。

 「なら、ご厚意にあまえて」

 しかしながら、彼は強気を装い、無謀にも立ち向かう。徐に彼女の腹上に跨り「はぁ」と吐息一つ。甘ったるく吐いてから、身体を倒して重ね合わせ、彼女の腰に手を回した。

 久々の距離感。恐らく女体化発覚以降一番の至近距離で、息遣いと視線が交錯する。
 彼女の顔を覗き込み様子を伺う彼。改めて彼の軽さに虚しさを覚える女。
 寄り合うと変化はより残酷に訴える。腰も肩幅も、女よりずっと細く小さいのが嫌でも分かってしまう。

 それでも華奢な掌は愛撫を始める。太腿から尻に沿って、すり、すりと。滑らかな肌の擦れる音が静かな部屋の空気に染み入っていく。

 「はー……っ」

 熱っぽい吐息を鳴らすのは彼ばかり。女の表情は冷ややかで硬いまま、まるで音を発しない。
 擦っても、揉んでも。柔肌はぴくりともしないまま、時間だけが過ぎていく。

 「つれないな」

 這う指先は一瞬、デリケートな溝を捉えた。
 羽根が触れた様な微かな力加減に対して、リアクションは無い。が、その場所はほんの僅かに湿っていて、彼の指の腹に滑り気を与えた。

 「何回もえっち、してきたのにさ」

 そう、彼は知っていた。何処をどう愛撫すれば、彼女の反応を引き出し、昂らせる事が出来るのかを。
 例え細く短くなり、節を失おうとも、百戦錬磨の指使いは健在だ。寧ろ自らが女体となって体感した為に、昔以上に研ぎ澄まされている。

 「いいよ。おれ、がんばっちゃうからね」

 細やかに。左の手は脇から乳房の横にかけてをつーっと指一本這わせてから、豊かな膨らみを包み込み、右の手は恥丘の土手をなぞって上がれば、五本の爪の裏でふわり、陰核の周りで華を咲かせる様に動く。それでワンセット。近しいルーティンがアレンジされて、繰り返されていく。

 洗練された、オーダーメイドの手技。ある種これだけで彼が彼であるという証明と言えなくもない、極上のテクニックだ。かつてならこれだけで大きく腰を仰け反らせていただろう。
 しかしながら、今宵の女には強固な意地がある。僅かに体勢を整える素振りだけが見せられ、不感の振る舞いは解かれない。

 「すなおになーれ」

 彼は耳元でそう繰り返し囁いて、動作の中に胸と尻等、肉感の豊かな箇所をそっと揉む動きを混ぜる。
 吸い付く様な肌の中へ掌が沈む。むっちり、もっちり。柔肉は水餅めいた弾力を返し、彼を愉しませる。

 「すなおに、なーれ」

 横乳、臀部、太腿付け根。指圧した先には、彼が見つけて耕した弱点がある。握力が弱くなろうと問題は無い。容易に届いて、存分に押される。

 続けば、いかに硬くあろうとも流石に少しずつ解され始める。ひくり、ひくり。女の全身は、隠しても隠しきれない官能の引き攣りを訴えだした。

 「へへへ、気持ちよくなってきたでしょー?」

 臀部と横乳を弄びながら、悪戯っぽく口角を上げる彼。
 彼女は腰の奥の燻りを自覚しつつ、静かに嘆息する。

 「はぁ、そうね。こんな事ばっかやってきただけあって上手」
 「……イジワルっ」

 皮肉が、愛撫を一層激らせた。
 一瞬、強めに握られたかに思えたその両手は各々素肌を登っていき、女の豊かな両乳房へと到達。双方人差し指は這い、お椀型の天辺付近で僅かに膨れた乳輪を捉えると、くるくるくゆくゆ。輪郭をなぞる様に踊り出す。

 えも言われぬこそばゆさが女の背筋を駆け抜けていく。堪らず微かに仰反り、身を捩ってしまった。

 手応えを確信し、彼は調子に乗って繰り返す。くゆくゆすりすり。優しく、決して本丸を責めず、されど手を抜かず、外堀を丁寧に埋め尽くす様に。手腕を存分に発揮する。

 彼女の腹の底が揺らいで、ふっと息が漏れた。走るこそばゆさの中に官能の火種を見たのだ。

 彼はそれを見逃さない。

 「ふーっ、っ、ちゅっ」

 鼻息荒く猛り、ここぞとばかりに首筋に唇を付け、吸い弾く。一度、二度、三度。繰り返す度、女の首筋に赤い痕跡を残しながら乳房へと降りていき、そして焦らしに焦らした乳首へ口を付けた。

 「あっ」

 遂に、らしい声が上がった。女ではなく、彼から。

 「んっ、ちょっ、おまっ、なにして、ぇ」

 跳ね上がった腰が引かれて、理由が明らかになる。
 彼に本来無かった筈の割れ目の上端。そこから顔を出した小指の先程の突起に、ラメ入りネイルの輝く女の左手中指が触れていた。

 「なにって、お返しよ?」

 当たり前でしょう、と女は吐息多めに笑った。
 確かに、その口は抱いてみろとは言ったが、好き勝手にさせてやるとは一言も言っていない。

 「前はいつもやってたでしょ触りっこ。アンタ好きだったじゃん」
 「っ、ぐぅっ」
 「いいでしょ? それとも何、今はもうイヤ?」

 女性側からの奉仕行為だ。男性であれば喜ばない筈が無い。

 彼は反論出来なかった。ただ主導権は手放さんと、何も言い返さずに改めて女の乳房に口をつけ、両手での愛撫に集中しようとする。

 「はっ、かっわいー」

 女は声を震わせて感じ入り目を細めつつも、応じる様に指を踊らせた。

 くちゅり。「んんっ」というくぐもった嬌声が弾けると共に、その様なはしたない音が立ち、女もまたその手に滑り気を覚えた。
 彼のそこが、汁を湛えていたのだ。

 「はは」

 嘲笑と共に、あまりに呆気なく体位が入れ替えられる。「ふあっ」と情けなくひっくり返った彼は下に、女は上に。お互いがお互いの股間を顔に近づけた体勢となった。

 「何これ」

 青臭さくない。どちらかというと甘酸っぱい、自身の股ぐらを弄った時にする様な、メス臭いニオイが女の鼻をつく。
 所謂先走りの汁の筈なのだが、その成分に一切、男性的なものが感じられなかった。

 何ということはない。理由は見れば明らかだった。

 「もう殆ど下の方に移っちゃってんじゃないの? 尿道とかその辺さ」

 余った皮を女が人差し指と親指で摘んで剥くと、確かに。可愛らしい陰茎のなれ果てはひくひくと悶えながら、先端にちょこんと透明で粘質な液を湛えていた。がしかし、やはり比べ物にならない。彼の内腿に伝う、汗ならぬ体液。その量とは雲泥の差だ。

 「まあ、とっととどっちかはっきりした方がいっか。おしっことか困ってるでしょこんなの」

 あまりの羞恥に彼は細かく震え、虎茶色の瞳に涙を滲ませた。
 小便に困っているのは事実で、禁句であった。彼は決して気の長い方ではない。カッとなって、「今、それは関係ないでしょっ」と心底悔しそうに言葉を絞り出し、彼女の腰を掴んで引き下ろすと、股間へと口元を向かわせた。

 舌べらが女の割れ目を下から這い、包皮に埋もれた陰核を舐めた。瞬間、「んっ」と初めて、強気で低かった女の声音が上擦った反応を返し、腰を浮かせて逃れようとした。
 彼はそれだけは許すまいと、血の上った頭で必死に喰らいつく。

 「んんん! ちゅっ、じゅるっ!」
 「この!」

 女はムキになって、同じ事を仕返した。すると直ぐに「ふぶっ!」と彼女の股ぐらに息をぶつけて、彼の身体が大きく跳ねた。

 例えるならば、腰の奥に雷が落ちたかの様な衝撃だった。彼自身、フェラされる経験は何度もあった。しかしながら、小さくなった陰茎に口を付けられるのは初めて。凝縮された性感は元の物とはまるで別物で、強烈だった。舌先を突き出し、目を白黒させてしまった。

 あは、やっば。

 尚女もまた、これほど小さい逸物を舐めた事は無かった。但し女性の陰核ならば仕事で舐めた事が何度かある。扱いはある程度心得ていた。
 ただ、似ていても微かに異なり、陰核としては大きめで、若干溝が多く、かなり硬質な弾力があった。
 舌の上で転がす感触はまるで飴玉の様で。虐めたいから、という動機以上に純粋に新鮮な心地良さを覚え、直ぐに集中的に弄び始めた。

 「んっ、んぶっ、んふ、んうぅっ」

 熱い。下半身が舌に包まれて、腰の奥ごと灼けて爛れる。

 そう錯覚する程の快感に襲われて、男なのにアニメのヒロインの様な甘ったれた女声が出た。
 オナニーの際は自身の興奮を誘うそれも、彼女の前では恥でしかない。ひたすらに抑えようとするも我慢出来ず、ただ塞ぐ為だけに彼女の秘部へ口元を押し付ける。
 最早それは意図されたものではなかった。しかしながらしっかりと相手の腰に火を付け、燃え上がらせる。

 何これ、バカみたい。

 彼よりも少し低めの色っぽい艶声を彼の股間でくぐもらせながら、違う、自分はそんなのじゃないと否定する女。
 だが、抑圧する程に圧した分がすぐ弾けて、目覚めた獣性が暴走し制御を失ってしまう。止める手段が思いつかない。

 どちらかというと逃れようとしていた股間が、いやらしく、くいくいと向かいだす。痺れる様な官能と共に、女自身自覚の無かった内なる欲求が満たされていき、脳髄で快感が迸る。

 お互いの動きがお互いを昂らせ、二つの柔和な身が捩られ、不規則に跳ねながら絡み合い、淫らな音を立てて溶け合っていく。

 「んっ、んんんんっ!」

 酸欠で徐々にボーッとし始めた頃。白みゆく彼の意識は切迫を覚えた。

 やばい、だめだ、もう、でそうっ。

 射精感。それがドライな熱感を強く伴う様になったのはいつからだったか。
 当人にも分からなかった。ただ予感として、今迫っている絶頂の仕方はマズいと本能に告げられ、彼は大きく声を上げながら身悶えして逃れようとした。
 しかし、非力なその身は女に全く敵わず。

 「んんっ、ふっ、んぅっ……っ゛!」

 絶頂し、びくんっ! と大きく腰を反らせる形で痙攣して、小さな陰茎から大きな灼熱を放った。

 ぴゅくっ、ぴっ、ぴゅっ。動作に合わせて汁が飛び、僅かに女の顔に掛かる。
 時間にして二秒に満たない、極小の発射だった。その間だけ二重瞼は見開かれたものの、すぐさま冷笑的な温度に変わって相手を見下ろした。

 ああ、なんと、情けない。舌先に残るほんの僅かな量の汁を感じ取り、確信する。
 子種などとうに尽きた、ただの無味無臭、恐らくほぼ潮と同質の液の噴射。
 それが今、彼の出来る精一杯の射精なのだと。理解して、嘲笑った。

 「っは、ははは」

 身体を起こした瞬間、ここぞとばかりに口撃が放たれる。「なに? 射精ちゃったの?」と。

 勿論、無様なのは彼自身重々承知である。故に言葉が出ない。絶頂の余韻の中、筆舌に尽くし難い羞恥を味わい、くそう、くそうと悔恨の念に苛まれながら、顔面を湯立たせ震えてしまう。

 「ああ、流石に今のはちがうか。勢い余ってちょぴっっっっと、お漏らししただけだよね。ごめんごめ、んんっ」

 言葉の代わりに、絶対に仕返しして恥をかかせてやるという反骨心のもと、舌技が繰り出された。
 尚絶頂の余韻が引き摺られており、その舌使いは甘い。相手に快楽を与えるよりも、どうしても自身の快楽を逃す事を優先してしまっている。
 しかし、女も自身の想像した以上に追い詰められていた。半ば無意識に腰を動かしていたせいだ。秘部は痺れる様な官能で既に飽和していて、不意の刺激に耐えられなかった。

 「んっ、っ、くぅっ」

 覆い被さった裸体が背中を丸めてアクメし、腰の奥から爆ぜる衝撃に暫し身悶えする。
 入れられた力が強い。太腿に挟まれた彼は苦しみを訴えて、マウントからの脱出を試みた。
 が、絶頂後の身体に力は入らない。本来すっきりする筈の頭に熱いモヤが掛かった様で、気力等根本的な行動力が欠如してしまっている。

 一呼吸、二呼吸。間を置いて、女は大きく息を吐き立て直し、尻を彼の胸元辺りまで前進させた後徐に振り返る。
 真下に見えたのは、口を大きく開いて喘ぐ真っ赤な顔の彼。

 「はぁーー、はーー……はは」

 先の痴態も、絶頂の余韻も差し置く程に、女は込み上げる感情を我慢できなかった。

 「ふふ、はははは!」
 「はぁ、なにが、そんなに、おかしいんだよ」
 「いや、だって、必死過ぎて……めっちゃかわいいんだもん」

 彼の知る限り、女はそれほど大っぴらに感情を表情に乗せる事の無い人間であった。
 それが、見たことの無い程満面の笑みを浮かべている。
 戦慄。ヘビに睨まれた蛙の如く、彼は固まってしまった。

 「そのザマでまだ男の子のつもりなんだねー……いいよ、引導、渡してアゲル」
 「は、なにいって」
 「さっき言ったのは無理そうだからさ、一晩中に、アンタが自分から“ごめんなさい、彼氏失格でした。わたしはもう女の子です”って言わずにいられたら別れないでいてあげる、ってのはどう?」

 荒い呼吸が交互する中、有り得ない条件が提示される。

 「良いのかよ、そんなんで」

 目的に囚われた彼は「無理そうだから」という言葉に憤慨しつつも、鼻で笑って暗に話を呑んだ。

 その選択が今後を決定付けるとも知らずに。
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